表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

曙光(上)

 木漏れ日の差し込む静かな森に、ひたひたと微かに土を踏む音が響く。

 青年は裸足だった。

 薄地の弱々しい服が僅かに一枚、胴体を覆っていた。明らかに外を、それも森を出歩くのに十分な装備とは言えない。

 青年は一旦立ち止まると、きょろきょろと落ち着かない様子で辺りを見回した。

 随分と深い森だ。どこをどう歩けば抜けられるのか見当もつかなかった。静寂は質問に応えてはくれない。

 冷えた風が体を吹き抜け、青年は思わず身震いをした。

 不気味だ。――静かすぎる。

 鳥のさえずり、動物の足音、虫のさざめき――何か聞こえても良いはず。

 生き物の気配がしない。響くのは風に揺れる葉のざわめきだけだ。

 沈黙する木々はのしかかるような威圧感を放っている。

 異様な不安と焦燥感に駆られ、青年はまた歩き出した。


 迷子になったらそこを動くな、とはよく言うが、実際に『何もしない』というのは実に難しい。

 動かなくても徐々に磨り減っていく体力、いつ解放されるかも分からないもどかしさ、自分は何も出来ないという無力感――そういうものとたった独りで戦わねばならないからだ。

 そも青年は、自分が何故こんな所にいるのかという前提事項すら把握していなかった。

 忙しなく足を動かしながら、青年は頭を抱える。

 気がついた時には、既にこの格好で森を彷徨っていたのだ。

(ここはどこだ? 一体誰に連れてこられた? なんの為に?)

 そこまで考えて、青年の頭に根本的な疑念が湧いた。


(――――俺は、誰だ?)

