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009


 カレンダー的には休日の昼下がり。


「うーん……」


 カチカチとマウスをクリックしながら、リュウテキは小さく唸る。


 依頼の斡旋所と言っても、窓口に行けば依頼を渡してくれるわけではない。

 受付フロアに備え付けられている専用のパソコンから、まずは自分達が引き受ける依頼を探さなければならないのだ。


 ある程度チームの――あるいは個人の名前が知られてくれば、依頼人が名指しで依頼をしてくるケースもないわけではない。

 ありがたいことに、チーム《雅》も時々名指しされることがある。とはいえ、それが必ずしもあるわけではないし、頻発するわけでもない。ならば、少々面倒くさいが、こうやって地道に依頼書を読みながら、自分達に出来る依頼を探すしかないのである。


 ちなみに、ヒチリが探すと、依頼人の困り度で仕事を選ぶため、基本的に難易度は無視だ。自分達の実力はさておいて、とにかく一番困ってそうな依頼を引き受けようとする。


 ショウの場合は逆だ。とにかく楽な仕事をしようとする。サボれそうな仕事や、自分がラクして稼げそうな――そういうものばかりだ。

 それでも、あからさまに怪しい依頼や、簡単そうに見えて裏に何かありそうな仕事を避ける嗅覚はすごいと言えばすごいが。


 ヒチリの場合、それを回避出来ないのだから、なお厄介である。


 そうした事情により、報告書の作成と同じく、依頼探しの仕事はリュウテキがやっているのだ。

 時々、リーダーってなんだっけ? と疑問に思うことはあるが、それでも頑なにリーダーになることだけは断っていた。最終的に責任とか回避したいし、と常々思っているのである――まぁ結局色んなツケが回ってきた時、解消するのは自分の仕事になりそうではあるが、今は考えないでおく。


「リュウちゃん」

「おう」


 細めのチョコバーを口に咥えながら、とてとてと近寄ってくるショウに、見向きもせずに投げやりな挨拶を返す。


「な~んか、あったぁ?」

「なーんもねぇ」


 実際、何も無いわけではない。だが、チーム《雅》として引き受けられるものがないのだ。

 平日は普通の学生である彼らにとって、旧東ニュータウン及びその周辺から大きく外れてしまう場所へは行きづらいし、泊まりがけの仕事は連休でもない限り難しい。その上で、自分達の実力で解決できそうな依頼となると、かなり限られてしまう。


「今日は手配獣(ブラックリスト)狙いにする?」

「そうだなぁ……」


 ショウの提案に、依頼リストのページから、ブラックリストのページへ移動する。

 その名の通り、ここに表示されているのは手配が掛かっている魔獣だ。


 群れを成す魔獣のボスであったり、同種族内でも突然変異の如く異様な力を持っている魔獣。単独なれど渡り鳥のように各地を常に転々とする放浪系などと称される魔獣などなど。

 全国手配されてるようなやつであればかなり良い額がもらえるが、地元レベルだとそれこそ小遣い程度だ。それでももらえないよりマシではあるが。


「そういや、ヒチリは?」

「ヒィちゃんなら、あっちのリアル掲示板見てる」

「ってコトは、お前らもある程度、今日はまともな依頼見つかるコト諦めてたな?」


 ヒチリが見ている掲示板は、手配書と魔獣絡みの事件の切り抜きが張られている。

 特に手配獣はパソコン内のデータ更新よりも、手配書での更新の方がはやい。情報が来るなり、情報が斡旋所の本部を通してサーバにアップされるよりも早く、各斡旋所のスタッフが手書きで手配書を作るのだ。


