4話 [沈む夕陽]
「行くぞ。3、2、1、GO!!」
僕とレオは音を消して走り出す。訓練によってこれくらいは朝飯前で出来るようになった。
僕達4人は北門の右側にある見張り台の近くにある僕達より高い草むらに余裕で到着した。
見張り台からは2台のライトが地面を広く照らしながら動いている。
「先に僕達で電気ケーブルを確認しとこう。見張りはバルとバンに任せる」
「「分かった」」
見張り台までは、ここから20mは離れている。僕とレオは見張り台のライトに気を付けながら近くに行き、ケーブルを確認する。電気ケーブルが2本。ゼロが言ったように見張り台から垂れて、下でとぐろを巻いていた。これなら少し持っていってももバレないだろう。
僕とレオはケーブルを一本ずつもってゆっくり動かしながらバルとバンのいる草むらに戻っていく。
「あっさりと持ってくるなぁ」
バルとバンは、感心したように僕達に言った。
「後はこのケーブルを合図の時に切ればいいだけだね」
レオはケーブルを見つめながらそう呟くとペンチを握る。
「そういえば、バル達は脱走するのか、ここに残るのか決めた?」
僕は気になったのでバルとバンに聞いてみる。
「あぁ、俺とバンはゼロに付いていく行く事にした。向こうの4人はここに残るそうだけどな。てっことで、もし上手くここから抜け出せたらよろしくな」
「そっか、これからよろしく」
僕とバルは軽く握手を交わした。
あとはゼロ達が上手くやるだけだ。僕達は息を潜めてその時を待った。
ゼロ達4人は小さな小屋近くの草むらにいた。中からは女の喘ぎ声とベットの軋む音が聞こえてくる。
ゼロは音も無く小屋に近づきバレない様に細心の注意を掃いながら窓から中を覗き込む。中には2人の男女がベットの上で激しく動いている。
そして、男女の近くの机の前には番号のついた5本の鍵が掛けられてある。
(あれか…中には2人しか居ないな。これならいける)
「中には男と女が激しいプロレスの真最中だ。アール、トロワは見張り。アインスと俺で試合終了のゴングを鳴らしに行く」
ゼロは3人に指示を出しながらコンバットナイフを抜く。アールとトロワは、何かあった時の為、素早く動けるよう身を屈めながら待機した。
ゼロとアインスは獲物を抜き、音も無く扉の前に移動し、アインスとアイコンタクトをしながら扉を風によって開いたように見せかけながら開いた。
ギィィと、木の扉が音を立てながら開いていく。
「あぁ? 誰だこんな時に。入って来てんじゃねぇよ…。って風で開いただけか。ッチ、せっかくの良い所なのによぉ!」
「寒いから閉めてきてよね、見られながらする趣味なんて私は持ってないから」
「あぁ、分かったよ!」
男は女に毛布を投げつけながら扉の前に近づき、外を覗いた瞬間、≪トスッ!!≫と首にナイフが突き刺さる。
男が扉の前で崩れるように膝をつき、女が何が起こったのか分からないまま、悲鳴を上げる前にアインスに口元を押さえられ喉を掻き斬られた。
ゼロは男の喉からナイフを外し後頭部に突き立てた後、扉を閉め、鍵を掛けた後ナイフを回収する。
「輸送車の鍵はどれか分かるのリーダー?」
アインスは女の胸にナイフを突き立てながらゼロに質問をする。
「いや、分からんから全部持っていく。一つ一つ確かめればいいことだしな。回収したし窓から出るぞ」
そう言って窓を開き、外の2人と合流しながら輸送車の6人の所まで音も無く走っていった。
残されたのは、血に染まったままマットに沈む男女だけだった。
「地雷の設置は終わったか?」
ゼロはアイパッチをした少年に話しかける。
