第21話:ライジング前日06
お昼ご飯を食べながら雑談をして楽しい時間を過ごし、今はコーヒーを飲みながらまったりとした時間を過ごしている。
こうしていると、明日のライジングが嘘のようだ。
朝起きて、支度をして、電車に乗って、と細かく明日の行動を想像してもピンとこない。
今から緊張していても疲れるだけなので、良い事ではあると思う。
「うぅ…苦い…」
花尾間さんがコーヒーカップに口を付けて、残念そうな顔をした。
「それがわかっていて、なんでエスプレッソを選んだのよ?」
「お砂糖入れれば、そろそろ飲めると思ったんだけど…」
チラリと花尾間さんは関泉さんを見る。
「ちゃんと飲みなさい」
「はい…」
平和だ。すごく和む。
こうしてリラックスしていられるのは二人のおかげだな。
ほっこりする。
「その点、現内くんは普通にブラックを飲んでいるわね」
「まぁね」
かっこつけて砂糖を入れなかっただけだが、一目置いてもらえたかもしれない。
「もう結構長い時間いるね」
そう言われて周りをみてみると、空席がちらほらできていた。
いつの間にか、話し声よりも店内のBGMの方がよく聞こえる。
三人の間に、そろそろ出ますか。という空気が流れた気がする。
が、誰もそれを口にしなかった。
少なくとも僕は、名残惜しく思っている。
何気なく関泉さんに目をやると、テーブル下を見ていた。
それに気が付いた花尾間さんが、つんつんと関泉さんの肩をつつく。
まるで驚かされたように関泉さんは顔を上げ、花尾間さんと目が合った。
花尾間さんは無言でゆっくり頷く。何かを期待しているような顔だった。
一瞬だけ関泉さんに見られたような気がしたが、関泉さんは再びテーブル下を見る。
なんとなく二人を邪魔しちゃいけないような気がしたので、僕は黙ってコーヒーを飲んだ。
苦くて、なんだか粉っぽい。缶コーヒーのブラックの方がまだ飲みやすいな。
「………えっと」
しばらく静かな雰囲気になっていた後、関泉さんが遠慮がちに声を発した。
「ん?」
何かを言いたそうな感じだったので、僕も声に出して反応する。
関泉さんの声が僕に届いた事が確認されると、関泉さんは自分の鞄を膝の上に置くと、中から白い紙袋を取り出した。
そして、それを僕の前へ差し出した。
「はい、…これ」
「これって?」
「ひ、必勝守り…、明日の為に…」
ちょっとだけ声がうわずった。
「お、お守り…?」
それって、今日は僕のためにそれを買いに行ってくれていたってこと?
「有名な△□神社まで行って来たんだよ。お祈りすると1フレーム早くなるって噂の」
聞いたことある神社の名前だった。たしか元の世界ではスポーツ祈願ができた所だったような…。
こっちの世界だとそういう神社になっていたのか。
"1フレーム早くなる"っていうフレーズが色々と気になったが、その神社がかなり遠かったことを思い出す。
二人は朝早く起きて、買いに行ってくれたのだ。
関泉さんの両手にしっかり持たれた紙袋が微かに震えている。
僕はうれしくて、照れくさくて、二人の顔が見れなくなった。
「あ、ありがとう」
白い紙袋を受けとり、なんとかお礼を言う。
「えーと…、そうだ、中を見てもいいかな?」
「…うん」
僕は丁寧に紙袋を開け、中に入っているお守りを取り出した。
出てきたのは深緑で長方形のお守り。必勝と刺繍されていた。
至って普通のお守り。
でも、そんなお守りが今はすごくかわいく見える。
軽く握ってみると、手の中にすっぽり入る。
掌にあるお守りを感じていると、勇気が出てきた。
「これを…今日買いに行ってくれていたの?」
花尾間さんは何も言わず関泉さんに視線を送り、関泉さんも何も言わず頷いた。
「そっか、大事にするよ」
「ちゃんと持って行ってよ」
「わ、わかっているよ」
僕がお守りを受け取ると、自然とお店を出る流れになった。
せめてここのお代は出そうとしたけれど、二人には断られてしまった。
駅へ向かい、改札を抜けると、僕と二人は乗る電車が違ったようでここでお別れになってしまった。
「じゃあね現内くん。明日は頑張ってね」
「うん、今日はありがとう」
花尾間さんにお礼を言って、今度は関泉さんの方を向く。
「応援行くから、勝ってね」
「がんばるよ」
ホームへ向かう階段を登る二人を見送り、僕も自分が乗る電車へと向かう。
両手をポケットに入れ、右手にお守りが握られる。
いよいよ明日、ライジングが始まる。
第21話 -完-




