【第4章】魔王城に勇者がやってきた!【騒音注意】
それは「まおうチャンネル」が開設してから1ヶ月と2週間が経過した頃のこと。早朝に魔王エウレカのプライベートルームを訪れる者がいた。
魔王城4階に響き渡る足音。魔族が廊下を走る振動により地震と間違えるほど大きな揺れが生じる。扉からは耳を塞ぎたくなるような激しいノック音が聞こえてくる。ただ事ではないようだ。
「魔王様! 魔王様! 起きるのです!」
足の踏み場がないほどに散らかっていたプライベートルームは、今やスッキリと片づけられている。天蓋付きベッドで寝ていたエウレカは外からの声に飛び起きた。呼ばれている以上は魔王として責務を果たさなければなるまい。
時刻は午前4時。目覚まし時計をセットしていた時刻より3時間程早い。眠い目を擦りながらベッドから降りると、ふらつきながらもどうにか室内を移動。部下の待つ扉へと向かっていく。
「まら、午前4時れあるぞー。こんな時間に、なんの用らー?」
夢の中に片足を突っ込んだままのエウレカ。なんとか呼びかけに応じるも、呂律が回っていない。だが来訪者にはそんなこと関係なかった。否、それどころではなかった。
「魔王様、大変なのです!」
「だからー、なんの用らと、聞いておるれはないふぁー」
「敵襲です。魔王城に敵が侵入して、4階に向かっているのです!」
「ふぁい? 我に心当たりなろないぞー」
「しっかりするのです! 敵といえば勇者以外何があるですか! 人族の勇者が、単身で、この魔王城に足を踏み入れたのですよ!」
ぼんやりとしている頭で来訪者からの説明を聞く。聞いた直後は少しの間固まっていたが、数秒後にはハッと我に返る。ようやく来訪者の言葉が頭の中に届いた。寝ぼけている場合ではない。
「敵襲か?」
「はい」
「勇者が、我を殺そうと?」
「はい」
「今、勇者はどこにおる?」
「2階でケルベロスに足止めされてるですよ」
魔王城に勇者が攻めいること自体は珍しくない。人族との中が悪かった頃は毎日のように襲撃があったし、人族との間で起きた大きな争いが落ち着いてからもしばらくは続いていた。今でも魔族を恨む人族は多く、その影響からか勇者が魔王を倒そうとやってくることは時折ある。ただ、動画投稿サイト「itube」が流行してから一気に襲撃回数が減った、というだけだ。
エウレカが魔王になってかはの襲撃は数える程しかない。ここしばらくは勇者の襲撃もなく平和だったため油断していた。魔王城に侵入されたとあれば、魔王エウレカには応戦する義務がある。何回か状況を頭の中で繰り返してようやく意味を理解した。
やるべき事を自覚すればその後は早い。エウレカはすぐさま行動を開始した。寝間着をベッドの上に脱ぎ捨てて仕事用の衣服をまとう。仕上げに黒いマントを羽織れば完成だ。本当は脱ぎ捨てた寝間着を畳むべきだが、今はそんな余裕などない。勇者がすぐ近くまで来ているのだから。
「すぐに行こう」
エウレカは黒いマントをひるがえし、プライベートルームから飛び出した。
プライベートルームの来訪者は、どこからどう見ても10歳前後にしか見えない幼女であった。ツーサイドアップの髪はアイスブルー。魔族の証である赤い目はどんぐり眼。小動物を思わせる可愛らしい外見の幼女は、魔王の登場に笑顔を見せる。
「魔王様!」
「なんだ?」
「どこに向かうですか? 2階? それとも、王の間?」
「無論、王の間だ。十分なスペースがあるからな」
「魔王様、怪我してるのに戦えるですか?」
「……エルナ、どこでそれを?」
エルナと呼ばれた幼女は突然エウレカのマントとシャツをまくり上げた。マントの下には長袖のシャツを着ている。だが、シャツをまくられれば隠された傷跡があらわとなる。ケルベロスの遺した痛々しい傷跡は見つかってしまえば誤魔化せない。
「シルクスが言ってたです! 魔王様がドジしてケルベロスのケーちゃんに噛まれたって」
「むう……事実は事実なのだが……」
「そんなわけで、魔王様はエルナが守るのです」
エルナは一見すると非力な幼女である。幼さの残る顔立ち、言動から考えてもとても頼りになるとは思えない。しかし彼女はただの幼女ではなかった。
プライベートルームの扉は、何ヶ所かが大きく凹んでいた。何をどうしたらそんなになるのかと思うほど大きな凹み跡。よくよく見ると、その凹み跡は全て小さな拳の跡によって構成されている。
「エルナ。お主、またドアをこんなにして……」
「ご、ごめんなさいです! エルナ、力加減がまた上手く出来なくて。でも! 魔王様を物理的に守ることなら出来るので安心するです」
「……修理費用は給与から引かせてもらうぞ」
「それはもう、是非! そんなことより、王の間に急ぐのです」
「わかったから我の手を引っ張ろうとするでない。お主に引っ張られたら体が裂けてしまう」
エルナはただの幼女ではない。もちろん、人族ですらない。彼女の正体は低身長と怪力を特徴とする種族ドワーフ。見た目こそ幼いがきちんと成人している。それどころかエルナはドワーフ族の中でも魔族の中でも強い部類に入る。
自身の背丈ほどもあるハンマーを背負い、エウレカの手を掴むその様はまるでお使いに来た子供。見た目に似つかわしくない怪力がエウレカのマントの裾を掴む。だが力加減が出来ず、マントの切れ端だけがエルナの手に残ることとなった。