【第7章】ドラゴン族に会いに行こう!【VSドラゴン】
ドラゴン族の歴史は長い。まだ人族や魔族の文明が出来て日が浅い頃から今日に至るまで、文明が発達する過程を見続けてきた数少ない種族の1つである。エルフにも劣らぬ寿命の長さと聡明さは他の魔物にはみられない特徴だ。
ドラゴンは不思議な力を持ち、様々な現象を引き起こすことが出来る。人型ではないが言語を理解し、言語による意思疎通を可能とする。その特殊性が故に人からも魔族からも一目を置かれる存在とされていた。
「……お主は、我のことについて何か話したか?」
ドラゴンは今、種族存続の危機である。その危機感からメスドラゴンの獲得に躍起になり、エウレカを慕うシルクスに手を出そうとした。その結果、エウレカを狙って人をさらうまでになったのだという。その一連の流れを聞いてエウレカが口にした言葉は一見本題とは関係なさそうな内容だった。
「いえ、何も。その出自を怪しむ者はいますが、今のところは誰も悟ってはいないかと」
「そうか。……お主達はまだ、人族の犯した罪を許せぬか?」
「彼らによりドラゴン族が人と交わり、亜人が生まれてしまいましたからね……。やはり『許せない』という意見が多いです。異なる種族の交わりそのものすら、理解は厳しいかと」
「そうか。すまぬのう」
ドラゴンの言葉に、エウレカの表情が曇った。頭部から生えた黒い巻角を指で擦り、どうにか苦笑いを浮かべるのが精一杯だ。場の空気が段々と重くなっていく。
「あれは言わば、ドラゴンと人の血を半分ずつ受け継ぐ者。ドラゴンの特徴の一部を受け継ぐ者であるからのう」
「エウレカ様は、どうなさるおつもりですか?」
「仕掛けられた戦は、引き受けるしかないじゃろう。今更止められぬ。必要とあれば、戦うしかあるまい。例え、お主と敵対することになろうと」
「そう答えると思いました」
「……我は、ドラゴンを盗んではいない。シルクスが望まぬのなら、そちらに引き渡したりもせぬぞ。メスの問題はあくまでそちら側の問題だ」
シルクスが微かに頬を朱色に染めた。カメラはまだ音を立てている。
「我は戦のない世界を、そして魔族も魔物も人も、個人の意志が尊重される世界を築きたい。そのためならば……最強と謳われるドラゴン族とも戦おう」
「そうですか。それならば……私は、全力でエウレカ様を止めなければなりませんね」
それは一瞬の出来事だった。ドラゴンが黄金色の翼を天井へと伸ばす。その刹那、エウレカ達のいる空間は音もなく崩れ始めた。上から左右から、壁からこぼれ落ちた土の塊がエウレカへと襲い掛かる。
耳を塞ぎたくなるような声量でドラゴンの鳴き声が響いた。その四肢から伸びる鋭い爪がエウレカに向かって振り下ろされる。それと同時に、エウレカの前に白い生き物が立ちはだかる。
「おい、ドラゴンさんよぉ。こんな手荒い歓迎は、失礼なんじゃねぇの?」
「今頃魔王城には多くのドラゴンが向かっている。ここでエウレカ様を殺せばレッドドラゴンは我らの手に戻り、魔王城も崩壊する。あなた達はまんまと踊らされたのですよ、我らドラゴン族の手の上でね!」
ドラゴンの爪を既のところで受け止めたのは戦闘態勢を整えていたフェンリルだった。いつの間にかドラゴンと変わらぬ大きさにまで巨大化し、ドラゴンの顔を真正面から睨みつけている。フェンリルに遅れてエウレカが動く。
「……シルクス。何が起きても我から離れるでないぞ?」
シルクスを庇うように左足だけで移動したエウレカは、悲しみと怒りの入り交じった表情を浮かべていた。エウレカの体が灰色の光に包まれていく――。
地下迷宮は土の壁、土の天井、土の床で構成された窓のない迷路である。その中のとある小部屋にてエウレカ率いる魔王一派3人とドラゴン族の長が対峙していた。ドラゴンの攻撃に応じるべく、エウレカが姿を変えていく。
背中から生える一対の翼。だがその翼は普通の翼とは違い、少々不自然だ。右は白い、鳥を思わせるフワフワとした、天使の翼。左は黒い、コウモリのようなシルエットを持つ、悪魔の翼。左右異なる翼を生やしたその姿に、ドラゴンの目が丸くなる。
「忌まわしいハーフめ」
「卑怯な手を使うお主に言われたくないぞ」
「誰がいつ卑怯な手を使いました?」
「我を引き止めるためだけに、魔王城の戦力を削ぐためだけに、あのような手紙を出したのだろう?」
「わかっていてここまで来るとは、随分愚かになりましたね、エウレカ様。私1人相手なら勝てるとでも?」
「何事も、やってみなければわからぬであろう!」
今のエウレカは天使と悪魔、相反する2つの種族の特徴を持っていた。灰色の光が消えるや否や、エウレカはシルクスの体をお姫様抱っこする。そしてそのまま片足立ちの状態で翼を羽ばたかせ、宙に浮いた。
赤茶色の髪が風もないのに揺れ動く。赤い瞳はドラゴンの姿を睨みつけた。その刹那、ドラゴンに向かって火球が飛んでいく。しかしドラゴンは大きく口を開け、飛んできた火球を喰らってしまった。
フェンリルはエウレカの攻撃に合わせてドラゴンの首筋に牙を立てる。だがフェンリルの牙はドラゴンの表面を覆う黄金色の鱗を貫通することは出来なかった。爪を立てるも牙と同様に鱗に邪魔され、ドラゴンを傷つけることは叶わない。
ドラゴンが大きな声を上げて爪と尻尾を振り回した。力強く振られた尻尾によりフェンリルの巨体が壁に向かって飛んでいく。次の瞬間、フェンリルの体が土の塊に埋もれて見えなくなった。
「命が惜しければ、そこのレッドドラゴンを渡すのです、エウレカ様」
「なぜ、我がお主に従わなければならぬ?」
「では、こうするまでです」
ドラゴンが3度目の鳴き声を上げる。鳴き声に呼応するように、エウレカ達のいた地下空間が一気に縮み始めた。天井と床が近付き、四方を覆う土の壁がエウレカ達に迫っていく。
エウレカはシルクスの体を力強く抱きしめた。ドラゴンの顔を睨みつけたまま動こうとしない。ドラゴンがシルクスを庇うエウレカの姿に笑みを浮かべる……。
「この空間ごと、潰れてしまうがいい。そして地下に埋もれてしまうのだ」
ドラゴンの声が耳に入ると同時にエウレカの体がシルクスから引き離される。かと思えば背中に強い衝撃が走った。フェンリルは既に土に埋もれ、エウレカは床下に落とされ、シルクスは何も出来ないまま。ドラゴンはエウレカを床に落とした後、天井を突きぬけて空へと消えた。壁や天井の崩れた空間に残されたのはエウレカ達3人のみ。壁が天井が床が少しずつ彼らに迫っていく。