戦闘と出会い
着いた所は見渡す限りの湖だった。前方に広がる湖はとても澄んでいる。上空には雲1つ無い青空が広がっており、湖に太陽光が反射し、神秘的な光景を生み出している。湖には、魚が優雅に泳いでおり、浅瀬には鹿のような動物が水を飲んでいる。後方には果てしなく草原が広がっており、遥か向こうに城のような建物が見える。城の周りには何も無く、ただ平原がひろがっている。その右側には、高い山が見えた。その山の山頂付近は、白く染まり、緑の平原と相まって綺麗な風景を生み出している。
「ここがオーファン……。綺麗な所だな」
アルフレッドは近くにあった岩に腰掛け、まったりと湖を眺めた。
「綺麗な所でしょう。ちなみにこの湖はシュラウ湖といって、この世界で1番大きな湖ですよ」
何処からか声が聞こえた。アルフレッドは周りを見渡す。
「お待たせしました。ちょっと準備に時間が掛かってしまいました。ごめんなさい」
アルフレッドの後ろから声が聞こえた。振り返るとそこには神オーファンが立っていた。アルフレッドはオーファンが若干薄く見えた。後ろの草原が透けて見えている。意識だけを飛ばした結果なのだろうとアルフレッドは結論付けた。
「まずはこちらに着替えてくださいね」
そう言うとオーファンは、アルフレッドに服を手渡す。それは、無地の布で作られた簡易的な服だった。
「こちらの服は、この世界の男性の一般的な服装です。その白いローブだと何かと目立ってしまいますのでこちらを着てください。……ああ、これは天使のあなたの服装への介入なので大丈夫なはずです。多分……。きっと!」
アルフレッドは、本当に大丈夫何だろうかと不安になった。彼はローブを脱ぎ、手だけ実体化したオーファンに渡し、新しい服をもらう。オーファンはスゥと消えると彼が服を着たぐらいのタイミングで戻ってきた。ローブを持っていないので置いて来たのだろう。
「まずは、この世界の説明を致しますね」
オーファンはアルフレッドの隣に座り、異世界オーファンの説明を始める。
「異世界オーファンは自然が豊かな国です。世界のおよそ6割が自然の大地。3割に湖や川、1割が人里というような割合でしょうか。ただこの世界には海と呼ばれるものがありません。全ての大陸に自分の足で向かうことが出来ますね。あと、今の所、国と国の大きな戦いはありませんがその代わりに“アンチ”と呼ばれる生物が存在しています。アンチは負の感情の集合体です。時に人を襲うことがあるので、この世界にはそれを討伐する対アンチ部隊というものが存在しています。何か分からないことはありますか?」
「そうですね。今回の依頼は異常気象と聞いていたんですけど、今は特に異常は無いようですが?」
アルフレッドは空を見て言う。実際に今は雲ひとつない快晴だった。異常気象とはいえない天気だった。
「この時間帯はまだ異常気象は起きないのです。毎日、夕方の時間帯になると徐々に変わっていくのです」
オーファンもまた、空を見て言う。太陽はアルフレッド達の真上で輝いている。太陽の光はとても暖かく、このままシュラウ湖を眺めながら夕方まで待ちたい、とアルフレッドは思った。
「日向ぼっこをしたいという気持ちはわかりますが、まずは都市に向かいましょう」
オーファンは湖の反対方向を指差す。指の先には先程アルフレッドが見た城があった。
「あの都市は、異世界オーファン最大の都市アイールです。ここから少し急げば夕方までには着けるはずです。天気が変わる前に移動しましょう」
オーファンにそう言われ、アルフレッドは立ち上がる。おしりに付いた汚れを払って城に小走りで向かった。オーファンはアルフレッドの後をスイー、と浮かびながら付いていった。
移動を始めて2時間程だろうか。
2人の前に馬車が一台見えた。方向を見る限り、アイールに向かっているようにみえた。アルフレッドは、アイールに向かうなら乗せてもらえるかもしれないと期待を抱いた。
「ねぇ、あれに乗せてもらいませんか?」
オーファンが馬車を指差して言う。アルフレッドは頷き、少し走るペースを上げた。
少し近づいた時、2人は馬車の違和感に気づいた。馬車が動いていないように見えたのだ。馬車の奥に人が4人見える。だが、そのうちの2つの影は人に似てるが異様な雰囲気を漂わせている。
「アルフレッドさん!あの馬車、アンチに襲われてます!」
アルフレッドはハッと思う。あれがアンチと呼ばれる生物なのかと思った。
それは確かに人の形をしているが、全身は黒い。肌が黒いなんて次元では無い。光を通さないような、完全な黒。
「助けましょう!」
オーファンが叫ぶ。しかし、アルフレッドは動かなかった。いや、動けなかった。
アルフレッドは異世界課に所属する前、天界訓練所での一場面を思い出していた。
「かはっ」
肺に溜まった空気を全て出すような声をあげながらアルフレッドが吹き飛ぶ。
「なんだよアルフレッド。その程度かぁ?」
アルフレッドを吹き飛ばした男が煽る。鮮やかに光る金髪に緑色の瞳、頭上で輝く天使の輪に背中から生える純白の羽、これが天使だと言わんばかりの存在感を放っていた。
