【間話】妖精兵は見た!【勇者襲撃の裏側】
聞いてよ。あの日、魔王城に何十年かぶりに勇者が攻めてきたんだ。あれは午前2時のことだったかな。4チームに別れた魔王軍のうち、僕がいたのは午前2時から午前10時まで勤務する班だったから。襲撃は僕らが魔王城内部に入った直後に起きたんだ。
遠くから感じる異様な気配。草原を歩いて魔王城へと近付いてくる人影が一つ。この一帯に出てくる魔物は例えスライムであってもそんなに弱くないよね。スライムのうようよいる草原を歩いてくるなんて正気じゃないよ。
ま、僕がそれに気付いたのは魔王軍の誰かが警報を出したからなんだけど。騒動が起きた時、僕は魔王城の2階をウロウロしてたんだよね。何か面白い事起きないかなーって思いながら。そしたら外から「勇者が来た!」なんて声が聞こえるんだもん。自然と目がそっち向いちゃうよね。
勇者もさ、見た目はパッとしないんだよね。黒髪に黒い目、武器はありきたりな剣、ついでに見た目だけで判断するなら齢17歳かそこら。何もかもがありきたりな量産型勇者。それを知って、つまんなくなっちゃった。
勇者との争いってこう見えて長いんだよね。ここ30年くらい落ち着いてたってだけで、勇者が魔王城に攻めてくるのは今始まったことじゃないし。でも、いつの時代の勇者にも共通点がある。
攻めてくる勇者はきまって10代。武器はほとんどの人が剣、たまに銃とか魔法とか異色なのがいる程度。勇者が元いた異世界ってとこで流行ってるゲームに感化されたらしいけど、それにしたってもうちょっと捻りが欲しいよね。
どうせ参考にするならスラッシュアックスとかハンマーとか鎌とか、そういう武器にすればいいのに。名前は忘れたけどさ、前に倒した勇者が持ってたゲーム、武器を選べたんだよね。なんかモンスターを狩って素材集めて装備を強くしてくみたいだったけど。勇者達もどうせならそんな狩りゲームを真似すればいいのにさ。
毎回毎回剣装備ばっかり。しかも王道なのかよくわかんないけど大剣が多め。たまに片手剣とか双剣とか選ぶ奴はいるけれど、それでもやっぱり剣が多い。今回の勇者も剣属性か。やる気出ないなー。
「おい、ボサっとすんな」
「すんませーん」
「今から非番のヤツら呼んでくるから、お前達はあの勇者を引き止めておけ」
「はーい」
「被害は最小限に抑えるように」
どこから来たんだろ。竜人の隊長がしれっと指示を出して階段へと消えていった。向かう先にあるのは、魔王城に隣接する魔王軍専用の寮。「ああ、これが非常時なんだなぁ」なんて間抜けなことを思ったよね。
僕は面白いことなら大歓迎なんだけど、怖いこととか嫌なんだよね。魔王軍の仕事といえば魔王城敷地内の見張りなわけだけど、勇者襲撃とか本当に命の危険があるやつは滅多にないわけ。非常事態なんて、魔王軍に所属してから初めて遭遇したよね。
勇者が攻めてきた。
その情報をきちんと認識したのは一階が騒がしくなってからだった。訓練してるとはいえ勇者との戦闘に慣れない魔王軍。勇者の叫び声も聞こえてくる。あ、これ、ガチなやつじゃん。やっとそれに気付いた。
魔王様は4階のプライベートルームで寝てる。4階には、王の間とプライベートルームを守るかのようにケルベロスがいる。魔王様が動画で紹介したからって、ケルベロスを攻略するのが難しいってことに変わりはない。そうだ、これしかない!
