8話 [鴉のお使い]
「父さん冷や冷やしたぞ!」
「と、父さん達が何でここに居るの?」
この、黒い瞳に、黒い髪が寝癖で飛び跳ね、顎鬚を生している。頭三個分程高い背丈をした中年が僕の父だ。名はハヤブサと言う。
叩かれるまで気配すら感じなかった。僕は頭を擦りながら、疑問に思ったことを率直に聞いた。
「あぁ、里の畑に被害が出てな。探ってみると、どうもヨツデがやったということが分かった。だが、ヨツデは本来、我々の畑には手を出すようなことは無いんだよ。森の木の実や獣の肉で十分なはずなんだ。我々の畑まで荒らすようなことは無い。それを不審に思った畑の者が里の長に相談してみると、どうもこういう事が昔あったそうでな、それがヨツデ達の猿王が出没した時と似ている、と言うことを里の長が言うもんだから、村の動けるもの達で一度、森の偵察をしようという事になったんだよ。そしたら母さんの奴が「胸騒ぎがする」って言い出してな、俺はすぐさま数人を連れて森に来たというわけだ。そしたら案の定、ヨツデが大量発生し、猿王も現れ、クロガネのお粗末な実戦も見れたと。あぁ、そうだ。帰ったらお前には特訓が待っているぞ! 鉄は熱いうちに叩かなければ伸びないからな、覚悟しておけ!」
「うえぇぇぇ! そんなぁ!」
僕は、猿王と戦った時よりも、父の訓練の方が危険で厳しいという事は骨身に沁みて分かっている。
帰りたくない…。それが率直な心情だ。
「特訓だ! 決まってるだろう。今回、お前は運が良かった。あの猿王はまだ成り立てで、体も技量も出来上がっていなかった。本来の猿王は、名前に違わず狡猾で残忍、ヨツデ以外の魔物さえ引き連れてしまう力を持った強大な魔物だ。大きさだって小さすぎる。俺が冒険者の時潜ったダンジョンでは、俺の体10人分ぐらいの大きさで、その時臨時で組んでいた50人近くの冒険者達が、倒し終わった頃には、生き残ったのがたったの5人だった。だから今回、数人を連れての偵察だった訳だ」
「そうだったんだ…」
猿王は決して弱くは無かった。もし、あれ以上の体格と強さ、賢さを持っていたらと思うとゾッとする。きっと僕の技も簡単に弾かれ通用しなかっただろう。
父が言ってるのはそういうことかもしれない。相手の力量を見極める目を持てとか…。
いったいそれを身に着ける為にどれだけ恐ろしい特訓が待っているんだ?考えただけで気分が悪くなってきた。
「そういえば、向こうで戦っていた冒険者は?」
特訓の話が有耶無耶にならないかと、微かな希望にかけて冒険者達の話を持ち出した。
僕にとっては特訓の回避と冒険者5人の命。どっちが大切かと言われれば…
微かな希望に賭けるにしても、特訓の回避を優先する。鬼畜と言ってもらっても構わない。半分は鬼だからね。
「あぁ、まだ手は出していない。しかし、クロガネが猿王を倒したからな、前のような統率力は無いはずだ。その冒険者達に実力があれば乗り切れるだろう。だから我々は傍観しよう。かと、思っていたんだがなぁ」
「思っていたって、何にかあったの?」
「今回のヨツデの大繁殖と、猿王の出現が自然発生だったなら別に良かったんだ。此方で片付ければいい話だからな。もし冒険者が巻き込まれても自然の摂理と切り捨てられた。だが、今回、こちらの不手際により起こした事件に、冒険者を巻き込んでしまった事がいけない。それは道理に合っていない訳だ」
「と、言う事は…。もう犯人は分かってるんだ?」
