祈りと試験
「それでは、11時から試験の説明。それからお昼を挟んで13時から試験を開始させて頂きますね」
受付の女性はそう言って次の客の対応に入った。
アルフレッドは伸びをして周りを見渡す。
「なんとかなりましたね」
オーファンがフワフワと飛んでくる。
「ははは、助かりましたね」
アルフレッドは乾いた笑い声を上げ、答えた。
時刻は10時30分。試験説明開始まで30分程時間があるので、アルフレッドは近くの椅子に座り、周りを見渡した。
ガッチリとした鎧を着た人もいれば、胸と頭だけ防具を着けた、身軽そうな装備の人もいる。年も、10代から50代程まで様々な人が集まっているようだった。
「あの人も入隊試験を受けるみたいですね」
オーファンが指を指した方には、若い男性が1人いた。まだ10代のように見える。金髪を短く切り揃え、皮で作られた鎧を身に纏っている。陽気そうな雰囲気を醸し出し、笑顔で受付の人と話していた。
「その可能性は高いですね。やはり、入隊を希望する人は多いのでしょうか」
アルフレッドが総合館に入ってからもうすでに3人の入隊希望者がいるようだった。アルフレッドが受付に聞いたところ、毎日、5人前後は入隊希望者が出るらしかった。
「まぁ、お金の面でも、待遇の面でも、他の職よりか大分良いですからね」
「その分危険も多いですが」
「入隊試験受験者の皆様ー!ただ今から試験説明に入りますので第2会議室の方までよろしくお願い致します!」
受験者が呼ばれる。その言葉を聞いて、アルフレッドは椅子を立ち、呼ばれた方向へと向かう。周りを見渡すと同じように歩き出した者が4人。今回はアルフレッドも含めて5人、受験者がいるようだった。
案内された部屋には、長机が2列並び、それぞれに椅子が3つずつ置いてあった。受験者は適当な席に座る。しばらくすると、試験官らしき男が1人入ってきた。
「よし、5人全員いるな?じゃあ今から試験説明を始める。と言っても試験内容自体は簡単だ。うちの隊員と1対1の試合をしてもらうだけだ。それを3人の試験官が審査する訳だ。まぁ、手加減はするから思いっきり向かってきてくれ。怖じ気づいたら減点だかんな」
「1つ質問いいですか?」
アルフレッドの横に座っていた糸目の男が手を上げる。
「えーと、確かお前はレオンだったか?何だ?」
「試験の時って武器は自分の持ち込んでもいいですか?」
「うーん、原則はこっちの用意したものを使うんだが。理由はなんなんだ?」
「ちょっと特殊なやつでして」
レオンは飄々とした口調で答える。
「まぁいい。これが終わったら見せてくれ、それから決める」
「わっかりましたぁ」
レオンは笑顔で手を下げる。
「じゃあ他、質問ないか?」
手を上げる者はいなかった。
「よし、じゃあ各自昼食を摂って1時にこの部屋に集合な。10分前行動心掛けろよ」
そういうと、試験官は部屋から出て行った。その後、受験者達はそれぞれ、自分の弁当を広げたり、外に食べに行ったりした。アルフレッドは昼食が無いため、机に突っ伏していた。オーファンも目を閉じてリラックスしている。
「あれ?君何?昼食べんの?」
アルフレッドは突っ伏したまま、目を開け、横を見る。そこには、机の上にパンを置き、こちらを見るレオンの顔があった。
「ああ、持ち合わせが無いもんでな」
「何か食っとかないと、もたないよ?パンやろうか?それに食わないなら食わないであれはやんないとダメでしょ」
「あれ?」
アルフレッドが首を傾げる。その時、鐘の音が街中に響いた。一定間隔で鳴り続けている。
アルフレッドは驚き、周りを見渡すが、部屋にいる数人の受験者達は何も驚いていない。目を瞑り、手を組んでいる。祈りのようなものだろうか、とアルフレッドは思った。
「毎日12時にオーファン様に祈りを捧げるんだよ。ほら、分かったら君も同じようにしなよ」
レオンはそういうと他の受験者と同じように手を組む。
アルフレッドは、ひと息吐くと椅子に座り直し、祈りを捧げた。
祈り始めて20秒ほど経った後、鐘の音が止まり、アルフレッドは目を開ける。
