007
「――ってコトが、朝あってよ」
「それでも遅刻しないで学校に来れるリュウちゃんって……」
「お前らがギリギリすぎんだよいつも」
昼休み――早い者勝ちの中庭のベンチとテーブルを何とかゲットした《雅》は、そこでお弁当などを広げていた。
十六年前――世界中に魔獣が発生して混乱している最中、一番最初に日常を再開したのは日本だった。
いや、正しくは、混乱の中でも可能な限りの日常を続けていた為に、ことが落ち着けば即座に復帰できた……というべきか。
世界が滅びそうな災害が起きようとも日常的な通勤通学を止めないのが日本人――そう言われ続けてきたことの面目躍如といえよう。
とにもかくにも、そんな日本における日常の象徴の一つが学校である。
さすがに、子供達の安全を考え、最初期の頃はどこの学校も閉鎖されていたが、やがて安全地区だと指定された区域を中心に周辺学区の学校と統廃合しながら、学校はその建物と機能を復活させていった。
時間と共に、生徒の安全性や、立地の利便性、そして避難所としての機能も含めた形で、敷地の在り方が変更されていき、基本的にどこの学校も小中高が一環となったスタイルとなっている。
それと同時に、状況による通学が難しい子供多数いることから、義務教育をベースに一時的な法律改正が発生。これにより公立であっても初等部、中等部にも学費が必要となった。
だがこれは義務ではなくなったが故の措置であり、通学する学生には、国からの援助が入る仕組みとなっている。この援助は高等部も含まれている。
これは保護者がおらずとも、子供が日常を送れるように――という措置の一つであった。
《雅》の面々も、年齢的には高校生だ。
バスター業務がない時は、こうして学校へと登校し、授業を受け、休み時間に騒ぎ、日常を謳歌している。
「基本的にヒィちゃんが朝弱いからだよッ」
「私はそれを自覚してるから目覚ましを早くセットしてるし……。
それに、人のせいみたいに言うけど、どんなに早く家を出ても、途中で寄り道しまくろうとするショウに原因がないとでも?」
ヒチリに半眼で睨まれ、ショウは視線を泳がせる。
「どっちもどっちじゃねぇか」
呆れたようにうめいて、リュウテキは袋からサンドイッチを取り出した。
「またヒムリッシュ・ゼーレ?」
「いいじゃねぇかあそこのパン屋、好きなんだよ」
リュウテキが口を尖らせると、すかさずショウがその袋に手を伸ばす。
「おい」
彼の静止も聞かず、袋を手に取ると――
「ヒィちゃん何か食べる?」
「うーん、そうだね……」
二人でその中を楽しそうに物色し始めた。
「お前らなぁ」
うめく。が、抵抗する素振りはない。こうなることは想定済みなので、一人で食べるよりも多めに買ってきてあるのだ。
「リュウ、ポンデ・ケージョくれない?」
「三個やるから、ナックルメンチ一個」
「うん」
お昼に中庭へやってくる弁当売屋、通称・中庭弁当の名物ナックルメンチ――大人のゲンコツのように大きくまん丸いメンチカツ――をヒチリから受け取り、彼女は袋から小さなパンを三つ手に取る。
「リュウちゃんハイ!」
「……美味しン棒?」
「うん――で、ショウはこれを貰うねッ」
「おいコラ。この十円駄菓子一つとそのビッグメロンパンが釣合うとでも?」
「うん」
「うなずいてるんじゃねぇよ!」
「いただきまーす」
「待てッ、おいッ!」
リュウテキが伸ばした手をひょいっと躱して、ショウは手にしたメロンパンを口にする。
「こォんのッ、やろォーッ!!」
彼に追い掛けられながらも、ものすごい勢いでビッグメロンパンを平らげると、彼女は口の周りに少し食べかす残しながら、満足そうにうなずいた。
「勝利の味は格別である」
「お前はーッ!」
「ついでに勝利の美酒に酔いたいからリュウちゃんコーヒー買ってきて」
「つくづく! お前って奴はつくづくぅぅッ!!」
ほれほれ早く買ってこい――と、地団駄を踏んでいるリュウテキを挑発するショウに、ヒチリは嘆息しながら訊ねる。
「ショウ。リュウが、メロンパン好きなの知ってるんでしょ?」
「しかもヒムリッシュ・ゼーレのビッグメロンパンはなおさらね」
「だったら」
「だから勝利の味の餌食にしようと思ったわけで」
「タチ悪すぎんぞコラ」
頭を抱えて、リュウテキは席に着きなおす。食べられてしまったものは仕方がない。
「ううっ……くぅぅ……」
「え?」
「リュウちゃん?」
仕方ないのだが――
「落涙ッ!?」
「マジ泣きッ!?」
さすがにこれには女性陣も大慌てらしい。
(ざまぁみやがれ)
ヒチリまで大慌てしてるので若干申し訳ないのだが。
俯いたまま、胸中で舌を出しだして、リュウテキはナックルメンチを囓る。