「早いな、あと1分は掛かると思っていたんだがな。今、最後の一つを仕掛け終わってこっちに戻って来ている所だ」
そう言うと直ぐ、最後に地雷を仕掛けにいった小柄な少年がこちらに戻ってきた。
「見張りのテントの前にある輸送車以外は地雷がセットしてある」
少年が報告すると、アイパッチの少年が頷いた。
「あと、悪い知らせだ。仕掛けに行った奴の報告で見張りが5人ではなく6人いる」
アイパッチの少年はゼロそう言うと、どうする気だ?という目を向けてくる。
「…一人は俺が始末する。エーギル、お前一人で見張りを一人始末できるか?」
[エーギル]と呼ばれたアイパッチをした少年は不敵に笑った。
「馬鹿にしてるのか?俺達6人でテントにいる見張りぐらい全員始末できる。お前がツーマンセルにしたのは万が一の保険だろ?」
「分かった。じゃあ、俺とお前で一人づつ。後は作戦通りだ、行動開始」
少年達はナイフを抜くと影を縫うように移動を開始した。
男達は6人でテーブルを囲んでポーカーをしているようだ。楽しそうな声が響いてくる
「あ~、女抱きてぇ!! 今頃あいつは小屋の中でいい思いしてんだろなぁ」
「ここは街まで行かなきゃなんもねぇからな。毎日ガキを見張るだけで詰まんねぇしな」
「まぁ、回ってくるまで待っとこうぜ? それとも次の順番でも賭けるか?」
「おっ! それいいねぇ、それ賭けようぜ!」
「ふざけんなよ! お前は最近回して貰っただろうが! 次は俺って事になってんだよ!」
「あぁ? そうだっけか?」
「とぼけやがって! 俺の拳で思い出させてやるよ!」
「おいおい、喧嘩して勝負を台無しにしてんじゃねぇ! せっかくいい役が来てたのによ!」
男達が騒いでいると、テントの電球が急に切れ辺りが真っ暗になる。
「まじかよ、こんな時に切れやがった」
「周りが見えねぇ、真っ暗だ。おい! どっか懐中電灯あったろ、それ見つけろ」
≪ドサッ!! ドスッ!! ザシュ!!≫
「おい、誰だ水かけたやつ!! どさくさに紛れていたずヴぁぁ…ドサッ!」
「って、何か引っ掛って転んじまったじゃねぇか。周りガハッ!」
テントからは男達の声はしなくなっていた。テントの中に立ち込めるのは、酒と煙草と血の匂いだけだった。
「全員、息の根は確実に止めろよ? あとで面倒になる」
ゼロが暗闇のテントの中で注意をしながら、近くにいた男の頭にナイフを突き立てる。男はビクッと体を痙攣させて動かなくなった。
「そいつはもう死んでただろ。一々突き立てなくても良かったのによ」
エーギルがそうぼやく。彼らはこの暗闇の中が見えているようだ。
「よし、車に乗り込め。出発するぞ!」
ゼロが運転席の方へ乗り、残りは後ろに乗り込んでいく。
運転席ではゼロが鍵を片っ端から試していた。
「これじゃねぇ、これでもねぇ、これか? …よし、掛かった!」
ブルン!! とエンジン音掛かる。
ゼロは輸送車を北門へ急がせた。
「クロ! 輸送車が来たよ!」
レオが遠くからやってくる輸送車にいち早く気づき、小声で話しかける。
「ヘッドライトが2回点滅した時に電源ケーブルを切る。その後直ぐに後ろに乗り込むぞ!!」
僕は、確認の意味も込めて皆に言った。
「ん? 外に出るなんて連絡来てないぞ? そっちの方に連絡行ってるか?」
男は隣の見張り台に備え付けの子機で連絡を取った。
「いや? こっちにもそんな連絡は来てない…脱走か!?」
男が警報を鳴らそうとしたその時、輸送車のヘッドライトが2回点滅した。
「合図だ!」
僕とレオンは大きなペンチで電源ケーブルを切断した。2つの見張り台のライトが同時に消える。
輸送車は勢いをそのままにフェンスの門をを音を立ててブチ破る。
