第5話:これが勝負でした06
先制攻撃を取れたが、攻撃の先端に当たっただけなので、追撃できずに距離を取られてしまう。
スイは攻撃の手を緩めず、少しでも隙があれば懐に飛び込んでくる。
シハラはそうはさせまいと牽制を続けるが、動きが制限されたまま。
一瞬で近づき、攻撃がガードされれば、再びをシハラの間合いから離れるスイ。
遠距離攻撃を当てるも、なかなか次に繋がらないシハラ。
スピードキャラを相手にする場合、相手の体力が少ないことを良いことに、大味な行動を取るのも一つの作戦である。
例えば、相手の起き攻め時や、お互いの攻めがかち合う時に無敵技を出して、相手の攻撃を潰し続ける。
攻撃は単発で終わってしまうが、スピードキャラならダメージは十分ある。
それに相手がビビってくれれば、攻めに二の足を踏んで、自らチャンスを潰してくれることもある。
もしくは、自分がパワーキャラを使っている場合なら、ハイリスクハイリターンを狙い続けて、相手の事故待ちをするという手もある。
仮に失敗し続けても、相手はプレッシャーを受け続けるので、次は事故が発生するかもしれない。
どちらも運任せで雑なプレイと言わざるおえない。
が、格ゲーマーなら誰しもこういった勝利を手にしたことはあるはずだ。
無意識にそうしてしまうくらい、上級者のスピードキャラは相手にしにくく、そして、稀に勝ててしまうことがある。
それをよしとするかどうかは、そのプレイヤー次第である。
スピードキャラを相手にする時は運ゲーとするか、ちゃんと対策を立てて格ゲーとするかは、そのプレイヤーの遊び方によるのだ。
そして、相手のプレイが雑だからといって、簡単にイラついてはいけない。
その雑プレイを攻略する格ゲーをするかどうかも、そのプレイヤー次第だ。
もしかしたら、一見雑に見えるだけで、そのプレイヤーなりの根拠が詰まっているかもしれない。そのプレイヤーに勝てないのなら、なおさら。
それらを踏まえて、僕は相手がどんなキャラであれ、根拠の無いリスクは取らないことにしている。
それは、余すことなく格ゲーを楽しみたい僕なりの姿勢である。
それに、うまいスピードキャラ使いは、運ゲーにされることにも慣れているはずなので、それすら利用されて負けてしまっては悔いしか残らない。
だから見逃すな。相手のやろうとすることを。
見てから反応なんてできない。
相手のゲージは少し貯まって、超必殺技には足りないが、必殺技を1回強化できる。
となれば。
僕は自ら距離を取り、お互いが画面端に立つくらい離れた。
その後、隙の小さいひっさつ技を数回出す。
そして、僕がゲージ回収をしていると判断しそうなタイミングで、急に前方ジャンプして誰もいない上方に攻撃を出す。
すると、突然現れたスイがその攻撃に当たり、シハラの後方の画面端へ吹き飛んだ。
その瞬間、体育館に歓声が湧いた。
スイはゲージを使うことで、ジャンプした状態で相手の背後を一瞬で取れる必殺技を持っている。
背後を取っているわけだから、対空技も当てることができず、やられた側はおとなしくガードする以外にほぼ選択肢が無い強力な技だ。
しかし、シハラのように、上や後ろにも攻撃判定が強い技があれば、こういう対処法もある。
空中カウンターヒットからの強力な画面端コンボで大ダメージを取り、それが勝負の分かれ目となって、僕は1本目をもぎ取った。
何度も苦汁の舐め続けた成果が、ここで発揮された。
続く2本目も、河船さんのスイはいい動きを見せ、何度かシハラにダメージを与えるも、最後の最後で強力なコンボをくらってしまい、おしくも敗れ去った。
「優勝は、虎森高校の現内巴伊都くんです!」
司会進行が決着と同時にそう大きな声で伝えると、それを上回る歓声と拍手が起こった。
僕が、非公式とはいえ、トーナメントで…優勝。
心臓がドキドキと高鳴り、うれしすぎて、うまく現実を受け入れられない。
後ろには、僕の次のアクションを待っている人達がいる。
こういう時って、どうしたらいいんだ?
顔が思わずにやける。
とりあえず立ち上がり、僕を見る大勢に向かって頭を下げた。
「おめでとうございます。それでは、河船さんにもここに並んでもらって、改めて…」
「あれ?」といった様子で司会進行が河船さんの方を向いた。
僕もそちらを見てみると、河船さんはまだ席から立っていなかった。
というよりも、うずくまっている?
拍手が徐々に小さくなっていく中、亀里高校の部長が彼女に駆け寄り、何かを言い聞かせて、ゆっくりとこちらへ連れてきた。
河船さんは部長に支えられながら、ふらふらと歩く。
俯いていて、前髪で顔が見えない。
僕の前に立ち、部長に「ほら」と言われた河船さんは、僕へ小さく手を差し出した。
僕はその様子に戸惑いながら、なんとか手を取る。
すると、僕の手に水滴が落ちた。
ギョッとした僕は、再び河船さんの顔に目を向ける。
「それでは、改めて二人の健闘を讃えて、大きな拍手をお願いします」
司会進行により、再び大きな拍手が、突っ立って手を握り合っている二人に贈られる。
頃合いを見計らい、僕は手を離すと、河船さんと一瞬目が合った。
目に涙を溜め、赤く腫らしている。
眉をひそめ、口はへの字に曲がっている。
対戦前の穏やかさも可憐さもない泣き顔だった。
テレビや映画以外で、僕は女子のこんな表情は見たことがなかった。
ショックを受けている僕に、亀里高校の部長が声をかけてくれた。
「泣いているからって気にしないでくれ。こいつは負けるとだいたいこうなるんだ」
「だいたい…ですか」
「………。まぁ、今日は一段とひどいけどな」
亀里高校の部長と河船さんは、亀里高校の集まりへと歩いて行った。
僕は、優勝できた事よりも、あの泣き顔の事で頭がいっぱいになってしまった。
あれは、悔し泣きというやつだろう。
あんなに泣くなんて、大袈裟すぎないか?
それだけ、真剣に取り組んでいるってことなのか?
じゃあ、僕の真剣さって、どのくらいなんだ?
頭の中がぐちゃぐちゃしてくる。
ただ、なんとなく理解したことがある。
少なくとも、河船さんにとってあれは真剣勝負だったんだ。
そして、僕がどうあれ、真剣勝負に勝つということは、相手から勝利を奪うことに他ならない。
僕は、いったいどの程度の気持ちで、河船さんから勝ちを取ったんだ?
今日僕は、生まれて初めて、本当の意味で勝負に勝ったのかもしれなかった。
これが、勝負だったんだ。
第5話 -完-