005
バスター業務斡旋所・旧東ニュータウン地区出張所。
出張所――などと名乗ってはいるが、元は大学だった場所である為に敷地面積はそれなりに大きく、事務所や斡旋受付のほかに、小規模な診療所。食料や武器などを取り扱うマーケットも敷地内に存在していた。
この辺りの土地は自然公園が多く、そこを寝床にしている魔獣が多く生息しているため、住民の多くは引越しを余儀なくされているのだが、中には引越しを頑なに拒む者も少なからずいる。
ここのマーケットはそういう人達の為に解放されてもいるので、斡旋所の敷地は普段から結構な賑いをみせていた。
「でも良かったね。管理人さん達、嬉しそうだった」
「ベルべるも、おっちゃん達が良くしてくれてるみたいだし」
「ああ。あいつも結構無茶な生活してたみたいだしな。
オッサン達のおかげで、その辺りも改善されるかもな」
マーケットや、マーケットに買い物に来ている人達をターゲットにした食べ物屋台の誘惑を乗り越えて、リュウテキ達は斡旋受付の建物へと向かう。
「うーん、いつ来て門からここまでの道のりには誘惑が多いねぇ」
いつの間に買ったのか、フランクフルトを食べながらそう呟くショウ。
「思い切り誘惑に負けてるじゃないか、もう」
「おおいつの間に!」
ヒチリのツッコミに、ショウはわざとらしく驚く。ちなみにリュウテキは完全にスルーしている。
彼が反応してくれないのが面白くないのか、ショウは少しだけ思案してから――
「リュウちゃんリュウちゃん」
「あぁん?」
どうせロクでもないネタだろうとは思うが、さすがに声を掛けられると反応せざるを得ない。
少しだけ面倒くさそうに、リュウテキはショウへと向き直る。
するとショウは少し深めに咥えていたフランクフルトをゆっくりと口の中から引き抜く。今度はそれを立てると、食べかけのフランクフルトの半ばほどに舌先を触れ、下から上へと舐め上げる。それを終えた後、彼女はこちらへウィンクを一つ投げてきた。
「……………っはぁー……………………」
それに対してリュウテキはわざとらしく、そして大げさに、深々と嘆息を漏らし、斡旋受付所のドアへと手を掛けた。
「うわスルーよりもショックな対応ッ!?」
「ある程度の予想出来てたでしょ。
……ところでショウ。今の何か意味があったの?」
「うんさすがはヒィちゃん。出来ればそのままのキミでいて」
「?」
自分の背後でアホなやり取りをやってる女性陣を無視して、リュウテキはドアを開けて、さっさと報告受付カウンターへと、足早に向かっていく。
「あ、リュウちょっと待って」
「二人ともショウを置いてかないんで~」
慌てて二人が追いかけてくるが、リュウテキは特に足を止めないまま、どんどんと奥へ進んでいくのだった。
斡旋受付の建物は意外と広い。
最初はただ魔獣を退治するだけがバスターの仕事だったのだが、次第に事業が拡大していき、今ではバスターの仕事は半分何でも屋のようになっている為、受付が細分化してしまった結果だ。
一般の人からの依頼や、魔獣退治以外の仕事を非バスター用の依頼として取り扱ってたり……とにかく手が足りないものを依頼として受付し、仕事として斡旋する。
そうしているうちに、受付が一つでは回らなくなってしまったのだろう。
ちょっとした病院か役所か――と言うようなロビーを抜けて、三人は二階へと向かう。
「どもー」
「はい、こんにちわ」
二階の報告受付カウンターに座ってる顔なじみのお姉さんに、リュウテキは挨拶しつつ報告書とライセンスカードを提出する。
「仕事終わりっす。
無事に解決はしたんすけど、ちょっとややこしいコトになってるんで、報告書で質問あるなら、早めにお願いします」
「はい。かしこまりました」
「それと手配書のこいつ。その報告書に出てくるヤツのコトだと思うんで、急いで手配の解除を頼みます」
持っていた手配獣リストの《ダークナイトスピリット》に赤丸をつけ、それも一緒に手渡す。
「承りました。では報告書の確認をしますので、館内で少々お待ちを」
「うっす。よろしくおねがします」
