【第14章】狙われた魔王様!【魔王城での異変】
エウレカがドラゴン族を殺した時の動画が投稿されてから3週間が経過した。その間に起きた出来事は大きく2つ。1つ、投稿された動画をきっかけにエウレカの作った「まおうチャンネル」が荒れた。1つ、1週間前に人族が投稿した動画で、エウレカを褒める者がいた。
しかし依然として状況は何も変わらない。どこまでも広がる青天井に壊れた壁や柱。相変わらず瓦礫が散らばったままの魔王城はとても人が住める状態ではない。エウレカの命令により、崩壊した魔王城で仕事をするのはエウレカと一部側近のみとなっていた。
居住区の方は少し進展が見られる。炭となった木材と焼け跡に残った灰は跡地から姿を消し、新しい住居を建てるべく土壌の整備が行われているのだ。といっても、動画の一件以来、本当にビルドが復興の支援をするかも怪しくなってしまったが。
中庭ではドラゴンの襲撃に具え、魔王城の敷地を囲うように堀の内側に城壁都市を作ろうとしている。すでに石材の一部は中庭へと運ばれており、魔王軍の見習い達がドワーフの指示に従って石材を積み上げている。
少しずつではあるが再建に向けて動き出した魔王城及びその敷地。そんな中、再建とは別の動きをする魔族達がいた。彼らがいるのは、全くと言っていいほど片付けがされていない魔王城だ。
その日の朝、魔王城に一筋の白い光が差し込んだ。その光は数分と持たずにすぐに消えてしまう。 明らかに自然の光と異なるそれに違和感を覚え、動き出す者が一人いた。
その魔族は最上階まで階段を駆け上がり、廊下を走り、王の間へと繋がる扉をノックする。が、中から返事がされるのを待たずに扉を開いて王の間へと足を踏み入れた。
「エウレカ!」
赤い絨毯の上を早足で歩き、王の間中央に置かれた巨大な玉座へと駆け寄る魔族が一人。閉じられた一対の白い翼が天使族であることを示している。魔族に似合わぬビジネススーツは青空の下では窮屈そうだ。
その魔族――ウリエルは額からこぼれ落ちる汗のことも忘れ、玉座の前でひざまずいた。彼の真向かいにいるのは、大きさの合わない玉座の上で座るエウレカ。その顔にいつかの赤い紋様はなく、背中から翼も生えていない。
正真正銘、いつも通りのエウレカだ。けれど何かが違う。見た目は確かにエウレカなのに、まとっている雰囲気が別物なのだ。ウリエルの知るエウレカは猪突猛進型。ウリエルの姿を見ればすぐに声をかけるはずだ。
「あなた、誰ですか?」
違和感を覚えて問いかければ、目の前にいるエウレカが視線を逸らす。ウリエルの赤い瞳はそんなエウレカの一挙一動を逃さなかった。それと同時に、エウレカの姿に扮することが出来る人物に一人だけ心当たりがあることに気付く。
「シルクス?」
「……どうしてここに?」
「聞かなくても気付いてるでしょ、勘のいい君なら」
エウレカはウリエルの質問には答えない。が、否定も肯定もしないことが答えだった。指でメガネの位置を調整すると、ウリエルがエウレカに扮するシルクスを睨みつける。
「ここに、天使族が来たよね、ついさっき。ねぇ、エウレカはどこ?」
「……来たのは、天使族だけじゃないです」
「だけじゃ、ない?」
「……ウリエル様、お願いします。魔王様を助けてください!」
エウレカの声がした。けれど声を発しているのは明らかにエウレカではなくそばにいたはずのシルクス。シルクスがエウレカに扮している意味をウリエルが理解するまでそう時間はかからなかった。
時を遡ること三十分前。エウレカはいつものように王の間で玉座に腰掛け、パソコンと睨めっこをしていた。先日エウレカが助けた女性記者が投稿した新たな動画を見ている。コメント欄には共感の声とエウレカや女性記者を批難する声が入り交じっている。
ほとぼりが冷め始めたのだろうか。エウレカを責める声は数を減らしたように思える。ドラゴン族を殺したことから後先を考えずに人族を助けたことへと、人々の着眼点が移っているようである。もちろん、減ったとはいえ擁護する者と批難する者の数は同じくらいなのだが。
「……誰じゃ!」
突然エウレカが玉座から離れた。それと同時に空から王の間――玉座近辺に向かって白い光の糸が降りてくる。やがてその光の中に魔族のシルエットが浮かび始めた。光が消えるとその正体が明らかになる。
羽毛の目立つ白い翼を広げた魔族は天使族。コウモリのような皮膜の翼を広げた魔族は悪魔族。掟によって交わることを禁じられた2つの種族が今、足並みを揃えてエウレカに近付いてくる。彼らが来た理由に心当たりがないわけがない。
「みーつけた」
「すっかり騙されましたよ、魔王様」
「人族もたまには役に立つじゃん?」
「その年になるまで生き延びるなんて、前代未聞ですね」
エウレカを見るなり楽しそうに声を弾ませたのは天使族。悪魔族は呆れた顔でエウレカを見ている。天使族と悪魔族となれば考えられるのはエウレカの過去のみ。玉座から離れたエウレカはその場から動かずに天使族と悪魔族を睨みつける。
頭上に広がるは青空。魔王城の外壁はひび割れたり穴が空いたりしており、王の間も例外ではない。壁にポッカリと空いた穴からは外の景色が見える。王の間に逃げ場などなかった。エウレカと魔族二人の距離が少しずつ縮まっていく。
「何かしたか?」
エウレカの紡いだ言葉が天使族と悪魔族の動きを止める。
「我が何かしたか?」
その赤い瞳が王の間入口を向いた。扉は微かに空いており、扉の隙間から赤い目が王の間を見ている。魔族特有の赤い瞳とは別に、丸い目のような何かが顔を覗かせていた。エウレカが小さく指を動かせば赤い瞳が僅かに縦に動く。
「危険なんだよね、君の魔法。しかもその魔法、世界中に広まっちゃったし?」
「禁忌の子は存在する事が罪ですから」
「そうそう。君が生きてる。それだけで問題なんだよ」
エウレカはその言葉を聞いても表情を変えなかった。指先を不自然に動かしながら言葉を紡ぐ。
「だから我を殺すとでも言うのか? 殺したところで、今以上に魔族が荒れるぞ?」
「知ってるよ。だからこうして攻撃しないで迎えに来たんじゃん」
「殺しませんよ。審判にはかけますが」
魔王城の場所を知らない魔族はまずいない。今ここで派手に戦えば復興がさらに長引くだろう。下手に相手を傷つければ、今度は悪魔族、天使族の今後に影響する。
「ならば我を捕まえてみよ!」
エウレカは姿を偽ることを止め、不揃いな翼で空へと羽ばたくことを選んだのだった。