【第16章】世界を変えるために!【通知が止まらない】
突然エウレカに送られてきた大量のメール。どれも人族からで、文面を見るにビルドの知り合いらしい。3桁もメールを受信しているのに、1つとして同じアドレスがなく人名も被っていない。
何が起きているかを手っ取り早く知るべく、ビルドから送られてきたメールを開くことにした。こういうのは他人にエウレはカのアドレスを伝えた張本人に聞くのが確実だ。
『130代目魔王エウレカ殿。いかがお過ごしですか? こちらは元気にやっています。先日の質問コーナー、観させていただきました。実はあの生放送を境に知り合いからエウレカ殿について尋ねられることが増えまして……』
「なんだと?」
『勝手ながらエウレカ殿とかわしたドラゴン族に対する共闘と人族との休戦協定について伝えました。同じものをかわしたいのであればとエウレカ殿の連絡先も教えました。事後報告となってしまいすみません』
「犯人はお主であったか」
「さっきからブツブツうるせーよ。メールに相槌打つなら心の中でやれ!」
メールを読む度に心の声が言葉となって零れる。それを指摘したフェンリルがエウレカの足に噛み付けば魔王城全体に響くかと思うほど大きな悲鳴が口から飛び出した。
『一国の主やいずれ国の頂点に立つであろう者、はたまた富豪(意味がわからなければ教えてください、エウレカ殿の知る言葉で説明します)まで。様々な知り合いがエウレカ殿に興味を持ったようです』
「パジャマ姿で無防備な寝顔を披露しただけだと思いますが」
「酷いぞ、シルクス。確かに寝てしまったのもパジャマ姿だったのも事実であるが……」
エウレカだって反省はしている。さすがにパジャマ姿は無かったなと。だが質問コーナーを行った時は「どうせ寝るかもしれないしいつでも寝られる格好でいよう」などという安易な考えをしていたのだ。
『よろしければ彼らと話していただけませんか? また、魔王城の修理の日程についても話したいです。都合のよろしい時間帯を教えてください。ぜひ電話で話しましょう』
突如としてエウレカの元に送られたメール達。その送信者はビルドの知り合いであり、先日の質問コーナーの配信を見てエウレカに興味を持った人族なのだ。ビルドの知り合いとだけあってその地位や権力は大きい。彼らを味方にできれば、エウレカは夢へと一歩近付くだろう。
出来ることなら実力行使という手段は避けたい。だがそうも言っていられない現実がある。人族と魔族を繋ぐ協定を結ぶのは権力者だ。その国や集団がどう動くかを最終的に決めるのも権力者だ。となれば必然的に権力者と連絡を取り味方に引き込むという少し強引な手段にならざるを得ないのである。
エウレカには時間が無い。天使族と悪魔族の間で起きている掟に関する問題。いつ人族に襲いかかるかもわからないドラゴン族の存在。人族をドラゴン族から守るためには、少しでも早く人族と協力関係になる必要がある。いくらエウレカと言えど、名も場所も知らないところへは助けに行けない。
「これは、好機とみるべきかのう」
「まぁ、連絡をとってみるべきではあるよね。休戦協定は対象が多い方が再建の邪魔にならないし」
「ウリエルの言う通りだな。とりあえず一人一人に返事をしてみたらいんじゃね?」
「んだ。おめ、今逃しだら次いつになるがわがんねぇぞ」
「あのパジャマ姿の何がよかったのかは疑問ですが、理想の為にもここは動くべきかと思います」
四者四様の返事を受け、エウレカはメールと睨めっこを始めるのだった。
人族と魔族の関係を変えるために、そして人族と魔族の争いを止めるために。エウレカが大量のメールと戦ってから数時間後のこと。
あまりの量の多さに返信作業は終わりが見えない状態となっていた。まだ最初の返事すら出来ていない人達がいる一方で、返信したばかりの人達から新たなメールが送られてくる。
返事が遅くなるのは良くない。一人一人文面が微妙に異なるため、同じ文章を使い回すことも出来ない。さらに貴重な交渉相手でもあるため、名前を間違えることはもちろん誤字脱字すら許されない。この状況についにエウレカが根を上げた。
「ビルド様に相談されてはどうです?」
「何を。この者達はビルド殿の知り合いで――」
「だからです。ビルド様経由でこの方達全員が集まる機会を作っていただき、そこで話してはどうです?」
一人一人返信をするのは効率が悪い。ならば送信者全員を集め、全員の前で話した方がいい。シルクスの提案には一理ある。さらにシルクスの提案にはもう一つ意味があった。
「声で伝えるのは得意ですよね」
「まぁ、動画はカメラの前で、他は相手の前で、話すことが多いのう」
「メールだと変な誤解が生まれるかもですし、魔王様にとっても直接お会いして全員の前で説明する方がいいのでは?」
エウレカを含め、魔族はまだ文明の利器に慣れていない。一部の者達にはパソコンやスマホが出回っているが、それ以外の者はその存在すら知らない。師匠のようにパソコンやスマホを所持していない魔族もまたまだいる。だがシルクスが言いたいのはそういうことではない。
「魔王様は礼儀とかわからないですから」
「何を――」
「パジャマ姿で生放送ですよ? そんな魔王様がメールで礼儀正しく振る舞えるとでも?」
「それとこれとは話が――」
「魔王様、敬語使うの下手ですよね。マナーというか、TPOをわきまえない行動多いですよね?」
「TPOとはなんじゃ? 新手の卵かけご飯か?」
「はあ。もういいです。素直にビルド様に連絡しましょう。魔王様は何もしないでください」
度重なるエウレカの言動をシルクスは身内ということを抜きで考えていた。敬語ではない特徴的な話し方、生放送でもパジャマ姿を見せるほどに時・場所・時間をわきまえない、人族のマナーなんて知るはずもない。そんなエウレカが単独で、顔も見えないメールという媒体で人族と交渉するのは難しい、と。
肝心のエウレカは「TPO」が何を示すかもわからないまま、とりあえずビルドへ送るメールを作成し始めている。おそらく彼は自分の何がいけないのかもわかっていない。魔族としてのマナーはそれなりなのだが、魔族に敬語という概念はなくマナーも人族とかなり違う。それを知るシルクスは深いため息しか出てこない。
人族相手といえど見下されては終わりだ。愛想を尽かされてもダメ。相手の上辺だけの言葉に釣られても良くない。大事なのは相手と直接休戦協定を結ぶように話を持っていくこと。純粋なエウレカにはやはり難しい。
「魔王様。ビルド様に連絡ですよ。間違っても魔王様だけの判断で勝手に返信なさらないように。いいですね?」
「……う、うむ」
「あはは! こりゃおもしーごどだな。エウレカが尻に敷がれでんぞ」
「師匠、笑うでない!」
エウレカはシルクスに抗えない。もちろんその理由の半分はシルクスが持つ、ドラゴン族故の知識なのだが……天下の魔王様が側近のメイドに頭が上がらない。その光景はなんとも滑稽であった。