特攻部隊と脅威
入隊式が終わり、2日が過ぎた。当然、アルフレッドとオーファンは、特攻部隊として、異常気象の起きた現場でアンチと戦っていたが、手掛かりは掴めないでいた。
もうすぐ夕方になる__。そう思ったアルフレッド達がいるのは、都市アイールから北にある平原であった。特攻部隊は、夕方が近くなると、何処で異常気象が起こってもすぐに向かう事が出来るように、東西南北それぞれにある拠点で異常気象を待つ。アルフレッドは、その中のカルナが率いる北軍に所属する事になった。レオンは、西軍に所属する事になった為、ここにはいなかった。今回、この場にいるのは10人程、どの隊員も引き締まった顔をしており、油断している人間などいなかった。
「もうすぐ来るぞ。気を引き締めろ」
カルナが赤くなり始めた空を見上げて言う。空は雲ひとつない。本来ならば、このまま夜が来て、月と星が綺麗に見える事だろう。しかし、残念ながらそうはならない。真っ赤に染まった空は、徐々に薄暗くなっていった。
「北の方に異様な力を感じます!気を付けてください!」
オーファンが叫ぶ。その声にただ1人反応したアルフレッドはバッと北を見る。その後、遅れて北を次々と見上げる。北の空には、稲光が鳴り響く。嫌な感情が湧き上がって来るような感覚が隊員達を襲った。
「な……なんか、いつもと違くないか……?」
1人の隊員の男が怯えた表情で言う。いつもは、異常気象がただ起きるだけだったのだが、今回はいつもと何かが違った。
「なんだ、あれは?……穴か……?」
カルナが呟く。隊員達は、カルナの目線の先を追う。
空間に異様な穴があった。始めは目視で認識出来るか出来ないかぐらいのサイズだった穴が、徐々に、大きくなっていく。それにつれて、周りの稲光の音も大きく、激しくなっていった。
「オーファンさん、あれは何ですか?」
アルフレッドはオーファンにこっそりと言う。オーファンは青ざめた顔をしながら言った。
「あ、あれはおそらく、異世界の扉です……!気を付けて下さい!誰かがこの世界に干渉しています!」
オーファンは叫ぶが、その声はアルフレッドにしか聞こえない。危険をいち早く知らせる事が出来ない事にオーファンは苛立ちを覚えた。
「あれは、危険だ!カルナ隊長!一度撤退を!」
アルフレッドが叫ぶ。新参者だとか、特攻部隊隊員だとか、そういう事は関係無かった。アルフレッドは、ただただその異様な空気が危険だと感じた。その空気を感じたのか、周りの隊員達もカルナに撤退の指示を求めた。
「…………撤退班と迎撃班に分かれる。家に待っている人がいる者、撤退したい者は撤退してくれ。私はそれでお前らを咎めたりはしない。ただし、この事は必ずベル総隊長に伝える事。これだけは、守ってくれ」
カルナは静かに告げる。アルフレッドはすっと前に出て、カルナの横に立つ。それに続くように2人、隊員が横に並んだ。
「お役に立てずにすいません!!」
撤退班の隊員達は、涙を流しながら頭を下げる。その様子を見て、カルナは微笑みながら答えた。
「いや、いいんだ。むしろそれが正しいのかもしれない……。お前らは、精一杯に生きてくれ」
そう言った彼女の声色は穏やかだった。
そして、隊員達が撤退するのを見届けると、今度はアルフレッド達の方を見る。
「お前らには辛い思いをさせるかもしれない。私はお前らがいつ撤退しても良いと思ってる……。だけど、特攻部隊隊長としての願いは、最期まで、一緒に戦って欲しい、そう思っている」
カルナが暗い表情で言う。きっと彼女もこんな事は言いたく無いのだろう。1人だけでも戦い、他の全員を逃そうとしていたのかもしれない。
「最期だなんて、そんな事言わないで下さいよ!私は隊長と、みんなで生き残る為にここに居るんですから!」
女性の隊員が言う。元気が有り余っているその声は、何処か、震えているように聞こえた。
「それを言ったら僕もですよ。全員で生き延びましょう!」
男性の隊員が言う。爽やかな笑顔で言っているが、その顔色は良いとは言えなかった。
