008
「そういえば――この辺りって、ダイちゃん達の縄張りじゃないよね?
わざわざ外に出てきたってコトは、何か理由あり?」
「ん? まぁな」
ショウに問われ、運転席でダイゴがうなずく。
「地元はあくまでもオヤジの縄張りだからな。
討伐運搬屋のライセンスを取った以上は、俺も俺なりの縄張りや顧客が欲しくなった」
「付け加えりゃ、オレ達のガッコ。一ヶ月休校で暇なンだ」
「なんで?」
ヒチリの問いに、三人は苦笑した。
「わしらの学校、放浪系の大型に襲われてなぁ」
「もしかして、ニュースでやってた奴か?
お前らの所だったのか……再襲撃の可能性を考慮しての休校って話だったけどよ、被害の詳細とか聞いても平気か?」
「幸いにして死者はいない。怪我人も逃走中の転倒レベルだ」
「ほんとに幸いだったねー。
国風の親衛士団みたいな、ダイちゃん達の舎弟ががんばった感じ?」
「駆けつけたバスター達の指示に従って俺達が誘導しただけだ。
オヤジやオヤジの顔見知りの運搬屋達も駆けつけてくれたからな。即座に学校から離れられた」
「相当手強い相手だったみたいなンでな。バスター達も追い返すのやっとだったンだとよ」
「何にせよ、命あっての物種だろうよ」
「違いないなぁ」
「こっちの方にも襲撃が来るかもしれないからな、リュウ達も気を付けた方がいいかもしれんぞ」
「ああ。とはいえ、お目に掛かりたくはねぇけどな」
「でも――襲ってくるなら、その時は、ただ斬り捨てるだけだ」
「ヒィちゃんカッコいい!」
「いやショウも手伝ってよ?」
「えー」
「えー……じゃねぇよ」
割と真顔で不満を口にするショウに、リュウテキは半眼になってうめいた。
そんなやりとりをダイゴ達に笑われながら、軽トラは斡旋所の敷地へと入っていく。
「悪ぃダイ。言い忘れてた」
「どうした?」
「こっちから入ると、マーケット客がごった返してるから、いつ来ても駐車場まで時間掛かるんだ。
次からは、この入り口スルーして三つ先の信号を右折してぐるっと回って、別口から入った方がいい」
「了解した。やはり地元の奴と知り合うと、情報収集が楽だな」
「じゃあショウ達がそっちの地元行く時はよろしくね」
「もちろんだ」
ダイゴの運転する軽トラは、歩行者達に気を付けながらそろそろと徐行して、マーケット通りを進んでいく。
荷台に乗っているリュウテキに気付いて挨拶をしてくる同業者達に返事をしつつ、ここで降りるか駐車場まで付き合うか考えていると、ダイゴが車を停止させた。
「ダイ?」
「リュウ達、正面だ」
「?」
言われて、リュウテキ達は立ち上がり、運転席のルーフ越しに正面を見る。
すると、
「なんだ?」
少年――リュウテキ達と同じくらいの歳だ――が、尻餅を付いていた。
怯えた様子のその少年の視線の先にいるのは、夜色のローブというか衣を纏った、金の髪の見知った少女。纏っている衣の色のせいか、そのたなびく金の髪はまるで星か月を思わせる。
「ベルーなだ」
「もはや愛称じゃなくて別人だろそれ」
彼女の掲げた右手の先に、肉厚の両刃剣がある。握っているのではなく、掲げた手に合わせるように浮いている。
「何なんだよお前はーッ!」
涙混じりに少年が叫んで、手を掲げるとそこから炎のつぶてを放つ。
それに対して、ベルは慌てることなく左手をその火球に向ける。すると、その掲げた手の前に槍が現れ、彼女の目の前でくるくると回転し盾となった。
「あれって、スピリットの持ってる剣と槍……かな?」
「あの纏ってる布もそうだな。《霊騎士》やってた時に着てたやつだ。
自前だとは思ってたけど、開拓能力で呼び出してたんだなぁ」
理由は不明だが、これは明らかに開拓能力者同士によるケンカだ。
だが、周囲にいる人達はそれを見守るのに徹している。こんな時代だ。そのケンカをしているのが誰であろうとも、譲れないモノがある。
ましてやここはバスター達があつまる斡旋所の敷地内。それこそ、芯が強かったり、プライドが高かったり、調子に乗ったり――そういう奴に事欠かない。
「ベルのともだち、馬鹿にするの、許さないッ!」
言葉と共に、掲げられた右手が振り下ろされる。
剣はそれに応え、宙を駆けると、少年の開いた股の間を抜けてアスファルト突き刺さった。
「あと、恐がり、すぎ。
能力を人に向ければ、自分も能力を向けられる。その当たり前が、怖いなら、人に能力とか、向けちゃダメ」
「ベルちゃんもやるなぁ」
「ああ。さすがはリュウの妹分、か?」
「オレ……あの子に怖がられてたンだよな?」
ダイゴ達は驚いているが、ベルがここまで出来ることを知らなかったリュウテキ達も、実は驚いている。
「よくよく考えたら、ショウ達と会う前のベルーべりーって、魔獣と誤解されてる程度には、バスターを追い返してたんだよねぇ」
「もはや誰だよ」
ツッコミを入れつつも、リュウテキはショウの言葉にうなずく。
