進化と絶望の始まり
悪魔__。オーファンは、そう呟いた。アルフレッドは、それを聞き取り冷や汗をかく。悪魔を実際に見た事は無かったが、その殺気と、威圧感を直に感じて、悪魔は、天使と同等の力を持っている事は容易に想像出来た。
「そうだな。私は悪魔だよ、神オーファン。そこの新人隊員__名前はアルフレッドだったか、察するに彼は天使だろうな」
アルフレッドの心臓がドクンと強く鳴り響く。自分にしか見えない筈のオーファンが見え、声も聞こえているとは思わなかったからだ。死期が近づいている場合もあるが、この男に限ってそれは無いとアルフレッドは思った。オーファンも目を見開いて驚いている。
「そんなに驚く事ではないだろう?私もこの世界の人間ではないのだ。神が見えるのも当然と言えよう」
ベルはヒゲを撫でながら言う。アルフレッドはベルを睨みつけた。
「何を固まっている?そんな時間がお前らにあるのか?上を見てみろ。もう片腕まで出ているぞ」
アルフレッドとカルナは、直ぐ様上を見上げる。異世界の扉の大きさは、先程の約2倍まで広がっている。ベルの言う通り、怪物__アンチデーモンは頭を出し、片腕も既に出ていた。アンチデーモンは片腕を伸ばし、2人に襲い掛かろうとする。
「させるか!」
カルナは前に踏み出し、Eマグナムを構える。標準を合わせ、引き金を引いた。
「これで……!終わらせる!!」
昨日の戦いの時、アンチデーモンの手に向かって撃ったビームの2、3倍の大きさの薄緑色のビームが放たれる。カルナは、持てる力全てを振り絞って撃ち抜いた。撃ち抜かれたアンチデーモンの上半身は消えて無くなり、異世界の扉ごと巻き込んで上空に光の柱を作った。
アルフレッドは笑みを浮かべる。アンチデーモンを倒せる事が出来たのは大きい。これで残すはベルのみとなった。カルナと2人で押していけば、勝てる可能性はある。そう思い、アルフレッドはベルを見据えた。
アルフレッドは背筋が凍った。胃の中を掻き回されたような感覚を覚える。ベルは口を三日月のように吊り上げ、文字通り、悪魔のような形相でカルナを見ている。
あの怪物が消されたというのに余裕な顔どころか、計画通り、というような表情だった。アルフレッドが見ている事に気付いたのか、ベルは、その表情のまま、アルフレッドを見た。
「計画通りだよ、アルフレッド君。これで私の勝ちは揺るぎないものとなった」
「……どうゆう事だ」
アルフレッドは、ベルに問いかける。
「そのままの意味だよ。アンチは、負の感情の量だけでは、大したアンチは作れなくてね。このアンチデーモンもどきも、ただ負の感情を寄せ集めただけの木偶の坊だったのだよ」
ベルはゆったりと話し始める。アルフレッドは嫌な感覚に陥る。まるで蛇が背中から這い上がってくるような感覚だった。
「大事だったのは、量では無く質だったのだよ、アルフレッド君。純度100%の負の感情こそ、アンチを進化させる材料だった訳だ」
「……何が言いたい」
ベルはアルフレッドの言葉を聞いて、目を閉じ、深いため息を吐く。
「はぁ、まだ分からないのかね?仕方ない、ヒントを上げよう。Eマグナムは正の感情をエネルギーとすると説明した筈だ。では、その正のエネルギーは、どこから持ってきて、どこに消えると思うのだね」
そこまで聞いて、アルフレッドはハッとする。そして彼は、ベルに背中を向ける事も気にせずに、カルナの方に駆け出した。
そこに、特攻部隊隊長__カルナ・アイギスはいなかった。そこにいるのは、Eマグナムを足元に落とし、ガクガクと震える、1人のか弱い女性__カルナだった。
「あ、あぁ……!」
カルナは、その場にヘタリと座り込む。その目は、真っ直ぐにベルを見つめている。その目には涙が溜まり、ガチガチと歯が鳴る音がする。
「た……隊長……」
アルフレッドが力無く呼びかける。しかし、カルナはまるで聞こえていないように、震えたままだ。
「どうしたんだい?カルナ隊長。さっきまでの覇気はどこに行ったんだい?……まさか、恐ろしいのかい?この悪魔の姿が。……ふ、ふははははは!全く、苦労したよ。ここまで、来るのに1ヶ月も掛かってしまった」
アルフレッドは、そう言ったベルを睨みつける。ギリ、と歯をくいしばる。彼は、怒りの感情で今にもベルに飛びかかりそうだったが、なんとか理性で止まっていた。
「この世界の、というよりも、どこの世界でも人間というものは、どいつもこいつも心の中に大なり小なり希望や、淡い期待を持っているのだよ。そんな感情じゃあ、良いアンチは生まれない。だから、そういう正の感情を放り出す兵器__Eマグナムを作った訳なのだよ。まぁ、カルナ隊長に渡したのは、私の趣味も入っているがね。カリスマ性溢れる誇り高い女が一瞬で崩れ堕ちる様は非常に滑稽で楽しかったよ」
