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魔王が動画配信を始めました~魔王様は人族と仲良くなりたい~  作者: 暁烏雫月
第一部 魔王が動画配信を始めました
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【間話】フットマンは見た!【魔王様の部屋事情】

 その晩、僕は魔王様にお呼ばれしました。「プライベートルームに来て欲しい」とのことでしたので、速やかに移動し、扉を軽くノックします。プライベートルームの扉を開けるとそこには、困惑した魔王様がいました。


 扉を開けて真っ先に目に付くのは脱ぎ散らかされた昨晩の寝巻き。そしてベッドの上に脱ぎ捨てられた本日のお召し物。次に目に付いたのは、プライベートルームの酷い散らかり様でした。


 ベッドの近くに積み上げられた私物の山。本棚に片付けられなかった本、可愛らしいぬいぐるみ、柔らかなクッション、ベッドボードにあるはずの燭台。火が灯る前の蝋燭や時計まで。


 よくもまあここまで物を積み上げたものです。天蓋のないベッドなら、とっくに埋もれていたでしょう。ここまで来ると呆れを通り越して感心してしまいます。


「これは一体……」

「その、部屋が散らかりすぎてだな。片付けるのを手伝ってもらいたいのだ」

「メイドに頼まれては?」

「ダメじゃ! あれだ、あまり女性には見せたくないものも散らかっておってのう」


 今にも泣きそうな顔で僕の方を見る魔王様。その赤い目がチラチラとベッド下を見ています。おそらくベッドの下に問題の物を隠しているのでしょう。魔王様はわかりやすくて助かります。


 プライベートルームの広さは客間とそう変わりません。なのに狭く感じるのは物が散らかっているせい。状況を改善するには、全ての物を本来あるべき場所に戻す必要があります。


「魔王様。失礼ですが、この散らかり具合をわかっていますか?」

「わかっておる。わかっておるから、お主を呼んだのじゃ。お主は魔法が得意であろう?」


 魔王様の手が僕の耳に伸びる。上方向に尖った耳、彫りの深い顔。僕がエルフ族だと知っていてのこの態度。魔王様、僕の魔法は有限なのですが。この部屋全体を魔法で片付けようとすれば、間違いなく魔力切れになります。


「……やります。それが魔王様のご命令とあらば、逆らう余地はありません。ですが、ある程度は魔王様の手で片付けてもらいますよ?」


 魔王様が自分の手で少しでも片付ければ、魔力の負担も減るし魔王様のためにもなります。これに懲りて片付けてくれればいいのですが。





 片付けを始める前に、まず手作業で物の仕分けを行います。この時、魔王様にしまうべき場所を尋ねます。何がどこにあるべきなのか、僕にもその全ては把握しかねますので。


 本棚にしまってある本、クローゼットにしまってある服、などならまだわかります。ですがベッドボードに置くべき本、メイドに洗濯してもらう衣服、撮影機材等となるともう僕には区別がつきません。


「洗濯するものは一度、カゴか何かに入れて部屋の外に出しましょう」

「うむ」

「片付けるためにも、本棚やクローゼットの近くはスペースを作ってください」

「う、うむ」

「僕はあくまでもこれらをしまうだけですので」

「わかっておるぞ!」


 魔法は万能ではありません。魔力を消費して物を動かします。魔力が尽きれば気絶してしまいます。そのため、少しでも魔力の消費を抑える為にも出来る限りのことは手作業で行うのです。あいにく、僕はエルフ族の中では魔力が少ない方ですので。まぁ、そうでなければフットマンとしてこの城で住むこともなかったですが。



 二人がかりで私物を仕分けていきます。洗濯するもの、捨てるものは全て部屋の外へ。ようやく床が見えるようになったところで僕の出番です。


「順番などは考えずにしまいますので、細かい修正は手作業でしてくださいね」

「うむ」

「僕が片付けている間、そこの竪琴をどうするか考えてください」


 本棚の近くから物を退かしました。タンスは1段飛ばしで開け、クローゼットは全開に。ここまですれば準備完了です。意識を周囲にある本や衣服に向け、魔力を流します。


 本は本棚へ。予め畳んでもらった衣服はタンスの中へ。スーツケースや季節外れの毛布はクローゼットへ。僕の魔法で一気に収納していきます。これでようやく、まともな足の踏み場が出来ましたね。


「あーーーー!」


 せっかく部屋が綺麗になったというのに、清々しい気分をぶち壊すように魔王様の悲鳴が部屋中に響きました。





 何畳分かはわかりませんが、少なくとも私より広い室内。その中でもかなりのスペースを占領しているのが天蓋付きベッドです。魔王様は、そのベッドの傍で悲鳴をあげていました。


