【第5章】真犯人を懲らしめろ!【脱出劇】
エウレカの放った魔法により狭い範囲で吹雪が発生。冷たい雪の粒がドラゴンに向かって吹き付ける。ドラゴンだけでなくフェンリルやエウレカの視界も吹雪によって白く染まった。この魔法を放ったのには意味がある。
エウレカの魔法により視界がマシになった勇者は、遅れて戦場に姿を現した。だが幸いにも吹雪のせいで視界が悪くなっており、ドラゴン達に気づかれないで済んでいる。ドラゴンの足止めはエウレカ達がしているから大丈夫。そんな油断があった。
勇者の視線は、洞窟の奥に縛り付けられた仲間ではなくエウレカ達へと向く。見つかっていないこの状態なら、エウレカ達を援護してからでも間に合うと考える。仲間も大切だが、種族すらも違う勇者のために動いたエウレカ達のことも大切なのだ。
『仲間を助けたら、後ろは振り返らずにとっとと町へ帰るのだ。よいな?』
エウレカの言葉が頭に過ぎった。ドラゴンは2体。1体は緑色の鱗を、もう1体は白い鱗をしている。勇者が目にした青い鱗のドラゴンはここにいない。探していたドラゴンはいないが、洞窟の奥に縛り付けられている3人の人族は間違いなく勇者の仲間である。
仲間の元に駆けつけようとした勇者は突然、背後から強い殺気を感じた。エルナが生み出した衝撃程ではないが、大きな足音とそれに伴う揺れが洞窟を襲う。何事かと視線を向ければそこには……勇者が探していた青い鱗のドラゴンがいた。
「……え……お前が、俺の仲間を――」
「ほう、我が巣に人が立ち入るとはな。そこにいるのはエウレカとその一味か? 面白いこともあるもんだ」
今エウレカ達が戦っているドラゴンは、フェンリルにまたがったエウレカと同じ全長だった。だが今現れたドラゴンは、エウレカ3人分の高さを誇る巨体。人族である勇者では、とても太刀打ち出来ない大きさである。
勇者の手が長剣を握る。黒い瞳がドラゴンの巨体を正面から睨みつけた。しかし剣を握る手も、地についた2本の足も、恐怖に震えている。ドラゴンの大きさとその体から放たれる殺気に圧された。
「よくも俺の仲間を――」
「戦うな! ドラゴン共。お主らの相手は130代目魔王のエウレカであるぞ。この我に逆らったこと、後悔させてやろう」
勇者の背後から聞こえるはエウレカの声。その刹那、洞窟内部を目が眩みそうな白い光が包み込んだ。かと思えば、耳を塞ぎたくなるような爆発音が洞窟内に響き渡る。それを最後に、勇者の視界は閉ざされた。
エウレカが引き起こしたのは魔法による爆発。突如発生したそれは敵味方関係なく、その場にいた全ての生物を巻き込んだ。爆発の威力のせいか、ドラゴンの住処――洞窟の岩盤が崩壊していく。
足場には壁や天井を構成していた岩盤の破片が散らばり、足場に積もっていく。ドラゴンの背が、ケルベロスの頭が、岩の破片を受け止める。だが、それでも崩壊した岩の塊が積もるのを止められない。
岩による雪崩が落ち着いた時、洞窟内にいた敵味方は散り散りになっていた。頭上を見上げれば崩壊した天井から陽の光が差し込んでいる。勇者は何故か、魔王エウレカと共に岩塊が生み出した狭い空間に閉じ込められていた。
「俺の仲間が――」
「案ずるな。既にフェンリルに助けに向かわせておる。あやつは大きさを自在に変えられるし、爪で縄も切れる。お主の仲間の元に向かった岩は全て、ケーちゃん――ケルベロスに防がせたぞ」
「なんでそこまですんだよ。俺、勇者だぜ? なんで魔王が勇者を助けてんだよ」
「何って……勇者も村人も関係ない。我は、全ての人と仲良くなりたいのだ。和平協定を結び、交流をしたい。それだけだぞ」
勇者の言葉にエウレカが笑う。楽しそうに笑うのに、その体は地面に座り込んだまま動かない。立とうとはしているのだが、足に力が入らないようだ。
「お前、足……」
「なに、ちょっと岩にぶつけただけだ。大したことは無い。そんなことより、お主をここから出さなければならぬのう」
「いや、俺だけ出るわけにも――」
「お主には心配する者がおるだろう。帰らなければならぬ。何がなんでもお主だけはここから出す。よいな?」
「1人で歩けないくせに馬鹿言ってんじゃねーよ。お前は俺が連れ出す。2人でここから出りゃ問題ねーだろ」
予期せぬ発言にエウレカが小さく笑った。
「お主、我を殺しに来たのではなかったか?」
「あのドラゴン共が悪いだろ、どうみても。真相知ったら殺る気なんて失せちまった」
「しかしお主、勇者だろう?」
「あのな。仲間集めてまで勇者助ける魔王なんてお前以外いねーよ。いいか? 今日助けるから、これで借りは無しだ。勇者たる者、魔王に借りなんて作りたくてーの」
エウレカが勇者の言葉を聞き、真顔になる。その表情の変化を勇者はしっかりと見ていた。
「ついでに、戻ったら今回のことを話すよ。魔王のこと、誤解してたかもしんねーなって。魔王と話し合う余地はあるんじゃねーかって。勇者の言葉なら、信じるだろ」
「なんとありがたいことか」
エウレカな赤い双眸からこぼれ落ちる涙。それが怪我の痛みによるものでは無いことは明らかだった。
「いいか? あくまで俺は借りを返すだけだからな。仲間襲ったのがお前の指示じゃねーなら、お前を襲う理由なんてねーの」
「そうなのか?」
「そもそもさ、魔王が『ituber』になるなんて聞いたことねーよ。勇者助ける魔王なんていねーよ。俺はずっと、魔王は人殺しを楽しんでるって聞いてたから、正直驚いた。まだ信じらんねーし」
「それは、誤解を――」
「魔王のくせにスライムが苦手で、梅干しが好きで、ケルベロスに懐かれて、部下に慕われて、人と仲良くしたがる。そんな魔王だって知ってたら、俺はきっと、勇者にならなかったと思う」
動けないエウレカに勇者が手を差し伸べる。そのままエウレカの体を起こした勇者は、その体を背負った。
「とりあえず、出るのが先だ。どうやって出ればいい? 俺、魔法なんて使えねーし空も飛べねーぞ」
「ならば、我がお主に翼を授けよう。……ウィング」
エウレカが言葉を紡いだ次の瞬間、勇者の背中に一対の白い翼が現れた。鳩を思わせる白い翼。その翼が洞窟内で小さく羽ばたけば、エウレカを乗せた勇者の体がふわりと宙に浮かぶ。
エウレカが指示を出しながら、どうにか天井に空いた穴までたどり着いた勇者。そのまま翼を羽ばたかせて外へと飛び出せば、外の明るさに視界が一瞬白くなった。頬に受ける風と浮遊感が心地よい。