 誰もが目に付く場所にあるからこそ、最新のデータである必要がある――という理由だそうである。

 確かに、リュウテキもパソコンで手配書の確認をするのは、こうやって仕事が見つからない時だけで、普段は掲示板で確認していた。


「それはそれとしてさー」

「んー?」


 頬杖を付ながら画面を見ているが、どうにもサッパリ情報が頭に入ってこない。どうやら、思っている以上に面倒くさくなってきているようだ。


「リュウちゃんの役に立たない開拓能力(フロンティア)について、思ったコトがあるんだ」

「役に立たないとか言うな傷つくだろ」


 思わず身体を起こして、噛み付くように呻く。


「じゃあ使い道がない?」

「同じだ同じ」


 人差し指を顎に当てて首を傾げるショウに、リュウテキは犬歯を剥いた。


「――で、その能力なんだけどさ、ちょっと使い道を考えてみたんだ」

「お?」


 ショウの言葉に、リュウテキの片眉がピクンと反応する。


「まず、ヒィちゃんの背後に立ちます」

「少しでも期待した俺が馬鹿だった」

「んで、後ろからガバッとヒィちゃんうらやまけしからんモノを鷲掴みします」

「その時点で俺の首が切り落とされる気がすんだけどよ」

「白刃一閃。リュウちゃんは即死した! うはウケる!」

「ウケんなッ! 何なんだよお前はもう……」

「まぁまぁそう腐らないでよー……もーっ! ほいでー、鷲掴みしたまま能力を使ってあげれば、きっと女の子はイチコロよん?

