【第10章】魔王城復興に向けて!【撮影@居住区跡地】
次にエウレカが向かったのは魔王城の裏側に位置する居住区。かつては木造の家屋が所狭しと並んでいたのだが、今や家屋の姿は全くと言っていいほど無い。住居は全てドラゴンの炎に燃やされ、生活用品と共に炭や灰になった。
居住区の跡地ではまず、使えなくなった木材の除去や家具の片付けが行われている。新しく家を建てるためにはまず土地を整えなければならない。そのためにと居住区で指揮を執るのは1人の天使だ。
背中から生えるは鳥の翼を思わせるふわふわとした一対の白い翼。金色の短髪に細い銀フレームの眼鏡。身にまとうは白い翼には不自然な黒いビジネススーツ。名をウリエルと言い、四天王の一人にして魔王城の採用担当である。
「廃材は粉砕して可能な限り焼却しようかな。粉砕は巨人族に頼むから、廃材を巨人族のいる山に運ぼっか」
「了解です」
「焼却は……悪魔族に頼もっか。悪魔の炎ならなんとか燃やせるでしょ。というわけで、魔物使役隊は巨人族への輸送して、粉砕したものを城まで運ぶ。ゴブリン隊は城に運ばれた粉砕物を悪魔族へ運ぶ。亜人隊は居住区を更地にする。いいね?」
その手にパソコンを抱え、画面を見ながら指示を出していく。その指示に従って魔族達が動いている。エウレカが訪れたのは、ウリエルが指示を出している真っ最中のことだった。
どこからともなくやってきたエウレカの姿に魔族達の顔つきが変わる。皆が作業を中断しエウレカに向かって頭を下げ始めた。ウリエルもパソコンから目を離し、エウレカに向かって頭を下げる。
「いちいち我に礼をせんでよいぞ。お主らは作業を進めよ」
エウレカがカメラを向けたまま言葉を紡げば、ウリエルを除いて魔族達が作業に戻っていく。魔族達を指揮していたウリエルはというと、眼鏡越しにエウレカのことを睨みつけていた。
「ウリエル、どうしたのじゃ?」
「どうしともこうしたもないでしょ、エウレカ。魔王である君がどうしてこんなところにいるのかな?」
「撮影のためであり、話し合いまでやることがないからであり――」
「『やることがない』は聞き捨てならないな。質疑応答の準備、人族魔族平和協定に向けた交渉の準備。事実上の休戦を正式な文書にしなきゃいけないし、交易を行う上での条件も定めなきゃいけないよね。今回は一国の王としか話さないけど、今後に向けてどう動くかも考えなきゃだ。ほら、やることならたくさんあるはずだよ? 違う?」
金髪が太陽に照らされて煌めく。クイッと指でメガネを持ち上げる仕草がわざとらしい。2メートル近くある長身がエウレカの姿を見下ろしている。その威圧的な態度に、エウレカは視線を横へと逸らすばかり。
明らかに視線が泳ぐ赤い瞳。ウリエルの言葉を聞いた直後に引きつった顔。その顔はウリエルとは真逆の方を向いている。そのわかりやすい態度が、自らに非があると認めていた。
だらりと汗が頬を伝う。夏の暑さが原因ではなかった。赤茶色の髪は頬を伝う汗によって皮膚に張り付いている。顔が若干青ざめているのは気の所為ではない。
ウリエルが一歩エウレカに近付けば、エウレカの体が一歩ウリエルから遠のく。ウリエルの眉間にはシワが寄り、額には血管が浮き出ている。怒っているのだと、言葉にせずとも感じる。
「エウレカ。君は今、魔王だよね?」
「そ、そうじゃ」
「魔王の仕事はなんだっけ? 」
「魔族の平和を維持することじゃ」
「そのためにエウレカが今すべきことはなんだろうねぇ?」
「ひ、人族と魔族の関係改善のために、全力を注ぐこと、じゃ」
「そうだねぇ。じゃあ、そこに向けて頑張らなきゃいけないエウレカはどうしてここに来たのかな?」
ウリエルに一つ問われる度にエウレカの声が上擦っていく、掠れていく。ジワリと黒いマントに汗が滲んだ。もうウリエルから逃れられない。エウレカは覚悟を決める。
ウリエルがエウレカとの距離を詰めて手を上げる。エウレカは観念し、ギュッと両目を閉じた。ウリエルの顔も見ずに乾ききった口を開く。
「す、すま――」
「謝らなくていいんだよ。僕はエウレカを心配しているだけなんだから」
エウレカの予想に反し、ウリエルの手はエウレカの頭を優しく撫でた。そして告げるは怒りの言葉ではなく許しの言葉。その声にエウレカが目を開けば、ウリエルは困ったような笑みを浮かべている。
「君がサボればサボるほど、周りからの目が厳しくなっていくよね。人族と仲良くなるのを嫌がる魔族も多い。サボりがちな君の説得に応じる人はどれくらいいるだろうね?」
「う、ウリエル?」
「リスクを考えよう、エウレカ。僕は甘やかさないよ。いつか君が胸を張って外を歩ける日まで君を守るって、姉さんに誓ったんだから。君が頑張らなきゃ、姉さん達は救えない」
「…………すまぬ」
「だからさ、謝らなくていいんだよ。困るのはエウレカ、君だけでしょ? 困りたいならこのままフラフラと宛もなく歩いていればいい。そうじゃないなら……わかってるよね?」
笑顔の裏からは殺気が漏れている。シルクスがエウレカに見せる、怒っている時の様子によく似ている。エウレカの目には何故か、ウリエルとシルクスの姿が重なって見えた。種族が異なるのにどうして重ねてしまうのだろう。
「そ、そうじゃ。我は皆の様子を見て回っているのだった。魔王城と居住区は見て回ったし、次は中庭にでも行くかのう」
わざとらしく声を弾ませ、ウリエルの元から1歩また1歩と遠ざかっていくエウレカ。そんなエウレカの姿に、ウリエルは小さくため息をつくのであった。