「……俺は、新参者ですが、カルナ隊長はこんな所で終わる人ではない事は分かります。俺も出来る所までお付き合いしますよ」
アルフレッドが言う。その目は、覚悟が宿った目だった。真っ直ぐに異世界の扉を見つめている。あの穴から何が出てくるのかを、常に警戒していた。
「すまない。こんな私に、付いて来てくれて、ありがとう」
カルナは途切れ途切れにお礼を言った。
「そして、最期などと言ってすまなかった。共に、これからも、戦おう」
カルナはそう言い、微笑む。そして、アルフレッドと同じように穴を見上げる。
「アルフレッドさん、あれは、この世界の物ではありません。どれ程の物が出て来るのかも想像がつきません。無闇に突っ込むのはダメですよ」
オーファンは言う。アルフレッドはコクリと頷くと、入隊試験後のオーファンとの会話を思い出した。
『アルフレッドさん、明日から、12時の祈りはやめましょう』
『……確かに、今日、祈った直後に心臓に痛みがありましたが、それが何か関係あるんですか?』
オーファンから突然来た提案に俺は首をかしげる。
『私にも分かりません。ただ、それが原因の可能性が高いのです。見た所、身体能力も低下していたようですので』
俺は、カルナさんとの試験を思い出す。確かに、この世界に来て、1番最初にアンチと戦った時と比べると、大分体が重かったように感じた。やはり祈りが原因なのだろうか。
『もし、これから先、誰にも対処出来ないような事があった場合、真っ先に立ち向かわなければならないのは、あなたなのです。それは、辛い事かもしれませんが、仕方がないのです』
『分かっていますよ。それが仕事ですから』
オーファンに対して俺は答える。この2日かで、大分オーファンとの壁も無くなって来たように感じた。
『分かってるならよろしいです!さあ!早く宿に戻りましょう!私も眠いので!』
『分かりました』
__あれ以来、アルフレッドは祈りを捧げていなかった。確かに、日に日に体が軽くなる感覚をアルフレッドは感じていた。
ズ、と穴から何かが動く気配がした。アルフレッド達はピクリと反応し、さらに警戒を強める。徐々に気配は大きくなり、ついに穴から何かが出て来た。
「何だあれは」
カルナは言う。
「…………手?」
女隊員が沈黙の後に言う。
それは確かに手であった。穴の縁に指をそえ、今にも穴から出そうな状態だった。
穴の奥からギロリとこちらを見るなにかがいた。それの視線は、完璧にこちらを捉えている。
「……ひっ」
思わず女隊員は悲鳴をあげる。それは、当然の事であった。この状態で声1つ上げないのは、余程肝の座った者だろう。
少しずつ、その何かは顔を出そうと穴に頭を近づける。そして、何かにぶつかり、そのまま止まった。
止まったのもつかの間、その何かは、ゴンゴン、と頭をぶつけ出した。
「な、何をしているの?」
女隊員がビクビクしながら言う。そう言っている間にも、その何かは、大きな音を立てながら、頭をぶつけていた。
「もしかして、出られないのか?」
そう言ったのは、男隊員だ。額から汗を流しながらも冷静に言う。
その後も何回か頭をぶつけた何かは、ピタリとその動きを止める。
「何かが来るぞ……!」
アルフレッドが叫ぶ。その声を聞いて、全員がそれぞれの武器を構えた。
「……グ、グゥ、グガアアアアアアアア!!!!」
「キャアアア!!」
「ぐぅ!」
「うう!」
突然放たれた咆哮に思わず耳を塞ぐ。その際、両手が塞がったのと、目を背けてしまった為、その何かの手が迫って来ている事にカルナ達は気づけなかった。
人間を片手ですっぽり覆えそうな大きさの手が迫ってくる。その怪物に腕は無かった。というよりも、腕が黒い霧のようなもので、ボヤけて見えなかった。
カルナが目を再び、怪物に向けた時には、手は、もうかなり近い距離まで迫って来ていた。しまったと感じたカルナだったが、それももう遅い。思わず下を向くが、一向に衝撃は襲ってこなかった。不思議に思ったカルナが顔を上げると、
「なにしてるんですか!生き残ると言ったのはあなたでしょう!」
アルフレッドがその手を横に蹴り飛ばしていた。