【間話】フェンリルは見た!【エウレカとの出会い】
エウレカとの付き合いは長い。初めて話したのは122年前、魔王軍で同じ班に配属された時だった。今でも覚えてる。なんせエウレカは魔王軍の中でも異質な存在だったからな。
昔は毎日のように勇者のパーティが襲撃してきたもんだ。魔王軍は複数の班に分かれていたけど戦闘のない日なんてなくて、今ほど待遇も良くなかった。魔王軍にいる奴は一人を除いて毎日ヘロヘロだったよ。
例外の一人はエウレカだ。エウレカだけは、どんなに戦っても元気だった。黒魔法で勇者達を攻撃したかと思えば白魔法で味方を癒すし、ああ見えて物理攻撃もそれなりに出来る。誰もが目を疑ったぜ。どうしてエウレカだけは平気なんだって。
あんたも知ってるだろうけど、エウレカは黒い巻角が特徴的な獣人系魔族に見える。そんなそこら辺に沢山いるような魔族が白魔法と黒魔法を使えるなんておかしな話だよな。だってこの二つは普通なら同時になんて使えねぇんだから。
白魔法は天使族が主に使う、傷を癒したりする魔法だ。黒魔法は悪魔族を主とした多くの魔族が使う、攻撃のための魔法だ。そりゃ妖精族の妖精魔法みたいに白と黒両方の特徴を持つ特殊な魔法もある。だけど普通の魔族なら、エルフだってそうだが白と黒どっちかしか使えねぇ。
あまりにピンピンしてるし魔力も尽きねぇから、周りの奴らが怪しみ始めたんだ。エウレカは何者なんだって。ただの獣人じゃねぇだろって。で、そんなエウレカの正体を暴くべく動いたのがこの俺様だったってわけだ。
声をかけたのはいつの襲撃の後だったかな。戦った勇者のことは忘れたけど、襲撃に対処した後のことだってのは間違いねぇ。戦闘後も笑顔でピンピンしてるエウレカに俺様から声をかけた。
「あんた、疲れてねぇの?」
「む? お主は誰じゃ?」
「誰って、俺様は同じ班のフェンリル様だ。班員の名前くらい覚えとけよ」
「ということは、お主は我の名前を知っておるのだな?」
「当たり前だ。あんたはエウレカだろ? 有名だぜ。どんなに戦っても疲れた顔一つ見せねぇで元気だってよ」
班員の名前を覚えるってのは嘘だ。全員は知らねぇ。エウレカのことを知っているのは、その経歴が珍しかったからだ。同じ面接会場にいたからだ。
エウレカは130年前、まだ12のガキの頃に魔王軍に入ってきた。成人する前に魔王軍に志願する奴は何人もいるけど、成人前に実際に採用された奴はエウレカだけだ。しかも魔王軍第一班班長ウリエルの推薦まで持ってた。
そんなガキが20になってようやく成人した。魔王軍の中でも実際に勇者と戦うような班に所属するのは難しい。まず成人して、実力が認められなきゃなんねぇ。だけどエウレカは違った。実力だけなら成人する前から認められていた。
エウレカだけが元気だったから気になって声をかけた。それは本当だ。でも俺様は、エウレカのことを同じ班に配属される前から知ってた。ただエウレカと話す機会がその時までなかったってだけでな。
エウレカは魔王軍に志願する際に白魔法と黒魔法を両方見せたらしい。未配属の魔王軍のことを訓練生って呼ぶんだが、エウレカはその訓練生の中でも突出した実力を持っていた。練習試合は魔法無しの武芸だけで他の訓練生を打ちのめした。偶然屋外で遭遇した勇者を倒して、その首を当時の魔王に捧げた。
だけど俺様を含めてみんなわかんねぇんだ。どうしてエウレカがそんなに強いのか。どうして相反する二つの魔法――白魔法と黒魔法を両方扱えるのか。そして、エウレカが何者なのか。だからこそみんなエウレカの正体を知ろうと必死だったんだけどな。
「そう見えるか?」
「ああ。他の奴らは連戦で魔力切れ起こしてるってのに、あんたはどんなに魔法を使っても魔力切れになる様子がねぇ」
「魔力切れ?」
「魔力は使ったら減るだろ。で、元々持ってる魔力が尽きたら気絶するだろ」
「そうなのか? その魔力切れとやらになったことがないのだが……」
白魔法と黒魔法を扱える上に魔力切れになったことがねぇだと?
