6話 [天狗の隠れ里]
おや、クロの様子が。
ここは、常人が上れぬ程の高い山々が連なる山脈である。断崖や険しい道も人を寄せ付けない一つの理由ではあるが、しかし、それ以上に危険な生物達によって、常人では登ることは出来ないのだ。
その山脈は怪鳥の巣山と呼ばれており、そこに力無き者が上ろうものならば沢山の怪鳥に群がられ、肉を裂かれ、内臓は啄ばまれ、怪鳥達の腹の中に納まってしまう事になるだろう。しかし、そのような恐ろしい場所に住む者達がいた。
天狗族と呼ばれるその者達は、山からは降りず、下界とは距離を置き、森や空に住む魔物や魔獣を狩りながらひっそりと暮らしていた。
時刻は深夜、ここは怪鳥の巣山と呼ばれている山脈である。虫の声が心地よく鳴り響き、星と2つの月の光が山々を薄く照らしている。
山脈の頂には、断崖と森に囲まれるようにしてひっそりと民家が立ち並んでいた。
そこは天狗の隠れ里。天狗族がひっそりと暮らし、下界からの接触を一切断ち切った場所に住んでいた。
「うわぁぁぁ!」
そんな民家の一軒から誰かの悲鳴とも驚きとも似た声が上がった。
「はぁ…はぁ…」
髪の長い少年が、敷布団の上で息を整えていた。額からは大粒の汗が零れ落ち、背中は汗で服が濡れていた。
隣の部屋からは、二人の男女が心配そうな顔で少年に近づいた。
「大丈夫? いつもの夢かしら。今お水を持ってきてあげるわね」
少年の母らしき人物が台所にある水瓶から飲み水を注ぎ、少年の下に持っていき水を飲ませていた。
「そろそろ[天人の儀]も近い。知らず知らずの内に緊張しているのだろう。終わればきっと、もう夢を見ることはなくなるさ」
少年の父らしき人物が、水を飲み終えた少年を励ましていた。
「服が汗で濡れてるわね。風を引いては大変だわ、すぐに着替えを持ってきて上げるわね」
「ごめん、ありがとう。父さん、母さん」
「気にするな。さぁ、外で体を洗って来なさい。汗でベタつくだろう」
少年はお礼を言いながら、すまなそうな顔で母の持ってきた着替えを手に、外の井戸に体を洗に行った。
体を洗い終わり、部屋に戻ると布団が新しくなっていた。少年は布団に潜ると静かに目を瞑り、もう夢を見ませんようにと願いながら深い眠りに着いた。
「はぁ…。もうすぐ天人の儀だから父さんが言うように緊張してるのかな?」
僕は、ため息をつきながら空を見る。僕は1週間前に15歳になった。だが、その日から毎日のように見る悪夢に、僕は頭を抱えずにはいられなかった。
悪夢を見る。戦場のような場所で僕は何かを持って戦ってる。誰かが血を吐き出しながら何かを呟いてる。目の前に炎の柱が迫ってくる。僕はそれから逃げ出そうとするけど足が動かない。
この悪夢を見るたびに心が締め付けられる。何か、大事なことを忘れているような、しかし、知ってしまえば戻れない。
そんな焦りにも恐怖にも似た感情が心を支配していた。
僕は山の頂上付近にある岩場に座り、空を飛ぶ怪鳥を眺めながら、答えの出ない問答を繰り返していた。
僕の名前は[クロガネ]、これで一つの名前だ。容姿は同年代の中では拳一つ小さく、身長は五尺四寸(162cm)。膝より長く跳ね返りの強い黒髪を膝の辺りで一纏めにし、いつも怒って睨んでいるような目付きをしているせいで、友達が出来たことがない。まぁ、見た目以外にも理由があるのだけれども。服装は山伏装束という着物と、一本下駄を履いている。
天狗の里にいる者は、種族を問わず皆この服装で生活をしている。
僕が、この天狗の里に生まれてから、もう15歳になる。
天狗の子は15歳になると、春の中頃に成人した大人となる為、[天人の儀]という儀式が執り行われる。
天人の儀とは、一人前の大人、成人として認められる為に5つある天狗の里から、15歳になる子供達が儀式の山に集められ、個人の力量と集団戦闘時の動き見られ、それを試験監督である天狗の大人達から認められれば、晴れて成人した天狗になれるというものである。
何故このような儀式があるのかというと、怪鳥の巣山と呼ばれるこの山脈の上空には沢山の怪鳥が、山の森には魔物や魔獣が、とこのよう様に周囲には危険が多いいため、身を守る力が必要な分けであり、それを見極めるための儀式である。
