第3話:再始動03
喫茶店の料理っていうのは、どこも少なめなのか?
と思うくらいあっさり食べ終わってしまった。
「おいしかったー、満足満足」
栄樹さんはお腹いっぱいアピールをして、食べ終わったことを表現していた。
「それじゃ現内さん、レッスンお願いしまーす」
ランチがおいしかったのか、少し上機嫌に見える。
栄樹さんは鞄から携帯ゲームを取り出し、テーブルの真ん中で構えた。
不思議なことに、女の子が持つだけで、ただの電子機器が少しおしゃれな小物に見えた。
電源を付け、メニューからゲームを選択すると、少し懐かしいBGMが流れてくる。
「あ、店内だから音を消さないと」
音声をOFFにして、トレーニングモードを始める。
「えと、僕は何を教えればいいのかな?…といっても、人に教えるのは初めてだから、どこまでやれるかわからないけど」
「きっと大丈夫ですよ。私が知りたいのは、シハラの使い方ですから」
と言って、栄樹さんはシハラを選んだ。
「栄樹さんもシハラを使っているの?」
「いつもはケイトなんですけど、シハラも使えるようになりたいなと思っていたんです」
「なのでー」と言いながら栄樹さんは画面に視線を落としたが、すぐに顔を上げた。
「現内さん、見てるだけとはいえ、逆さに見るのは見にくくないですか?」
「いや、そんなことないと思うけど」
「隣の席に人がいませんし、私の隣に来てください」
栄樹さんは笑顔でソファー型の席をポンポンと叩いた。
と・隣に?
向かい合って座れているのに、わざわざ隣に座るのか?
女子と話すだけで照れてしまう僕が?
もしかして、からかわれている?
「ちょっと、そんなに照れないでくださいよー」
僕があからさまに固まっているのを見て、栄樹さんも自分の言った事に照れ始めた。
意外な反応に、僕はさらに照れてしまう。
「もう…、こうなれば女子の意地にかけて、隣にくるまでゲームを始めません」
栄樹さんはなぜかムキになり、ゲーム機を手放してしまった。
そして、そのまま少し怒り顔でじっとこちらを見ている。
マ、マジで?行かないとダメ?
とは思いつつも、恥ずかしながら女子の隣の引力は強力だった。
やれやれという無駄な子芝居をしながら、恐る恐る移動する。
栄樹さんの隣まで行くと、テーブルの下から栄樹さんの生足が見えてきた。
思わずドキリとする。
いけないモノを見てしまった気がしながらも、目が離せない。
無意識に、ゆっくり丁寧に座る。
重なるふとももとスカートの境目にできた影が、妄想をかき立てる。
こんな間近で拝めることなんてなかなか無い。
「じゃ、じゃあ、お願いします」
なんだかんだ栄樹さんも恥ずかしいのか、ぶっきらぼうにそう言った。
「は、はい」
一瞬、僕の視線に気づかれたと勘違いして、うっかり大きく返事をしてしまう。
不思議そうに栄樹さんはチラッと僕を見て、再びゲームに顔を戻す。
ちょっと間をあけると、栄樹さんはまじめなトーンになった。
「動きと基本的なコンボは勉強済みなんですけど、昨日の現内さんのプレイを見ると、ヒット時とガード時でやっていることが全然違いました。あれは何をしているのですか?」
僕は若干驚いた。
想定していたことよりも、だいぶ踏み込んだ内容だった。
失礼だけれど、格ゲー部全体のレベルは高くなかったし、女子っていうものあったからだ。
「んーと、そうだな。シハラは使い勝手のいいガード崩しを持っていないから、攻撃をガードされた時…というか、相手に触れたら固め続けられることが必須なんだ」
その真面目モードに、僕の気持ちも一気に切り替わる。
「固めるって、攻め続けることですよね?」
「そう、相手をガードで固めて動けなくするってこと」
「投げにはいかないんですか?」
「もちろんそうするけど、最初はゲージ回収と様子見を兼ねて、攻め継続がベターかな」
「はぁ」
「相手が黙って耐えるタイプなら投げにいってみるし、逃げたがるタイプならそのままでガードが崩れるかもしれないから、相手次第。でも、投げ待ちって可能性もあるから、油断は禁物だね。
その点を考慮すると、しゃがみD攻撃が優秀で、出が遅いけど攻撃発生時に飛ぶから相手の投げ返しをすかせるし、目押しがシビアだけど、その後に空中攻撃も出せるから攻めを継続しやすいっていうメリットもある。
だけど、相手もそれは承知だろうから、完全に読まれるとカウンターを食らうんで、何パターンか攻めを用意する必要があるってわけです」
「………」
あれ?反応が無い?
しまった。思っていたよりスラスラしゃべれたから調子に乗ってしまった。
急に饒舌になったから、気持ち悪がられたかもしれない。
「…現内さんって」
目を丸くしたままだった栄樹さんが、ようやく口を開いてくれた。
その後に続くのはいったいなんだ?
僕に緊張が走る。
「本当にすごいプレイヤーなんですね」
未だ驚きを隠せていない様子だが、関心してくれている雰囲気に、僕は胸を撫で下ろした。
「でも、ごめんなさい。私にはまだ難しかったみたいで…。その、やってみてもらえますか?」
栄樹さんは、申し訳なさそうにゲーム機を僕に手渡した。
受け取ったゲーム機は、電源か、手のぬくもりかはわからないが、ほんのり温かかった。
「ごめん。僕も一気にしゃべりすぎた」
僕は、まずは一番簡単な連携をやってみせた。
…。
……。
………。
こうして、僕が説明しながら実際にやってみて、栄樹さんが真似をするという形が出来上がり、あっという間に2時間以上が経過して、僕らはお店を出て解散することになった。
「今日は本当にありがとうございました。家でもしっかり練習しますコーチ」
「うん。栄樹さんならすぐにうまくなると思うよ」
「そうですか?ありがとうございます」
「わざわざゲーセンに観戦に来ていたくらいだし」
僕がそう言うと、栄樹さんは少し考えるポーズをとった。
「あれ?違った?」
「観戦っていえば観戦かもしれません。私って実はけっこう真面目だったんですね」
栄樹さんは自画自賛して笑うと、駅の方へ歩き始めた。
「さようなら現内さん。来週も部活に来て下さいね」
僕は遠慮がちに手を振り返しながら、栄樹さんを見送った。
思い返せば、格ゲーしている時以外はずっと照れていた気がする。
どうしようもない奥手っぷりにため息が出たが、期待に胸が膨らんだ楽しい時間だった。
駐輪場に向かう僕の足取りは、やけに軽やかだった。




