【間話】コックは見た!【三大珍味を集めるまで】
その日、私は魔王様から唐突に頼み事をされました。なんでも「魔族の三大珍味」を用意してほしいのだとか。依頼自体は単純だけど、それを実行することは難しい。
魔族の三大珍味は「フィカートゥム」「コボルティ」「イクラー」の3つ。どれも高価でなかなか市場に出回りません。動画撮影のためとはいえ取り寄せるのには一苦労します。加えて、高級食材に興味のない魔王様にどう説明するのかも問題です。
「やはり三大珍味は厳しいかのう?」
「いえ、難しくありません。魔王様が高級食材に興味を持つなんて……と驚いただけです」
「好んで食べようとは思わんがな、食レポ動画なるものの題材にするなら、食べるしかあるまい」
食堂で私に話しかける魔王様の体はボロボロです。体のあちこちに包帯が巻かれていて見るのも痛々しい。なんでもケルベロスにやられたらしいのですが……大袈裟な包帯は魔王様が無茶しないためにとシルクスが付けたものです。
「ちなみになのだが……三大珍味とはなんじゃ?」
魔王様は庶民派です。魔王だからと贅沢をすることはなく、魔王軍に所属していた時と同じような食事を好みます。白米に味噌汁とおかず数品の、ありきたりな食事メニューです。
梅が大好きで、わざわざ自分の手で梅を漬ける。高級食材の類は苦手で、梅を除いて食べたがらない。予算だって、自らの食費を減らして使用人達の食費を増やす。そんな食にこだわらない魔王様が、三大珍味について知るはずがありません。
「わかりやすく言うなら、コカトリスの脂肪肝、コボルトが見つけた『コボルティ』という名のキノコ、龍魚の卵『イクラー』の3つです。貴族達にはウケがいいようですよ」
「そんなに美味なのか?」
「美味しいかと聞かれると答えに困りますが……少なくとも世の中に沢山出回ってるものではありません」
「そうなのか?」
「珍しいから『珍味』なんですよ。めったに食べられないものなんです」
まさか魔王様が「珍味」の意味もわからないとは思いませんでしたが、そこも魔王様らしいですよね。珍味には「変わったうまい食物」なんて意味もありますが、こちらも魔王様には無縁でしょう。
「用意できるのか?」
魔王様が心配そうにこちらを見てきました。
「……1週間お待ちいただけますか? 知り合いにあたってみますので。1週間もあればどうにか出来ると思います」
「本当か! ありがたい。頼んだぞ。あ、くれぐれも無理はするなよ?」
まだ絶対に用意出来る確証はないのに、魔王様はなんとか出来ると信じきっているようです。数少ないツテを頼って、全力を尽くすとしますか。
「おまかせください、魔王様」
魔王様は私の言葉に嬉しそうに笑うのでした。
三大珍味は数が限られていますし、取り扱う業者も数える程しかいません。コカトリスの脂肪肝――フィカートゥムは小売業者より畜産農家にあたるのがいいでしょう。幸いにも私は、コカトリスの畜産農家に知り合いがいます。
「……というわけなんだけど、物を確保すること、できるかな?」
「魔王様のために献上したいところだけど、あいにく先週出荷したばかりなんだよ。うちは普通の飼育・繁殖をするから次の出荷までに1年くらいかかる」
「そこをなんとか!」
「そりゃなんとかしてやりたいよ? 魔王城のコック長に頼まれてるし、魔王様のためだし。だけどこればっかりは……」
コカトリスは捕獲が難しい。その影響か、農場でコカトリスを繁殖させる農家が増えています。こういう農家は収穫と繁殖とをバランスよく行っているのです。どうやら収穫期は終わり、これからはコカトリスの繁殖が始まるようですね。でもここで引き下がる訳にはいきません。
「じゃあ、出荷前の処理に失敗したフィカートゥムは余ってない? 一般市場には出荷出来ないようなやつ」
「そりゃあるけど……とても魔王様に食べていただけるような代物じゃないよ」
「大丈夫。ちなみに大きさと厚さは?」
「大きさはほぼ正規品で、切り分ける前のやつ。余分な血管を取り除く時に失敗して、かなり歪な形になってる。切り落とせば売れるだろうけど……うちはまるごと1個で売るって方針だからさ」