「あぁ、ヨツデの巣の周辺に、ツノワシの骨や羽が散乱していたし、肉を齧っていた奴もいた。最近大量に狩っていたのは、あの6人以外にいないからな。ツノワシがヨツデを狩ることは合っても、ヨツデが空を飛べない限り、その逆は無い。あの6人には直々に、里長からお怒りが飛ぶだろうな」
「そっか、ちょっと安心したかな。それで、冒険者はどうするの?」
「その件を先程、仲間が里長に確認を取るために飛んで行ってもらった所だ」
そうこう話しているうちに、里長に確認を取りに行った里の大人が戻ってきた。手に何か持っているようだ。父と耳打ちをしながら話している。
しばらくすると、父がしかめ面をしながら「仕方ないな」と言って、紫の布に包れた荷物を預かり、僕の方へ歩いてくる。
「クロガネ。里長からの伝言だ。心して聞くように」
何だろうか?もしかして、猿王を倒したから何か褒美が貰えるのだろうか。個人的には新しい剣が欲しいけど、包まれている布は剣の形をしていない。何だろうか?ちょうど顔の大きさぐらいある。
「言うぞ? ゴホン。クロガネよ、此度の一件、誠にご苦労であった。猿王はまだ若かったとはいえ、クロガネが猿王を打ち倒せるほど成長したことに、ワシも嬉しく思うておる」
おおぉ。里長に褒められるとは思っていなかった。親に褒められるのとはまた違う嬉しさがある。
里長は五つの里を治める大天狗だ。身の丈が大人2人分と大きく、背中には4枚の黒い翼があり、肌の色は赤く、鼻は長い。
これが天狗の本来の姿なのだそうだ。しかし、永き時間と戦いの中で数が減り、他の種族の血も混じり、今の天狗族は人の姿と大して変わらない。
天狗が自らを天狗と言える最後の証明は、里の掟と種族魔法しか残されていないのだ。
「しかし!!」
ん? しかし? まだ何かあるのだろうか。嫌な予感がする。母譲りの勘が、僕に予感めいた物を警告してくる。
「しかしだ、6人と行動を共にしておきながら、ここまでの事態になるまで頭が回らず、傍観していたこともまた、汝の罪ぞ。此度の一件で巻き込まれた、冒険者なる者達に対しては、自らが趣き、見事丸く収めてみよ。これも天人の儀の一つと思え」
「そんなの理不尽だ!」
僕は、上げて落とされるとはこういう事かと、初めて身を持って知ってしまった。
何てことだ。とばっちりを受けてしまった。僕は仲間に入れてもらえないので、6人がツノワシを狩るのを遠目から眺めていたりはしていたが、一緒に狩った事なんて、ましてや仲間に入れられたことなんて無い。・・・いや、ツクシ姉の件は除いてだけど。
「いいかクロガネ。この程度の理不尽なんてそこら中に転がってるぞ? 大人になれば何度も見たり、体験したりするものさ」
「だけど…」
「言いたいことは分かる。だが、里長の決定だ。お前も後、十日後には天人の儀を受けて大人になるんだ。いい経験だと思ってやってみろ」
僕は納得がいかないという顔をしながら、しぶしぶ「分かった」と言って承諾した。
「里長から預かってきた。鴉天狗の仮面だ。これを被って冒険者の事情と、問題の解決をするんだ。顔は見られない様にしろよ?」
紫の布から取り出された鴉天狗の仮面が僕に手渡される。
鼻から下。口と下あごが見える造形だった。美しく、艶のある黒漆に、口元には鴉を模した嘴が伸び鼻が隠れるようになっている。額と目元には白、金、赤で、流れるような文様が描いてあった。惚れ惚れするぐらい綺麗だ。
「里長がな、今回の件を収めた後、クロガネにその仮面を与えてもいい、と言ってたぞ?」
「やる! やらせて頂きます!」
これが貰えるのならば、僕も本気を出そうじゃないか!
現金だが、やっぱり報酬があるのと無いのじゃ全然違うよね!