 いや~ん。リュウちゃんの大人のオモチャいらずぅ!」

「欠片でも期待をしてしまった数秒前の自分を心の底から殴りたい」

「バストマッサージに?」

「そこより前だよッ! 勝手にそっちを期待してた風にすんなッ!!」


 堪りかねて思わずリュウテキが叫ぶと、周囲の目線が集まってしまった。彼はバツが悪そうな顔をして大きく咳払いをする。


「二人共、さっきからオモチャとかマッサージとか何の話をしているの?」


 ツッコミにエキサイトしてきたリュウテキを見て、こちらへとやってきたのだろう。変なタイミングでヒチリがやってきてしまった。


「気にすんな。むしろ知る必要はねぇ。そのままのお前でいろ」

「う、うん……なんか前にもショウやコッペリウスさんに似たようなコト言われた気がするけど」


 はぁぁぁ――……と、深々と嘆息してから、リュウテキはパソコンのモニターへと向き直る。


「あれ? リュウちゃんお疲れ?」

「誰のせいだよ……」

「てへぺろー♪」

「うっぜぇ」


 重々しくそれだけ呻いてから、適当に画面をスクロールさせる。やはり、こうピンとくるような手配獣はいない。


「まぁ真面目な話、リュウちゃんの能力なら高温発生させるコト出来るっしょ?」

「ああ。それは私も少し考えたコトあるかな」


 二人の言葉に、リュウテキは頭を掻きながら、


「それなんだけどよ」


 せっかくの提案申し訳無いが――というように答えた。


「俺自身が自分の能力に影響を受けるかどうかは自分で選べるんだが、俺の能力の作用によって二次的に生まれた効果はその限りじゃねぇんだよ」

「えーっと……つまり?」

「一度試したコトがあるんだけど無茶苦茶熱くて止めた」


 それに、ショウとヒチリは苦笑した。

 対象に触れなければ作用がない能力を、敵に触れずに使おうと試した結果がそれだったらしい。


「手元に発生させた熱を投げてぶつけたりとか、敵の表面で高温を発生させて火傷させたりとか、色々と妄想したり実験したりんだけどなぁ……」

「……それって主に中学二年生の頃?」

「それ以上聞くなよショウ?」


 誰にだって黒歴史というものはあるのだ。


「なるほど。さっきのオモチャやマッサージっていうのは、リュウの能力(ちから)の使い道の話が横道にそれたんだ」

「……そういうコトにしとけ」


 面倒くさそうにそう言うと、ヒチリの横でニヤニヤとしているショウに気が付いた。


「お前もニヤニヤすんなッ」

「オトコのコよのぅ」

「その悪意あるツラ見てると、お前とは一度決着付けなきゃならん気がしてくる」


 一頻りのツッコミを入れてから、何度目かの嘆息をして画面に戻る。

 もはや色んな意味で頭が痛くて、手配書の確認どころではない。


 頭痛を堪えつつ、それでもリュウテキはモニターを見ていると――


「リュウ。ちょっとストップ」

「あん?」

「えっと……今の画面から、三つくらい上に戻れる?」


 言われるがまま、リュウテキは画面を戻していく。


「これ」


 ヒチリが指さす手配獣に、思わずリュウテキは自分の顔が引き攣るのを自覚した。


「これはまた強そうだねぇ……もしかして、ダイちゃんの学校を襲った奴かな?」


 ショウは暢気なことを言っているが、それどころではない――と、リュウテキはヒチリの方へと向き直る。


「絶対……ッ、一人で先走るなよ? 絶対に、だ」

「だけど……」

「だけどじゃねぇ。三人がかりでも勝てるか分からないんだぞ」


 いつものやり取りと言えばいつものやり取りだ。

 だが、ショウはこれが、いつも通りのものではないと気づいていた。


「よく分かんないけど、これはさすがにあたし達の手に追えるレベルじゃないと思うよ?」


 普段通りを装っているが、リュウテキは本気でヒチリを止めようとしているし、ヒチリはまるで親の敵のような目で画面を見ていた。


(親の敵……?)


 漠然と、その言葉が引っかかる。

 そしてショウはすぐさまに直感した。


 以前、自分達が住んでいた街に響いた魔獣襲撃警報。ショウは早々に避難所に行ってしまった為、どんな魔獣が襲ってきたのかは知らない。だが、リュウテキとヒチリはその姿を見ていたのだろう。


(これは……まずいかなぁ……)


 リュウテキはまだいい。この画面の魔獣に対して、多少の怒りを思い出しても、ヒチリを止める側に回れるだけの理性がある。

 だが――ヒチリは、性格を考えると……。


「だけど、コイツだけは――」

「アホ。似てるだけで別の魔獣だってコトもある」


 何かを言おうとしたヒチリをぴしゃりと遮って、リュウテキが告げる。


「お前がその武器を選んだのも、髪を伸ばしてるのも、あの日に見たバスターの姉ちゃんへの憧れからだってのも知ってる」


 そして、似ていようがなんだろうが、母親が死ぬ原因となったあの魔獣を許せないと思う気持ちだって理解しているつもりだ。


「あの姉ちゃんみたいになろうってのは止めねぇよ。でもな、どれだけ模倣したくても、しちゃいけねぇコトがあるんだよ。絶対にしてもらっちゃ困るコトあるんだ」

「リュウ……?」

「いいか? どれだけカッコ付けても構わねぇけどな……あの姉ちゃんみたいに、姿くらますようなコトすんなよ?

