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006

   

 ぼちぼち人々が仕事や学校へと向かい出す時間。

 商店街に朝ご飯を買いに来たベルは、ポケットからピンク色のスマートフォンを取りだした。


「…………♪」


 それを見ながら、ベルは笑みを浮かべる。

 先日、公園の管理人のおじさん達に買って貰ったスマートフォンだ。


 リュウテキ達の言う通り、ベルは公園のスピリット達について、管理人のおじさん達に話をした。

 俯き加減に、怒られるのも仕方ないと想いながら。だけど、そんなベルを、おじさん達は叱るどころか、抱きしめてくれた。今まで公園を守ってくれてありがとう……と。


 そして、おじさん達はベルの為に色々してくれた。

 このスマートフォンは、そんなおじさん達からの贈り物の一つだった。


 一応、ベルもスマートフォンを持っては居たのだが、それの支払いをする人がいなくなってしまった為に、解約されてしまっていた。そこで、このスマートフォンを改めて買い直したのである。


 両親を失ってから初めての、人から貰ったプレゼント。あの公園と同じくらい大事な、新しい自分の宝物。おじさんや、ともだち――リュウテキ達といつでも繋がることの出来る、素敵な宝物。


 まだ使い慣れないそれを、早く使いこせるように、色んな操作を試しつつ歩いていると――


「あ」


 ドンと、誰かにぶつかった。


「ご、ごめんなさい……」


 よそ見しながら歩いていた自分が悪い。

 ベルは、ぶつかった人を見上げながら素直に謝った。


「あン」


 ぶつかった相手は明らかにガラの悪そうな、ベルよりも年上の少年だ。

 恐らくリュウテキと同じくらいの歳ながら背の低く、不健康そうな雰囲気で猫背気味。逆立った髪も使い古された箒のようにボサボサだし、目つきもお世辞にも良いと言えない。


 そんな容姿に、謝罪をしながらもベルは少し引いてしまっていた。


「バチ、こんな子供を睨んでも仕方ないぞぉ?」

「別に睨んじゃいねぇンだが」


バチと呼ばれた、背が低く痩せた少年とは別に、もう一人の少年が横にいた。

 こちらは、真逆の見た目をしている。背が高く、そして縦だけではなく横も広い。それでいて、細長く穏やかな目をしているので、あまり怖い感じはしない。バチが痩せ細った小さな蛇なら、この人はお相撲さんのような熊だ。