――まぁ、何か里長に手の平で転がされてる気分だけどね。
「お、やる気出したな。よし、じゃあそれつけて行って来い。もう一度言うが、冒険者の事情と、問題の解決だ。もし、冒険者が俺達の里を探していると言ったら…。その時は父さんに言いに来なさい」
「分かったよ父さん。行って来ます!」
最後の方、父さんの声が冷たくなった。冒険者が里を探していないことを祈るしかない。寝覚めが悪いしね。
僕は冒険者のいる方へ、[空中歩行]を使いながら空中を蹴って、森の中を進んでいった。
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俺達は天狗が住むと言われる怪鳥の巣山、その上層の森。帰らずの森に来ていた。物騒な森の名前だが、ある程度の実力と、無茶な行動さえしなければ、無事に生きて変えられるような森だ。帰ってこれない奴は、欲を出しすぎて山の頂上を目指した馬鹿な奴らだ。山を舐めるから痛い目に合ってしまう。
春の中頃になると、森も豊かになり、この時期にしか生えない希少な山草や魔物を狩っては、かなりの金を稼いできた。
今回も軽い気持ちで森に入り、戻ってこれると思っていたんだがな。俺達もまた、馬鹿な奴らの一員だったらしい。
「くそっ! 前来た時はこんなに魔物は居なかったはずだ!」
剣と盾を持った金髪の男が悪態を吐きながら、飛び掛ってくるヨツデを切り伏せていた。
かなり疲れているようで、肩で息をしているのが目に見える。
「このままじゃ崩される! 撤退しようレダル!」
黒い毛並みの獣人の男が、猪の魔物の眉間に槍を突き刺し、金髪の男に叫ぶ。
「四方を囲まれてるのよ? 何処に逃げ場があるって言うのよ!!」
ローブを着た、灰色の髪の女が、宝石の填まった杖から、氷の魔法を放ちながら、悲痛な叫びを上げていた。
「言い争ってる場合か! ロベルトの傷が深い、早く下山しないと…。そうだ! 一点突破で抜け出そう。それしかない!」
軽装備の茶髪の男が、横たわっている男を庇う様に立ち、両手のナイフでヨツデを追い払っていた。
「俺を…置いて…行け…」
赤い髪をし、尖った耳のある獣人が、腹部を押さえながら、倒れていた。所々に噛まれた様な傷が複数ある。
「馬鹿を言うな! 全員で生きて帰る! ジェイがロベルトに肩を貸してやれ! 俺達が援護をしながら一点突破をかける!」
ジェイと呼ばれた茶髪の男は、片手のナイフを仕舞い、腹部を押さえたロベルトに肩を貸す。
その瞬間、5人を囲んでいた魔物達が騒ぎ出した。
「ウキャギャッ!」 「ウギャ!」 「ブフォオ…!」
魔物の断末魔が至る所で聞こえてくる。ヒュヒュヒュと風を斬る様な音が、森の彼方此方から音を立てている。
「何が…、起こっているんだ?」
レダルは剣と盾を構え、警戒をより一層深めながら2人を守るように、三人は剣盾を、槍を、杖を握り締め周囲に目を配る。
5人を囲んでいた魔物達は、何かに怯えるように森の中に逃げていくが、黒い影が高速で通り過ぎると、首が跳ね飛ばされた。
ヨツデの首が5人の近くまで飛び、跳ねながら転がっていく。
「っひぃぃ!」
杖を握ったミナが短い悲鳴を上げると、森の中から半狂乱になった猪型の魔物が、遠くから5人に向かって突進して来た。
「っは!? 俺が抑える! ロギアは槍で止めを刺してくれ!」
レダルはこの状況に呆気に取られていたが、槍を持った黒い獣人にすぐさま指示を出した。
突進してくる猪の魔物と、あと数秒でぶつかろうとした時、森の中から黒い影が上空に飛び出し、猪の魔物に急降下した。
ザシュン! と音を立て、猪の首が飛び、胴体だけが5人の横を走り過ぎていく。
5人は黒い影を凝視しながら固まってしまった。後ろでは、体だけになった猪の魔物が、バランスを崩し、ドシン! と木にぶつかり動かなくなった。
黒い影はゆっくりと腰を上げ、立ち上がった。
俺は、先程まで分からなかった黒い影の正体が、少しずつ、鮮明に見えてきた。
黒く長い髪に、黒い衣装に身を包んだ、短剣を持った小さな子供。そして、顔の上半分を隠すような黒く怪しい異様な仮面。
直感的に思った。こいつは天狗だと。だが、もし天狗なら、俺達を助ける理由が分からねぇ。この森で魔物に襲われ、息絶えた冒険者なんて腐るほど居る。
俺達を助けた理由が見当たらなかった。
「俺達を何故助けた?」
レダルは盾を構え、剣を下ろす。これが今出来る最低限の、自分たちには敵意がないという誠意の表れだった。
すると黒い天狗の少年? は短剣を仕舞いこう言って来た。
「ここに来た貴方達の目的を問いたい」
この日の事を、俺は一生忘れないだろう。一人の天狗と出会った、この日の事を。
途中から、レダルの視点から見たクロガネをお届けしました。
分かりにくかったらごめんなさい。
ちょっと仕事が忙しいので続きは遅くなります。
すいません