入隊と新兵器
入隊試験の次の日、アルフレッドは再び、対アンチ部隊の総合館に来ていた。
「いやぁ、無事に入隊出来て良かったですね」
オーファンがニコニコと笑いながら言う。アルフレッドは、入隊と入寮の申請に来ていた。
「なんとかって感じでしたけどね。全然力が出ませんでしたし」
アルフレッドは受付まで歩く。受付には、先客がいた。受付の女性と話す男が1人。それは、試験の際、アルフレッドの隣に座っていた、レオンだった。彼は受付を済ませたのか、後ろを振り向く。お互い目を合わせて数秒後、先に言葉を発したのは、レオンの方だった。
「やっぱり合格したんだね。あの時からずっと具合が悪そうだったけど大丈夫だった?」
手を振りながらレオンは言う。試験の時の傷なのか、腕には包帯が巻かれていたが、重傷では無いようだ。
「あぁ、そっちこそやはり合格したか。おめでとう」
アルフレッドは簡単に答える。レオンは2人の間に壁を感じ、少し残念に思った。
「受付の人に聞いたんだけど、今回の合格者は僕達だけらしいよ?人数が足りないって言ってたのになんでだろうね」
「無駄に命を散らせる訳にはいかんだろう。強者だけが戦いに出るべきだからな」
アルフレッドはレオンの問いに答える。その声はやけに静かに響き渡る。レオンも黙ってそれを聞いていた。
「よぉ、昨日ぶりだな!改めて合格おめでとう!この後入隊式があるから遅れずに第2会議室に来るようにな!」
アルフレッドが受付を終えたタイミングで審査長のエリオンが話しかけてきた。アルフレッドとレオンは、小さくお辞儀をする。
「今回は、対アンチ部隊の総隊長もいらっしゃるからな!悪い意味で目をつけられないようにしろよ?」
どうやら、今回の入隊式では対アンチ部隊の総隊長が来るらしい。アルフレッドはどんな人なのか興味を持った。総隊長というぐらいだからカルナより強いのだろうか。どんな人なのだろうかと考えた。
「なにボーッと突っ立ってるんだ?早く行こうよ。第2会議室でしょ?」
「……あぁ、わかった」
レオンに言われ、ハッとしたアルフレッドは少しの沈黙の後にそう言った。
第2会議室は、10m角程度の大きさで部屋の奥に机と椅子が1つずつある。そしてその手前に椅子が2つ、奥に向けて置いてある。周りには、いくつか席が置かれているが、座っている人もいれば、空いている席もあった。その中にはカルナの顔も見えた。それを含めてもこの部屋には10人程しかいなく、他の隊員達は訓練などに行っていた。
「多分、真ん中の2つの椅子が俺たちの椅子だろうね」
レオンはそう予想する。アルフレッドも同じ考えだった為、頷き、その椅子に向かって歩き出す。
「新入隊員はこちらの席にお願い致します」
隊員の1人がアルフレッド達にそう言う。案内された席は、想像通り、中央に置かれている2つの椅子だった。
アルフレッド達は、指示通りに席に座り、入隊式が始まるのを待った。
ただ、ジッと待っている時間はアルフレッドにとって、とても退屈で仕方がなかった。
「えー、それでは入隊式を始めたいと思いますので、各自席にお座りください」
エリオンが静かに、しかし、とても響く声で言う。会場で立って固まって談笑していたグループがいくつかいたが、その声で静かに席に戻っていった。
「それでは入隊式を始めます。とはいったものの、やる事は2つです。隊員証の授与と所属部隊の発表です。今回は、総隊長から直々に隊員証の授与があるため、新入隊員はしっかりとした態度で受け取るようにお願いします」
司会、エリオンの声が会場に響く。そして、エリオンが話し終えた時、前の方に座っていた1人の男がするりと立ち上がる。タイミング的に、彼が総隊長だろう。アルフレッドはそう思った。アルフレッド達も立ち上がり、彼が前に来るのを待った。
男は静かにアルフレッドとレオンの前に移動すると、咳払いを1つした。
「えー、私が総隊長のヴェルゴ・ベルだ。隊員からはベルと呼ばれている」
独特な雰囲気を持つ男だった。こちらを見透かすような鋭い目、この世界では割と珍しい黒色の髪、顎から生えている髭は威厳を感じられた。決して若くは見えない顔だが、ピシリと立つ姿勢はその年齢を感じさせなかった。
(この男が総隊長か)
アルフレッドの頬から汗が垂れる。アルフレッドはベルから放たれている殺気を感じていた。横を見ると、レオンも同じように汗をかいていた。
数秒の後、ベルは静かに笑う。殺気も無くなり、アルフレッドとレオンは息を深く吐いた。
