絶望と覚醒
「誰か!!誰か!!誰かいませんか!!」
火に包まれた町を駆け回りながらアルフレッドは、叫んだ。
町は文字通り、火の海だった。入口に建てられた小さなアーチもその近くにあった宿も、空き地にあった木々も、今は炎に包まれている。すると、その火の間を抜けて、オーファンが飛んできた。
「……カルナさんは無事に撤退しました。しかし、もう彼女の戦場への復帰は絶望的でしょう」
アルフレッドは苦虫を噛み潰したような顔をする。分かりきっていた事ではあったが、それでも辛いものがあった。
「このまま、生存者を探します。オーファンさんは……」
「私は、死者の魂を探します。悪魔は死者の魂を食らいます。その前に、天界へ送り届けなければなりません」
アルフレッドは気付いた。今まで、旅の途中にオーファンが消える事が度々あったが、それは、死んだ人間の魂を天界に送り届けていたからではないかと。
「……分かりました。お願いします」
アルフレッドは頷き、答えた。それと同時に、また走り出す。
アルフレッドは一軒一軒、扉を開け、中の様子を確認する。生存者は、まだ確認できていない。
彼はよく見知った家の扉を開けた。焦げた薬草の匂いが鼻にまとわりつく。カルナを治療していた際の乳鉢がまだ床に置いてあった。中には、少量の薬草が入っている。その薬草もチリチリと燃えかかっていた。
「ゴホ、ゴホ!」
部屋の奥__、棚の後ろから咳き込む音が聞こえた。思わず、アルフレッドは叫ぶ。
「ロウさん!!」
棚を周りこみ、アルフレッドはロウを見る。そして、彼はその光景を見て絶句した。
「あ、あぁ、坊主か。戻ったと思ったら……、案外近くに、いるんだな」
家の外壁が崩れ、それに足が潰されているロウの姿があった。瓦礫の隙間から赤い血が次々に溢れ出てくる。
「ロウさん!!!今どかします!!」
外壁のブロックをどかそうとしたアルフレッドをロウは、片手で制す。アルフレッドは呆然とした顔でロウを見る。
「もう無理だ。この出血じゃあ、もう助からん。それよりも、他の家に行った方が大分賢明だろう」
ロウは、アルフレッドに言う。その口調は、今までで、1番優しかった。
「なぜです!医者が諦めたら__」
「医者だからだ」
アルフレッドの言葉を遮るようにロウは言った。
「医者だからこの傷と出血量で人が死ぬか、死なないかぐらい分かる。このまま死ぬわしの為に坊主が時間を割く必要は無い。……医者はな、他人の命を救う為に自分の命を削る生き物なんだよ」
ロウは諭すように言う。アルフレッドは、少し涙目になりながらも、力強く頷き、「助けに戻るから」と短く言い残し、次の家に向かった。
残されたロウは、体の近くを転がる葉巻を手に取る。妻が死んだ時に吸うのを辞め、保管していた葉巻が棚から落ちて来たのだろう。彼は、ニヤリと笑い、その葉巻を拾う。
「なぁ、イマリア。最期ぐらいはいいだろう?」
幸い、火はそこら中にあった。ロウは葉巻に火を付け、煙を吸う。そして、彼は苦い顔をして、煙を吐き出す。
「あぁ、何か変な味だ。やっぱりお前の言う通り、辞めて正解だったよ」
扉の開く音がした。ロウは少しビクつくと、先程アルフレッドが現れた方向を見る。ザ、ザ、とその足音はゆっくりとこちらに近づいてくる。そして、棚の影からこちらを覗いた。
「お前さんは__」
アルフレッドは、ウルの家の前に立っていた。ウルの家も、燃えており、屋根が崩れ落ちている。アルフレッドは、嫌な予感が全身を包んだ。ゴクリと生唾を飲み込み、意を決して玄関から足を踏み入れた。
酷い有様だった。丘の見える窓は割れ、近くに破片として散らばっている。棚や、机には火が燃え移り、ゴウゴウと燃えていた。1番酷いのは、屋根だった。崩れ落ちた屋根は、部屋の中心に瓦礫の山となって降り注いでいる。アルフレッドは、周囲に人影が無いか、辺りを見回した。
そしてそれは直ぐに見つかった。
瓦礫の山の横に横たわるウルの姿があった。その下にはアリスのものであろう、小さな足が見える。しかし、アルフレッドが真っ先に見つめた物は、ウルの背中に突き刺さる鋭い石材だった。屋根で使われていたものだろうか。アルフレッドは急いで2人に駆け寄る。2人の体勢からウルがアリスを庇ったのだろうと想像出来た。アルフレッドは慎重にウルを移動させる。
