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魔王が動画配信を始めました~魔王様は人族と仲良くなりたい~  作者: 暁烏雫月
第一部 魔王が動画配信を始めました
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【間話】メイドは見た!【スライム撮影裏話】

 その日、外は晴れていて絶好の洗濯日和でした。洗濯と言えばまず魔王様の衣服です。プライベートの物も職務に必要な物も全て私たちが洗います。事件は、私が洗濯物を受け取ろうと王の間のある4階に向かった時に起きました。


 王の間からは魔王様とスライム以外いないというのに話し声がします。どうやら玉座正面にセッティングしたカメラで動画を撮影しているようなのです。


 大きな玉座の上でポケーっとしてるスライム。周りに使用人がいるとも知らずにカメラに向かって話し続ける魔王様。その光景を扉の隙間から覗いていましたが、なんとも滑稽なのです。


「我こそは、130代目魔王、エウレカだ。我が偽物だと思う者は魔王城まで来るがいい。本物かどうか確かめられるぞ」


 何度もカメラに向かって決め台詞を言う魔王様。でも何が気に入らないのか、何度も決め台詞を撮り直します。台詞も動きも変わらないのにどうして撮り直していたのか、私にはわかりません。


 満足のいくまで決め台詞を撮り直すと、ようやく動画配信らしい撮影が始まりました。よく動画の初めに「何を撮影するのか」を話しますよね。あの、本編へと繋がるイントロ部分の撮影を始めたんです。


「さて、ここに皆様お馴染みの魔物、スライムがいる。スライムの正しい用途を、我がこの身を持って皆に知らしめようではないか!」


 魔王様が最初の題材として選んだのは、魔族にも人族にも人気のある魔物、スライムです。だけど私、あの魔王様がスライムと一緒にいるだけで笑えてしまって。だって私達、魔王様の秘密を知っているんです。


 魔王様、スライムが苦手なんですよ。もちろん倒せないとか弱点とかってわけじゃありません。魔王様は「魔王」の称号を受け継ぐだけあって強いお方です。そういう意味の苦手じゃないんです。


 ここだけの話、魔王様、実はスライムが触れないんですよ。なんでもあの独特のぷにぷにひんやりな感触が気持ち悪いらしくて。スライムを巡る魔王様のエピソードは有名です。





 過去に1度、城の中に迷い込んだスライムを退治するためだけに魔法を乱発して、魔王城を半壊にしたこともあるんだとか。それ以来、魔王城の敷地内にスライムの立ち入りは原則禁止。私達がスライムを楽しむ時は魔王様が怖がらないように細心の注意を払うことに。


 スライムって簡単に分裂するし、ちょっと目を離した隙にいなくなっちゃうんです。実際、野生化したスライムの起源は私達の元から逃げたスライムって言われてますからね。そうやって増えるところすらも、魔王様は嫌なんだとか。


 さて、魔王様は本当にスライムが無理です。触れない、抱っこできない、スライム風呂なんて論外。そんな魔王様ですから、このあとの展開はすぐに想像出来ました。


「だ、誰か……誰かこのスライムを運んでくれぬかー!」


 スライムを抱き上げられない魔王様の、悲痛な叫び。大きな玉座の上にはスライムが乗っかっています。撮影が一段落したけどスライムに触れなくて、スライムだけを置いて王の間を留守にすることも出来なくて。そんなところも魔王様らしいなと思います。


 130代目魔王のエウレカ様は少し抜けています。スライムが苦手で、梅が大好きで、魔王様なのに贅沢な生活はしない。そんな庶民派の魔王様が、私達は大好きです。


「だーれーかーー!」


 魔王様が苦しんでいます。そろそろ、助けを呼びに行きましょう。思ったはいいものの、誰を呼ぶのが得策でしょうか。四天王はダメでしょう。メイドの私達も仕事がありますし……。


「どうされましたか?」


 遠目からも目立つ白い猫耳に白い尻尾。腰の辺りまで伸びた銀髪。赤い瞳に豊満な胸、魔王様と対等に話す度胸もある。まさに最適な助っ人が現れました。


「シルクス。魔王様がスライムに触れず困っているのです。手伝っていただけますこ? その間に私は洗濯を進めますので」

「魔王様がスライムを……? わかりました、私が行きます」

「よろしくお願いします」


 シルクスはもう25年はいる、メイドの中でも古株の存在。魔王様との仲もいいようなので、助っ人にはうってつけです。


 私はシルクスにあとを託し、本来の仕事――洗濯のために活動することにしたのでした。





 洗濯機に衣服を投げ入れた直後のことです。魔王城に数ある部屋の1つから魔王様の悲鳴が聞こえてきました。声の方を向けば、扉の隙間からシルクスが顔を覗かせています。シルクスは私を見つけると小さく手招きをしました。何事でしょうか?