「これをここにいる時毎日やる訳か。少し面倒__ッ!」
ドクン!とアルフレッドの心臓が高鳴る。
「ぐ…あ……。何だこれは」
アルフレッドは心臓に焼け付くような痛みを感じた。汗が吹き出し、息が荒くなる。
「何?君!大丈夫⁉︎」
レオンが心配して背中をさする。
「大丈夫ですか⁉︎」
異常を感じたオーファンも飛んでくる。
「だい……大丈夫です」
アルフレッドは苦し紛れに答える。痛みは少しずつ引いていき、肩で息をしていたのが、ゆっくりと落ち着いた呼吸に戻る。
「………」
オーファンはアルフレッドをジっと見つめる。アルフレッドはその視線には気づかなかったが、その目はとても鋭いものだった。
午後1時__
「よーし、全員いるな!じゃあ、試験会場に移動するからついてきてくれ」
受験者全員で移動する。着いた場所は訓練館にある第1訓練場と呼ばれる所だった。 30m角程の広さのスペースがあり、端には長椅子が置かれている。
アルフレッド達は、中央に並ぶ。その前には、試験官が3人並んでいた。
「今回の試験の審査員長を務めるエリオンだ。さっき、説明の時に会ったが、よろしく頼む」
試験官の中央に立つ男が名乗る。その後、右隣の白髪の老人が前に出た。
「同じく審査員のエンロウじゃ。儂は厳しく審査するつもりなので、気合いを入れるんじゃぞ」
エンロウはゆっくりと頭を下げる。ゆっくりだが、その動きには一切の無駄が無いように見えた。最も、その動きに気づいたのは、アルフレッドとレオンだけだったが。
「じゃあ私が最後ね。審査員のレイアといいます。みんな、緊張はしないでいいから、リラックスしてね。よろしくお願いします」
最後の審査員、レイアは長身細身のモデル体型の女だった。緑色のロングヘアーを後ろで1つに結んでいた。
「んじゃあ、この3人で審査をやるからよろしくな。そんで、お前らの対戦相手だが、今ちょっと遅れててな。そろそろ来ると思うんだが」
エリオンがそう言った時、アルフレッド達の後ろから、誰かが歩いて来る音が聞こえた。
「すまないな。ちょっと時間がかかってしまった」
現れたのは赤髪の女。アルフレッドはその顔に見覚えがあった。
「今日、君達の相手をさせて頂く、カルナ・アイギスだ。対アンチ部隊の特攻部隊隊長を務めている。実力はそれなりにあると自負しているから、全力で来てくれ、よろしく頼む」
そう言ってカルナは軽く頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
受験者全員の声が重なった。
エリオンがパンっと手を叩いた。その場にいる全員がエリオンを見る。
「それじゃあ、早速試験を始めるぞ!1番は__」
アルフレッドはベンチに座って試験を見ていた。アルフレッドは5番目、最後の試験となる。レオンは4番目でアルフレッドの1つ前だ。
「ま、参りました……」
丁度、3番目の受験者が降参する。次はレオンの番だ。レオンは立って準備運動を始めている。
「次!レオン!前に出ろ!」
エリオンからの号令がかかり、レオンが前に出る。
「受験番号4番、レオン・ハートフォードです。よろしくお願いします」
「うん、よろしく頼む」
レオンとカルナ、互いに一言ずつ言うと、武器を構える。レオンが使う武器は、三節棍。3つに分かれた棍棒が鎖で繋がれており、今は付いていないが、その両端には刃物が付く仕様になっているらしい。
対してカルナは、木製の剣と盾をそれぞれの手に持っている。今までの試験では、最初はわざと技を盾で受けたり、避けたりして、攻撃させていた。そして、疲れが見え始めた頃に出た隙を突いて一気に反撃、降参させる__。これがカルナの戦い方だった。
レオンは深く呼吸をする。そして、カルナを睨みつけた。
「む?」
カルナは眉間にしわを寄せる。カルナはレオンから感じる濃厚な殺気を感じた。ただの受験者ではない。何か仕掛けてくるだろうとカルナは警戒する。
「おおぉぉ!!」
叫びながらレオンはカルナに向かって走り出した。