 よく考えれば、彼は自分の名前すらも思い出す事が出来なかった。

「痛ッ」

 不意に目の前に現れた壁に思い切り頭を打ち付け、青年は悶絶する。

 考え事をしていたせいか周囲への注意が逸れていたらしい。

「~~~っ……なんだ、こりゃあ……?」

  額を押さえながら見上げると、それは壁などではなかった。

 森の中にあるものとしては明らかに異質な、直径3m程の非生物的な塊が、なんの変哲もない木の傍らに静かに佇んでいる。

 黒い表面は金属のような艶を持ち、角張った輪郭が木漏れ日を反射して美しく輝いていた。

 興味深げに顔を近付けた青年が、ふと顔をしかめる。

「…………なんか、やな予感……」

 どことなく、微かに地面が揺れているような感じがした。

 不動で佇む塊を凝視したまま、青年は1、2歩ゆっくりと後ずさる。


 突如、塊に赤い瞳のような光が宿ると、咆哮の如くけたたましい駆動音を響かせながら動き出した。

 外殻が外れ、4本の腕のような形に変化する。

「うおおおおああッ!?」

 塊が荒々しく腕を地面に叩きつけると、轟音と共に周囲の地面がひっくり返った。

 地面から針のような4本の足が引っこ抜かれ、塊のあった場所に不気味な鉄巨人が現れた。

 多足多腕の無機質な怪物は赤い瞳をぎらつかせると、体内から黒い色彩の剣やら槍といった形状の武具を取り出し、それぞれの手に持つと青年に向かって走り出した。

「オイオイオイ!? 聞いてねえぞこんなの……!」

 慌てて逃げ出す青年に対し、怪物は4本の足を器用に走らせて木々をすり抜け、あるいは手に持つ武具で薙ぎ倒して迫る。

 足の裏の痛みに耐えながら逃げる青年の出せる速度には限界があった。

 半ば青年も絶望していたのだが、意外にも両者の距離は徐々に離れていく。怪物はそれほど俊敏ではなかった。

「……と。なんだ、意外と見掛け倒しか?」

 後ろを振り返った青年が、少々余裕を取り戻してにやりと笑う。

 どうやら足の関節に土が詰まっているせいで、思うように動けていないらしい。

 これなら逃げられる、と思い始めてすぐに、青年の笑みは消え去る事になる。

 こちらを睨む怪物の赤い瞳が強く発光していた。ピピピと高い断続音が響き、青年は命の危険を察知する。

 青年は一気に走る方向を変え、悲鳴を上げる足の裏で地面を蹴り飛ばして真横の木の陰へと飛び込んだ。


 その直後、怪物の瞳から放たれた光線が通過点にある枝や幹を消し飛ばして遥か彼方へ飛んでいった。

 勢い良く周囲に火の手が上がり、膨張する空気に青年は弾き飛ばされた。

「ぬおおッ……クソ、なんでもありかよコイツ!?」

 青年は地面に叩きつけられ、痛みに立ち上がるのが遅れる。

 怪物はすぐさま青年へと迫った。

  勢い良く振り上げられた剣が駆動して赤く光り、青年は死を覚悟した。


 ――――目を閉じた青年の眼前で、耳障りな金属音が響く。

 次に彼の視界に映ったのは、落とされた怪物の腕と、目の前に立つ一人の男の姿だった。

 地味な配色の布に身を包んでいるが、その下には防具を着ているらしく、男の動きに合わせて小さく金属音が鳴る。

「あんたは……?」

「……無事か。遠くに逃げていろ」

 男は怪物の方を向いたまま剣を構え直した。携える大きな剣は怪物のそれと同じように、刀身の一部が赤く発光している。

 怪物は怒ったように目の輝きを強くすると、狙いを新たな標的へと移した。

「……番人型機工兵(ガーディアン)が何故こんな所に? それもこれ程の大型が」

 男は首を傾げながら、迅速に倒し方を考える。

 先ほどは不意打ちだからこそ綺麗に一撃を食らわせられたが、面と向かって戦う分にはそう簡単にはいかない。

 怪物の攻撃をいなしながら、男は更なるダメージを与える隙を探す。

(本来なら私一人で手に負える相手じゃない……が)

 振り下ろされる剣を素早く横に動いてかわすと、男は怪物の懐に潜り込み、脚部の関節に向けて思い切り剣を振り抜いた。

 激しい金属音と共に、怪物の関節がひしゃげて折れる。

 脚を一本失った怪物がバランスを崩すのを見て、勝機を感じた男はにやりと笑みを浮かべた。

「随分長い間、手入れされていなかったようだな」

 頭上から迫る槍を避けながら男が元の間合いに戻ろうとした瞬間、別の腕が周囲を薙ぎ払いながら斧を地面に滑らせた。

 周囲にあった木々が、まるで雑草のように易々と刈り取られる。

 森林という戦場の地形を完全に無視した強引な反則技だ。故に男の反応が一瞬遅れる。

 男は咄嗟に剣で受けるが、衝撃をもろに受けた刀身は一発でボロボロになってしまった。

「クソ、こいつはお前みたいな化物とやり合う為の武器じゃねえんだぞ……!」

 斧と力比べを強いられ、男は全身を使って押し返すので精一杯だ。他の攻撃を回避する余裕など無かった。

怪物の瞳が男を捉え、死を招く断続音が響く。

「…………まずいな」

 男の額に冷や汗が浮いた。


 ――だが次の瞬間、男の脇から何者かが飛び出して怪物に襲いかかった。

 先程の青年だ。

 抱えているのは、初めに怪物の落とした巨大な剣だった。

「あいつ……!?」

 男が呆気に取られる間に、青年は両手で剣を地面に突き刺し、その衝撃で飛び上がると、驚異の跳躍力で一気に怪物の頭に並んだ。

 青年の持つ巨大な剣に、赤い光の筋が入った。

 そのまま光線を放たんと輝く赤い水晶を目掛けて、彼はその剣を突き出した。

 

 断続音が鈍いノイズに変わり、やがて鳴り止む。

 ――――一瞬の間を置いて、怪物は狂ったように暴れだした。

「うおおおッ!? まだくたばらねえのか、こいつは……!」

 必死で刺した剣にしがみつき、振り落とされないように耐える青年に、怪物の腕が叩き落とそうと迫る。

 青年は何とか両足を立てると、そのまま剣を思い切り抜き取り、反動に任せて振り上げた。

 怪物の腕がまた一本切り落とされる。

 青年は慌てて怪物の頭にへばりつくと、再度瞳を目掛けて剣を突き立てた。

 バチバチと損傷部に火花が散り、怪物はようやく機能を停止した。


「こいつはもう駄目だな」

 使い物にならなくなった剣を物寂しげに見つめて、男は溜め息を吐いた。

 青年が怪物の胴を伝ってそろそろと降りてくる。つい先ほど頭まで一気に飛び乗ったのと、同じ男とは到底思えない挙動だった。

「ありがとう。お陰で助かりました」

「ああ、礼はいい。命を助けられたのはお互い様だ」

 頭を下げる青年に、まず何から言うべきかと男は暫し考える。

 通りすがり、勢いで関わってしまったは良いものの、何から何まで分からない男だ。

「それであんた――――おい、大丈夫か?」

 だが、口を開くより先に青年が倒れ込んできて、男は慌てて受け止めた。

 慌てて呼吸を確認する。

「良かった、生きてる」

 気を失っているだけらしい。一先ず青年に大きな怪我が無い事を確認して、男はほっと安堵の溜め息を吐いた。

「……だが、だいぶ弱ってるじゃないか。…………仕方がない」

 男は青年を担いで、木々の中へ消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