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VSゴブリン ①

ジャイアントキリング【GIGANT KILLING】


巨人殺し。

転じて、競技などで事前の予想を覆し、格下が上位者を打ち倒す『大物喰らい』『大番狂わせ』の意味。

「ぬう……朝か」


「うえ……まだおてんとうさんは上がってやせんぜ?」


「むにゃむにゃ……まだ眠いってんだよう寝かせておくれよう」


三人が起き上がったのはほぼ同時だった。

そこは寝床にしては固く湿った石造りの床だった。

見回せば同じ材質の壁が狭く三方を覆い、残りの一方は重たい色の鉄柵が下りていた。


彼らは起き上がるとお互いの顔を暫、渋い面持ちで確認し


「「「……」」」と暫し沈黙。


目覚めると、見ず知らずの狭い部屋で固まっていたのだから当然の反応と言えた。

しかも各々が亜人である。


まずは筋骨隆々のオークの大男。

次に豊かな身体つきをしたダークエルフの女。

そして痩せぎすの獄東人の少年だ。


既に起きていたコボルトであるこの俺も含めると四者四様である。


「えっと……ここは牢獄ですかい?」


「どうやらその様だねえ」


「離れたところで歓声みたいなのが聞こえますねえ。それに妙に獣臭い?」


「どーでもいいけど床が湿って最悪だね。じめじめして気持ち悪いったらありゃしないよ」


「「……」」


正確にはここは牢獄ではなく独房だった。

挑戦者を閉じ込めておく為の檻だ。だから収容された者は闘いが始まるまでの間は絶対に出る事ができない。

ただそれを彼らに教えたところで意味はなかったので、俺は黙って様子伺いに徹した。


「……足音?」


「やあ冒険者の方々」


檻の向こう側からカンテラを持った人物が現れた。

年老いた男だ。頭部が禿げ上がり、背が低く、ぎょろついた目つきをしていた。


「私は世話係のイゴールと申します。短い間ですがどうぞ宜しくお願い致します」


「あのう……御老体、ここはどこなんですかい?」


「大体、あたしらは犯罪者か何かにでもなっちまったのかい?」


「いえ」


「なら、この扱いはどうなってんのさ? さっさとここからお出しよ」


老人は言われるままに腰元の鍵束をじゃらじゃらと弄り、鍵を一本取り出した。

彼はそれから手際よく錠前に差し込み、ガシャンと回す。


「ここは魔獣闘技場でございます」


「……闘技場?」


錆びついた扉がギイ……と開いた。


「左様です。貴方がたは、昨日、どえらい借金をこさえて剣奴になったのでございます」


そしてイゴールはにやああとすきっ歯の口を広げ、不気味に笑ったのだった。



カンテラを持ったイゴール老人を先導されて、薄暗い地下の通路を歩く。

遅れながらついてくるダークエルフの女と、獄東人の少年は困惑しながら文句を呟いていた。


「魔獣闘技場……? あたいが剣奴……?」


「ありえねえ……獣と殺し合いなんて……一体どうなってやがるんでえ」


無理もない。

寝て起きたら薄暗い檻のなかに入れられており挙句、奴隷になったのだと告げられたのだ。

更には、今すぐ魔物と闘えと言われれば、誰でも混乱するだろう。


「そもそもあたいの商売道具はどこにあるんだい? 魔術師に杖なしで闘えってのかい?」


「そうだ、あっしの命の次に大事な刀はどうなってんでえ?」


「……皆さまの持物は、借金のかたに差し押さえられております」


「だーかーらーその借金ってのは何なんだい?」


「ひい」と呻くイゴール老人。


「とぼけてないできりきり説明するんだよ。あたいは踏み倒せない借金はしない主義なんだからね?」


「そーそーさっさと吐いた方が身の為ですぜ?」


「ら、乱暴はおやめ下さい。細かい話については貴方方を買い取った御主人様に訊いて頂くしかありません」


「どこにいんだい御主人様とやらは」


「そ、それは……」


痺れを切らしたダークエルフの女に首根っこを掴み持ち上げられてイゴール老人がジタバタもがいた。

彼はただの世話係だ。つまりは下っ端なので上に取り次ぐこともできない存在なのだ。


「黒耳長の淑女レディ


それまで腕を組んで黙っていたオークが制止した。

典型的な成りをしたオークだった。つまりは口元から食み出るほどの牙と、反り返った鼻を持ち、暗褐色の肌の巨漢である。


「……あんだい? あんたも良く分かんないで連れてこられたクチだろ?」


「余も、その御老体に尋ねたいことがある」


「な、何でしょう」


「そも、マジュートーギジョウとは何か?」


「呆れたね。あんたは魔獣闘技場も知らないでこの都市に来たのかい?」


「我は東ゴートの出だ。長旅の果てにこの地に辿りつき、先日冒険者となったばかり。故に猥雑で下賎な都市文化に馴染みがない」


「要は田舎モノってことだろ(こそこそ)」


「何で未開のオーク族がこんな場所にいるんすかね(こそこそ)」


オークはその容貌と、歴史的背景故に、多くの人々から恐れられていた。

だが同時に彼らを醜いと嫌い、未開人、知能の劣る種族などと中傷する者も後を絶たななかった。

要は所謂、嫌われ者でもあったのだ。


故に、極東人の少年とダークエルフの女から、明らかに蔑視の視線を向けられていた。


「うぬらはマジュートーギジョウ知っているのか?」


「なあ旦那。あんたが知りたくなくてもこれから直ぐに知ることになるだろーぜ?」