 シルクスは私達普通のメイドとは少し違います。生まれが特殊なのと経歴が長いのとで、メイドの中では格上の存在。シルクスに呼ばれたら行かないわけにはいきません。私の上司ですので。


「今手が空いてますか?」

「空いてます」

「ちょっと、増えすぎたスライムを浴室に運んでもらってもいいですか? それと、スライム風呂の準備をお願いします」

「わかりました。……ってスライム風呂ですか?」

「はい。魔王様は動画撮影でスライム風呂に入りたいようですので」

「わ、わかりました」


 スライム風呂は文字通り、スライムで作った風呂です。独特なドロリとした感触と、スライムボディによるスキンケア効果で女性に人気のお風呂。でも、あの魔王様がスライム風呂に入るなんて信じられません。


 魔王様は今も大量のスライムに声を上げています。スライムが大嫌いな魔王様が、大嫌いなスライムの中に入るなんて。ですが、シルクスの命令は絶対です。動画撮影のためということは、スライム風呂にも何か意味があるのでしょう。


 魔王様、恨まないでください。これもあなたの動画撮影のためです。魔王様が望まれるのなら、私達メイドはやるしかないのです。


「皆さん、大至急3階の空き室に集合してください。スライムを回収し、浴室にてスライム風呂を用意します」


 魔族たるもの、テレパシーの1つや2つ、使えなければなりません。早速テレパシーで他のメイドに声をかけ、スライムの回収とスライム風呂の用意をすることにしました。私のテレパシーを聞いてか、廊下にメイドが集まってきます。


「シルクス様。スライムを渡してください。私たちが運びます」


 私の声に、シルクス様はクスリと笑われたのでした。





 スライム風呂の作り方は至って簡単です。まず、スライムを動けない状態にします。これはスライムの中にある核を壊せばいいだけなのですぐ終わります。あとは、動かなくなったスライムを浴槽に集めるだけ。これで下準備完了です。


 ただ、魔王城の浴室は広いんです。主に利用するのは魔王様と一部のペット達なのですが……洗い場だけで客室1つ分はありますね。浴槽でさらに客室1つ分。この巨大な浴槽でスライム風呂を作るのは少々骨が折れます。


「今どれくらい埋まってますか?」

「やっと半分です」

「ということはスライムがあと30匹は必要ですね。集めてきます」


 スライム風呂の主成分はスライムです。なので、浴槽をスライムで一杯にしないことには話になりません。ですが、シルクスから託されたスライムだけでは数が足りませんでした。さすが、魔王様専用の浴室です。


 というわけで私達メイドは二手に分かれました。1つは浴室にてスライム風呂の準備をするグループ。もう1つは外からスライムを集めてくるグループ。魔王様が来るまでには完璧なスライム風呂にしなければなりません。


「スライムが少ないけれど、準備を進めます。浴槽を温めてください」


 スライム風呂は浴槽にスライムを入れ、熱して作ります。ただスライムを集めただけでは水風呂になってしまいますし、粘度が足りません。だから熱して何匹ものスライムを融合させ、1つの巨大なスライムとするのです。


 スライムは熱することで体が柔らかくなります。スライムの体を融合させるにはまず熱し、スライムの体が柔らかくなったところで浴槽全体をかき混ぜる。そして頃合いを見て熱するのをやめ、冷ますのです。


 こうすることで、スライム風呂はほどよい粘度と滑らかな感触を持つようになります。熱してスライムの体をくっつけてから冷ます。この工程が大切なのです。ですがきっと、魔王様には私達が何をしたかなんてわからないと思います。





 私達の予想通り、スライム風呂は魔王様のお気に召さなかったようでした。魔王様はスライム風呂に入るや否や、魔法で火を放ち、浴槽ごとスライムを燃やしてしまったのです。残ったのは少し焦げた浴槽と、洗い場のタイルに飛び散ったスライムの飛沫だけ。


 魔王様はシルクスを連れ、プライベートルームの方へと向かわれました。ええ、後片付けは当然、私達の仕事です。


 空っぽになった浴槽。内側は魔王様の放った炎のせいで所々黒く焦げています。スライムから離れたい一心で火力調節をせずに魔法を発動したからでしょう。焦げ跡を見るとちょっぴり悲しくなります。


「あ、これ、浴槽の表面だけ焦げてるよ」

「嘘!」

「ほら、浴槽内側のタイルを剥がしてごらん? タイルの下は綺麗でしょ?」

「本当だ」

「浴槽の内側のタイルを張り替えよう。そうすれば今晩の入浴に間に合う!」

「でしたら、タイルを張り替える班、浴室を掃除する班、に分かれましょうか」


 ああよかった、魔王様は浴槽の表面を焦がしただけのようです。タイルを張り替えるだけで済むならすぐ終わりますね。浴槽全体が壊れたわけでなくてよかった。


「……スライムってさ、気持ちいいよね」

「わかるわかる。あの感触が癖になる」

「魔王様、スライムの何が嫌なんだろう?」

「あの弾力がいいのにねー」

「最強なはずの魔王様がスライム苦手なんて、今でも信じられないよー」


 他のメイド達の会話に、今日の出来事はこれからも語り継がれるんだろうなと実感しました。スライム風呂を浴槽ごと燃やす魔王様。……新たな伝説、誕生ですね。




 以上があの日私が見た出来事の一部始終になります。お役に立てれば幸いです。シルクス様、貴重なお話を聞いていただきありがとうございました。

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