リュウテキは軽く頭を下げて一度カウンターから離れると、周囲を見渡す。
そして、待合用ソファに座っているヒチリとショウを見つけると、そちらへと向かった。
「確認待ち?」
「ああ」
「ぱぱっと済めば良いけどねー」
「ベルのコトもあるからな。今回はちょいとどうだか……」
一応、リーダーはヒチリということになっているチーム《雅》ではあるのだが、報告書の作成と提出はリュウテキが任されている。
ヒチリは細かいところまで真面目に――というか無駄に――書きすぎる為に報告書をあっというまに浪費してしまう上に、誤魔化さなければならないところなど、誤魔化すことが出来ないのだ。
ショウは逆に適当すぎる。どうでも良いところはちゃんと省略するのだが、必要な部分まで省略してしまうのだ――もっとも、そこに関しては若干故意が含まれているとリュウテキは睨んでいる。
そういう理由で、結局リュウテキがやるのが一番マシな報告書となるのである。
とはいえ、一人で書いているわけではなく、まずリュウテキが書き、それを二人に見せて、二人に必要箇所を訂正してもらい調整する。
面倒くさいのだが、これも仕事なのだからと、リュウテキは割り切っていた。
「そういや、報告書の用紙がなくなりそうだからちょいと下で買ってくる。二人はどうする?」
「私達も待ってるだけはヒマではあるね」
「じゃ、リュウちゃん付き合おう。ラブい意味でも良いよ?」
「りょーかい。んじゃ行くか」
二人にうなずきさっさと歩き始めるリュウテキの背中を見ながら、
「やっぱスルー……」
ショウが残念そうに呟く。
「言い過ぎてもうただの口癖扱いされてるんじゃいの?」
そんなショウにヒチリは苦笑しながら立ち上がるのだった。
そういう言葉を冗談でもストレートに口に出来るのを羨ましいと思いながら。
斡旋受付棟の一階にある売店を一言で言い表せば、病院の売店っぽい――だろう。
品揃えもだいたい似たようなものだ。リュウテキ達のように待ち時間を潰す為だけに存在しているだけなので、品揃えなどもそう良いわけではない。
そもそも買出しや補充、買い食いなども含めて、外のマーケットでやれば充実させられるのだから、ここを無理して使う必要はないのだ。
それでも、菓子パンやメモ帳のようなちょっとしたものには事欠かないので、わざわざマーケットに行かずとも、受付ついでに買っておこうという客も少なくはないようなので、赤字ではないのだろう。
また、バスター達が仕事で使う専用の報告書などはここで売っている。大半のバスターが売店に来る目的はそれだ。
「おばちゃん、タイプBの報告書、五十枚刷り二セット」
「あいよー」
リュウテキはここの売店のおばちゃんとの顔見知りなので、このやりとりだけで購入できるのだが、そうでない人たちはおばちゃんにバスターライセンスを見せる必要がある。
捏造や偽の報告書は、確認の時にだいたい弾かれるが、万が一にでも通ってしまった場合、ただ斡旋所がお金を騙し取られるだけでなく、その虚偽の報告によって魔獣被害が拡散する可能性があるのだ。
ゆえに、報告書は店頭に並んでおらず、カウンターで直接頼む必要がある。
「はい。二セット。千二百円ね」
「どうも」
お金を支払い、それを受け取る。
「しっかし、リュウ君は相変わらず両手に花なのねぇ」
「あー……確かに花かもしれねぇっスけど、あれっスよ?
ラフレシアとか食虫植物とか、そういう類。綺麗な薔薇のトゲなんて生温い」
「思い切り睨まれてるよ?」
「おっと……口が滑った」
苦笑するおばちゃんに、リュウテキはそう言って肩を竦める。
「まったくわざとらしい」
その返答に、あっはっはとおばちゃんは大笑いをしてから、彼と、そして彼の後ろにいる二人へと笑いかける。
「三人とも、大怪我したり死んだりしたりだけはしないでおくれよ?
おばちゃん、チーム《雅》のファンなんだからさ」
「そのココロは?」
ショウが茶化すとおばちゃんは豪快に笑って告げた。
「イケメンと美少女の三人組。しかも、生意気盛りでもいい歳の子供達が、意外とおばちゃんおじちゃんに愛想が良いッ!
