【第12章】魔王様は良い子の味方!【いざ炎の盛る方へ】
廊下には焦げ臭い白い煙が広がっており、鼻で息をするとむせてしまう。階下で何が起きているのかはわからないが、ビル内に漂う煙が良くないものであることはわかる。しかしどうすることも出来ない。
背中から生えた翼を羽ばたかせれば火災を悪化させるかもしれない。魔法で新鮮な空気を作り出すのも同じだ。エウレカに残された方法は白魔法を用いてエウレカと女性二人分の体を癒しながら火元へと向かうことだけ。
「時間が無いので手短に。いきなり信じろというのも無理かもしれぬが、どうか我と共に行動して欲しい。離れれば白魔法が届かぬが故、お主が死ぬかもしれぬ。それでだな、今から我がお姫様抱っこというのをする。お主は我の首に腕をまきつけて大人しくしていて欲しい」
女性の名前も何が起きたかも意見も聞く時間が無い。言葉を紡ぐとひょいと女性の体を持ち上げて横抱きにした。かと思えば背中から生やした2枚の翼を極力動かさないように気をつけて廊下を走り、階段を下っていく。
ただ階段を下るだけではない。警報音に紛れ込む人の声に耳を傾け、煙の出処を追っている。本来であれば女性だけでも外に逃がすのが正解だろう。だが幻影の炎に包まれたビルの中に救助を手伝うような物好きはいない。エウレカが一人でどうにかするしかない。
「あの……」
「むやみに話すでない。この煙は有害なのじゃろう? そう、動画で学んだぞ」
「わ、私は記者として侵入した部外者でして。お、恐らく他の被害者はすでに――」
「不吉なことを言うでない。そんなこと、わからぬではないか。怪我をしてるなら我が癒せばよい。逃げ遅れた者がいれば助けるまでのこと。違うのか?」
「ですがそのー、人族じゃない、ですよね?」
「もちろんじゃ。我は130代目魔王であるからな。じゃが……命を救うのに人族や魔族は関係あるかのう?」
話している間にもその足は一段一段と下へ向かう。視界は先程までより悪くなり、黄色み帯びた白い煙が漂っている。にも関わらず、下へと向かう速度は衰えない。煙によって視界のほぼ全てが覆われているのは人族も魔族も変わらないというのに、エウレカはそれでも下へと走るのだ。
エウレカとエウレカが横抱きしている女性を白い光が包んでいる。これは火災によって出た煙に対処すべく白魔法を発動しながら移動しているからである。
白魔法は魔力だけでなく術者の体力生命力を消費して傷や症状を癒す。エウレカは魔力と体力を犠牲にしながらもなお、犯人を止めるべく必死に移動しているのだ。だが女性にはそれがどうしても理解できない。
女性とエウレカが無傷なまま1階へと辿り着く。視界を覆うは黒い煙。上を見上げれば、天井に波のように広がって壁紙を燃やす赤い炎があった。エウレカの足が1階の廊下へと伸びていく。
ビルの一階は一言で表すならば「炎の海」である。燃やせる物はほぼ全て燃やし尽くし、それでもなお消えない。炎はただ周辺の物を燃やしているわけではないようだ。
廊下を歩くエウレカの足にも炎の波が襲いかかった。獲物を見つけた蛇のように、可燃物である魔族がいると知るや否やその足元にまとわりつく赤い火。その存在を無視することは出来ない。
「ウォーター」
警報音に顔を歪ませながらも言葉を紡げば、エウレカの足元から水が現れてエウレカを襲う火を消していく。しかし水の魔法1つではエウレカを襲おうとする炎を抑えるのが精一杯で、1階廊下全体に広がった炎の海を消すには至らない。
明らかに意思を持つ炎。それを完全に消すには術者を見つけて魔法を止めさせるしかない。術者がいる限り、魔法を発動する限り、火を止められないからだ。しかし炎の海を一時的にどうにかして犯人の元へ向かう、ということならエウレカにも可能だ。
「……フリーズ!」
刃物のように鋭い声が廊下に響く。その刹那、床を壁を天井を這っていた炎がその動きを止めた。いや、凍りついた。原型を留めたまま炎が凍ったせいか、突如廊下を覆い始めた氷は歪な形をしている。
炎を凍らせることで燃焼現象を抑えたエウレカは、一息つく間もなくその背に生えた異なる種類の翼を羽ばたかせる。先程まで翼を使わなかったのは火事を悪化させないため。原因となる燃焼現象を止め、これ以後に起きる火は魔法による煙の出ない火だとわかった今、煙を風で避けるのは当然のことと言える。
エウレカに抱えられたままの女性はこの一連の動作を見ても何も言わなかった。代わりに首に下げているカメラで周囲の様子を撮影する。氷によって室温が下がったからだろうか。女性が息を吐けば、その息がすぐさま白くなる。
割と規模の大きな魔法を使用し、さらに白魔法を継続して使用。並の魔族や勇者であれば魔力か体力がとうに尽きているというのに、エウレカは弱っているように見えない。白と黒2種類の翼を羽ばたかせ、凍りついた廊下を飛行。目指すは唯一生き物の気配がする、一階の廊下最奥に位置する部屋。
距離を縮める度に強くなる相手の気配。逃げる様子がないのはエウレカが来ることを知っているからだろうか。相手が万全の状態で待ち受けているのは間違いない。エウレカの口角が不自然に上がった。