別れと出会い
「アル君、元気でやるんだぞ」
次の日の早朝、外壁の門の前でウルはアルフレッドに言った。それに続いてカンバルとノロも別れの挨拶のようなものを言う。
「またねーアル君!」
アリスはブンブンと手を振りながら、笑顔で言った。
「はい、また会いましょう。皆さんもお元気で」
「あぁそうだ。私たちの町は、ここから北の方にあるバリオンという町なんだ。何も無いけど、のどかで良いところだよ。近くに来たら寄っていってくれ。歓迎するよ」
そう言うとウルは北を指差した。丁度、都市内から門を見て正面の方角だ。そしてウルは、右手をアルフレッドに差し出す。握手を求めているようだった。アルフレッドは頷き、ウルと握手をする。
「機会があれば是非寄らせていただきます。また、お会いしましょう」
アルフレッドはそのまま、ウルたちと別れた。
「さて、まずは街の聞き込みからですね。その後に対アンチ部隊に見学に行きましょう」
オーファンはアルフレッドに確認する。
「そして、対アンチ部隊に入れば許可証が貰えるんですよね」
「その通りです。異常気象が実際に起きている所に行く必要がありますから」
異常気象が起きて異世界オーファンでは、アンチが急増した。異常気象が起きた場所でアンチが次々に生まれるのだ。詳しい理由は解明されていないが、異常気象の被害を受けた人々の強い負の感情で大量に生まれてしまうのではないかと推測されている。さらにアンチは負の感情が多ければ多いほど、強ければ強いほど、身体能力が上がる。その為、異常気象後のアンチは一般的なアンチより数倍強い。
そこで異世界オーファンの各都市では対アンチ部隊以外の異常気象区域への入場禁止を決定付けた。これを破れば、罰金が科せられる。只でさえ危険な場所で、さらに行けば罰金を支払わなければならない為、余程の事がない限りは近づかないだろう。
その為、合理的に異常気象に近づける対アンチ部隊に入隊すれば異常気象の早期解決になるのではとアルフレッドは考えた。
さらに、対アンチ部隊は基本的に月の給料の支払いだが、アンチを倒す毎に臨時収入を得る事が出来る。寮もあり、住む所が確保出来ると共に、結果を残せばすぐお金が貰える。危険な仕事だからと、手厚く保護を貰っている。アルフレッドにとってこれ程メリットが多い仕事はなかった。
「対アンチ部隊の入隊試験は、毎日午前の11時からやっています。それまで、街で聞き込みしましょう」
オーファンの言ったことにアルフレッドは頷く。アルフレッドは街に繰り出した。
街に出てアルフレッドが分かった事は2つ。
1つは異常気象は街中、というよりも人口密集地で起こった事はない事だ。それがケガ人はいても死者がいない理由かもしれない。それが理由で都市も対策は夕方の出入りの制限と対アンチ部隊の設置、都市内の建物の補強だけだった。しかも、補強といっても都市としては、推奨するだけで強制ではなく、補助のお金も出さない。その為、補強するのはごく僅かの裕福層なおかつ、慎重派の人々だけだった。補強をしてない人々もそこまで心配はしていないようだった。
2つ目が最近、対アンチ部隊の権力が異常な程に上がってきているという事。どうやら、1ヶ月前に対アンチ部隊総合隊長になった男が関わっているようだった。
「おかしいな」
街の聞き込みが終わり、公園のベンチに座るアルフレッドは呟く。その隣にオーファンがふわふわと飛んでくる。
「たった1ヶ月、街に被害が無かったぐらいでこんなに安心するものなのか?」
アルフレッドは疑問に持つ。それもそうだろう。1ヶ月前から始まった異常気象。たった1ヶ月の期間に街中で被害が出なかっただけで、人々は街の中ならば絶対に安全だと本気で思っていた。
例えば、1ヶ月間、無事件、無災害の街があったとして、その街では家の鍵も掛けない。小さい子どもが深夜1人で出歩く。そんな街があるだろうか。
アルフレッドは不自然に安心しきった、街の住人に違和感を覚えた。
「そうですね。街のほとんどの住人がそういう考えを持っているように感じます。何か特別な理由があるのでしょうか」
オーファンは首を傾げる。
「今ある情報で答えは出せないと思います。とりあえず保留にしておいて、次に対アンチ部隊の入隊受付に行きましょう」