「悪いなぁ嬢ちゃん。バチはこんな見た目だが別に悪い奴じゃあぁ無いんでなぁ」


 どこか間延びした口調の彼に、ベルはどう答えてよいか分からず、とりあえずうなずいた。


「カワヅラ……てめぇそりゃオレにケンカ売ってンのか?」


 ジロリ――というよりもギョロリといった様子で、カワヅラという大きな人を睨み付けるバチ。

 自分が睨まれているわけでもないのに、ベルはびくりと身体を震わせると、さらに一歩退いた。


「怖がられとるぞぉ?」

「るせ」


 バチが口を尖らせる。


「あー……お前ら、俺の妹分に何か用か?」


 そこへ、背後から聞き覚えのある声がして、ベルは勢いよく振り向いた。


「リュウさん!」


 呼ぶと、灰色のブレザーに同色のスラックスを身に纏ったリュウテキが手を挙げて応えてくれる。


「おう」


 たたたっと、ベルはリュウテキに駆け寄った。


「いやいやぁ。ウチのがそっちの嬢ちゃんを怖がらちゃってなぁ」

「あのなカワヅラ。あっちのガキがオレにぶつかったンだろうが」

「で、それを謝った嬢ちゃんをお前が怖がらせたんだぞぉ?」

「勝手にビビったンだろうが」


 そのやりとりを見て、リュウテキは後ろ髪を掻く。


「まぁ何だ。ぶつかって悪かった」


 それからベルの頭に手を乗せて、自分の前に出るように示す。


「ほれベルも。ぶつかったコトだけじゃなく、意味もなく怖がっちまったコトはちゃんと謝らないとな」


 リュウテキに促され、


「えっと……バチさん? ごめん、なさい」


 やや、及び腰ながら頭を下げる。

 さすがに、そんなベルに文句を言うほど、バチも話の分からない男ではないらしい。


「別に。ハナっからキレてたワケでもねぇし」

「うんうん。万事解決だなぁ」


 困ったように視線を宙に彷徨わせるバチに、カワヅラが手を組んで満足そうにうなずいている。


「それはそうと、お前さんは国風(くにぶり)学園の生徒だなぁ?」

「ん? そうだけど」


 問われ、リュウテキがうなずくと、二人の雰囲気が変わった。


「聞きたいンだけどよ、《雅》ってチームのリュウテキって奴を知らねぇかい?」


 それにリュウテキの目もすうっと細まる。


「ドンピシャで俺のコトだな。何か用か?」


 明らかに、双方の間に流れる空気が変わった。どんどん張り詰めていくのを、ベルは端で感じていた。


「この辺りをシメてるチームの(かしら)なんだろぉ?」

「井戸の中のカエルってヤツ? それを教える為に親切にここへ来たンだよ」


 臨戦態勢――そんな言葉をベルは思い浮かべる。だが、


「ったく……良くいるんだよな。お前らみたいに勘違いした連中って」


 リュウテキはどこか気怠げに嘆息するだけだった。


「それを全部返り討ちにでもしてるンだろ?」

「そりゃ間違っちゃいねぇが……」


 少し思案してから、もう一度嘆息する。


「まぁいいや。話すよりも手っ取り早いか」


 持っていたパン屋の袋と鞄をベルに預け、少し離れるように告げた。

 それから二人の方へと向き直って、皮肉げに口の端を吊り上げると、片手をポケットに突っ込んだまま、もう片方で逆手に手招きをする。


「二人まとめて来いよ。お前らが望む方法で教えてやるからよ」

「調子に乗ってると痛い目に遭うぞぉ」

「怪我しても文句言うンじゃねぇぞ?」

「その言葉――そっくりそのまま返すぜ」


 リュウテキがそう告げると、カワヅラが前傾姿勢になり、


「いっくぞぉッ!」


 思い切り突進してきた。

 その動きはまるで――


(……相撲っぽいな。なら、これはタックルじゃなく……)


 張り手を予測し、リュウテキはカワヅラを見据える。想定通り、右手を構えるのが見えた瞬間に、リュウテキは地面を蹴ってカワヅラの左側へと向かう。咄嗟の出来事に反応出来なかったカワヅラの左側をすり抜けつつ、すれ違いざまに足を掛ける。


 タックルの勢いのまま地面へと転がっていくイワヅラには目を向けず、リュウテキはバチを見据えたまま駆けていく。

 こちらがカワヅラの横を抜けてくるのをある程度は想定していたのだろう。バチは悪くないタイミングで、ややアクロバティックに身体を捻りながら、ソバットを放ってくる。


 リュウテキはそれを見切って足を止め、僅かに身体を反らすことで躱すと、バチに向かって手を伸ばして襟首を掴み、カワヅラの方へと放り投げた。


 バチがカワヅラの上に落ちたのを音で確認してから、ゆっくりと振り返る。


「満足したか? こっちは三割も力を出してないんだが」


 面倒くさそうに首を鳴らすリュウテキに、バチとイワヅラは立ち上がりながら、彼を睨んだ。


「つ、強いってレベルじゃないんだぞぉ……」

「場慣れしてやがる――いや、し過ぎてやがンな」

「様子見なんてしなくて良いから。とっとと本気だしな。

 使えるんだろ、開拓能力(フロンティア)をさ。だから、こうやって俺にケンカ売ってきてるんだろ?」

「……? わしら、《切り拓く者フロンティア・アクター》じゃないぞぉ」


 訝り、首を傾げるカワヅラに、リュウテキも同じような顔をして首を傾げた。


「いやでもよ。この辺りで俺にケンカ売ってくる連中っていや、自分の開拓能力(フロンティア・スキル)に気がついて調子乗っちゃった奴らくらいなんだけどよ」


 お互いがお互いの目的を理解してケンカの売り買いをしているつもりだったのに、ここへ来て壮大に食い違っていたことに気がつき、微妙な空気が流れ始める。

 三人が困って顔を見合わせていると、新たな声が場に加わった。


「何をしている?」

(なごみ)のアニキ」

「おおぉダイゴさん」


 リュウテキとベルは、その声のした方へと視線を向ける。

 そこには、乱雑にオールバックにしたような髪型の、学ランを着たガタイの良い男が一人。背はカワヅラの方が高いが、彼もなかなかの長身だ。見た目の印象は太い。だが決して太っているのではなく、鍛えられた筋肉質な太さだ。


「ボスのお出ましってか?」


 茶化すようにリュウテキが嘯くと、和だとかダイゴだとか呼ばれていた男はこちらを見る。


「こっちが売ったケンカと言ったところか?」

「買っちまった以上は俺も同罪だけどな」

「ほう」


 一瞬、こちらを値踏みするような眼差しをしてから、向き直る。


(なごみ)ダイゴだ」

「白美リュウテキ」


 名乗ってきたダイゴに、リュウテキも名乗り返す。

 向き合って、リュウテキもまたダイゴを観察する。


 大厄災は日本の不良達の在り方にも影響を与えている。大厄災前後はどちらかというと、リュウテキのような格好の不良少年達が多かったのだが、現在はダイゴのような長ランを来た不良が少なくない。むしろ、そっちが比重が傾きはじめている。