私以外にも年配ファンが多いんだよアンタ達は! そんな有名チームと仲良しなんだから、言いたいコトくらい言わせておくれよ! ファンの代表としてさッ!」
「ほ、褒められるのは悪い気はしないんですが……」
何やら恐縮しているヒチリに、ショウはおばちゃんに釣られるように笑う。
「あっはっは。いやー、美少女だなんてッ!
褒めてくれるのは嬉しいんだけどさ、ミーハー趣味もほどほどにねーっ!」
「やだようショウちゃん。ミーハー趣味ってのは歳を取るほど止められないのさ!」
手をパタパタとふっておばちゃんは豪快に笑う。
二人のやりとり戸惑っているヒチリの肩をリュウテキが叩く。
「軽口の叩きあいなんざ、いつも俺達だってやってるだろ?」
「だけど、年上相手に……」
「そういうところ堅いよなぁ、お前。おばちゃんもノリノリなんだ。気にするなよ。
……とはいえ、おばちゃんもショウみたいな軽いノリで喋ってるけど――」
「うん。心配してくれてるのは本心だよね。それは分かってる。分かってるから――がんばれる。でしょ?」
それが理解出来てるなら問題ない。そうリュウテキが笑う。
その笑顔に、ヒチリも笑みを返して、ショウと笑っているおばちゃんを見遣る。
ベルとの一件から、魔獣を斬ることにためらいが生まれている。だけど、あのおばちゃんの笑顔は、魔獣を倒してきたからこそのものなのかもしれない。
だとしたら、自分がしてきたことは決して無駄なものではないハズだ。
「バスター業務中以外はもうちょっと肩の力抜いて良いんじゃないか?」
「肩を張ってるつもりは……ないんだけど……」
「悩んでるのが手に取るように分かるんだよお前は。分かりやすすぎる。
何に悩んでるか知らないけど、気ぃ張りすぎて仕事中に疲れましたってのだけは勘弁な」
「うん。それは気をつける」
ふぅ……と、息を吐いて気持ちを緩める。
リュウテキの言う通り、あれから少しベルのことを考え過ぎているのかもしれない。
「談笑中に申し訳ないんだが」
「おっと、おばちゃんの仕事の邪魔をしちまってたか?」
新たに現われた声の方にリュウテキは向き直る。
そこにいたのは二十代中盤ほどの女性だ。
細いフレームのメガネに、火の付いていない細巻きタバコを咥えた、ショートヘアの美人である。
「いや、婦人には申し訳ないが、買い物ではなくてね」
「?」
黒いブラウスにタイトスカート、その上に白の羽織という和洋折衷の格好をした彼女は、首を横に振ってから、リュウテキ達を見る。
切れ長の瞳に、どこか研究者を思わせる空気のせいか、その羽織が白衣のようにも見えてくる。不思議というか不気味というか、そんな女性だ。
「私が用があるのは《雅》だ」
「ふぅ……ん?」
「ちょっと、リュウ。女性に対してそんなジロジロと見るのは……」
明らかに警戒しながら、女性の上から下までを見るリュウテキをヒチリは咎める。
「いや、気にせんよ。怪しいのは重々承知だ」
それに対して、その程度では怒らないと口の端を微か動かす程度の笑みを浮かべた。
「それで、オバサン。何か用?」
「怪しまれるのは覚悟してたが、オバサン呼ばわりは頂けないな。
確かに年齢より上に見られるコトが昔から多いが、これでもまだ二十四だ」
口に咥えたタバコをぴょこぴょこと上下させながら、憮然と告げる女性。
その様子は言われ馴れているので怒る気はないが、でも出来れば言わないで欲しいという複雑なものが混ざっているように見える。
一見、マッドサイエンティスト系かと思っていたが、意外と女性らしい女性なのかもしれない。
彼女は咥えタバコのまま器用に嘆息を漏らす。
その女性の姿に、ヒチリは話題を変えようとでも思ったのだろう。慌てたように訊ねる。
「それで、用と言うのは? ええっと……」
「ああ――失礼。名乗っていなかったな」
ヒチリが名前を言い澱んだ意味に気が付いた彼女は、名刺を取り出して三人に手渡した。
「魔獣バスターチーム《琺瑯質の瞳》のコッペリウスと言う。以後見知りおいてくれ」
彼女――コッペリウスから受け取った名刺に、三人は目を落す。
「コッペリウスって男性名だよね?」
ショウの問いに、コッペリウスは「ああ」とうなずいた。
「ペンネームのようなものだ。
バスター業は副業というか、私が求めるものの為にやっているコトだからな」
「ってコトは、バスターとしての名刺とは別に本業の名刺も持ってたりすんのか?」
「聡いな少年」