ギャラリーから黄色い声援が上がった。訓練場は円形のコロシアムのようになっていて、中央のステージを囲むように壁が建っており、その壁の上がギャラリーとなっている。
「この程度なわけがないだろ!」
アルフレッドがふらりと立ち上がる。しかし、足は震え、目の焦点は定まっていない。立っているのも限界の状態で、彼は相手を見据える。
「なんだよ。ボロボロじゃんか」
「何がこの程度なわけがないだよ」
「ハルク様ーそんな奴早くやっちゃってー」
ギャラリーから野次が飛ぶ。アルフレッドは、ギリっと歯を食いしばる。
「あああぁあぁ!!」
アルフレッドは雄叫びを上げながら、ハルクに突っ込んでいった。
気づけばアルフレッドは仰向けで横たわっていた。目線の先にはまるでゴミを見るかのような目をしているハルクがいた。
「弱いくせに粋がってんじゃねぇよ」
そのセリフはアルフレッドの心に深く突き刺さった。弱い自分が嫌いで仕方がなかった。だからこそいつか必ず超えてやろうと決心した。努力をした。
しかし、アルフレッドがハルクに勝つことは無かった。
努力が足りなかったのか、はたまた別の何かが原因なのかアルフレッドには分からなかった。ただ1つ分かったことは、自分は弱いという事実だけであった。
オーファンはアルフレッドを見る。足が震え、頰には汗が流れている。初めての実戦で緊張しているのかとオーファンは考えた。しかし、ここまでの緊張は異常であった。
「なら、今の私に出来ることは……」
アルフレッドは弱い自分が嫌いだった。弱いと何も守れない。何も出来ない。
ただ、努力を怠った訳では無い。自分の才能の無さに嘆きはしたが、それでも地道に努力を重ねた。それでも、その努力は報われず、結局ハルクには勝てないままだった。その訓練所を卒業出来たのも、同期よりも10年程後になってから。それも、ギリギリの最下位での卒業だった。
今、アルフレッドの前方で馬車に乗る人たちがアンチに襲われている。アルフレッドは戦う事は出来なくても、逃す事ぐらいは出来ると考えていた。
しかし、体が全く動かない。呼吸が荒くなり、汗が流れる。心は助けに行こうとしているのに体が言うことを聞いてくれなかった。
助けに行って役に立たなかったらどうしよう。むしろ足を引っ張ってしまうかもしれない。助けに行かない方が良いのではないか?そんな感情がアルフレッドの心の中を満たしていた。
「畜生」
アルフレッドはボソリと呟く。握りしめた手からは、血が流れていた。悔しさと不甲斐なさで彼はいっぱいだった。
「何をしているんですか!!今、彼らを救えるのはあなたしかいないのです!あなたなら出来ます!今は緊張しているのかもしれませんが、頑張って下さい!」
アルフレッドは背中を思い切り叩かれたように感じた。実際は叩かれていないのだが、確かに彼には背中を叩かれ、押されたように感じた。
「__!」
単純に誰かに背中を押して貰いたかったのか、必要とされたかったのか分からないが、いつの間にか動くようになった足を踏みしめ、アルフレッドは飛び出した。と、同時に自分の軽さに少し嫌気が差したが、心の隅に追いやり、無理矢理モチベーションを上げた。
ゴッ!と勢いよく鳴り響く地面を蹴った音と共に砂煙が舞い上がる。飛び出したアルフレッドは、襲われる馬車をひと蹴りで追い越した。
「あれ?」
アルフレッドは驚いている。無理も無いだろう。20m程以上離れていた馬車をひと蹴りで追い抜いたのだから。ふと、アルフレッドは自分が1秒前までいた付近を見る。地面が大きく抉れ、砂煙が盛大に舞っていた。訓練所にいた時とは、明らかに体の動きが変わっていた。
「俺のどこからこんな力が」
アルフレッドは自分の変化に困惑しながら呟く。しかし、困惑したのは数秒。すぐさま、アルフレッドは追い越してしまったアンチを見据えた。
「今度こそ!」
アルフレッドは地面を蹴る。今度は力を調整して軽く飛び出す。アンチに真っ直ぐ飛んでいったアルフレッドは、その勢いのまま、アンチに飛び蹴りを喰らわせた。
「グギィ!」
飛び蹴りを喰らったアンチは豪快に吹き飛び、そのままスゥッと消えた。綺麗に着地したアルフレッドはもう1匹のアンチを睨む。
「グギァ!」
飛びつくアンチの腕を潜り抜け、アルフレッドはカウンターで、アンチの顔面を思い切り殴った。アンチは先程と同じく、悲鳴を上げ、消えて無くなった。
「いやあ、驚いた!あんた、すげえ強いな!」
「あんたが来なかったら危なかったよ!ホントにありがとう!」
アンチから馬車を守っていた男達が話しかけてきた。
「大丈夫です。困っている人を助けるのが俺の仕事ですから」
「じゃあ俺らの同業者かい?見ない顔だけど新米の傭兵だったりするのかね」
アルフレッドは言葉を返しながら考える。
馬車を守っていたこの男達は傭兵だった。そう言われてアルフレッドは、彼らの服装を見る。皮のよろいのような物を着ている。背中には剣を携えており、左手には片腕を覆い隠す程の大きさの盾を携えていた。その2人からは、いかにも戦いを仕事としている感じが出ていた。
アルフレッドは、自分を馬車に乗せてくれるようお願いしようとしたその時__。
「あれ?もうアンチ達はいなくなったの?」
馬車の中から女の子の声が聞こえた。