第7話:高みを目指す者達06
「これまた、都合のいい申し出だな」
お兄さんは失笑していた。
その横で栄樹さんはハラハラしている。
「でもま、あれがマックスでなかったっていうなら、相手してやってもいいかな」
余裕を感じさせる笑みを浮かべ、お兄さんはそう言った。
「おっ、面白そうだね」
鈴木さんがそれにのっかる。
「五時から俺達のチームがここを貸し切る。それに一日混ざってみろ。お前がどれほどのものか見てやる」
お兄さんの言い方がかなり怖かったが、腕試しをしてくれることが決まってホッとした。
僕なんかがよくあんなお願い事をできたものだ。もしかしたら、ちょっとだけかもしれないけれど、僕は成長できたのかもしれない。
それに一日チーム体験ができるのは、いい経験になりそうだなと思った。
「よ、よろしくお願いします」
僕は深々と頭を下げた。
お兄さんは「おう」と最後に一言残して、鈴木さんと一緒にゲーセンの奥へと向かっていった。
栄樹さんは「ふー…」と肩を落とし、一段落ついたことに安心したようだった。
「あの、本当にすみませんでした。私が現内さんを驚かせようなんて考えたばっかりに…」
「いや、たしかにある意味驚かされたけど、おかげでチームってものを経験できそうだよ」
普段と比べてしおらしくしている栄樹さんを気の毒に思い、できる限り明るくフォローしてみる。
「そうですか?それならよかったです」
僕のフォローがうまくいったようで、栄樹さんに笑顔が戻る。
「そうだ、せっかくだから僕をどうやって驚かせようとしたか教えてよ」
「え?やろうとしていたこと自体は、まんまさっきの感じですよ。実は今日、私のお兄ちゃんのチームを紹介しまーすって」
「そうなの?じゃあ、お兄さんを家に迎えに行ったのは?」
それを聞かれて、栄樹さんは「あー…あれ?」とまた答えにくそうにしている。
そして、なんて説明したらいいのやらと頭を抱えだした。
「うーん、まぁ現内さんなら話してもいいかなー?」
「そ、そうかい?」
「あのですね。実は、私が言うのもなんですけど、お兄ちゃんってそこそこシスコンなんですよ」
一瞬何を言っているのかわからなくなったが、思い返してみると、そういうことだったのかな?と思うところがいくつかあった。
僕は否定も肯定もできず、曖昧な表情だけを浮かべた。
「だから、その…そういうんじゃないですよーっていうのを時間をかけて説明し続けていて、今日一緒に歩きながら最後の念押しをしようと思っていたと言いますか…」
…その、なんだ。
恋愛経験ゼロで一人っ子な僕でも栄樹さんが何を言っているのか、なんとなくわかった。
わかったけれど、それって。
「逆効果じゃない?」
「えっ?」
僕は思わず声に出してしまった。
ようするに、お兄さんが僕に変な態度をとらないように、純粋に格ゲーが強いから紹介したかっただけってことを伝えたかったんだろう。
けれど、本当にお兄さんがシスコンなら、定期的に男の話をされるのは気が気でなかったのではないか?
その結果が、僕が現内だとわかった時の態度だったんじゃないかな。
仮に実力を認めてもらえても、チーム入りは認めてもらえないかもしれないな。
残念というより、しかたないなって気持ちの方が大きかった。
まぁ、結果がどうなるにして、僕は栄樹さんがしてくれた事に素直に感謝した。
「ともかく、その…、あ、ありがとう。こうやって僕にチームを紹介してくれて」
しかし、お礼を言うなんて慣れてないものだから、頑張った感が丸出しになってしまった。
「え?は、はい。どういたしまして」
突然真面目な感じでお礼を言うものだから、栄樹さんも戸惑っている。
が、すぐにいつもの調子に戻った。
「っていうか、そんなに一生懸命お礼を言ってくれるなんて、真面目っていうか、かわいい?」
栄樹さんがニヤニヤと僕を見上げてくる。
いつもの感じではあるが、恥を忍んだ分悔しさが大きかった。
何か言い返せるような事はないだろうか?
ぐぬぬと、挑発に耐えながら考える。
「そうだ、ありがたいって言えばありがたかったんだけど、どうしてそこまでして僕をここへ連れてきてくれたの?」
「そりゃ、現内さんは強いですから、お兄ちゃんのチームの戦力アップになります」
栄樹さんはエッヘンと少しのけ反る。
「ってことは、お兄さんの為ってこと?」
僕がそう聞くと、のけ反り続けていた栄樹さんの動きが止まった。
「まぁ…、そうとも言えますけど…」
おっ?これは、つけ入る隙か?
これも慣れていないが、ちょっと思い切って言ってみる。
「これって、お兄さんがシスコンなら、栄樹さんはー…」
「それ以上は、現内さんでも怒りますよ!」
僕が言おうとした事を察して、あわてて栄樹さんがそれを制止した。
怒られたのに、なんだろうこの優越感。
それに、怒っても栄樹さんはかわいかったりする。
「それだけは絶対にないですからね!」
僕が一人浸っている中、栄樹さんは念を押してそう言った。
「それじゃー…」
「この話は終わりです」
栄樹さんにプイッとそっぽを向かれ、これ以上聞ける状態じゃなくなってしまった。
「私、ちょっとトイレ行ってきますね」
栄樹さんはそう言い残して、下の階へ下りていった。
一瞬本当に怒らせてしまったかと焦ったが、そんな感じではなかった。
一人残された僕はスマホでもいじっていようかなと思っていると、それを見計らったように鈴木さんが戻ってきた。
「二人ともずいぶん仲がいいんだね」
「そうですか?普通だと思いますけれど」
個人的にはかなり仲良くさせてもらっていると思っているが、それをそのまま言うのはあまりに照れくさいので、平然を装ってみた。
「普通か」
鈴木さんはそう一言だけ言った。
「そ、そうだと思いますけど」
そう意味あり気に言われると、不安になってくるのですが?
「いや、ごめんごめん、このゲーセンで俺らといる瑠歩ちゃんしか知らなかったからさ、ちょっと新鮮でね」
そして、ランブルギアについて少し話した後、鈴木さんはまた奥へと向かった。
鈴木さんは話しやすくていい人で、なんてことはない雑談だった。
たぶん、一人になった僕を気にかけてくれたのかもしれない。
けれど、栄樹さんとの事を聞いてきた鈴木さんが、なんとなく印象に残っていた。
第7話 -完-




