時間と異変
「ねぇねぇ、あなたがアンチを退治してくれたの?」
馬車から出てきた1人の少女は、アルフレッドの服の袖を引っ張りながら言う。
「そうだぜアリス嬢ちゃん。こいつがアンチを退治してくれたんだぞ。あ、そうだ。自己紹介ちゃんとしてなかったな。俺はカンバル、傭兵だ。この馬車の護衛を相方のノロと一緒にやってる。そして、ここにいる女の子が俺らの依頼主の娘、アリス嬢ちゃんだ。依頼主のウルさんは、馬車の中にいるがな」
「ノロだ!まぁ、ここで会ったのも何かの縁だろう。よろしく頼むよ」
自己紹介をしたカンバルに続きノロもアルフレッドに挨拶する。アルフレッドの横で袖を引っ張っていたアリスは、アルフレッドと向かい合う。
「アリス!よろしく!」
ニコリと満面の笑みを浮かべてアリスは自己紹介した。年は10、11才程。人間は天使の10分の1程しか生きないのだから、それぐらいの年齢だろうとアルフレッドは結論付けた。
「アルフレッドです。よろしくお願いします。ところでお願いなんですが…。もし、この馬車がアイールに向かうなら一緒に乗せて行って貰いたいのですが」
「良いんじゃねぇかな。ただ、俺たちは雇われた身だから、ウルさんに一応確認しねぇとな」
「アリスが行くー!」
カンバルが言ったと同時にアリスが馬車に駆け抜けた。ノロも後に続いて走って行った。
カンバルはため息を1つ吐く。
「悪いな。本当はウルさんもここに来るべきなんだが、長旅の疲れか、体調を崩していてな。アリス嬢ちゃんも、元気が溢れ出てるから、お前さんを連れまわす可能性もある。まぁ、そこは耐えてもらえると非常に助かる」
「あぁ、大丈夫だ。ところで__」
「ちょっとアルフレッドさん!今のは何なんですか!今、ひと蹴りでかなりの距離、跳びましたよね!そんな力がある事、どうして教えてくれなかったんですか!下手したら神クラスの力ですよ!というよりも、ここまで力があるなら訓練生の時から、名前が上がっているはずです。それなのに、私が知らないなんて……。もしかして、手を抜いて訓練していたのですか?それはそれで許せません!そもそも訓練という制度があるのは__」
「あー、ここにいる人も乗せて行って欲しい。浮いているけど変な人じゃないから」
「誰が変な人ですか!」
いや、変な人じゃないって言っているじゃないかとアルフレッドは心の底で思った。
アルフレッドはオーファンを指差して言った。しかし、カンバルは首をかしげる。
「うん?そこに誰かいるのか?俺には見えないんだが」
アルフレッドは目を見開く。そしてオーファンを見た。
「そういえば言ってなかったですね。私の姿は今はあなたにしか見えていませんよ。だから誰かの前で私に話しかけていると変な人だと思われてしまいますよ?」
オーファンはクスクス笑って言った。アルフレッドは今、自分がその状況だと理解して顔を赤らめた。
「あーなんだ?とりあえずそこに誰かがいるんだろ?そういうことにしとくからな、な?」
「あ、いや、何でもないです」
アルフレッドは弁解しようとしたが諦めた。
「おーい!お父さん、一緒に行っても良いってー!」
アリスは手を振りながら馬車から叫んだ。
「だそうだぞ。ほら、行くぞ。早くしないと夕方になっちまうぞ」
アルフレッドはカンバルに付いていき、馬車に乗り込んだ。ノロは馬車の御者席に乗り、全員が乗り込むのを確認すると馬を走らせた。
馬車の中はアルフレッドが思っているよりも広かった。中央に机があり、それを囲むように長椅子が3つ、コの字に置いてあった。座れる人数は6人程。人が座っていてもその奥に歩いていけるだけのスペースはあった。一番奥の椅子に30代程の男が座っていた。バンダナで口を覆い隠している。アルフレッドはこの人がウルと呼ばれる人なんだろうと考えた。そして、この馬車の後ろの荷台には荷物が置いてある。酒のようだった。ウルは馬車で物を運ぶ仕事をしていた。
「アルフレッド君だったかね。先程はどうもありがとう。そしてすまなかったね。本当は直接外に出てお礼をするべきだったのだが」
「いえ、お身体の具合が悪いのは護衛のカンバルさんから伺っております。こちらの方こそ馬車に乗せてもらってありがとうございます」
「いやいや、命の恩人様の為ならこれぐらいさせて頂きますよ」
ウルはペコリと頭を下げて言った。
「そういえば、アルフレッドはどこの出身なんだ?黒髪って事はシハンの出かね」