 助かったのに、お礼を言いたかったのに、結局言えない辛さってのは、お前だってよく知ってるハズだろ?」


 淡々とした物言いだし、表情もいつも通り斜に構えた様子のままだ。

 だというのに、リュウテキの言葉には涙が乗っているように、ショウは錯覚した。


 ヒチリも似たようなものを感じたのか、小さく息を吐くと、


「わかった……。ごめん……」


 囁くような、消えてしまいそうな声で、そう答えた。


「ちょっと、飲み物でも買ってくる。少し……頭冷やしたいから。

 リュウは何か欲しいのある?」

「んじゃ、アイスコーヒー頼めるか? 銘柄は何でもいいや。加糖ブラック以外のを頼む」

「うん」


 多少いつもの様子に戻って承諾したヒチリは、踵を返して、自動販売機のコーナーへと向かっていった。


「リュウちゃん……」

「悪ぃけど、今はお前のボケに付き合う気はねぇぞ?」

「さすがに空気ぐらい読めるって」

「そうか。悪ぃな」


 小さく礼を告げて、リュウテキは再び画面に視線を移す。

 それから、まだ目を通してない下の方へと画面をスクロールさせて行く。


「ヒィちゃんってさ、よくまぁ普段は普通でいられるよね」

「本当にそう思ってるのか?」


 マウスホイールを転がす手を止めて、だけどショウの方を向かずに聞き返す。


「少なくとも、さっきの魔獣みたいのを見ない限り、表に出すコトはないっしょ?」

「……まぁな」


 確かに、魔獣や人命が関わるとかなり無茶をすることはあるが、それは激昂や復讐心などから来るものではなく、素直に助けたい、何とかしたいという思いからの行為だ。


 そういう意味では、ヒチリは強い。


「まぁリュウちゃんもそうだけどさ」

「お前もな」

「ショウの場合は、パパとママって写真の中の人だからなー。

 仇とかそういうの、正直――あんまし実感ないよ」


 それはそれでヘビーな話ではあるが、ショウの中では生みの親よりも、育ての親の方が、よっぽど家族としての実感があるのだろう。

 詳しい事情はリョウテキも知らないが、その育ての親もコロコロと変わっていたので、もしかしたらそちらにも家族としての実感は薄いのかも知れないが。


「俺もまぁ父親に関しちゃ物心つく前から居ないしなぁ……。

 母親は――まぁ入院してるとはいえ、死んじゃいないから、復讐ってのもそこまでは」


 ユニゾン・ザ・ワールド発生直後の混乱の中、リュウテキの父親は、母親と生まれて間もない自分を守る為、死んだと聞いている。

 母親が入院している理由も魔獣のせいなのだが、その原因となった魔獣は退治されたそうだし、その同種族の魔獣に対して恨みなどがあるかと言われればノーだ。


 ショウも似たようなものだろう。魔獣を仇だと思ってはいるが、明確な復讐対象と捉えるほどのものではない。


「でもヒィちゃんはねぇ……」


 だが、ヒチリは少々事情が違う。


 彼女の母親は――リュウテキも見ていたが――、魔獣によって倒壊した電柱の下敷きになっていた。

 父親の方は、バスターが倒し損ね、それにより暴れた魔獣による二次被害で亡くしている。


 どちらも物心が付いたあとの出来事だ。

 リュウテキやショウほど、遠い出来事のようには思えないのだろう。


「だから――……ってワケじゃねぇけど、アイツを守りたいんだよ俺は」

「それはショウも同じだよ」


 戦闘面では三人の中で一番強いヒチリではあるが、逆に精神面は脆いことを二人は知っているのだ。


「ヒィちゃんは辛いモノを見過ぎてるからね。出来る限り、そういうのをもう見なくて良いようにしてあげたいとは、思ってるんだけど」

「だな。だからまぁ時々、キツいコト言っちまうんだが……お前が投げやりにフォローしてくれてて助かってる」

「フォローしてるつもりはないけどねー」


 やれやれと肩を竦めてから、ショウは一口サイズのストロベリーチョコを口に放り込む。それを食べ終えてから、大きく息を吐いた。


「あー……やめやめ。暗い話やめ」

「お前から始めたんだろうが」


 苦笑するも、この話を切り上げることに、リュウテキも異論はなかった。


「ま、あの化け物を相手にしないで済むコトになったんだから、安心しておこうぜ」


 納得してくれたかは別にしても、一旦はヒチリも無茶を止めてくれたのだから、それでいい。

 話も一段落したところで、リュウテキは画面のスクロールを再開した。


「ショウ。こいつとかどうだ?」

「んー……《魔狼(まろう)狂月(きょうげつ)》?」


 現在、旧東地区の大型コンサートホール、『ドムス・アウレア・ENT』の裏手にある公園を根城にしているようだ。


 群れを成す、狼に似た魔獣バンディウルフ。

 狼がゴールデンレトリバーよりもさらに二回りほど大きいサイズにしたもの――というのが、一番分かりやすい例えかもしれない。成体の体高は一メートル近い。


 その見た目通り、群れを成し、狩りをしたり子育てをしたりする。魔獣と称されてはいるが、それはただユニゾン・ザ・ワールド以降に姿を見せ始めたからであって、見た目も性格も生態も狼のそれに近い。