僕の髪が長いのは里の掟で、天人の儀で成人するまでは髪を切っては為らないという掟に沿ったもだ。掟の理由は、成人するまでは男女の境を無くし、平等に扱う為であり、天人の儀を終え成人認められれば、一人前の男女として扱われ、髪を自分で自由に切ったり変えたりとする事が出来る。
故に、天人の儀では皆真剣で、特に女子は男子が怯む程に本気オーラを毎年出しているそうだ。
「そろそろ天人の儀でしょう? クロは練習しなくていいの?」
僕が空を見ながら呆けていると、誰かが後ろから声をかけてきた。声は上から聞こえてくる。僕は後の空を見てみると一人のお姉さんが、何も無い空の上に立っていた。
少数の種族しか使えない種族魔法[空中歩行]である。魔力と意識を足に集中させ、空中に見えない足場を形成する。この魔法は種族魔法と呼ばれ、六大魔法とはまた違う。
六大属性魔法は、この世界に内包する六属性[火、水、風、土、光、闇]の事である。そして、空間に漂う魔力を、魔臓と呼ばれる器官に蓄え、溜めた魔力消費し、自分の適性のある属性魔力に変換する事で発動するものだ。火の魔法が使いたいのならば、魔力を体内で属性変化させることで使うことが出来る。蓄えられている魔力は使わずとも一定の量で固定されるけど、魔力を使いすぎたりすると体調不良を起こしたり、悪くて死んでしまうことがあるそうだ。魔力の回復は、睡眠や瞑想を行うとゆっくりと回復していく。
そして、魔臓の魔力量は本人の持つ資質や訓練で増やすことが出来るので、僕は小さい頃から魔力量を増やす訓練を父としていた。魔力を体調を壊すギリギリまで使い、魔臓に対して負荷をかけながら魔力量の限界値を上げていくというものだ。負荷をかけた魔臓は、現状では足りないものだと判断し、魔力を蓄えられる限界量を増やしていく。
六大属性魔法は、知識、感覚、イメージ、集中力によって構成され、魔法を発動する。でも、誰でも六種の六大魔法が使えるわけではなく、感覚的に、種族的に扱い辛い系統魔法が幾つか出てくる。だから、一般的には1人二属性が限界となってくるらしい。
特に扱える者が少ないのは光と闇の属性で、イメージのし辛さ、知識的欠如、感覚での捕らえにくさ、応用が出来ないなど、色々な理由が挙げられるが一番の理由は、敵にダメージを与えられないことにある。これは、世界に魔物が溢れている為、攻撃的な魔法の方がいいからだそうだ。
父さんは、里の外の世界を旅した経験があり、冒険者と言う者になった事もあるそうで、世界の事情を知っている範囲で教えてもらったことがある。
父さんが言うには、暗い森や洞窟で光属性魔法の[光球]を使う位ならば、火属性魔法の[火球]を使い辺りを照らした方が、もし魔物に急に襲われても[火球]をぶつけ、ダメージを与えることが出来るからだそうだ。
闇属性魔法に至っては、闇に紛れるにしても鼻のいい魔物に出くわせば一発で看破されるそうで、視覚に頼ったような相手でなければ通じないとの事。
だが父は若干だが戦うことに関しては脳筋なので、僕は父が言っていること意外に何かに使えるのでは?とも思っている。
種族魔法はその種族特有の魔法であるが、使える種族魔法は個人によっては適性があり、親が使える魔法でも子供には使えなかったりと、個人の魔力適正によって変化してしまうことが多いいとされている。
僕は飛んでいるお姉さんを一瞥した後、空の上で大人のサイズの怪鳥の群れを狩って練習していた、今年の天人の儀に参加する同年代の少年少女を眺めた。
「練習しないと天人の儀で大人になれないよ? 私が一言皆にクロちゃんも仲間に入れてって言って上げようか?」
「いや、恥ずかしいから止めて!」
僕にお節介を焼くこのお姉さんは、隣山の里に住む遠縁のお姉さんだ。年を言うと半殺しにされかねないので言えない。僕が生まれた時から本当の弟のように可愛がってくれていて、僕が同じ年頃の中間達と馴染めていない事を心配している。
名前は[ツクシ]。栗色の目に栗色の髪をショートにしており、身長は僕より頭一つ半ほど差がある。皆からは面倒見の良さから[姉さん]と呼ばれているが、僕の場合は[ツクシ姉]と名前で呼ばないと不機嫌になるので注意がいる。