 一周回って、昭和後期に戻った――とは、当時の不良漫画を楽しんできた世代の弁である。

 ただ調子に乗って粋がっているだけだったチャラい不良は淘汰され、不良であっても仲間を守り、いざという時に頼りになるものが、不良集団のリーダーとなった。


 その流れの中で、頼れるリーダーらしい不良像というものが、不良達の中で議論された結果が、ダイゴのような格好となったわけだ。さらに言えば、そんなリーダーの下につく、片腕としての不良像というのも、色々とあるらしい。


 もっとも、格好がチャラい不良も一定数いるし、そんな格好のリーダーだって廃れてはいない。

 結局のところ、不良達といえども、自分らが信頼することができ、その上で自分の趣味に合う姿のリーダーを慕っている。

 とはいえ、長ラン姿というのは、東ニュータウン地区ではあまり見慣れないので、リュウテキからすると物珍しい。


「……リュウテキだと?」


 しばらく互いを観察しあっていると、ダイゴが眉をしかめた。


「この辺りには《雅》という有名なバスターチームが居て、そこのメンバーもそんな名前の人物がいると聞くが」

「ああ。それは俺だな」


 リュウテキとダイゴのやりとりの外で、バチとカワヅラが「バスターチーム?」などと首を傾げている。


「そうか……」


 ダイゴは組んでいた腕をほどき、ゆっくりと後ろへと振り向く。


「お前達」


 呼ばれ、バチとカワヅラが返事をすると同時に、その脳天にに拳骨が落とされた。

 頭を抑える舎弟達に嘆息しながら、ダイゴは改めてリュウテキに向き直り、気を付けをしてから頭を下げた。


「申し訳ないッ!」

「は?」


 ダイゴの予想外の行動に思わず間の抜けた声を出すと、彼は長ランの内ポケットから何かを取り出して、リュウテキへと手渡してくる。

 それを手渡す仕草は、リュウテキにとっても馴染みのものだった。


「改めて――自分は和ダイゴと申します。討伐運搬屋(バスターキヤリアー)チーム《フェルト・ムジーク》の二代目なんぞやっております」


 その図体に似合わない、丁寧で流麗な仕草で差し出された名刺を、ややうろ覚えな社会人としての受け取り方をしつつ、自分も名刺を差し出した。


「チーム《雅》のリュウテキっす」


 ダイゴに比べるとだいぶ不作法ではあったが、彼は気にしないようだ。


「どんな事情があったにせよ、こちらの舎弟が手を出したのは事実。申し訳ない」

「あー……さっきも言ったが、こっちも買っちまったワケだからな。お互い様ってコトにしようぜ」


 言って、リュウテキは居心地悪そうに身体を揺らす。


「それと……ダイゴさんよ。敬語やめてくれ。一応、歳は大差ねぇだろ」

「ですがバスターの方々は全員、自分にとってはお客様ですし……」

「そういうプロ根性ってのは嫌いじゃないんだけど、お前みたいのにそういう態度取られると、なんか居心地悪ぃ……」


 呻くように告げると、ダイゴはとても困った表情を浮かべた。

 それに対してリュウテキも困った顔をする。


 そこへ、もう近寄っても大丈夫だろうと判断したベルがリュウテキの元へやってきた。


「だったら……」


 リュウテキのブレザーの裾を握りつつ、彼女は名案を思いついたとでも言うような表情で告げた。


「リュウさんと、ダイさん、おともだちに、なれば?」


 それにリュウテキとダイゴは顔を見合わせると、思わず吹き出した。


「だってよ。確かにそれだったら、敬語も何もねぇわな。利用する時はちゃんと料金を払わせてもらうしよ、そういうコトにしてくれねぇか?」

「ああ。了解した。リュウ……でいいか?」

「おう。よろしく頼むぜ、ダイ」


 どちらともなく手を出し合い、握手をする二人。それを嬉しそうに見守るベル。そんな三人の元へ、なんともバツが悪そうにバチとカワヅラがやってくる。


「その……申し訳ねぇっす」

「不良チームだと勘違いてたんだぁ」

「だと思ったよ」


 頭を下げてくる二人に、気にするなとリュウテキは笑う。


「あの……ダイさん」


 そんなやりとりの中で、ベルは自分を奮い立たせるようにして、ダイゴへと向き直った。


「なんだ?」

「ええっと……大吠ベル、です。バスターじゃないです。でも、リュウさんのともだちです。よろしく、です」

「ああ。こっちこそよろしくなベル」


 ごつごつとした大きな手でそんなベルの頭を撫でてから、ダイゴは彼女にも名刺を手渡した。


「えへへ……はいッ!」


 はにかみながらそれを受け取ると、ベルは大切にポケットへとしまうのだった。

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