 魔獣の中ではかなり温厚で、危害を加えるようなことをしなければ襲ってくることもないし、よほどのことがなければ人間の縄張りに入ってくることもない。

 また、義理堅さは野生の狼以上で、助けてもらった恩は必ず返してくれるとまで言われている。


 手配獣となっている《魔狼、狂月》は、そんなバンディウルフの群れからはぐれた孤狼だ。

 補足事項には、あまりにも凶暴であった為、群れが彼を追い出したのではないか、と書かれている。


 眉間のやや上から左目の下に掛けての傷が三日月型をしていることと、バンディウルフとは思えないほどの乱暴な眼差しが特徴的である。

 一般的なバンディウルフの瞳が夕焼けならば、《魔狼、狂月》の瞳は血のマグマだ。


「おおう……おっかない顔してんねー」


 相変わらずどこから取り出したのか分からないが、ショウは梅ワサビ味のポテチをパリパリ食べながら、間延びした感想を漏らす。


「群れてるバンディウルフは確かに怖いが、単体ならどうにもでもなるだろ。狂暴だろうとなんだろうとよ」


 手配獣――《魔狼、狂月》のチェックボックスにチェックを入れて、討伐予定ボタンをクリックする。

 手配獣の討伐は早いもの勝ちだし、別にここでチェックを入れてないチームが討伐をしてはいけないというルールはない。


 だが、どのチームが討伐予定であるかが事前に分かれば、他のチームも予定を立てやすく無駄足を踏みにくいという利点があるのだ。

 そういう相互利点の為に、良識あるバスターチームはこうやって、事前に予定を公表しておくのである。

 幸いにして《魔狼、狂月》を狩ろうとしているチームは多くなく、他の予定と掛け持ちをしているところが多そうなので、自分達が最初の討伐チームになりそうだ。


「ただいま」

「おかえりー」

「はいリュウ。これで良い?」

「ああ、サンキュ」


 缶コーヒーを受け取って、礼を告げる。

 が――


「ヒチリ……お前……」


 沈痛な面持ちで、リュウテキは缶のラベルを見つめる。


「な、なに?」

「加糖ブラック以外って言ったのに……」

「ご、ごめん!」


 どんよりと呻きながら缶を見せるリュウテキに、ヒチリは思わずしまったという顔をした。


「考え事しながら買い物してたら、その――買いなおしてこようか?」

「いや、いい。冷たいものが欲しかったし。これでいい」


 軽く息を吐いてから、リュウテキはプルタブを開けて口を付ける。

 普段はあまり美味しいとも思わないアイスの加糖ブラックコーヒーであるが、今は喉を冷やしてくれるだけでありがたい。ちなみに味は気にしない方向だ。

 喉を潤し、一息ついてから、リュウテキは画面を示す。


「ヒチリ、こいつ狩りに行くぞ」

「《魔狼、狂月》……」


 画面に目を通してから、ヒチリは一つうなずいた。


「うん。よし。行こう!」


 スイッチでも入ったのか、表情をキリッとさせて踵を返すヒチリに、ショウとリュウテキが手を伸ばす。


「ちょい待ち!」


 手の届いたショウは、ヒチリのその長い後ろ髪をクイっと引っ張った。


「ぐえ」


 乙女らしからぬ呻き声を上げて仰け反るヒチリに、リュウテキとショウは嘆息した。

 それから、ヒチリは慌ててこちらに向き直る。


「ご、ごめん……そうだよね。リュウテキがコーヒーを飲み終わってからだね」

「いやそうじゃないから」


 引っ張られた後ろ髪を整えながら、ピントのズレたことを言ってくるヒチリに、ショウは頭を抱える。


「この魔狼の主な活動時間とか、今ちゃんと読んでたよね?」