輸送車が門を破る前には僕達4人は走り出していた。
門を破壊したことにより、門に備え付けられていた警報が施設内に響き渡る。
見張り台からは銃撃音が聞こえるが気にしてはいられない。
「クソッ! ここにも警報があったのかよ! 早く乗れ置いてくぞ!」
ゼロが悪態をつきながら僕達をせかした。
僕達は輸送車の後ろから伸びる手を取り、4人が転がるように中に入る。その瞬間、輸送車が急発進しながら凄い勢いで基地から遠ざかっていく。
僕とレオは輸送車の後ろから基地を覗いた。警報によって4階建ての建物に明かりがどんどん点いてく。見張り台からは僕達に銃撃しているのだろう。タタタタッと音と共に、光が明滅していた。
ドドン! と何かが基地で爆発したみたいだ。きっと、輸送車に仕掛けていた地雷が起動したのだろう。
遠ざかっていく基地と黒煙を見ながら、あそこから抜け出せた喜びと、そしてこれからどうなるのだろうかという不安で胸が一杯だった。
結局僕達は、地獄から少しマシな場所に行っただけで、地獄には変わりなかったんだ。
外の世界での生き方なんて、鳥篭で育った僕達には限られているという事をもっと早く気づくべきだったんだ。
あの時から15年が過ぎた。食うに困った俺達は14年前、ゼロが[明けの空]という傭兵団を作り、俺達は傭兵となって世界各地の戦場を点々としている。
あの日、地獄からは逃げ出せたと思ったんだがな、どこへ行っても同じようなもんだった。結局は戦場に戻るしか生きていく道は無かった訳だ、まったくもって笑えない。
[明けの空]結成時は、あの時抜け出してきた俺を含めて、14人とそこ等辺から集めた孤児の少年少女を20人。合計34人の子供ばかりの傭兵団だった。それが今じゃ15年の年月を重ね、団員数は減ったり増えたりを繰り返し150人以上になっていた。だが、もう結成当時のメンバーは俺を含めて3人しか残ってない。
残ったのは俺を含め、トロワとエーギルだけ。他のやつ等は全員戦死してしまった。
親友のレオは8年前、20歳になる一歩手前で、戦闘中に俺の目の前で流れ弾が肺に当たりあっけなく死んでしまった。
激しく降る雨の中で、レオは口から血を吐き、穴の開いた胸を押さえながら、声を搾り出すように最後の言葉を俺に紡いだ。
「先に行って…待ってるぜ」
「あぁ、俺も直ぐに行く。そしたら俺と、二人でまた馬鹿みたいに騒ごうぜ」
「それは……楽しそうだ……」
そう言って、動かなくなったレオの瞼を、俺はそっと手で閉じてやる。
俺はレオのドッグタグを首に下げ、レオの敵を討つために、相手の兵士を昼夜休まずに殺しまくった。だが、俺が殺した敵兵の中に仇がいたのかは分らない。
結局、金継レオンハルトという一人の人間を、俺の親友を殺したのは、敵の兵士ではなく、戦争でもなく、戦争というモノを肯定するこの世界だったわけだ。スケールが大きすぎて、何を憎めばいいのか分からなくなってしまうな。
先に行って待ってる。どこで待っているのかは分からないが、俺はレオを待たせちゃ悪いと思いながら、この8年間は無謀と言える突撃を何度も繰り返した。だが、まだ運悪くまだ死ねていない。今までの経験のせいで体が勝手に生きるための最善策を取るようになっていた。
「クロ、仕事の時間だ。今日もせっせと死に急いで来い」
アイパッチをしたエーギルが昼寝の邪魔をしてくる。エーギルは会った当初から右目にアイパッチをしていたが、2年前の戦場で左手を失い今は技手だ。まるで海賊船長の様ななりになってしまっている。傭兵団ではなく海賊団か、そうなった場合、俺の役職は切り込み兵か何かだろうか?