アルフレッドはそう言うと足早に歩き出した。
アルフレッドとオーファンがたどり着いた先は対アンチ部隊の総合館と呼ばれる所だ。街中に巨大な敷地を持つ対アンチ部隊は、入隊受付、会議等で使われる総合館と隊員の宿舎、その名の通り、訓練をする訓練館の3つに分かれている。アルフレッドは対アンチ部隊の受付まで歩いていく。
「すいません、対アンチ部隊に入隊したいのですが」
「はい、入隊希望の方ですね。まずはこちらの申請書の記入をお願い致します。書き終わったらまた、こちらにお持ちください」
アルフレッドは申請書を受け取り、近くの専用の机に行った。机にはペンが置かれており、アルフレッドはそれを手に取る。
「……って、俺、この世界の言語知らないんだが」
「あぁ、忘れていました。この世界に送る時に言葉を聞き取れるようにはしたのですが…。読み取れるようにはしてなかったですね」
「どうにか出来ないんですか?」
「そうですね。1度、天界の方に戻ってきて
もらうとか、ただそうなると、まずはこちらの世界に来た時の湖に戻らなければいけないのですが」
オーファンは他に方法が無いかを考える。アルフレッドは今から湖に戻るのは、面倒だと感じていた。
「どうしたんだ?ずっと入隊申請書とにらめっこしているが」
アルフレッドの右側から声が聞こえた。アルフレッドとオーファンは声のする方を見る。
そこには、赤く、長い髪をなびかせる、美しい女性が立っていた。
「うん?どうした?私の顔に何か付いているか?」
赤髪の女はジッとアルフレッドの顔を覗く。
「おい、見ろよ。カルナさんだ」
「何でここに?」「綺麗だなぁ」
アルフレッドは目の前にいる女性がカルナという名前だということを知った。年は20代前半ぐらいに見えた。街での聞き込みで何回か名前を聞いたがこんなに若いとは思わず、アルフレッドは驚いた。
カルナ・アイギス。対アンチ部隊特攻部隊隊長。特攻部隊とは、新種や強力なアンチが出た場合に出撃する部隊。異常気象が発生してからは、その発生地域に向かう1番隊の役目を担っている。対アンチ部隊の中でも精鋭を集めた特攻部隊。そこの隊長。実力は、相当のものなのだろうとアルフレッドは考える。
「あぁ、すいませんカルナさん。実は私、入隊希望なのですが、文字が書けなくて……」
「ふむ、そうなのか。……なら、私が代筆しよう。ペンを貸してくれ」
「え、本当ですか⁉︎すいません、ありがとうございます!」
まさかの申し出にアルフレッドは、思わず声を荒げてしまうが、すぐにペンを渡し、申請書をカルナの方向に向けた。
「じゃあまずは名前だ」
「アルフレッドです」
「ふむ、それは名前か?家名は無いのか?一応、それも書かなければいけないのだが」
「あー、えーと、ファンです。アルフレッド・ファンです」
アルフレッドは咄嗟にファンという家名を作った。オーファンをもじったものだが、考えてみると中々無理矢理だったと反省する。
「ふむ、ファンか。珍しいな。聞いたことが無いよ」
「よく言われるんですよ」
アハハとアルフレッドは乾いた笑いを漏らす。
「まぁいいさ。じゃあ次は出身地だな。ここは街の名前じゃなくて地方名で良いぞ」
「シハンの出です。田舎ですが」
「へぇ、シハンか。私も任務で行った事があるが、川や湖が綺麗で良いところだな」
カルナは目を瞑り言った。景色を思い出しているようだった。
「じゃあ必須項目最後の質問だ。対アンチ部隊のどこの部隊に入隊したい?知っていると思うが、部隊は特攻部隊、本部隊、あと事務とかもあるが」
「特攻部隊ですね」
「……ほう?」
アルフレッドの言葉にカルナの目つきが変わる。アルフレッドの体を見つめる。
「ふむ、体つきは普通だな。特攻部隊は隊長の私が言うのもなんだが、激務だそ?それでも良いのか?」
「はい。むしろだからこそ良いんです」
アルフレッドは笑顔で返す。カルナはキョトンとするとニィと笑う。
「……良いね」
カルナはボソリと呟いた。
「はい、これ。申請書書いたから、これを受付に渡してきな」
「ありがとうございます」
アルフレッドはカルナから、申請書を受取り、受付に向かっていった。