嘘泣きのハズだったのに、不思議とメンチからは涙の味がする。だけどリュウテキは、敢えてそれを気にしないことにするのだった。
「……まさかリュウちゃんに手玉に取られるとは」
「いくら好きだからって、メロンパン取られたぐらいで泣くってガキかよ」
放課後。昼休みのことを思い出して歯ぎしりしているショウに、リュウテキはそう言い放って、靴を履き替える。
「まぁよくよく考えて見ればそうなんだよね」
ショウと一緒になって慌てていたヒチリも、苦笑を浮かべている。
「たまには仕返ししねぇとな」
「気持ちはわかるけど、私まで巻き込まないで欲しいかな」
「そいつは悪かった」
投げやりに答えて歩き出す。
「あ、ちょっと待ってよ二人ともー」
何やら下駄箱でモタついていたショウが、慌ててこちらを追ってくる。
「昼に話した、運搬屋の和ダイゴって奴が顔合わせがてら、校門辺りに来てるハズなんだけど」
すれ違いに挨拶をしてくる学校の生徒達――一度、学校を襲った魔獣を退治してからは、一部を除いて、《雅》は全校生徒達からの人気者になっている――に返事をしながら、三人はとりあず正門を目指す。
「リュウテキ先輩!」
校門へと向かう道中、見慣れた後輩が一人、息を切らせながら駆け寄ってきた。
「どうした?」
「あの……校門に見慣れない制服の連中が、《雅》に会いに来たって……」
後輩の呼吸が整うのを待ってから、リュウテキは訊ねる。
「ガタイの良いリーダーと、横にも縦にも大きい熊と、蛇みたいなチビの三人組か?」
それに後輩がうなずくのを確認してから、告げた。
「なら俺のダチだ。気にすんな」
すると、後輩の顔色が一気に悪くなる。
その意味に、ヒチリとショウも気がついたらしい。
「もしかしなくても、正門の前で荒事になってる?」
彼は顔を青くしながらうなずくと、
「お、オレ! ちょっと止めてきますッ!」
ようやく落ち着いてきた呼吸を改めて荒くして、走り出した。
「んじゃ、行くか」
「リュウちゃん、急がなくていいの?」
「ん? まぁダイ達のコトだ。それなりに上手くあしらってんだろ」
「でも……」
「心配しすぎだヒチリ。あいつら三人は能力を持ってねぇとはいえ、討伐運搬屋だぞ?
魔獣の巣に向かうバスターを現地まで運んだり、緊急で必要な物資を戦場へ運ぶのが仕事だ」
「それもそっか。
ひどい言い方になるけど、荒事に対しての覚悟も、あしらい方も、国風学園の連中じゃ足下にも及ばないかもねー」
もちろん、国風学園の生徒――というか、自称《雅》直属親衛士団――は、そこらの不良と比べれば、覚悟も根性もある。
以前、学校に魔獣が襲撃してきた時、率先してこちらの指示を仰ぎに来て、自分達もビビってるにも関わらず、自分達以上にビビってる教師や生徒達の避難を先導してくれたのだ。
おかげで、こちらも魔獣を退治しやすくなったのは事実。そういう理由もあって、《雅》は、彼らが勝手に親衛士団を名乗るのを黙認している。
「待たせたなダイ」
「待ってる間もそれなりに楽しかった。問題ない」
正門に辿り着くと、わりと死屍累々だった。もっとも、全員怪我は大したこともなさそうだ。
「ハデに負けてるねぇ」
ショウが快活にそう言うと、倒れてる連中は一斉に顔を背けた。
向こうは三人。こっちは十人以上。さすがにこの人数差で負けたのが恥ずかしいのだろう。
倒れた彼らの中で、適当な一人に狙いを付けると、ショウはつま先でツンツンとつついて遊び始める。
「皆さんすみません。停戦、間に合いませんでした」
「お前のせいじゃねぇから気にするな」
頭を下げてくる後輩にリュウテキは手を振って応える。
ついでに、その後輩越しに、ショウの遊びがエスカレートしているのを確認――何やら踏みつけながら高笑いをあげる遊びにシフト――したので、注意しようかとも思ったが、踏まれてる奴が嬉しそうだったので気にしないでおく。
そうこうしているうちに、ヒチリはこちらより一歩前にでてダイゴに頭を下げた。
「すみません。国学の人達が……」
「リュウじゃないが、買ったこっちも同罪だ。
それに、さっきも言ったが良い暇つぶしにはなった」
ニヤリとダイゴがリュウテキに笑いかけると、リュウテキも同じような笑みを返す。
「悪くはねぇだろ?」
「ああ。顔は覚えさせてもらった。イザという時は借りるぞ?」
「構わねぇが、こっちも何かあったらバチとカワヅラ借りてもいいか?」
「だ、そうだが?」
ダイゴに問われ、バチとカワヅラはそれぞれの仕草で了解する。
「軽トラしか持って来れなかったが――まぁ荷台に乗ってくれ。
ニュータウンの斡旋所で良いんだろ?」
ダイゴが顎で示したのは、フェルト・ムジーク4号車『黒裏亜号』と側面に書かれた黒い軽トラックだ。
リュウテキはそれを見て、うなずく。
「ああ。お互いの自己紹介は道すがら、だな」