フィカートゥムは作るのに手間がかかる。だけど端っこの方とか傷モノはきっと市場に出せない。やっぱり、知り合いの農家にもあったか。
「それだ! それを分けてもらうこと、できますか?」
「お前、何言ってんだよ。出荷出来ないようなゴミだぞ? 地元で値下げして売るしかないやつだぞ? 傷モノを魔王様に献上出来ると思うか?」
「大丈夫」
「どこがだよ。傷モノを献上したとなれば何を言われるか……」
「代金は払う。だから献上じゃない。魔王城のコック長がちょーっと安いフィカートゥムを買うだけの話」
「むむむ」
「なんなら代金を持ってそっちに行こうか?」
「いや、俺が運ぶ。ただし、傷モノだからって魔王様に怒られても責任は持たないからな」
「わかってるよ。したら、なるべく急ぎで頼む。来週までに必要なんだ」
ワケあり品を使用したからって、あの魔王様は怒りません。事情を知ったところで、ワケあり品の流通ルートを考えるくらいのこと。あの人は出来るだけ多くの資金を魔族のために使いたい人ですから。予算をケチったところで喜ぶだけです。
コボルティは卸業者の知り合いに頼んで、加工処理に失敗したものを回してもらうことにしました。どうせ香りを目立たせるために削るのですから、元々少し欠けていただなんて誰も気付きません。
イクラーも卸業者の知り合いに頼むことにしました。こちらは必要最低限の量にすることで値段を抑えます。魔王様のことです。値段を知れば二度と食べようとしないでしょう。その分を別のところに回そうとするはずです。
かくして三大珍味を1週間で無事に集めきり、魔王様は食レポ動画なるものの撮影に挑みました。合間合間に青汁を飲まされていましたが、あれは間違いなくシルクスの嫌がらせですね。さて、撮影を終えた魔王様はこそこそと私に近寄ってきました。
「いくらかかった? 高かったであろう?」
「1万円ちょっとで抑えましたので大丈夫です」
「なんだと! お主、すごいではないか!」
「いえ、知り合いが取り扱っていたので。どうにか安く仕入れました」
さすがに魔王様を前にして傷モノを使ったなんて言えません。これは購入する時に約束したことですから。でも一つ、思うことがあります。
「魔王様。いずれは人族とも交易出来るようにするんですよね」
「無論、それが理想じゃ。そのためにもまず……人族と話し合わんとな。動画のおかげで作られたこの一時的な平和を、話し合いできちんとした形にせんとな」
傷モノでもその味は保証付きです。なんと言ってもあの魔王様が美味しく食べたのですから。もし人族と交易するようになったら、魔族の三大珍味も売ることになるでしょう。傷モノであれば正規品より少し安く手に入れられます。
「……魔王様。味は変わらないし正規品より安いけど少し見た目が良くない、という食べ物があったらどうされますか?」
「む? そのようなものがあれば、我は喜んで食べるがのう」
「そうですか」
「何かあるのか?」
「いえ、少し思ったことがありまして。参考までに魔王様の意見を聞きたかったのです。ありがとうございます」
「そうか。役に立てたら何よりじゃ。お主の知り合いにも礼を言わねばのう」
傷モノの美味しさを広めたいです。少し形が悪いだけで味は変わらないのに、それだけで売るのに苦労するというのは実にもったいない。魔王様のような意見もありますし、お礼を言うついでに傷モノを商品にすることを提案してみますか。
魔王様、意外と庶民派ですよね。魔王ならもう少し贅沢してもいいと思うのですが。魔王軍と同じメニューを食べる魔王なんて聞いたことがありません。
ああ、傷モノの商品化ですか?
すでに一部地域で始めていまして、なかなか好評のようです。最近では「ワケあり商品」なんて名前で呼ばれるようになったとか。安いのが好きなのは魔王様も国民も同じなんでしょうか。いつか魔王様の耳にも入ると思います。
こんな感じですかね。少しはシルクスの役に立てましたか?