武器を向ける覚悟。武器を向けられる覚悟。彼女は既にそれを、生活の中で理解しているのだ。少なくとも、リュウテキ達に会うまでは、そういう生活をしていたのだから。
「ベル」
ヒチリが荷台から飛び降りる。
リュウテキとショウも追い掛けるように飛び降りた。
「ヒィさん! みんな!」
表情を隠すように垂れていた前髪を払って、ベルが顔を上げる。
嬉しそうに駆け寄ってくるベルを受け止めて、ヒチリはその頭を優しく撫でる。
それを横目に、リュウテキはおっかなびっくり少年の股の間に収まっている剣に恐る恐る触れる――
「おー……? お! 普通に触れる」
「ベルさいゆ以外が触ったらドカンだったらどうするつもりだったの?」
「ま、その時はその時だ。
それと――ベルの愛称七変化は、引き返せなくなる前に軌道修正しとけ」
「さすがにショウもこの方向は苦しいな、て」
頭を掻きながらチロリと舌を出すショウを横目に、リュウテキは剣を引き抜く。
「何故か本日二度目のセリフなんだが……俺達の妹分に何か用か?」
引き抜いたその剣の切っ先を鼻先に突き付けながら問う。
リュウテキとショウに下目使いで見下ろされているのが相当怖いのか、口をパクパクさせたまま、動かない。
小さく嘆息し、リュウテキが剣を肩に乗せたところで、
「まぁ問わずとも想像は付いているんだろう?」
覚えのある女性の声がやってきた。
「コッペさんだー。やほー!」
「やあ。やほー」
手を挙げて挨拶をするショウに、彼女は律儀に手を挙げ返す。
「彼は開拓能力に目覚めたから、とりあえず《雅》にケンカ売ろうっていう輩だ」
なまじ同世代としてそれなりに名前が売れている故に、手近な相手だと思われてしまう。
まぁいつものことだ――と、リュウテキは嘆息した。
「そんなところだろうとは思ったけどよ」
調子乗って《雅》を馬鹿にする発言を大声で仲間としていたのを、ベルが聞き咎めてそのままケンカになったというワケらしい。
「そういや、コッペリウスさんよ。まだ人体実験の材料探してるのか?」
「無論だ。私の研究的に不可欠だからな。何故か誰も名乗り出てくれないのだが」
「スカウトの仕方が下手なんじゃないの?」
「そうなのか?
私に身を委ねてみる気はないか? と声を掛けるとだいたいの男は――時々女もだが――妙に嬉しそうな顔をしてうなずくのだ。なのにいざ実験となると逃げ出してしまってな……」
当たり前だ――胸中でツッコミつつ、リュウテキは顎で少年を示す。
「良い材料があるぜ?」
「ふむ。キミの獲物ではないのか?」
「魔獣じゃねぇなら興味ねぇな」
告げると、彼女は瞳を爛々と輝かせて、少年を見る。
「些か脆弱そうではあるが、贅沢は言えんか」
舌なめずりをしながら、彼を視線で舐め回す。
「よし。キミ。キミを放置して逃げた仲間を連れてきたまえ。
そうしたならば、三体合体のケルベロヒューマンとして華々しくデビューをさせてやろうッ!」
本能的な危険でも感じたのか、彼はみっともない悲鳴を上げながら、四つん這いになってこちらから離れていく。
それを見送りながら、
「いいのコッペさん? あれ、戻って来ないよ?」
「タイプじゃないのでな。私だって材料のえり好みくらいするさ」
面倒くさそうにそう告げて、彼女はシガレットケースからタバコを取り出し咥えた。
「材料って単語が無ければ普通のセリフに聞こえるんだがな」
苦笑して、リュウテキはベルの元へと向かう。
「ありがとな。俺達の為にケンカを買ったんだろ?」
「でも、あんまり危ないコトしちゃダメだよ?」
「ごめんなさい」
「そう言うなヒチリ。ベルは俺達が思ってる以上に危険に対する嗅覚は備わってるさ」
な? と訊ねると、ベルはこくんっとうなずいた。
それから、彼女の纏っていた衣と、リュウテキが担いでいた剣が夜色の粒子に変化すると、その全てがベルの中に吸い込まれるように消えていく。
「これが本来の能力?」
ヒチリに問われると、ベルはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「――の、レベル2」
「レベル1もあるの?」
「うん。レベル1でお話、出来る。レベル2で少しだけ、スピリットになる。レベル3で、えっと……ヒィさん達が《霊騎士》って、呼んでるのに、なれる。レベル4でおともだちのニセモノを、呼べて……レベル5は……」
そこでベルは一度言葉を切って、人差し指を自分の唇に当てた。
「ひみつ!」
「何で?」
「切り札は、おともだちにもひみつにするから、切り札になるんでしょ?」
ヒチリを見上げ、自信たっぷりにベルが告げる。それにキョトンとするヒチリの横で、リュウテキが笑た。
「中々悪くない策士っぷりだ。誰に習った?」
「えっと……」
途端、何故か恥ずかしそうにもじもじとし、照れるように答える。
「マンガ。管理人のおじさん達の、お家にあったの。面白かった」
「そうか。なら、今度はショウの家にでも遊びに行ったらどうだ?