アルフレッドは息が詰まるような感覚を覚えた。ウルを突き刺していた石材は、ウルを突き抜け、アリスの胸までも貫通していたのだ。力無い瞳で、天井を見つめるアリスは、とてもか弱く、だがしかし、全く絶望しているようには見えなかった。
アルフレッドはグラリと視界が揺れる感覚を覚えた。頭の中には、ロウとの、ウルとの、アリスとの、それぞれの記憶が蘇ってくる。
『あぁ!?いきなり来たと思ったら隊長の治療してくれだぁ!?明日も忙しいってのに!ほら、そこに布団あるからさっさと敷いて寝かせときな!!』
『貰ってばかりの自分に嫌気が差した。だから決めたんだよ。アリスに愛をあげよう。エマリーがあげる筈だった分まで私があげようってね』
『アル君!私ねぇ、大きくなったら騎士になるんだ!あのカルナって人みたいな人になりたい!そしたらね、あの黒い奴をこう、シュッ、シュッって倒すんだよ。……んふふ、私にも出来るかなぁ』
どうしようもなく胸が熱くなった。その熱は涙と嗚咽となり、彼の体内から流れ出る。それと同時にあの、悪魔への怒りがふつふつと溢れかえる。
パキン、と何かが、割れる音がした。アルフレッドは焦点の合わない瞳で音が鳴った方を見る。そこには、ウルとここで話した時に見た家族写真があった。その写真立てがビキビキと音を立て、ついには粉々に砕け散った。
「う、うああああぁぁぁぁ!!!!」
アルフレッドは絶叫する。涙が溢れて、止まらなかった。胃の中の物が逆流しそうな感覚。
あまりにも激しい感情の変化は彼の体にも変化をもたらそうとしていた。
バリオン上空__。空から町を見下ろす悪魔、ベルはニヤニヤと笑っていた。
「さてさてと、そろそろアルフレッド君を探して、殺すとしますか」
ベルは隣に浮かぶアンチデーモンと共にゆっくりと降下していく。その時、数ある家の1つから大きな音が響き渡った。
ベルは音が鳴った方を見る。そこには、家の扉を蹴り飛ばす、アルフレッドの姿があった。ベルはその姿を見て笑みを深める。
「おやおや、いくら絶望したからといって物に当たるとは、天使としてまだまだ3流__ッ!!」
ベルは強烈な悪寒を感じた。長く生きてきた中で1度しか感じた事がないレベルの悪寒。彼の中の本能が警鐘をならしていた。
コイツはヤバイ!__と。
ゆらり、ゆらりと家から出てくる何かは、殺気を撒き散らしながら歩いてくる。そしてピタリと止まると、ベルの方を真っ直ぐに見つめた。
漆黒の髪の隙間から見える燃えるように真っ赤の瞳は、逃がさないと言わんばかりにベルを睨み付ける。
「ベルゥ!!お前は!お前だケハ!!ココデ殺ス!!!!」
ドス黒い炎がアルフレッドの体から吹き出す。それは、黒い火柱となって遥か上空まで伸びた。
あまりの熱風にベルは思わず、目を瞑る。やがて、熱風が止まり、目を開けるとベルは驚きのあまり、目を見開いた。
脇腹の部分に赤いラインが左右2本が入った黒い鎧が見えた。黒い髪から時折見える瞳は、まるで血のように赤く、赤く染まっている。尻尾や、角は生えてはいないが、その背中から生える、立派な黒い翼は、彼をひと回りもふた回りも大きく見せた。
静かに佇んでいるアルフレッドは、ベルに向かって片手をかざす。
「黒炎」
小さく呟いた瞬間、彼の手から黒い炎が放たれた。それは、先程、ベルがバリオンの町に放った炎の数倍の大きさだった。
「ぐぉ!」
ベルは間一髪で、それを回避する。しかし、完全には避けきれなかったようで、左腕がその炎に巻き込まれた。
「ぐあああぁぁぁ!!!」
あまりの痛みにベルは地面に落ちる。
「な、なんだこいつは!!こんな悪魔がいるなんて聞いてな__ぐえ!」
ベルは叫んだ。しかし、その言葉が最後まで口から出ることは無かった。距離を一瞬で詰めたアルフレッドがベルの首を掴み、そのまま、宙に持ち上げる。
「……燃エ散レ」
アルフレッドはベルの体に叩き込むように炎を放った。