「お前、今失礼なこと考えただろ?」
エーギルが俺の表情を読み取って不愉快だと顔を顰める。勘のいい奴だ。
「そんな事考えてねぇよ、エーギル船長(笑)」
「てめぇ! 俺と同じようにしてやろうか!」
俺は全速力で逃げ出す。後ろからナイフが飛んできたがヒョイッと交わして持ち場に走っていった。
どこまでも平原が続き、所々は爆発によって地面が捲り上がり、そこらかしこが痛々しい姿になっている。
ここは2ヶ月ほど前から戦場となって新しい。時刻は夕暮れ時、太陽があと1時間もせずに沈むだろう。平原の草木にオレンジ色の太陽の光が反射し、世界を橙色に染めていた。
俺は今、塹壕から銃を適当に乱射してはリロードとを繰り返している。時折近くで爆発が起こり、ヘルメットに砂や石、草がかかり鬱陶しい。
そこ等かしこで叫び声や呻き声が聞こえる。腕を無くした奴、腹をやられた奴、足が吹っ飛んだ奴。そこ等かしこに座って治療待ちだ。
現在この戦場には俺達以外にも傭兵がかなりの数がいる。正規の兵隊と俺達のような使い捨ての傭兵が5千くらいはいるんじゃないだろうか?小規模な小競り合いだ。
俺は手榴弾を投げ、一息するために煙草を吸おうとした時、隣の奴が妙なことを言い出した。
「おい、向こうの空から何かが近づいてきてるぞ!!」
俺は塹壕から少し頭を出し、敵がいる遥か後方の空を睨む。すると、小さな黒い点が無数にこちらに向かっていた。
「なんだありゃ? 爆撃機か?」
遠すぎて分からないが200機近くはいるのではないだろうか。すると、少しして敵と味方の銃撃や爆発音が静かに止まり始めた。ここにいる全員が空の上の異常を感じ始め、皆一様に空を見ている。そして、敵の上空にそれが差し掛かった時、黒い粒が敵方に落ち始めた。
敵一面に半球状に拡散していく炎と熱波と衝撃が敵兵を焼いていく。爆発した規模を見れば塹壕なんてひとたまりも無いだろう。地面を抉りながら人が、土が、空中に黒煙と一緒に舞っている。そして、黒い爆撃機はそのままこちらに近づいているようだった。
周りの奴等は塹壕をよじ登り、急いで退避しようとしている。俺も爆撃機から少しでも遠くに逃げようとしていたが、あの規模の爆撃ではきっと生き残れないだろう。
俺は立ち止まって周りを見た。阿鼻叫喚という言葉がこれほど当てはまる景色は無いだろう。
夕暮れ時、世界が橙色に染まっている。目の前にも地響きと共に橙色の炎が迫っていた。後2分もしない内に、俺もきっとあの爆撃に飲み込まれ周りの景色と同化してしまうのだろう。
「逃げても無駄だな…」
俺は肩に掛けていた銃を地面に投げ捨て、夕日を見ながら懐から煙草を取り出し火を点けた。
太陽が地平線の彼方に沈もうとしていた。目の前には橙色の業火が迫ってきていた。俺はそれを見ながら今までのことを思い出す。
もし人生というものがあって、どこかで間違いを犯したのだとしたのならば、俺は何処で間違いを犯したのだろう。生き残るための選択肢は限られていたように思える。
俺は銃を握ることでしか存在を許されなかった。
俺は銃を使うことでしか生きることを許されなかった。
俺は銃を使って他人から奪うことしか考えていなかった。
最後は戦争に全てを持っていかれた。
俺が生きてきたこの生涯を通して、人生なんて言えるようなものは無かったと思う。
だからもし、もしもだ、俺にとっての願いがあるのだとすれば一つしかない。
俺は、自由に生きる[人生]が欲しい。
「こんな世界じゃ生きた心地がしないしな」
俺は煙草を夕陽に向かって投げ捨てる。
「今そっちに行くぜ、レオ。願わくば、ここより自由な場所だといいがな」
クロは業火に巻き込まれ、痛みを感じる間も無く焼き尽くされた。
その日、傭兵団[明けの空]は夕陽と共に沈んでいった。