「僕、ケルベロス呼んでくる」
「ケルベロス?」
「非番の人が来るまで持ちこたえなきゃ。2階で引き止めるなら、ケルベロスを連れてくるしかない」
ケルベロスを連れてくれば時間稼ぎになるはず。それに非番の人がくればかなり楽になる。幸か不幸か、今日の非番には四天王のエルナがいるんだ。見た目はガキだけど実力は僕より全然上。せめてエルナが来るまでは持たせたいよね。
ケルベロスは三つの頭がある。美しい音色と甘いものに弱い魔物で、魔王様のペットでもある。王の間を守る門番でもある。何の用意もない、ソロパーティのテンプレ勇者なんかじゃ攻略出来ない。
「本気か?」
「僕、4階からケルベロス連れてくる。それまで勇者を食い止めて」
とりあえず勇者を弱らせたい。魔王様の元へたどり着くまでに少しでも戦力を削る。それが、僕ら魔王軍の役目だから。魔王軍は勇者を倒すんじゃない、弱らせる。大丈夫、きっとなんとかなる。
三つの黒い頭が勇者に向かって牙をむく。勇者は剣でケルベロスの噛み付きを防いだり炎をかわすのが精一杯。魔王様のいる4階に行こうにも3階に向かうための階段にすらたどり着けない。
勇者の剣が時折ケルベロスの体を裂いた。その度に血が舞う。だけどまだ、死ぬような怪我じゃない。まだ離脱させなくていい。
魔王軍は魔王様から言われているんだ。勇者は弱らせるだけでいい。命より大切なものはない。だから、死にそうになったらすぐに戦闘から離脱して怪我の回復に当たれって。ケルベロス、大丈夫かな。
「エルナ、魔王様を起こしにいくです。あと少し頑張るですよ」
いつの間に来たんだろう。エルナがどこからか現れて、勇者とケルベロスの横をすり抜けて3階へと階段を駆け上がる。そのまま4階のプライベートルームに向かう気なんだ。小さい体で全力疾走してる姿は、僕なんかと比べ物にならないくらい大きい。
エルナが魔王様を起こして王の間に連れていくまで辛抱するんだ。魔王様が起きたら撤退しよう。早く逃げたい。いつもみたいに楽してたい。まだ僕は戦うだけの――。
「邪魔だ、どけ。俺は魔王に用があるんだよ!」
勇者の剣がケルベロスの背中をやや深めに裂いた。血が漆黒の体を伝い床へと落ちていく。ダメだ、これ以上ケルベロスを怪我させるわけにはいかない。けど僕に何が出来る。簡単に握りつぶされるような小ささで、人族にまともにダメージを与えられるのは魔法だけ。その魔法だって……。
僕が困っている間にもケルベロスが雄叫びを上げる。だけど僕と僕のいる魔王軍第1班は新人ばかりで、みんな勇者に怯えてまともに動けない。入隊したのもわりと最近だったから余計に。
「キュア!」
気がつけば僕はケルベロスに白魔法をかけていた。僕は魔法が得意な妖精族。だけど魔法が使えるのに戦わなかったんじゃない。僕が使えるのは人を癒す白魔法だけなんだ。生命力を削って放つはずの白魔法を、僕はあまり生命力を削らずに放つことが出来る。僕の白魔法は少し特殊な白魔法だから。
ケルベロスの体が白い光に包まれる。光の中では傷口が少しずつ塞がっていた。ごめんね、手伝えなくて。僕には白魔法しか使えない。まだ戦うための魔法を扱えないから、ただの無能でしかない。でもそんな僕をエルナと魔王様は必要としてくれたんだ。
「お主がいれば、戦闘中でも傷が癒せるのう」
「白魔法が連発出来るなんて聞いたことないのです! エルナは、魔王軍にはあなたみたいな魔族が必要だと思うです」
魔王軍の中でも落ちこぼれだ。魔王軍に入隊出来たのは運が良かったから。僕が魔王軍を選んだのは、傷ついた人を癒すことで少しでも楽になりたいからで、白魔法しか使えない僕を馬鹿にした人を見返したかったから。
ケルベロスが傷を癒している間に、勇者がケルベロスの脇をすり抜けて階段を上っていく。それに気付いたケルベロスも階段を上っていく。ダメだよ、僕から離れたら白魔法がかけられなくなる。ケルベロスを癒すためだけに、僕はケルベロスの後を追いかけた。
ケルベロスと一緒に走った先に見えたのは、王の間に入る勇者の姿。ギリギリまで勇者を追いかけていたケルベロスは足を止めるも間に合わず、開け放たれた扉に勢いよく体をぶつけた。そういえばケルベロスって大きいから、王の間には入れないんだよね。
ケルベロスに近寄って傷口に手をかざす。ケルベロスの耳くらいの大きさしかない僕に出来るのは、白魔法を使うことだけだから。そしてケルベロスの傷を癒していると……ケルベロスの体が飛び跳ねた。
どうやら床が揺れているらしい。魔王城で揺れを引き起こすことが出来る人なんて1人しかいない。ドワーフのエルナだ。エルナがハンマーで床を叩いたんだ。空を飛んでる僕にはその威力が分からないけれど、魔王軍の同期が言うにはドワーフ以外はまともに立っていられないくらい激しい揺れらしい。
魔王城の形を維持したまま揺れを引き起こすなんて、まさにドワーフの技術の結晶だよね。だって、ただ床を叩くだけだと揺れるだけじゃなくて魔王城が壊れるんだもん。それを壊さないようにドワーフ特有の魔法で形を維持して、魔族や人族だけに危害を与える。やっぱりエルナはすごい。
以上があの日の僕だよ。え、途中からエルナについてしか話してないって?
うーん。僕、エルナが好きなんだよね。白魔法しか取り柄のない僕を認めてくれた1人でさ、僕を魔王軍に推薦してくれたのもエルナなんだよ。だから、かな。
ケルベロスはちゃんと治癒したし、その結果エルナはケルベロスに乗れたわけで。少しは僕も役に立ったでしょ。そう思わない、シルクス?