第16話:青春協奏曲~月と太陽~04
僕が教室に戻った時にはもう花尾間さんはいなかった。
そのまま一人で部室に向かうと、もう部活は始まっていて、そこに花尾間さんの姿があった。
遅刻で怒られるのを覚悟して部長に謝りに行ったら、箕内さんに「日直お疲れ」と言われ何の事かわからなかったが、たぶん花尾間さんがフォローしてくれたんだろうと察した。
その後はいつも通り部活動に参加した。
まわりに変に思われないように、関泉さんの事は考えないように努め、いつもより口数が多くなっていた。
自分でも不自然だなと思っているのだから、みんなにはどう見えていたのか気になった。
けれど、特に何かを指摘されることなく、何事もなく時間が過ぎていく。
最後に、屋良さんから夏の大会の簡単な説明があって、今日の活動は終わった。
「現内さーん、おつかれさまでしたー」
そんな元気な声と共に、背中に小さな両手と軽い体重を感じる。
声の主は、見るまでもなく栄樹さんである。
「おつかれさま」
僕は振り返りながら応じた。
「なんか、今日は指導に熱が入っていましたね。どうしたんですか?」
「そ、そうだった?」
無事やり切ったと思った矢先に、僕の空元気がバレていた事を知る。
「はい、大会が近いからですかー?それとも、かわいい一番弟子の成長を感じましたか?」
「一番弟子…」
たしかにそう言われてみれば、一番最初に格ゲーを指導したと言えるのは栄樹さんな気がする。
それから、休日に顔を合わせて格ゲーをしていたのだから、弟子と言えなくないかもしれない。
かわいい弟子。
思わず短めのスカートが目に入ってしまう。
「んー?」
僕がどこを見てしまったのか完全にバレたようで、栄樹さんは二ヤリと笑いながら眺めてきた。
僕は照れながら視線をはずす。
そうしたら、一人で帰りの支度をしている花尾間さんが見えた。
栄樹さんには悪いが、こんなことをしている場合ではない。
「ごめん、今日はこのへんで」
「えー!」
栄樹さんは口をとがらせて不満だとアピールしてくる。
そして、ちらっと僕が見た方に視線を送る。
「…花尾間さんと何かあるんですか?」
うっ…。
その質問にはなんにも答えられない。
僕がほんの一瞬だけ顔を硬直させると、栄樹さんはそれを見逃してくれなかった。
「ふーーーん…」
じっとりとした目で僕を見てくる。
まだ彼女なんていたことないのに、浮気を誤魔化している気分になってくる。
「まぁいいです。関泉さんが具合悪くて休んだみたいだし、それ系ですよね?」
何系か僕にはわからなかったが、これ以上の追及がなかったことに安堵する。
「じゃあ、また明日…いえ、次の部活で」
そう言って、栄樹さんは部室を出て行った。
かわいい一番弟子とやらの後ろ姿を見送り、まんざらでもない気持ちになってしまっていたが、気を引き締めて花尾間さんへ近付いていく。
「お疲れさま」
「あっ、おつかれさま」
花尾間さんは少しボーとしている様子だったが、僕の声を聞いて普段通りの感じに戻った。
「えと、大丈夫だった?」
僕は誰にも聞かれないように、小さめの声で言った。
「うん、なんとか」
花尾間さんも、それに合わせて声のボリュームを落とす。
「とりあえず、帰ろっか」
僕らも部室を出て、階段を下りていく。
お互い何かを話す気になれず、静かに下駄箱まで辿り着いた。
簀子を踏む音と、靴が入れ替えられる音だけがする。
「じゃあ、また明日ね」
花尾間さんが僕と別れようとすると、僕は一緒になって歩き始める。
あれ?と花尾間さんは不思議そうな顔をした。
僕はまわりに人がいないことを確認する。
「これから…どうするの?」
曖昧な言い方をいたが、花尾間さんには伝わった。
「…わからない。こんな言い方じゃ伝わらないだろうけど、あんなに感情的な涼奈初めて見た」
部活を終え、時間が経って花尾間さんも落ち着いてきているようだった。
表情こそ落ち込んでいるが、話し方は冷静だ。
「…そっか」
仲直りした方がいいよ。と言いたいが、そんなことは当の本人が一番思っているはずだ。
喧嘩の理由を聞いたら答えてくれるかもしれないけど、関泉さんのために話してくれない可能性もある。
そうなってしまうと、僕にできることは何も無い。
再び沈黙が訪れる。
ゆっくり歩いていてはずが、あっという間に校門まで辿り着いてしまった。
そこは、放課後に関泉さんと話した場所。
二人には仲良しでいてほしい。
でも、やっぱり僕からできることは無い。
だから、せめて言える事は言っておこう。
「何かあったら言ってよ。せっかくロケテの抽選に当たったんだ。だから…その…三人で行きたいじゃん。…ちょっとくらい力になれると思うから」
精一杯の勇気を出して、僕は花尾間さんを励ました。
「うん」
花尾間さんは短くそう言った。
「私、ちゃんと涼奈と話してみるよ」
花尾間さんの声に少し力が戻る。
「こんな事初めてだから怖いけど、涼奈は親友だから、やっぱりうやむやにはできない」
決意の表れか、鞄を持つに手にも力が入っている。
「それがいいと思う」
僕は少しだけ安心した。
「うん、ありがとう背中を押してくれて」
花尾間さんはしっかりと僕の顔を見て、笑顔でお礼を言ってくれた。
その無垢な表情に、ときめきを感じずにはいられない。
僕もつられて笑ってしまう。
「じゃあ、僕も帰るよ」
「それじゃ、また明日」
僕は花尾間さんを少しだけ見送った後、自分の帰り道へと向かった。
仲直りしたい相手がいる。
それは、つらい仲違いがあった事を意味するのだが、それまで孤独ではなかったという事でもある。
今は二人ともしんどい思いをしているのだろうけど、きっと二人ならいい思い出にできるはず。
僕にも家族がいて、話ができるクラスメイトと部員がいて、格ゲーができる仲間がいる。
でも、僕だけがこの世界の人間ではない。
そんなこと、実は関係ないのかもしれないけど。
きっと一生引きずって行くのだろう。
僕は、花尾間さんと関泉さんの事を羨ましく思った。




