小さな決意と小さな変化
「アル君、アイールは楽しかった?何したの?美味しいもの食べた?」
アルフレッドは、アリスから質問責めにあっていた。彼は苦笑いを浮かべながら、ああだよ、こうだよと答えている。ウルは、寝ているカルナの頭の近くに、釜戸とトマク草の入った小鍋を置き、煮詰めている。ただ、先程、戻ってきたオーファンを時々、興味深かそうに眺めていた。オーファンは、悲しそうな顔をしている。まだ、死期が近いという事には変わりないようだった。
釜戸は、石のお椀のような形だった。中に火種を入れており、その上にトマク草の入った小鍋を置いて、煮沸している。お椀の縁が所々半円を描くように欠けており、そこから空気を入れて火を保っているようだった。男隊員は、まじまじと沸騰する小鍋を見つめている。
「この汁は、トマク草という薬草の汁でな、傷口に塗ると薄い膜を作るんだ。それで、傷口から細菌が入るのを防いだり、傷口が塞がるのを助けてくれるんだ。まぁ、人口的なカサブタだと思ってくれていい。本来、塗って使うもんだが、こうやって煮沸して気体にする事で肺や気管に直接投薬する事も出来る。匂いがちょっときついがな」
ロウは、男隊員に薬草について教えた。男隊員は何度も頷いて、話を聞いている。確かに、今、この部屋はトマク草の独特な匂いに包まれていた。
女隊員は、カルナの体を拭き続けている。
「さて、と」
短くロウが話す。その場にいる全員がロウを見る。
「この部屋にいるのが、子ども合わせて7人……。うちには、この部屋しかなく、広さは10㎡程……。ワシが言いたい事が分かるか?」
隊員達が顔を見合わせる。ウルは、何が言いたいか分かっているようで、苦笑いを浮かべている。
「狭いんだよ!棚から薬持ってくるのさえ、人混みを分けなきゃいかん!流石に作業の邪魔だ!後の事はワシがやっとく!町の入り口の所に宿屋があるからそっちに行ってくれ!」
ウルにそう言われ、隊員達は、周りを見渡す。カルナが寝ている近くで腰を下ろす7人。水の入った桶やら簡易的な釜戸などもあり、足の踏み場は殆ど無かった。男隊員は、あははと頭を掻く。
その後は、アルフレッド達は宿に向かい、一晩泊まる事にした。ウルは、うちに泊まっても良いとは言っていたが、彼らは流石に悪いと思った為、丁重に断った。女隊員は、カルナが心配だから一緒にいると叫んでいたが、男隊員に連れられて渋々宿屋に泊まった。アルフレッドは、男隊員と一緒に2人部屋に泊まった。
あたりがしんと静まった深夜__。アルフレッドは、目を覚ました。辺りを見渡すと隣で寝てるはずの男隊員の姿が無くなっていた。
「……外の空気でも吸いに行ったのか?」
アルフレッドは部屋の外に出る。まだ、受付のランプは付いており、受付のおばさんがその明かりで本を読んでいた。静かな夜に紙をめくる音だけが聞こえる。
アルフレッドは、おばさんの所まで歩いていく。おばさんは、途中でアルフレッドに気づき、笑顔で手を振った。彼はそれに笑顔で小さくお辞儀をする。そして、おばさんの前まで来て言った。
「ここに泊まったもう1人の男の隊員を見てないですか?」
「あぁ、あの子ね。あの子なら、さっきロウさんの家に入っていくのを見たわ。寝てる隊長さんの様子でも見に行ったのかしら」
おばさんが顔に手を添えて答える。アルフレッドはありがとうとお礼を言うと、ロウの家に向けて音を立てずに歩き出した。
アルフレッドは、歩いている途中でオーファンを見つけた。宿屋の屋根でぷかぷかと浮かびながら寝ているようだった。ああいう事が出来るのは良いなと彼は思った。空を自由に飛びたい__。それは、羽が出せないアルフレッドの切実な願いだった。
