【第4章】魔王城に勇者がやってきた!【王の間へ】
灰色の石ブロックを積み上げて造られた空間。入口となる木製扉から部屋中央にある玉座にかけて血を思わせる赤い絨毯が敷かれている。シャンデリアの灯火が不気味に揺れ動き、王の間を照らす。
エウレカは身の丈に合わない玉座に座っていた。硬い石で、初代魔王の体格に合わせて造られた逸品である玉座。石の削り出しから加工までを行ったのはエルナの祖先である。
「エルナよ。問題の勇者について詳しく」
「わからないです」
「……お主、我に勇者襲撃を伝えに来たのだったよな?」
「その……エルナは、遠くから目撃しただけなのです。シルクスに言われて、急いで魔王様を起こしに……」
シルクスはエウレカの部下の1人であり、エウレカの動画撮影を手伝っている魔族である。猫耳と長い銀髪を特徴としたスタイルのいい女性であるが、何を考えているかわからないことも多い。
「シルクスは?」
「えーと、『これはチャンスです』と言って、カメラを取りに向かったです。エルナは、魔王様を起こして、応戦の準備をするように言われただけで……」
「勇者の情報もないのにどう戦うつもりなのだ?」
「とりあえず、エルナのハンマーでなんとかなるかなと思ったです」
「勇者が魔法の使い手であっても、か?」
「もしかしたら、今回の勇者の魔法はハンマーで叩けるかもしれないです。エルナは、石が近くにあれば、ハンマーと魔法で即座に加工出来るですし」
ドワーフの特技はハンマーを活かした鍛治や石細工、そして土属性の魔法。石や地面をハンマーで叩いて即座に変形し、武器や防具を編み出すのはドワーフの十八番である。
だが魔法というのは基本的に、一部の属性以外は固体ではない。もちろん固体でないものをハンマーで叩くことなど出来るはずもなく。魔法をハンマーで叩いたところでハンマーをすり抜けてエルナに直撃するのがオチである。
エルナは見た目こそ幼いが実力が全くないわけではない。ドワーフとしての能力を発揮するのはもちろんのこと、ハンマーを駆使した物理攻撃もお手の物。少々頭の回らないことこそあるが、これでも四天王の1人でもある。だからこそ勇者襲撃という非常事態に置いてエウレカのことを任されたのであるが。
「それに、先祖代々言われてるです。非常事態なら、玉座を加工するようにって」
「いやいやいや、その最終手段を使わないように考えるのが大事だと思うぞ」
「まぁ、なるようになるです。魔王様に使命が残っているなら、こんなことで死ぬなんて有り得ないのです。それが運命ってやつなのです!」
「…………我は魔法こそ使えるが、体は自由に動かせぬ。物理攻撃は任せたぞ」
「了解です! 魔王様の護衛、このエルナがしっかりと任されたのです!」
すでにエルナは背負っていたハンマーを両手で握り、いつでも振れるようにしていた。エウレカを庇うようにその前に立ち、ハンマーを構える。見た目だけとはいえ子供に守られる魔王の姿は何とも滑稽であった。
王の間の扉が鈍い音を立てて開く。入ってきた人物の姿もよく確認しないままに、エルナが扉に向かって突進していった。ハンマーが絨毯越しに石の床を叩きつけ、王の間を揺らす。
玉座の近くで待機していたエウレカは予期せぬ揺れに耐えきれず、床に崩れ落ちた。ケルベロスにやられた怪我のせいか揺れに耐えようとしたら全身に痛みが走った。来訪者が揺れに耐えながらも1歩ずつエルナの方へと足を進める。
来訪者のシルエットには人族ならば有り得ない白い猫耳がついていた。猫の尻尾が乱雑に揺れる。白と黒の2色で構成されたシンプルなメイド服を身にまとうその姿に、エウレカの口が大きく開く。
「エルナ、止め――」
「相手をよく見てから攻撃なさいと、いつも言われていませんでしたか? 全くもう。入ってきたのが私だったからよかったものの。もし勇者が魔族を盾にしてやってきたらどうするつもりだったんですか、エルナ?」
エウレカの聞き慣れた声がエルナを諭す。その手にはメイド服には似合わぬ動画撮影用のカメラを携えていた。メロンを思わせる巨大な胸がエルナの顔を挟み込む。彼女は勇者ではない。エウレカの動画撮影を手伝うメイド、シルクスだ。
「シルクスが来るなんて思わないです!」
「私、カメラを取ったら戻ると言いましたよね? 王の間に向かいますと言いましたよね?」
「そんなこと、言ってたですか? エルナ、聞いた覚えないです」
「エルナ。いい加減にしないと私、本気で怒りますよ?」
「エルナは魔王様を守るだけなのです。シルクスに言われたことより魔王様の方が大事なのです」
「つまり、私の発言を覚えていたのに忘れたフリをしていた、と」
「いや、その……違うです! 違うのです!」
エルナの両頬がシルクスの胸に挟まれて上下に大きく揺さぶられる。それに合わせてエルナの声のトーンが不自然に変化した。怪力を用いれば容易に逃げられるだろうにエルナはそれをせず、シルクスにされるがままになっている。
しかし平和なやり取りは唐突に終わりを告げる。シルクスの猫耳がピクリと動いたのだ。何かを察したのか、シルクスがエルナから離れてカメラを構える。それに釣られてエルナも真剣な表情になる。
「魔王様、エルナ。勇者がケルベロスから逃げてここにやってきます。準備を」
シルクスが発言するや否や、エウレカとエルナの耳にも廊下から聞こえる物音が届いた。ドタドタと慌ただしく走る足音。それに続けて聞こえる、ケルベロスの鳴き声と足音。
どうやら勇者は城にいるであろう魔族をふりきって4階までやってきたらしい。今は王の間の前で待機していたケルベロスに追われている。4階の廊下を走りきって王の間へと通じる扉を開けるまであと数秒。王の間に集まった3人の魔族は揃って息を呑んだ。