第10話:期待するは春の風02
「えーと、まずは」
「はい、僕からです」
いつの間にか固定になった僕の席に座ると、元気のいい一年生がやってくる。
「小林くんか、溜め分割はできるようになった?」
「対戦でまだ成功できていないですが、練習ならほぼ完ぺきです」
格闘ゲームのコマンド入力は、大きく分けて二種類存在する。
一つは、十字キーやレバーを特定の順番で流れるように押すコマンド。
もう一つは、十字キーやレバーを一定時間同じ方向に押し続けるコマンド。通称「溜め技」。
ちなみに、ターン制のゲームで1ターン攻撃せずに力を溜めるような技も溜め技と言われる。
格闘ゲームの溜め技は、一定時間後ろや下を入力し続けるので、技を出すためには移動ができなくなる。
しかし、ゲームによっては一瞬だけ別行動をとっても溜めが解除されないことがある。
例えば、後ろに溜めている最中に、一瞬だけ前を二回入力して、すぐに後ろ溜めに戻す。すると、キャラはちょっと前に進めて、溜めも維持できている。
これが「溜め分割」。
最近のゲームシステムではそこまで重要ではない上に、コマンド入力の種類を減らしている流れがあるので、もしかしたら今後は不要なテクニックになるかもしれない。
けれど、ランブルギアはシリーズを通して10年以上稼働し続けているタイトルなので、コマンド入力が当時のまま。
溜め技が存在して、局所的だが溜め分割が活躍する場面もある。
楽しく遊ぶ分には不要なテクニックだと僕は思っていたが、大会で成績を残すことを目標にしているし、小林くんも興味を持ってくれたみたいなので、家で練習してくる宿題を出していた。
「わかる。対戦だとなぜかできないんだよなー最初」
「現内さんって、いつ溜め分割練習したんですか?シハラって溜め技ないですよね?」
「別のゲームだけど、溜め分割でエグいコンボ持っているキャラがいてね。見た目は単純なループコンボなのに、やってみるとクソムズて、つい夢中になっちゃって」
「はは、今ならちょっとわかりますその気持ち。溜め分割ってできると動きがすごい上級者っぽくなるんで極めたくなります」
「それはたしかにある」
そんな雑談を交わして、僕らはゲームを起動した。
「キャラで何かリクエストある?」
「そうですね。じゃあ、ブルーテをお願いします。こいつの突進技に慣れておきたいので」
小林くんのリクエストに答えて、ブルーテを選択する。
こっちの世界に来て初めて対戦したキャラ。加藤が使っていたということで苦手度が上がっていた時期があったが、今ではいい思い出になりつつある。
対戦が始まり、各々キャラを動かすことに集中する。
対戦といっても勝敗を決めるというよりは大会へ向けた練習なので、僕はブルーテの行動を制限する。
基本的には、コンボダメージを抑える、リスクの高い行動を取らない、プレイヤー読みはしない。
ついやってしまうこともあるが、小林くんがブルーテのどこに気を付けるべきか気付けたらいいなと思って操作している。
そして、せっかくなので溜め分割が活躍する場面をそれとなく作る。
足払いでブルーテをダウンさせた小林くんのキャラは、ブルーテの起き上がりに合わせてダッシュする。
ここでブルーテが投げと読んで攻撃を出し、小林くんのキャラが溜め分割しておいた技とぶつかると、ブルーテはカウンターヒットをくらう上に低空ダウンという超おいしい状況が出来上がる。
対戦で成功した経験は、感覚として残るので後の練習にも役立つ。
ぜひ成功させてほしい。
僕は遅れ気味に大攻撃を出す。
すると、豪快な音と共にブルーテがのけ反った。
溜め分割が成功して、見事ブルーテからカウンターを取ったのだ。
「おほぉ!」
小林くん自身から驚きの声が出る。
驚き過ぎたのか、せっかくのチャンスなのにブルーテは何もされずに地面に落ちた。
「あー!しまった。できると思っていなかったから!」
わかるぞ。
僕は心の中でそう思い、おたおたしている小林くんのキャラを丁寧に仕留めた。
「まぁ、おしかったね」
「くそー、次こそは…」
「うん、それに他の動きも良かったよ。ちゃんとブルーテがやろうとしていることが見えていたみたいだね」
「そうでした?ありがとうございます」
小林君は笑って、次の人に番を回そうとした。
「あ、そういえばなんですけど」
「なに?」
「現内さんってチームに入ったんですよね?」
「うん、そうだけど…」
「なんてチームなんですか?」
なんてチームっていうのは、チーム名は何って聞いている?
チーム名?あれ?
頭から血の気が引く。僕は金曜日にでも加入しようとしているチームの名前がわからない。
僕は本当に抜けているダメな男だ。
「えーと、ミツルギってゲーセンで活動しているんだけど…」
「あぁ、割と近くですね」
「それでチーム名が…」
やばい。知らないなんて言いにくい。ド忘れしたって通じるだろうか?
「…ってことは、ターコイズですね現内さん」
僕が必死にチーム名を聞いていなかったか思い出そうとしていると、後ろから栄樹さんが助け舟を出してくれた。
あーそうそう、それ。そういえばポスターでチーム名を見たことがあった。
宝石の名前だっけ?と考えたことを思い出す。