うむうむと何やら偉そうにうなずいてる彼女に、リュウテキは口の端を吊り上げるように笑った。
「本業は、人形造形作家。本名は古浄ルリってーのか」
「な、なぜそれを……ッ!?」
コッペリウスだけでなく、ショウとヒチリも驚いたような顔をする。
彼女達に、リュウテキは肩を竦めて言った。
「わりとうっかり屋とか言われないかコッペリウスさんよ。
そっちの二人はバスター用の名刺かもしれねぇけど、俺には本業用の名刺を渡してたぞ」
「うっかり屋は言われたコトはないが、詰めが甘いとか、ドジっ娘属性持ちなどと言われることは時々、な」
がっくりと肩を落すコッペリウス。
「ところで人形造型作家? って何? 人形作家なの? 造型家なの?」
興味深々に、ショウがコッペリウスに訊ねる。
密着するように身を乗り出すショウを押し返しながら、コッペリウスは答えた。
「どっちもやる。基本的に、造型から人形を作るのも、その人形用の衣装や小物を作るのも、全部一人でやっている。
人形作家とだけ名乗ると、小物つくりをメインに捕らえられるし、人形造型家と名乗ると、造型しか出来ないものだと思い込まれることが、何度かあってな。
昔は比較的通じやすかったらしいのだが、今は作業範囲が細分化されそれごとに名前が異なりはじめているのだ。それをイチイチ説明するのも面倒なので一緒くたにして名乗っている」
「でも、結局訊かれてません?」
実際に今もショウに問いかけられた。
もっともなヒチリの言葉に、だがコッペリウスは首を横に振った。
「人形造形作家という仕事を説明する分には構わないのさ」
「基準がわからねーが、プライドとかそういうやつの問題か?」
「ま、そんなトコロだ」
リュウテキにうなずいてから、彼女は売店のおばちゃんに気が付いた。
「ああ、失礼した婦人。貴女にもこちらを」
「あらあら。もらっちゃっていいのかい?」
「名刺というものは渡すためにありますからね」
「ありがとうね。じゃあお返しに……と言っても店のモノをタダで差し上げるわけには行かないし……あ! バスターライセンスカードを見せてもらえるかい?
はい、確かに。コッペリウスさんの顔は覚えたからね。次からはカード忘れても、報告書とか購入時のライセンス必須品を売ってあげるよ」
「それはありがたい。では、次回からはこちらの売店を利用させていただきましょう」
「ご贔屓にねぇ」
などという、コッペリウスとおばちゃんのやりとりを見ながら、ショウがチョコレートを口に中に放り込みつつ訊ねる。
「――で、コッペさん。用って何?」
「む? ……おお、すまない」
ショウに言われて、コッペリウスは改めてこちらの三人を見ると神妙な顔をする。
「実は私には夢があってだな」
「……胡散臭い話とかはカンベンな?」
「そういうコト言わないのリュウ」
「へいへい」
思わず茶々を入れたリュウテキにヒチリが釘を刺す。
それを横目に、リュウテキに続いて何かを言おうとしてたショウが口を閉じた。
「私は限りなく人形に近い人間に会いたく、同時に限りなく人間に近い人形を作りたいと思っている」
淡々とそう告げるコッペリウスではあるが、だがその根底にある情熱――というか執念というか――のようなものは確かに感じて、三人は息を呑む。
「その為の研究と実験には余念がないつもりだ」
火が付いているわけではないのだが、コッペリウスは咥えていたタバコを口から離し、天を仰いで息を吐いた。
それから、ゆっくりと顔を正面へ戻し、真摯な瞳で告げる。
「その為の人体実験の素材になって欲しいのだが」
『断る』
三人の即答が唱和した。
「だろうな。半分くらいは冗談だ」
「半分は本気ってコト……なの?」
呆れたように呻くヒチリに、コッペリウスは片目を瞑った。
「それはともかくとして、だ。本題は別だ。
ナイトスピリットという魔獣がいるだろ。後学の為に、彼らの生態を調べたかったのだ」
過去形でそう告げるコッペリウスに、リュウテキはなるほど――とうなずいた。
「朱音沢公園の解放ミッションが絶好のチャンスだったのに、俺らに先を越されたから、一応声を掛けておこうってところか?」
「その通りだ。
報告書の一部分は後々閲覧可能になるとは思うのでそれでも良いのだが、やはり現物と立ち会った君たちの話を聞いてみたいと思ってな」
コッペリウスの言葉に、三人は顔を見合わせる。
そして、三人を代表するようにヒチリが尋ねた。
「あの――例え遭遇しても解剖とかしないって約束できます?」
「ふむ? スピリットのことか?
