電車内出産
私、電車内出産の現場にいたんです。年配の女性が、若い妊婦さんを必死で励ましていました。
車掌さんがどこからか持って来た毛布で、彼女らを囲って――すぐに赤ちゃんは取り出されて…、と言っても、妊婦さんにとって、その時間は、すぐに、と言うわけにはいかなかったでしょうね。
『赤ちゃんも、御母さんも、無事です! 無事、出産されました!』
その声と共に、大きな拍手が車内に鳴り響きました。歓声と、そして、おめでとう、の連呼。
その場に居た人たちは皆笑顔で、私はその光景を見て、何だか幸せのおすそ分けでもしてもらったような気がして…。実は、泣いてしまいました。でも、私だけじゃなくて、他の人たちも皆、泣いてましたね。
そう言えば、スーツ姿のおじさんは号泣してて…。
「良かったですね」って言ったら、おじさんは、何だか困ったように、「赤ちゃんと、お母さんは、本当に…。でも、実は大事な商談に遅刻してしまって、先方から御断りの電話が…」――私は、あんまりにも気軽に声を掛けてしまったことを後悔してしまって、「すいません、そんな事情があったのに…」思わず謝ると、彼は頭を振って。「でも、本当に、良かったですよ。その、商談の件は残念ですけど。でも、もっと大事なこともあるから」
良い人だな、って思いました。きっと、この方だけではなくて、色んな人が色んな事情があって、この電車に乗って、それでも、皆、祝福してるんだ、って。私、何だか本当にまた感極まって、泣いちゃいました。
――その翌日。
私は、また、電車内出産の現場にいました。年配の女性が、若い妊婦さんを必死で励ましていました。
車掌さんがどこからか持って来た毛布で、彼女らを囲って――すぐに赤ちゃんは取り出されて…、と言っても、妊婦さんにとって、その時間は、すぐに、と言うわけにはいかなかったでしょうね。
『赤ちゃんも、御母さんも、無事です! 無事、出産されました!』
その声と共に、大きな拍手が車内に鳴り響きました。歓声と、そして、おめでとう、の連呼。
その場に居た人たちは『何かこの前にもあったけれど。でも、良いことは何度あっても良いんだし』みたいな顔で、拍手をしたり、おめでとー、と声を掛けたりしていました。
私も、二日連続って何だか凄い偶然だなあ。こういうのもめぐりあわせ、幸運って言って良いことだったりするのかなぁ。なんて。人生で二度も、それも二日連続で電車内出産の現場にいるなんて、そう滅多にあることではないし。
と、そこでまた、号泣しているスーツのおじさんが――そう、昨日と同じおじさんが、泣いていたんです。
彼は私に気づくと、「あ、うん、今日も、実は。」と、無理矢理に笑顔を作って、でも、作り切れない、と言った表情で、そう言いました。
「あ、そ、そうなんですか」
私も、何とも言えなくて、そう言うにとどまりました。そして、電車はまた動きだしたのです。
――その翌日。
私は、また、電車内出産の現場にいました。年配の女性が、若い妊婦さんを必死で励ましていました。
車掌さんがどこからか持って来た毛布で、彼女らを囲って――すぐに赤ちゃんは取り出されて…、と言っても、妊婦さんにとって、その時間は、すぐに、と言うわけにはいかなかったでしょうね。
『赤ちゃんも、御母さんも、無事です! 無事、出産されました!』
その声と共に、まばらな拍手が車内に鳴り響きました。歓声と、そして、おめでとう、の連呼。
私は周囲を見回しました。そう言えば、見覚えのある姿がちらほらと見えるような。皆、うん、まぁ、めでたいね。と、何だか微妙な笑顔で、幸せそうな顔をする妊婦さんと、やり遂げた顔を浮かべる年配の女性を眺めていました。
「クビだな、これは」――私は、電車のつり革を片手で掴みながら、その吊るされた輪っかに興味津々の男性の方を眺めていました。流石に声を掛けられないまま――頑張れ! とこころで祈るにとどめました。
車掌さんの声が響きます。『では、発車しまーす』。どことなく冷たく感じるのは、あくまで一職業人として感情を殺しているだけなのでしょうか。
――その翌日。
私は、また、電車内出産の現場にいました。年配の女性が、若い妊婦さんを必死で励ましていました。
車掌さんがどこからか持って来た毛布で、彼女らを囲って――すぐに赤ちゃんは取り出されて…、と言っても、妊婦さんにとって、その時間は、すぐに、と言うわけにはいかなかったでしょうね。
『赤ちゃんも、御母さんも、無事です! 無事、出産されました!』
「…そ、そう」――響き渡った声に、戸惑う人たちの言葉が重なりました。
おじさんは既に輪っかに両手を掛けています。そして、周囲の人に止められています。「そもそも、その輪っかには頭入らないでしょうよ!」「大丈夫、何とかなるよ。再就職に比べたら」「ポジティブに後ろ向きなこと言うな!」「きっと、あの輪っかをくぐれば、楽しかった頃に戻れるんだ。それか、きっと、生まれ変わることが」「あれ、産道に通じてないから! そういうのじゃないから!」
私は、おじさんに、心でエールを贈りました。そこに、車掌さんの声が響きます。『出産は自宅か病院で行うのが望ま出発しまーす』――言い間違えたみたいです。
――その翌日。
私は、また、電車内出産の現場にいました。年配の女性が、若い妊婦さんを必死で励ましていました。
車掌さんがどこからか持って来た毛布で、彼女らを囲って――すぐに赤ちゃんは取り出されて…、と言っても、妊婦さんにとって、その時間は、すぐに、と言うわけにはいかなかったでしょうね。
『み、三つ子です。三つ子の赤ちゃん!』
ほらっ、ほらっ、三つ子よ! 珍しいでしょ!? ――すっかりと手慣れた年配の女性が、生まれた赤子を見せびらかすように周囲に向けています。『お、おー。うん。良かったね』――私たちは拍手をしつつ、しかし、妊婦さんの死ぬほど嫌そうな顔に、思わず顔を背けました。
おじさんはいませんでした。
流石に三つ子ともなると、人の手も必要です。私が立候補して、一人の赤ちゃんを抱きかかえました。小さな命は触れれば壊れてしまうのではないか、と思えるほど繊細で、これからこの子は生きていくんだなぁ、と思うと、何だか胸が痛むような、熱くなるような不思議な気持ちで。
そっと、「ガンバレ」と声を掛けました。妊婦さんは嬉しそうに、「お姉ちゃんに、ありがとって」声を掛けられても、彼は、きょとんとした顔で、ただ私を見つめて――
『これから君は人生と言う名の長い線路を出発しまーす』
車掌さんの声が響くと同時に、大きな声で、泣きだしました。