あいつの部屋、ちょっとした漫画図書館だぞ」
「ほんとッ!?」
目を輝かせるベルにうなずいて、リュウテキはショウに視線を向ける。
「だよな?」
「うん。なんなら秘蔵の薄い本も公開しちゃっても!」
「いやそれはやめておくべきだ」
イエスッと親指を立てるショウに、コッペリウスからハイスピードでツッコミが飛んできた。
「薄い本?」
「なに、それ?」
揃って首を傾げるヒチリとベルに、コッペリウスが告げる。
「気にするなヒチリ君。それと、ベル君……だったか。キミ達はそのままのキミ達でいろ」
「あれ……? 前にもそんなコト言われたような……」
「そうなの?」
同じような表情で、こくんっと首を動かすヒチリとベル。
二人が深みにはまる前に、リュウテキは話題を変えることにする。
「ベルはこの後どうするんだ?」
「公園の、パトロール」
それを聞き、リュウテキは軽トラの運転席のダイゴへと向き直った。
「ダイ」
「声を掛けられないから忘れられていたかと思ったぞ」
「そいつは申し訳ない。
ところで、朱音沢公園って分かるか?」
「一応ナビがあるからな。分からずとも調べるくらいは出来る」
「なら丁度良い。金は払うから、ベルをそこまで頼む」
「お安いご用だ」
「それから」
ダイゴが了承するのを確認してから、リュウテキは続けた。
「コッペリウスさん、アンタこれからの予定は?」
「今日は特には。物資の補充だけして宿に戻るつもりだが?」
「ベル。こっちのコッペリウスさんが、スピリットに会いたがってるって人だ。
お前が問題無いなら、予定は早まるが、会わせてやってくれないか?」
ベルがうなずくのを見てから、視線をコッペリウスに向ける。
「なるほど。そちらのお嬢さんが問題無いのであれば、お願いしたい」
「うん、リュウさんの、おともだちなら、ベルもおともだち、だから」
「よろしくな。ベル君」
「つーわけで、ダイゴ。コッペリウスさんも追加だ」
「コッペリウスさんが、荷台でよろしければ」
「ああ。私も特には気にしないな」
ベルは差し出されたバチの手を取って、荷台へと上がる。
コッペリウスは、その場で地面を蹴って飛び上がると、軽やかに荷台へ着地した。中々身軽な人である。
「それじゃあダイゴ、ここまでサンキューな。
朱音沢公園なら、このまま斡旋所の中を突っ切って駐車場へと向かい、そこにある裏口から出た方がはやいぜ」
「ああ。用があったら頼むぞ」
「じゃねーダイちゃん。ベルっち。コッペさん」
「みんな、また今度」
それぞれに挨拶を交わし終えると、そろそろと軽トラ・黒裏亜号は発進する。
徐行しながら遠ざかっていく車に手を振りつつ、ショウはリュウテキに訊ねた。
「今日はどうするの、リュウちゃん?」
「んー……バスター業は無しかな」
「え? じゃあどうして斡旋所まで連れてきたもらったの?」
「学校からより、ここからの方が近いからな」
「どこに?」
「マリーメイ屋」
リュウテキの答えに、ヒチリとショウは目を瞬いた。
「何か急にあそこのイチゴタルトが食いたくなった」
「リュウちゃんらしからぬ気まぐれッ」
「まぁ私も食べたいから、別に構わないけど――」
「ショウもOK!」
「んじゃ、行くか」
首元に手を当て、コキコキと首を鳴らしながらリュウテキは歩き始める。
二人が自分を追い掛けてくるのを背中で感じながら、彼は嘯く。
「あ、ちなみにショウの奢りな」
「あいえええッ? 奢りッ!? 奢りなんでッッ!?」
「メロンパン取られて泣くほどガキじゃねぇが、美味しン棒ひとつで許せるほど、大人でもないんでな」
「ゴチになるね。ショウ」
「待ってッ、何でヒィちゃんまでッ!?」
「だって、常日頃から私のお弁当のオカズこっそり盗っていってるでしょ?
せっかくだし、今日その分をご返品願おうかな、て」
「なるほどわからんッ! つまりこれは罠だったんだね! 人類は全滅するーッ!!」
「だとしてもその前に、俺がお前の財布の中身を全滅させる」
「させないでよッ」
「はいはい。観念してマリーメイ屋に行こうね。ショウ」
「うわーん! ダイちゃん達待ってーっ! ショウも! ショウも一緒に公園行くーッ!!」
ヒチリに襟を掴まれ引きずられながら、ショウは涙目で泣き叫ぶ。
バスターと言えども、毎日魔獣退治をしているわけではない。
なんてことのない日常を過ごすことだってあるのである。
「ショウにとっては大事になってるんですけどぉぉぉぉ――…………ッ!!」
『往生際が悪いッ』
「くすん……」