よく分からない質問ではあるが、その訊ね方からすると遭遇できる場所に心当たりがあるというところか」
細く長い綺麗な指で下顎を軽く撫でて、コッペリウスは思案する。
「まぁ――あれだ。正しくは、その心当たりのある場所に出没するスピリットを解剖すんなって話だ。
何でかって事情は、解剖したり手を出したりしねぇと約束できるのならしてやってもいい。
確約が出来ないってんなら、この話はここまでだ」
下顎を撫でていた指を下唇に乗せ、その指を左右に動かしながら、しばらく考えていたコッペリウスは、やがて手を止めヒチリを真っ直ぐに見てうなずいた。
「いいだろう。まだ遭遇したことのない魔獣だ。間近で見れるだけでも良しとしよう」
うなずく彼女に、三人には小さく笑ってうなずき返した。
「朱音沢公園にショウ達の友達がいるんだ。その子に見せて欲しいといえば、見せてもらえると思うよ。
管理人さんと、その子達には言っておくから、行ってみたら?」
「不可解な物言いではあるが、君たちは信用に値する。そうさせてもらおう」
「貴女がこちらを信用してくれているように、こちらも貴女を信用します。
ですが、その信用を裏切るというのでしたら――」
「自分がマッド側の人間だと自覚はしているがね……その殺気、抑えてくれないか」
まるで降参するように両手を挙げて、コッペリウスは頭を左右に振る。
「例え狂人でも死にたいとは思わないのでね。ここは大人しくするつもりだ。信じてくれ」
「失礼しました」
ヒチリの瞳を真っ直ぐに受けて、コッペリウスは心からの言葉を口にする。
それに、少なくともヒチリは信用できると判断したようだ。
「君達が連絡をつける時間もあるだろうから、来週あたりに尋ねさせてもらうよ。その友達さんにもそう伝えておいてくれ」
首を縦に振るヒチリに、コッペリウスは笑みを零す。
「ああ――そうだ。礼というものでもないのだがな」
人の悪い笑みというべきだろうか。
クスクスと、害意のない悪意を纏ったような笑みを浮かべてコッペリウスが笑う。
「一応、心得があるのでね――医者の真似事も出来るんだ。
必要に迫られたら声を掛けてくれ。応急処置くらいはしてやろう」
「その時に変なコトしないよね?」
「しても良いならするがな。ダメと言われたらしないさ」
やや後退りしながら顔を引き攣らせるショウに、コッペリウスは笑みを浮かべたままそう言った。
「ああ――でも」
その顔にさらに悪魔じみたものを滲ませて、コッペリウスが笑う。
「人体実験の件。気が変わった言ってくれ。
君達の身体であれば、全身全霊を尽くし、可能な限り丁重に取り扱わせてもらうよ」
背筋にゾクリとしたモノが走り、三人が顔を引き攣らせると、
「冗談だ」
先程までの真面目な研究者のような表情に戻る。
「軽く本気に見えた気がするけど」
ヒチリが呻くと、コッペリウスは意味深な笑みを浮かべた。
この女――あまり、気を許してはいけないかもしれない。
「そうそう。人形造型作家としての技術と私の開拓能力を組み合わせた、義手や義足なんかの義体の製作と取り付けも承っている。むしろ最近はそっちが本業かもしれないな。
違和感のないヤツから、隠し武器や隠し機能を秘めた特殊なヤツまでよりどりみどりだ。
治療でどうにか出来なくなったら遠慮なく言ってくれ。君たちになら融通するよ」
「費用はお金じゃなくて身体だったり?」
「よく分かってるじゃないか」
クックックと喉の奥で笑いながらショウの言葉に彼女が肯定すると、ショウは慌てたようにヒチリの後ろへと隠れた。
「無論、冗談だ」
そんなショウにそう笑いかけてから、こちらに丁寧な会釈をし、踵を返す。
性格や性質は危険な気配が漂う女性だが、礼儀正しい人ではあるようだ。
「ではな」