ロウの家の前に立ち、扉に手を掛ける。その時に、ロウの家の中から「ぐっ」と小さく、呻く声が聞こえた。アルフレッドはピタリと動きを止める。そして、扉から手を離すと、ロウの家の窓の側まで、音を立てずに忍び寄り、聞き耳を立てた。
「いてぇ……!」
「そりゃあそうだろ。傷口に薬塗ってんだから」
どうやら男隊員の傷の治療をしているようだった。時折、男隊員の苦痛の声が聞こえてくる。
「あの嬢ちゃんも中々酷い傷だったが、お前さんの方が酷いな。平気なフリをしよってからに。この傷で明日の朝に出発しようと思っているのか?」
アルフレッドは驚く。まさか彼がそこまで、酷い傷を負っていたことに気づかなかったからだ。
「俺が明日発つのは変わりません。それが俺に出来る唯一の事ですから」
ほう?とロウは呟く。
「だったらもう1人の坊主に行かせたらどうなんだ?見た感じあれが1番新米だろう。それに目立った怪我もしていない」
ロウの質問に男隊員は、少し考えた後、言った。
「まぁ、ごもっともです。ただ、先程の戦いでハッキリ分かったのですが、この隊の中で1番頼りになるのは、あいつだと思ったんです。ここからも見えたと思いますが、空に開いた穴から見えた怪物。あいつがまた現れた時、まともに戦えるのは、ベル総隊長とカルナ隊長、そしてあいつだと思うのです。だから、こんな報告1つの為に、体力を使って欲しくない。カルナ隊長も万全になるまで無茶をしてはいけない。だから役に立ってない俺が行くんです」
「……お前さん、あの坊主はお前にとって後輩じゃないのかい。そんな自分を下に見てどうなるんだよ。何も変わんないぞ」
ロウは厳しい顔をして言う。男隊員は、ロウの顔を真剣な目で見る。
「俺は自分を下になんか見ていないです。ただ、上を見ているだけです。いつかそこの場所まで行けるように、今、俺が出来る事を懸命にやるんです」
男隊員はこれまでにないような真剣な声で言う。ロウは、一言、「そうかい」と呟き、男隊員の体に包帯を巻き始める。
包帯を巻き終わると、ロウは男隊員の肩を叩く。ベチンと良い音がし、男隊員は「ぐぇ」と唸った。それを見てロウはガハハと笑う。
「まぁ、なんとなく言いたい事は伝わったよ。頑張んな!」
ロウは歯を見せて笑う。男隊員は、金をコトリと床に置いた後、笑い返し、手を振ってロウの家から出た。
「ん?」
男隊員はロウの家を出て気づく。家の窓の下あたり。雑草が生えている所の一部分の雑草が不自然にヘタれている。まるで、さっきまでそこに何かが居たように。
「……?イタチかなんかが居たのかな?」
男隊員は、元来た道を歩き、宿屋に戻って行った。
バリトンの町から南、先程アルフレッド達が戦っていた辺り、月明かりが照らす平原__アイール平原をものすごいスピードで駆け抜ける1つの影があった。その影は、暫く走り続けると小さな丘の上でドサリと仰向けに倒れる。
「今、やれる事を懸命に……!」
その影__アルフレッドは、先程の男隊員の言葉を思い出す。そして、彼は満点の星空に向かって拳を突き出す。
「役に立たないとか自分なんかとか言ってる場合じゃない。それは、全く意味が無い。俺には努力しか出来ないから」
アルフレッドは、また起き上がり、町に向かって走り出す。
「絶対にこの世界を救ってやる……!俺はそれを一生懸命にやろう……!絶対に……!」
彼は口角を上げて走り抜けた。湧き上がる熱意と一緒に何かが吹き出る感覚が走ったが、彼は気にせずに走り続けた。だからこそ彼は気づかなかった。
自分の背中から黒いモヤのようなものが出ていた事に__。
「…………」
そして、遠くでオーファンが悲しそうな笑顔で彼を見ていた事に。