「ほら、そんな事言ってる間にツノワシの群れがどんどん狩られちゃってるよ」
ツノワシは大人よりも大きな怪鳥の一種で、集団での狩を得意とする鳥の魔物だ。特徴的なのは頭に黄色い角が生えており、2本がオス、1本がメスとなる。肉は淡白で美味しく、数も空を見れば、いたるところに群れを成して飛んでいる。雛の成長が早く、2月もすれば親と同じ姿になるため、僕達の間では害鳥の類だ。
「ほら急ぐよ!」
「ちょっ!」
ツクシ姉は後ろから、僕の脇を抱えてツノワシの群れまで急上昇した。
種族魔法[自由飛行]である。
自由飛行は、特殊な魔力で空中を浮遊できる魔法だ。使っている間は、少しづつ魔力が減っていき、加速したい場合は、消費する魔力を上げることで加速できる。
そして今、ツクシ姉に脇を抱えられる事により、大きな胸が首に当たっている。
凄いやわらかい。ずっとこのままでいたいが、正直恥ずかしい。3人の同年代の少年が怨めしそうに僕を見ている。いや、後ろの二人は羨ましそうだ。
「お~い君達! クロも仲間に入れてあげてー!」
ツクシ姉はツノワシを狩っていた6人の少年少女に話しかけた。
今回、五つの里から僕を合わせ7人が天人の儀を受ける。男4人、女3人だ。
皆はツノワシ狩りを中断して集ってくる。
「姉さんがそう言うなら入れますけど――おいクロガネ! 足手まといになるなよ!」
この紅葉色の髪の少年の名は[レン]。後ろにいる2人の少年の中心的な立場にいる。
「そうだぞ! 足手まといになんなよ!」
レンの後ろで相槌打っている水色の髪の少年は[カイト]。いつもレンと行動している。
「くそっ…。羨ま…けしからん奴だ」
このレンの後ろでボソボソ言っている深緑色の髪をした少年は[リク]。いつもツクシ姉を目で追っている。特に胸辺りをだが。まぁ、分からない事もない。アレに目が行かない男はいないと思う。
「分かりました! 任せてくださいツクシさん!」
このニコニコしながら嬉しそうに答えている桃色の髪をした少女は[ハルナ]。後ろの2人の少女の中心的存在だ。ツクシ姉を慕っていて、ツクシ姉の前では凄くいい子だ。前ではね。
「クロは男子の所に入ってね、その方がいいよ」
遠まわしに私たちの所に来るな、と言ったこの山吹色の髪をした少女は[タカネ]。いつも一緒に行動していて、噂等を耳に入れるのが早い。一体どこからそんなに集めているのかと思うほどだ。
「――勝手に入ればいいのに」
ハルナの後ろで眠そうな目をして、ツノワシの角を小太刀で取っているブドウ色の髪をした少女は[ムラサキ]。いつもハルナとタカネの話を聞きながら相槌を打っているだけの少女だ。余り喋ることはせず、一言二言しか喋らない大人しい少女だ。
「よかったねクロ。仲間に入れてくれるって! じゃあ、後は任せたわね。私は里の方の用事がまだ途中だから帰らないといけないから。クロ~、ちゃんと皆と練習するんだよ?」
そう言って僕の頭をわしわしと撫でた後、手を振って里の方に飛んでいってしまった。
僕はぐしゃぐしゃの髪を押さえながら6人の方へ振り返る。
「分かってると思うけど、男子の方で練習してね」
ハルナは僕にそう言うと、2人を連れて逃げていったツノワシを飛んで追いかけて行った。
「ちょっ、ハルナお前! クソッ、オイ! お前ら行くぞ! これじゃ狩猟数で負けちまう! お前も着いて来い、このまま置いて行きたいが、姉さんに頼まれたからな!」
レンがそう言って、後ろの二人を連れてハルナ達の方へ高速で飛んでいった。
「狩猟数を競ってるのか」
僕は種族魔法[自由飛行]を使い、飛んでいった6人を追いかける。
風魔法[風の防壁]を使い、風で体を覆うイメージをしながら風圧を軽減する。この魔法は、天狗の子供が始めに覚える技だ。遠くからの弓矢ぐらいなら逸らすことが出来るが、至近距離では貫通してしまう。これを僕達は[自由飛行]と合わせて使う事で風圧をあまり気にせず飛ぶことが出来る。
僕は空を飛び、6人を追いかけながらどうやって協力しながら練習するのかを考えていた。