後ろ手に軽く振って颯爽と売店から去っていく姿は、出来る女のようで、中々にカッコイイ。
「中身を知らずに後姿だけ見たら出来るオンナと評判の研究者ってカンジなんだけどねぇ」
思わずそう漏らすショウに、リュウテキも同意せざるを得ない。
「どうして俺の周りに集まってくる女は見てくれは良いのに、中身が残念なのばっかりなんだろうな」
「ちょっとリュウ。それどういう意味?」
「ひどいなーリュウちゃん。ショウ達はこんなに真っ当なのに」
いちいち相手にしてられないと、手をひらひらとさせてリュウテキは二人をあしらう。
「でも――同性の人をカッコいいって思うの始めてかも」
ヒチリはコッペリウスが消えていった、人のごった返すロビーを見ながら、そう呟く。
その時、ハッとしたようにショウへと向き直った。
「もしかして、私が学校で良く同性からラブレターとかもらうのって……ッ!」
「あー……そうだねー……たぶん、今ヒィちゃんがコッペさんに感じたのを、ヒィちゃんに対してもっと強く感じちゃった女の子からの熱いパッションなんじゃないかなぁ」
今更かよ――と口にしないのはせめてもの友情である。
そうして、コッペリウスとのことがひと段落した時、館内アナウンスが流れてきた。
《お待たせ致しました。番号札D334をお持ちの方。二階、報告窓口までお願いいたします》
「おー……呼ばれた呼ばれた」
「じゃあおばちゃん行くねー」
「お騒がせしました」
「はいよー。またきてね」
「――お待たせ致しましたこちらが報酬になります」
「どうも……って、ちょいと多いみたいっすけど?」
受け取ったお金を数えてから、リュウテキは眉を顰めた。
お金が多いのはありがたい。だが、少々色が付きすぎな気がするのだ。
「はい。依頼人の方から連絡がありまして、『ただ退治するだけでなく、防衛手段まで用意してくれるとはありがたい』とのコトで、先方から追加報酬がありました」
「情けは人の為ならず、だね」
「ヒィちゃんがドヤ顔してもねぇ」
うんうんと満足そうにうなずくヒチリに、ショウが猫のような笑みを浮かべながら水を差す。
「ベルっちょに気付いたのリュウちゃんだし」
「うっ……」
「どーでも良いよ、そんなん」
やれやれ――と嘆息しながら、リュウテキは受付嬢にお礼を告げて、報酬を財布へと仕舞う。
「特に報告書に関する質問なんかは大丈夫だったんすね?」
「はい。いつも、分かりやすく丁寧なものをありがとうございます」
「それを書くのが仕事の中で一番疲れるんスけどね」
後ろの二人に対し、これ見よがしに首をコキコキと鳴らしてみせると、それぞれがリュウテキから視線を逸らす。
それを見て、受付のお姉さんが思わず吹き出した。
「それじゃ、俺たちはこれで失礼します」
「はい。またよろしくお願いします」
三人は受付にそれぞれ軽く頭を下げてその場を離れていく。
「んで、何を食う?」
「せっかく色付き報酬もらったんだし、豪勢に行きたいね! 何ならあたしでもいいよ」
「ヒチリ。何か食いたいもんあるか?」
「リュウちゃんのスルースキルが最近レベルアップしてきてる気がする」
「えっと……その、ご飯じゃないんだけど、マリーメイ屋のイチゴタルトが……」
「お? マリーメイ屋ならOKだよー」
「んじゃ、決まりだな」
そうして三人は、魔獣バスターという顔から、学生の顔へと戻っていく。
――と言っても意識して切り替えているわけではないので、三人とも先ほどまでの様子とさほど変わらないのだが。
それでも……向かう先が、魔獣退治か日常かで気分というのは変わるのだ。
もちろん、日常の中で魔獣が出てくれば、即座にバスターとしてのスイッチが入るだろうが、それはそれ。
日常もそれ以外も、三人は疎かにしたくないと思っているのだから。