「すまないな。エリオンやカルナが今回の新人はすごいと言うもんだから、思わず試してみてしまったよ」
ベルは笑顔で話す。先程の殺気を出していた顔とはまるで違う、朗らかな表情。同一人物かとアルフレッドは疑う程だった。
「さて、2人の所属部隊だが、今回、2人とも特攻部隊に所属してもらおうと思う。カルナ隊長の元、頑張ってくれ」
その後、アルフレッド達は隊員証をもらい、席に戻る。そのまま、入隊式は終わった。
隊員達はバラバラと立ち上がり、帰ろうとする。
「あー、ちょっと待ってくれ。今回は入隊式の他に大事な事があるんだ」
隊員達を引き止めたのは、ベルだった。
総隊長の声を聞いた隊員達は、駆け足で元の席に戻っていく。
ベルは全員の前に歩いていき、静かに喋り始める。
「以前にも少し話していたのだが、対アンチ用の兵器が完成したのだ!」
ベルは声を上げて言う。その声を聞いた隊員達は、目を見開き、驚き、感嘆の声をもらした。
「しかし、まだ、量産には程遠く、出来た兵器も1台だけだ。私はこれを特攻隊隊長である、カルナ・アイギスに託そうと思うが、異論があるものはいるか?」
ベルは全員に問いかける。帰って来たのは沈黙であった。ベルは頷き、カルナを見る。
「それでは、カルナ。前に来てくれ」
「はい」
ベルに呼ばれ、カルナは立ち上がり、前に歩いて行く。カルナがベルの前に立った時、エリオンが布の掛かった大きな何かを台車で持ってきた。それは、だいたい160cm程、エリオンの胸程の大きさでカルナにとっては、彼女自身の身長ぐらいだった。
エリオンは布を取り、その中身を見せる。
そこから出てきたのは、筒のような何か。カルナは、それが何なのか理解することは出来なかった。全体が白でコーディネイトされたその筒。筒の片方は穴が開いているがもう片方は開いていない。開いていない方には、取っ手のようなものが付いており、ボタンが付いている。カルナはこれがベルの言っていた兵器なのだろうと思ったが、どう使うのかが全くわからずにいた。
ベルを除くその場にいる隊員が首を傾げる中、アルフレッドはその兵器を見つめる。オーファンは抜きとして、この中でただ1人、この世界の住人ではないアルフレッドは、その兵器についていち早く気づいた。
(こいつは確か、銃と呼ばれる物のはずだ)
しかし、アルフレッドは結論は出せないでいた。何故なら、目の前にある兵器は普通の銃よりも銃口が大きい。まるで砲弾でも飛ばすのかと思うような銃口の大きさだった。更にその兵器には、弾倉も見当たらない、形だけ銃だった。
「全員初めて見たものだろうから、私から説明させてもらおう」
ベルが静かに話し出す。
「まず、アンチという存在は、その場に漂う負の感情が集まり、現れると言われている。つまり、アンチは、感情を吸い寄せ、形にするという性質を持っている存在だと言えるだろう。そこで、アンチを鹵獲し、徹底的に調べた結果、アンチを構成する、ある物質が感情を形にするのだとわかった。これを我々は、アンチニウムと名付けたが、それは置いておこう。その物質で構成されたのがこの兵器、Eマグナムと呼ばれるものだ。アンチが負の感情を司るとするならば、Eマグナムは正の感情を力にする。この兵器はそういう感情をビームと呼ばれる熱光線に変換して放つ事が出来るのだ。と言っても、研究が始まって半年程経つが、まだ完成したのは1台だけだ。量産には程遠いだろう…………。さて、これで説明は終わりだが、何か質問はあるか?」
ベルは一息ついた後、こちらに質問を促す。カルナが手を上げた。
「そのEマグナムが強力な兵器だと言うことは分かりました。しかし、何故私なのでしょう?この兵器は、後方支援の兵器のように思えます。最前線で戦う私には、向かないのでは無いでしょうか」
カルナの言い分も尤もだった。遠距離攻撃が出来る者をわざわざ前に出す必要は無い。カルナは、自分が前に出て戦うというのが、当然だと思っていた為、後ろに下がるという発想は無かった。
「ふむ、まぁ、この兵器も大分軽いから背中に担いで戦っても基本的に大丈夫だぞ。それに1番戦いに身を置くカルナにEマグナムを使って欲しかったのだ。実際に使うことで、改善点なども見えてくるのだから」
そう言いながらベルは、片手でヒョイとEマグナムを持ってみせた。どうやらかなり軽いようだ。それもそうだろう。普通の銃と違い、金属などは使われておらず、弾も必要としないのだから。
「……分かりました」
カルナは少しの沈黙の後、頷き、Eマグナムを受け取る。そして、入隊式は幕を閉じた。