そこまで言うとベルは意地汚い笑みを浮かべた。
アルフレッドは血走った目でベルを睨みつける。真っ赤に染まった顔は、彼がこれまでに無い程、怒っている事を表していた。
ザ、とベルが一歩近づいてくる。その度に、アルフレッドの横で「ひっ」とカルナが呻く。そして、徐々に近づいてくるにつれ、その声は大きくなっていく。彼女の心に亀裂が次々と入っているのを感じた。
「い、いやぁぁぁぁぁ!!!!!!」
絶叫が響き渡る。泣き叫ぶ彼女の肩をアルフレッドは両手で掴む。
「大丈夫です!心配しないで下さい!隊長!」
「いやぁぁぁ!!!!来ないでぇ!!」
アルフレッドが何とか宥めようとしているが、効果があるようには見えなかった。カルナは、今、脅威に立ち向かう力を全て撃ち出してしまった為、残ったのは、恐怖や不安だけだった。その恐怖も、前から近づいてくる、悪魔を見て、更に膨れ上がる。赤い髪を両手でガシガシと掻き続けている。
アルフレッドはカルナの体から黒い煙のようなものが出て行くのを見た。彼は、それが負の感情だという事を察した。
それを見たベルは目を見開く。
「おぉ!目に見える程の純度の負の感情!これこそが、アンチデーモンの更なる進化に!」
ベルが両手を広げ、言う。カルナの背中から出る、黒い煙は、上空で渦を巻くように集まり、黒い球体を作った。
周りを稲妻が走る。その球体は少しずつ、人の形を模してくる。それは、先程の怪物のような大きさでは無く、普通の成人男性程の大きさだったが、体は少し細い。体は他のアンチと同じようにどこまでも黒く、異様な雰囲気を醸し出している。
「ふむ、見た目は普通のアンチと大して変わらないな、巨大な負の感情のエネルギーを小さく凝縮したような感じなのか?だが、かなりの力を感じる。これが本物のアンチデーモンか」
ベルは興味深そうにアンチデーモンを見る。
「では、手始めにそこの男を殺してみせろ」
ベルはアルフレッドを指差して、言う。アンチデーモンは雄叫びを上げて、アルフレッドに襲いかかった。
「逃げて下さい!カルナ隊長!」
アルフレッドはカルナを庇うように前に飛び出し、アンチデーモンを待ち構える。右手で殴りかかってくるアンチデーモンを避け、それに合わせ、カウンターで殴る。仰け反ったアンチデーモンは倒れる直前にビタリと止まり、元に戻る反動で彼に頭突きを食らわせた。
「ぐあ……!」
アルフレッドは一瞬、意識が飛びそうになりながらも、アンチデーモンの頭を両手で掴む。そして、思い切り怪物の顔、目掛けて膝蹴りを食らわせた。
アンチデーモンは吹っ飛び、ゴロゴロと地面を転がる。しかし、直ぐにムクリと起き上がり、再びアルフレッドに飛びかかる。
アンチデーモンは避けるという事をしなかった。しかし、1度や2度殴ったぐらいでは隙を見せず、その度にアルフレッドは、殴られ、ダメージを受ける。アルフレッドは確実にダメージを受けているがアンチデーモンがダメージを受けているという様子は見られなかった。
「がぁ!」
アルフレッドは蹴られながらも怪物の足を掴み、放り投げる。10メートル程飛んだアンチデーモンはドサリと地面に倒れるが、何事も無かったように起き上がる。
その時、辺りに拍手の音が響いた。その音は、アルフレッドの上空から聞こえてくる。アルフレッドが上を見上げると、そこには宙を浮かぶベルが笑顔で手を叩いていた。
「いやぁ、素晴らしいね!まさか、ここまで戦えるとは!アルフレッド君はさぞかし、優秀な天使なのだろうな!」
ベルはアルフレッドを賞賛する。しかし、アルフレッドはそれに苛立ちしか覚えなかった。「この場をひっくり返せる程、優秀だよ」と吐き捨てるように言う。すると、途端にベルは笑みを消し、アルフレッドを睨みつける。アルフレッドはそれに少しばかりの恐怖を抱いた。
「しかしね、あまり時間をかける訳には行かないのだよ。私も時間が惜しいものでね。手っ取り早く君にも絶望を与えてやるとしよう」
そう言ったベルは、右手を右下に向ける。ベルの右手から黒い炎が溢れ出る。それは、まるで生きているようにウネウネと燃え盛り、やがて、1m程の炎の球になった。
「あそこのチンケな町、綺麗に燃えそうだと思わんかね」
静かにベルは言う。アルフレッドは目を見開くと、ベルが手を向けている先__バリオンに向けて走り出す。
「燃え散れ」
ベルは黒い炎の球体をバリオンに向けて放った。




