第16話:青春協奏曲~月と太陽~05
家に帰った僕は、晩御飯を食べ、風呂に入り、明日の支度をして、ゲーム機とテレビの前に腰を据えた。
寝る前に時間いっぱいネット対戦をするのが日課になっている。
さすがに二か月も経てば、だいぶランクも上がってきて、対戦相手のレベルも高い。
それでもまだ勝率を7割以上でキープできているから、僕はまだ上へ行く予定だ。
今日も勝利を重ね、少しずつランクアップへのポイントを貯めていく。
けれど、いつもと違う点がある。
対戦と対戦の合間に反省ができていない。つい、花尾間さんと関泉さんがどうなったか気になってしまう。
勝負して、二人は電話しているのかな?とか考えて、また勝負して、もしかして会いに行ったのかな?とか考えて。
いざマッチングすれば格ゲーに集中できてしまうのが僕の良い所でもあり悪い所でもある。
そろそろ時間切れかな?
またあの二人に思いを馳せながら、おそらくラストになる対戦を待つ。
僕に結果報告とか…あるかな?
そんなことを思いながら自分のスマホをちら見すると、本当にスマホが鳴り始めた。
あまりの衝撃に心臓が止まるかと思った。
なんと、電話の相手は関泉さんだった。
ちょっと躊躇してしまったが、今度こそ電話を取らねばと思い、スマホに手を伸ばす。
そこに、マッチングが完了した音が割り込んできた。
僕は誰とでも対戦するので、自動で相手にOKを出すようにしてしまっていた。
スマホの呼び出しを無視するように、ゲーム画面はどんどん先に進んでいく。
僕は混乱してしまい、どうしたらいいか必至に考えた。
電話には絶対に出る!
けれど、ゲームはどうする?まだ対戦が始まっていないから切断してもそんなに迷惑をかけないが…。
僕は断腸の思いがしたが、テレビの電源をオフにした。
対戦が成立してしまった以上、決着を着けなくてはいけない。これは僕の数少ないこだわりだ。
それで僕が操作できないのなら、大人しく負けるのが筋。
電話の時間次第では何敗するかわからないが、これが僕の覚悟だった。
僕は通話ボタンを押して、耳元にスマホを持っていく。
「もしもし」
「あ、今度は出てくれたのね」
声の主は間違いなく関泉さんだった。
「ま、まあね」
「なんの用かは、わかっていると思っていいのかな?」
「…たぶん」
なんとなく高圧的に感じてしまい、思わず気負いしてしまう。
「残念だけど、それは肯定と取るわよ」
かすかだけど笑い声が混じった気がした。
やっぱり花尾間さんと話しができて、解決できたのかもしれない。僕はそう思った。
「それでなんだけど…」
「うん」
「明日の朝、30分早く学校に来れない?」
「えっ?」
なぜ朝早く学校に?
それ自体はまったく問題無かったが、理由の検討が付かなくて返事ができなかった。
「ついさっき、蓮子とちゃんと話ができたから、その報告を現内くんにしたいんだけど、顔を合わせてから伝えたいなと思って…私が」
なんか、関泉さんが慣れないことをしているのが、電話越しに伝わってくる。
「わかった」
僕はそれを承諾した。
「じゃあ、明日の朝、競技館の前で」
関泉さんは僕がたしかにそれを聞いたことを確認すると、すぐに電話を切ってしまった。
わざわざ顔を合わせて、それもなるべく早く。
どんな話になるのかわからないけれど、それだけ真剣な内容なのだろう。
僕はテレビを点け、時間切れでサーバーから追い出されているのを確認すると、すべての電源を落として明日に備えた。
そして翌日。
僕は目覚まし時計よりも先に目が覚めた。
寝坊なんてできないので二度寝はやめてベットから抜け出る。
お母さんもまだ起きていなくて、食卓は暗く静かだった。
僕は焼いた食パンにバターを塗って食べ、牛乳をコップ一杯飲む。
身支度も終わってしまい、やることがなくなってしまった僕は、お母さんに学校に行ったメッセージを残して家を出た。
バスには運転手以外誰も乗っていなかった。
日課だった動画鑑賞もせず、僕はぼーと外を眺めていた。
学校に着いても誰もいなかった。校門は開いていたので、先生と朝練のある部活生徒はどこかにいるのかもしれない。
僕は収穫を間近に控えた畑を横切り、競技館までやってきた。
そこで関泉さんが来るまで待っているはずだったのだが。
「あれ?関泉さん?」
関泉さんが、すでに僕を待っていた。
「…現内くん、おはよう。ずいぶん早いじゃない」
競技館の影に隠れるように立っていた関泉さんに、少しだけ朝日が差し込む。
なんだが映画のワンショットを見ているようで、少し神秘的に感じた。
「おはよう、関泉さんこそ、30分以上早いよ」
「なんか目が覚めちゃったのよ。家にいても落ち着かないし」
「僕と同じか」
二人はちょっとだけ笑った。
「ごめんね。こんなことに巻き込んじゃって」
そうやって謝る関泉さんに、僕は普段と違う印象を受けた。
天気のいい今日の朝のように、穏やかでさわやかな雰囲気が漂っている。
「いや、そんなこと…ないっていうか」
僕の方こそ…と謝り返そうと思ったが、すでに僕のせいではないと言われていた事を思い出した。
「えと、ここまで来ておいて聞くのもなんだけど、何で僕なんかに話してくれるの?
僕としては、関泉さんと花尾間さんが仲直りしてくれれば、それでよかったってのもあるんだけど」
「それはー、そうね…言うなれば、こじらせちゃった私自身のため…かな」
関泉さんの言っていることが分からなかった僕は、眉をひそめた。
「でも、全部すぐにはできないから…」
そう言って、関泉さんは鞄からイヤホンを取り出すと、関泉さんのスマホに差し、そのイヤホンを僕へ差し出した。
「これを聞いて。ここに、私の本音が入っている」