釈然としない顔つきのオークの腕を、俺は慰めるように叩きながら、指差してやる。


獣臭く薄暗い廊下の果てが見えてくる。その先には屋外に続いており、近づくに従って、人間の怒号のような歓声のようなものが大きくなってくる。


だがあの先にこそ地獄が待っているのだ。



『はーい皆さんぶっ殺(挨拶)』


都の建築技術の粋を凝らした広々とした円形闘技場に、響き渡る魔術拡張された声。

その言葉が試合開催の合図だった。


『三度の飯より流血が好きの皆さんお元気ですか。興行弁師のベーゼちゃんでーす』


『ではでは本日も魔獣闘技場は大賑わい。それではハウゼン卿提供(プレゼンツ)、幻獣狩りを開催致します』


高らかなラッパと共に、おおおおおおお……と歓声とも怒号とも判別つかない声が沸きあがる。

建物が震える程の声量は、都にいる見世物好き、博打好き共が下層市民から貴族に至るまで残らず集まっている証だ。


『それでは早速、本日の挑戦者さんの登場です。彼らは賭博で莫大な借金を抱えてしまった哀れな冒険者の皆さん』


ガシャンと目の前の鉄扉がゆっくりと開き、明りが差し込んでくる。

扉の先に待っているのは血で血を洗う試合会場(アリーナ)だ。行ったきり二度と戻ってこれないので天国の門と呼ばれていた。勿論皮肉で、だ。


『おやおやおやーっ、オークに、ダークエルフ、ハーフリング、それから人間もいるようですが、あれは獄東人さんですね。少数民族の寄せ集め。珍しい団体(クランです』


無論、俺たちは赤の他人同士だ。

だが闘技場側は、参加者たちを冒険者仲間という括りにしたいらしく便宜上、そう呼ばれていた。

言わば演出である。


『彼はごった煮ハジュポジュとでも名付けましょう。ちなみに気になる現在の配当率オッズですが一対十五です』


「うわー……すっげえ野次ブーイングの嵐ですねえ」


「……冒険者側なのにアウェイ感ハンパないじゃないんねー?」


気後れしている二人に、俺は「気にすんなよ姐さん、兄さん」と声をかけた。


「ここの領主はオーク嫌いで有名な公爵様だ。大戦役時代には何度もやりあったそうだから土地柄野次(ブーイング)も大きくなるのさ」


「「あいつのせいか!!」」


二人が一斉にオークを睨みつけた。

無論、ここが人間様の都市である以上、亜人は漏れなく余所者。ダークエルフも獄東人も忌み人なのだが、言わぬが花だった。


一人一人の士気は生存率に大きく影響する。

この雰囲気に飲まれたまま闘いが始まればあっという間に棺桶行きとなる。ブーイングの原因をすり替え、怯えを怒りに変える他ない。


「むう……トーギジョウとは一体何だ?」


当のオークは気にした様子もなく、先程と同じ言葉を繰り返していた。

彼はまるでこの状況を理解していない様子だった。


「よおオークの旦那」


「むう?」


「闘技場ってのは魔物を殺し合いをする場所だ」


「ふむ……つまり余はこれから闘うわけか」


「そ。各地から集められた選りすぐりの魔物どもとね」


「成程」とオークは心得たとばかりに手を打った。


「どのような趣旨の場所であるか大まかにだが理解できた。忌まわしくも愚かな文化だ」


「なんせ猥雑で下賤だからね」


「助言を感謝する毛深き友よ」


「なあに良いって事さ」


だが本当にこのオークは理解できているのだろうか。

俺は肩を竦めると、これから始まる闘いに備える事にした。



『さーて一方で我らが魔物君たちですが……何と飼主様(ブリーダーは冒険者教練所。代表者として教官長殿にお越し頂きました。どうも宜しくお願い致します』


『宜しくお願いします』


『さて今回出場される魔物は何でしょう?』


『ゴブリンです』


『所謂、雑魚魔物の代表格であるところの、あのゴブリンですか?』


『その通り。一匹一匹が非常に弱く、駆け出しの訓練には非常に適した教材である為、教練所でも模擬戦用に使役しております』


『今回出場するのは過去に飼われてた七匹だそうですね?』


『ええ払い下げになった連中です』


『あの……それって……』


『模擬訓練では使えなくなったゴブリンじゃあ闘いにならないのでは? と心配になられましたか』


『ええ』


『大丈夫。問題なく彼らは戦えます』


『一体どういう事でしょう』


『まず断っておきますが、彼らは非常に若く健康で、怪我などもひとつとして負っておりません』


『ですが先ほど払い下げたと仰ってましたよね』


『寧ろ逆なのです』


『逆とは?』


『彼らには元々見込みがあり、私直々に武器の扱いを仕込んだり、肉体|改造を施した結果、駆け出しの冒険者では手も足も出なくなってしまった連中なのですよ』


『わお、つまり強くなり過ぎて使えなくなっちゃったんですね?』


『はい。おまけに今は繁殖期を迎え、気性は荒く、体力的にも充実しています。人語を解せるのであれば訓練官としてスカウトしたいくらい優秀ですよ』


『つまりは教官長殿のお墨付き。……では今回の試合は?』


『当然勝ちます。ハウゼン卿の為にも、あんな亜人共は秒殺にして御覧にいれますよ』


『おおっと不敵な笑みを浮かべての勝利宣言。これは自信がありそうだああ。……それでは冒険者側の配当率が一対二十五になったところで、いよいよ試合開始です!』

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