「うん」

「こいつは、日が暮れ始めてから日没までの間に、近くの魔獣や動物を襲い、畑なんかを荒らす。完全に日が沈むと寝床へ戻ってくるらしい」


 昼間に出歩かないのにも何か理由があるのかもしれないが、ここに書かれている情報からでは推測はできそうにない。


「で、でも。放っておくと、被害が大きくなるかもしれないし……」

「つまり、今から行っても早い」

「ドムス・アウレアの裏手にある東ニュータウン中央公園は、真ん中の池とそれを囲む原っぱがメインになってるとはいえ、その周辺は雑木林で囲まれてるでしょ?

 その雑木林に隠れられてたら、中々見つけられないし、仕損じたら確実に警戒心が強まる。そうなると、後々厄介。

 群れからはぐれてるから、元々警戒心が強くなってると思うしね。これ以上、警戒心が強くなると、そうそう見つけられなくなるだろうし、狂月も狡猾な狩りをするようになるかもしれない。

 それがどれだけ危険なのかは――あんまし説明、必要はないっしょ?」

 

 どこかしゅんとした様子でうなずくヒチリに、リュウテキは落ち着けよ、と苦笑する。


「狼に近い種族だなんて言われてるんだ。学習能力は間違いなく高い。仕損じるのは危険だ」

「頭では……うん。分かってはいるつもり……なんだけど。

 こう、魔獣を退治する機会がくると、こう――ソワソワと……」

「その正義感の強さはヒィちゃんの美徳だと思うし、気持ちはわからなくないけど――先走ったヒィちゃんを追いかけて、ようやく追いついたらやられてましたとか、泣くよ? あたし」

「うん……ごめん……」


 ヒチリの過去を思えば、それも仕方がないかもしれない。

 ログアウト操作をしたリュウテキは、二人に気付かれないように息を吐いてから、立ち上がる。それから、二人の頭の上に手を乗せた。


「ショウと俺が言いてぇのは、フォローは出来る範囲でしてやるけど、出来ない範囲で暴れてくれるなよって話だ」


 ぽむぽむと、両手で二人の頭をそれぞれ叩きながら、リュウテキは告げる。


「それに――お前らに何かあるようなら、身体を張って守ってやるのもやぶさかじゃねぇけど、身体張るにも、それが出来る範囲に居てくれにゃ出来ねぇんだ。二人とも、あんま無茶してくれるな」

「……うん」


 何やら顔を赤くして、俯いたまま消え入るような声でうなずくヒチリ。

 それと正反対に――だけどやはり顔を赤くしながら――ショウは賑やかな声を出す。


「何今の? 口説き文句? 落ちるよ? ショウはキュンとして落ちちゃうよ?」


 むしろどこまでも落として――などと、意味不明なことを口走りテンション高まるショウから手を離し、リュウテキは淡々と漏らす。


「いっそそのまま奈落の底にでも落ちてくれ」

「うわ! リュウちゃんひどい! ヒィちゃん聞いた? リュウちゃんがひどい!」

「いや……えーっと、わりといつも通り……じゃないかな」

「ヒィちゃんもひどいッ!?」


 がーんと何かショックを受けたようにうな垂れる。

 それを無視して、リュウテキは予定を告げた。


「日が落ち始める頃に、中央公園を三箇所から見張る。

 んで、狩りにでも出ようとしているところを叩くぞ。

 旧東ニュータウン駅まではそう距離もないし、時間にはかなり余裕がある。

 マーケットで必要なものはしっかり買い揃えて行こうぜ」


 そうして、チーム《雅》は今日の仕事を決めると、賑やかなままマーケットへと向かっていくのだった。


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