アルフレッドはオーファンを見つめる。
「シハン東の外れの村って事にしておいてください」
アルフレッドは頷き、自分がシハンの出だと伝えた。
「そうかぁ、あの辺俺も行った事があるんだが、道もきちんと整備されてて、食べもんも美味いし良いところだよなぁ」
カンバルはウンウンと頷きながら言った。
「私も行った事があるよ。魚がとても美味しかった記憶があるね」
バルも便乗して褒める。対してアリスはしかめっ面だった。
「アリス行った事ない!」
頬を膨らませてアリスが言う。ウルはアリスの頭を撫でで「ハハハ」と笑った。
「そうだったね。じゃあ今度一緒に行こうか」
「うん!」
アリスは笑顔で言った。コロコロ表情が変わる子だなとアルフレッドは思った。
アリスはバッとアルフレッドの方を見た。アルフレッドは突然の事でドキッとした。そして、アリスはアルフレッドを指差し、
「アル君!」と叫んだ。
「「「アル君?」」」
アルフレッドとカンバルとウルの3人が声を合わせて言う。
「だってアルフレッドって長いんだもん!アル君にする!」
アリスはむすっとしながら言った。
「おぉ、アルか!良いじゃねぇか!俺もそう言う事にしよう」
「アル君か……悪くないね。私もそう呼ぼう」
カンバルとウルが頷きながら言った。
「じゃあ私もアルくんって呼びますね」
馬車の中でふわふわ浮いているオーファンも笑顔で便乗した。
「……好きに呼んでください」
アルフレッドは諦めたように言った。
段々と風景が少しずつ赤くなって来た頃、アルフレッド達を乗せた馬車はアイールに到着した。
「ふぅー。ようやく着いたぜー。馬の番も疲れるなぁ」
御者席から降りたノロは大きく背伸びをする。
「おーい、ノロ!早く来ないと置いてっちまうぞー!」
「おー!今行く!」
カンバルの呼びかけに応えたノロはアルフレッド達の方に走って行った。
空が真っ赤に染まった。夕暮れが近づいている。異常気象が起きる時間帯ではあるが、アルフレッドとウルは宿の近くの公園のベンチに座っていた。
「身体は大丈夫なのですか?」
「うん、大分良くなったね。まだちょっと咳が出るけど」
ウルの体調は少しずつ良くなっているようだった。アルフレッドは安心すると、一呼吸置いて言った。
「すいません、馬車に乗せてもらうどころか、宿までとって頂いて」
アルフレッドがウルに頭を下げる。
「良いんだよ。私達は明日の昼前にはここを出るからね。君はこの街で仕事をするんだろう?私からの応援と助けてくれた感謝の気持ちだよ」
「ありがとうございます」
「良いですね。こういうのも」
オーファンは横で微笑ましそうに2人を見ていた。カンバルとノロは酒場に行って、アリスは少し離れた所の噴水で水遊びをしている。ここにいるのはアルフレッドとウル、そしてオーファンだけであった。
「ところでアル君」
ウルが神妙な顔でアルフレッドに尋ねる。
「どうかしましたか?」
「君の隣で浮いている女性は、誰なのかね」
アルフレッドとオーファンは目を見開いた。まさか見えているとは思わなかったからだ。
「ふむ、2人の反応から見るに、君達はお互いの事は認識出来ているのだね」
「まさか」
オーファンは呟く。神聖な存在、いや、この世の者では無い者を認識出来る理由は、オーファンは1つしかないと考えていたからだ。
「死期が近い……!」
確かにオーファンはそう言った。その言葉にアルフレッドはさらに目を見開き、オーファンを見る。
「うーん、やはり姿はぼんやり見えても言葉は聞こえんなぁ」
ウルは頭を掻きながら言った。
「さて、そろそろ宿に戻らないと。異常気象が来ちゃうからね」
ウルが立ち上がろうとしたその時、オーファンが大気の異常に気づいた。と、同時にウルが叫ぶ。
「この反応は!?アル君!異常気象が来るよ!気をつけて!」
次の瞬間、突風が巻き起こった。アルフレッドはすぐさま、アリスの方に走っていき、アリスを抱えて風を堪えた。
「ぐぅ」
ウルは、腕で目を隠しながらなんとか耐えている。アリスはぎゅっと縮こまり、震えていた。アルフレッドは、ウルをアリスとは逆の腕で抱え、宿に向けて走った。
宿の中に入り、アルフレッドは2人を降ろす。ウルは窓に走り出し、外を見る。ガタガタなる窓は、今にも壊れそうだが、構わずにウルは窓の外を眺める。アルフレッドもウルが見ている窓から1つ横の窓から外を見た。
そこには、渦を巻いている雲と木々を巻き込みながら吹き荒れる竜巻の姿があった。