 よくよく見れば、魔王様の足元には空になった箱が転がっています。その近くにはアルバムやら本やら子供用の衣服やら。魔王様が隠したがっていた品々が姿を見せています。


 一体何をベッド下に隠していたのでしょうか。興味本位で近付いてみれば、魔王様が顔を赤くして涙ぐんでいます。


「これが『あまり女性には見せたくないもの』ですか?」


 魔王様が小さくコクリと頷きました。ひとまず散らかったものを集めましょう。今の悲鳴を聞きつけて誰かが来るかもしれませんし。



 炎を思わせるオレンジに近い赤色の卵の殻。ドラゴンのものと思わしき赤い鱗。子供用の衣服は虫食い予防の香玉と一緒に転がっています。これは、もしかして……。


「隠し子のもの、ですかね」

「違う!」

「では魔王様の幼女好きを示すもの――」

「そんなわけあるか! これは全部、ドラゴンと過ごした時の思い出じゃ」


 ドラゴンと過ごす、ですか。少なくとも僕は、この城でドラゴンの姿を見たことはありません。噂では魔王様がドラゴンを飼っていることになっていましたっけ。あの噂、本当だったんですね。


「そのドラゴンは?」

「……今は、言えぬ」


 大方死んでしまったか、ドラゴンの住処に戻ったか、でしょう。僕はそれ以上は追求せずに魔王様の言葉を待つことにしました。





 魔王様が手に持っていたアルバムを広げます。その中には、赤い鱗のドラゴンと一緒に笑う魔王様の姿がありました。ドラゴンによだれかけを掛けてみたり、頭に猫耳カチューシャを付けてみたり。なんだか微笑ましい光景です。


「シルクスという名前だった」


 魔王様が嬉しそうに、だけど少し寂しそうに笑いながら教えてくれました。ですが紡がれたその名前にちょっと複雑な気持ちになります。だってシルクスって……同じ名前のメイドが城にいますから。


 シルクスはいつからか城でメイドをするようになった、猫系の獣人族です。ですが魔王様と対等に話し、メイドらしからぬ言動をすることが多々あります。あれはただのメイドじゃない。そう、僕の勘が告げています。


「可愛かったのだぞ。見るか?」


 魔王様はアルバムを閉じ、床に落ちていた冊子を手に取ります。厚さ数センチのその本を開けば、幼い子供が描いたと思わしき絵や文字が姿を現します。


『エウレカ、すき』

『エウレカ、シルクス』

『あいうえお、かきくけこ、さしすせそ』


 拙い文字はアンバランスで、所々文字が反転しています。文字の大きさもバラバラ。文字の下には似ても似つかぬ魔王様のイラストが。


 最初は丸と点と三角を組み合わせた歪なもの。だけどページが進むにつれて、その絵は魔王様に似ていきます。頭に生えた二本の角と背中に羽織っている黒いマント。不格好な玉座まで描いてあります。


「よく似てますね」

「ふふ、だろう? このノートはな、シルクスがどこに行くにも抱えていたものなのだ。今となっては貴重じゃな」


 ドラゴンに関連する品々。それを隠していたのは、ドラゴンの所在を聞かれたくないからでしょうか。魔王様が一緒に過ごしていたというそのドラゴンは今、どこにいるのでしょう。気になりますが、先程みたいに濁されるだけですね。





 改めて魔王様のプライベートルームを見回してみます。散らばっていた物の殆どは本棚やタンスに収まりました。残っているのは竪琴と撮影機材と、そんなしまう場所のわからないものだけです。


 足の踏み場が出来ただけマシでしょう。衣服や本に埋もれていた床が今、ちゃんとした足場として存在しています。それに、僕と魔王様が座るだけのスペースもあります。


「思い出すのはいいとして。魔王様」

「なんじゃ?」

「次からはこんなに酷くなる前に片付けましょうね。でないと、メイドにこの部屋を掃除させますよ?」

「頼む、それはやめてくれ」

「シルクスに報告してもいいんですよ?」

「次から片付ける! それでよかろう? 先程も同じことをシルクスに言われたばかりなのだ。頼むから……」


 そんなにドラゴンとの思い出を隠したいなら、普段から掃除すればいいんです。「次から」なんて言ってますが、どうせ1週間もすれば元に戻るんでしょうね。魔王様はいつもそうですから。せめて洗濯物は放置しないようにさせないと。


「さて、どうしましょうか」


 魔王様に片付けを教えるのにはもう少しかかりそうですね。いつまで経っても子供みたいなんですから。まぁ、そこが魔王様が好かれる理由の1つなんでしょうけれど。正直、僕にとっては迷惑です。





 こんなところですかね。とりあえず、魔王様の部屋は少しマシになりましたよ。もう散らかしてると思いますが。シルクスの知りたいことはありましたか? わざわざご苦労様です。


『プライベートルームに来てくれー』


 あ、また魔王様がテレパシーを介して呼んでます。噂をすれば、ですね。そんなわけで、僕は魔王様の所に向かいますね。多分また片付けに困ってるんだと思いますけど。


 シルクス、話を聞いてくれてありがとうございました。それでは失礼します。

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