エウレカの戦い方は魔法を連発しつつ武芸を混ぜる万能型だ。戦いが終われば白魔法で傷ついた仲間を癒す。今日の発動数だって俺の知る限りで3桁だ。それなのに魔力が尽きねぇとか笑わせてくれるな。
「知らねぇならいいや。つか、白魔法と黒魔法両方使えるやつ初めて見た。どんな仕掛けだ?」
「……お主は何族じゃ? 魔物にしてはちょっと大きい気がするが」
「俺様か? 俺様は……多分、魔物じゃね。魔物だけど魔族の言葉も話せるってだけで。あんたは?」
「我は……わからぬのだ」
「はあ?」
種族がわからねぇってなんだよ。魔族なんてすぐに種族がわかんだろ。エルフは耳が特徴的だし妖精族は小さいし、獣人系の魔族はそれぞれの動物の特徴があるし。見た目でわかりそうかことがわかんねぇって。
「普段は魔法で姿を変えておるのだ。そうするようにとウリエルに言われておるのでのう」
「なんか特徴とかねぇの? 翼とか耳とか尾っぽとか」
「右は白い天使族の翼。左は黒い悪魔族の翼。我は異なる種族が交わった、良くない存在らしくてのう。魔力も多いのか、これまで一度も魔力切れとやらになったことがない」
「……ハーフってやつか。あんたも俺様と同じ変わり者ってわけだな」
「お主もなのか!」
「まぁ、魔族の言葉も話せるし体の大きさ変えられるし。魔物達の中ではかなり異質な部類で、結局群れから追い出されたな」
エウレカの話からなんのハーフなのかは察した。白魔法と黒魔法を両方使える理由も。魔力の多さはわかんねぇけど、こいつの存在があまり歓迎されてねぇんだなってことはわかる。俺様もそうだが、少しでも違う特徴があると変な目で見られるんだよな。
「……つか、俺様に話してよかったのか?」
「正直、赤の他人に打ち明けたのは育ての親以来じゃな。なんでかわからぬが、お主になら話しても平気な気がしたのだ」
「なら、俺様以外の奴には隠しとけ。大抵の奴は正体知って悪用するのがオチだ。誤魔化せ、何がなんでも」
なんでかな。俺様にはこの時、エウレカが魔王になるんじゃないかって予感があった。だからこそ、正体を聞かれても誤魔化せるようになってほしいと考えていた。今思うと間違ってなかったな、俺様の予感は。
「う、うむ……」
「あんたさえよけりゃ、俺様と一緒に動くか? 一人は誤解を招きやすいしな」
「よ、よいのか?」
「あんたといると俺様も楽だし、俺様といればあんたのこと詮索する輩も減るだろ」
「では、お主と我は今日から友達じゃな」
友達って単語を笑顔で言うエウレカに本当のことは言えなかった。なぁ、エウレカ。友達ってのはもう少し仲良くなってからじゃねぇかな。心の中でツッコミを入れるだけに留めたのは、俺様の優しさだ。
恥ずかしくなってきたしこれくらいでいいか?
にしても、エウレカとの出会いが知りたいだなんて奇妙なこと言うよな、シルクスも。今更そんなこと聞いてどうすんだっての。誰も得しないだろうに。
俺様とエウレカはもう122年の付き合いになる。エウレカに立場抜きで対等に接したり怒ったりできんのは今じゃ俺様とウリエルくらいだろうな。だからこそ、俺様とウリエルがエウレカを支えなきゃなんねぇ。
あいつさ、結構抜けてんだよな。動画配信なんて歴代のどの魔王も思いつかなかっただろうし、人と仲良くするためにってのもあるけど魔王軍の労働環境改善も頑張っててさ。良くも悪くも思考回路がズレてんだよ、あいつ。
だけどさ、あいつだからこそ出来ることってあると思うんだよな。動画配信をきっかけにした人族との交流もそうだけど、エウレカなら魔族が長年不可能って思えたことを成し遂げそうな気がするんだよな。
おいこら、笑うんじゃねぇよ。シルクスも人の事言えねぇだろ。見た目が怖そうな怪狼でもなぁ、こういうこと思えるんだよ。文句あんのか?