19話 [魔導銃]
「おいおい、企んでいるなんて人聞きの悪い。俺はお前に信用して貰おうとしているだけだぜ? 年頃のガキは気難しいねぇ」
「じゃあ、一体クロの目的は何なんだ。言っとくけど、僕は体を渡す気はないからな!」
やっぱそこを心配するよなぁ。俺だって逆の立場なら体の事を第一に考えるしよ。
まぁ、俺は今回で全部決着つけるつもりだし、体の所有権の問題もどうにかなるかもしれないしな。
だがこれからの事を考えると、俺と言う存在が後でどうなるかわ分らんが……
「まぁ落ち着けって。別にお前から体の所有権を奪おうって訳じゃないんだぜ? まぁ、俺も体の所有権が欲しくない訳じゃないが、それよりも大事な提案をお前にしに来たわけだ」
「……大事な提案って、一体何だよ?」
「それを答える前に、俺からお前に聞きたいことがある」
「聞きたい事……」
「お前は、いつも何かに焦りを感じているんじゃないか? だが、それが何に対してかが分ってないんじゃないか?」
「何でその事を――」
クロガネは自分の心の内の一つを当てられ、少し動揺していた。
「それはな、俺とあいつの、レオとの最後の記憶がお前の中に入っているからだ」
「レオとの記憶……。一体、それは誰の事だよ」
「俺の親友である男との最後の記憶だ。そいつの死に際の言葉がお前の記憶の奥底に眠っている。俺は、魂を切り離した時、その記憶と一緒に切り離した。もし何かがあった時、それだけは忘れないようにな。だが、記憶を切り離したせいで、あいつが最後に何を言ったのかまったく思い出せない。だからこそ、俺もお前と同じように、何かに焦りを感じてる。俺は、それが我慢ならねぇんだ。なぁクロガネ、お前はそれを思い出せるか?」
確かにあの時切り離した記憶。それはクロガネの記憶の奥底に必ずある。
だからこそ―――
「思い出せと言われても、記憶の奥底に眠っているような物を簡単に思い出せる訳が無いだろ! 確かに、魂と一緒に記憶を切り離された事は僕も知ってる。だけど、その記憶の中身を思い出せと言われても――」
クロガネは、自分の焦燥の原因が分かったが、それを思い出さなければ根本的な解決にはならない。
前髪を掻上げるように自分の頭に手を当てながら、何とか思い出そうとするクロガネに――
「分ってるよ、お前が思い出せない事ぐらいは考えの内だ。だが、これからある事をすれば、その記憶を思い出すことが出来る。そして、この焦燥も無くすことが出きるだろうよ」
「ある事って、何を――」
クロガネは顔を伏せ、少しの時間その方法を自ら思案し始めた。そして一つの答えに行きついたのだろう。ハッと顔を上げ、嫌な汗が頬を伝い地面に落ちた。
「……まさか」
「そうだ。俺の提案とは、魂の融合の事だよ。元の一つの魂に戻るんだ。だが、これをしてしまえば、俺達はもう元の二人には戻ることが出来ない。人格や記憶が混ざり合い、別の誰かになる可能性だってある。だが、それしか方法が無いだろ?」
俺がそう言いながらクロガネに一歩近づくと、それに合わせてクロガネは一歩後ろに下がる。
「……嫌だ、嫌だ嫌だ! アンタ、自分が何言ってるのか分ってるのか? アンタの言う通り、何が起こるかわからない。自分が消えてしまう可能性だってあるんだ! そんなの、死んで仕舞うのと同じじゃないか!」
死ぬのと同じ……か。言ってしまえばそうかもしれない。
今の自分であるという人格が変わってしまうのは死ぬこと同じかもしれない。
もっと早い段階でクロガネを吸収できていればこのような事態は避けられたかも知れない。
だが、現実は違う。クロガネは成長し、生れ出た環境の中で自我を獲得した。こうなってしまうと、クロガネの同意が無ければ魂に吸収できない。
それに、もう俺達には時間が残されていないのも問題だった。
「だが、もう俺達に残されている時間は無いぞ?」
「時間が無いって、どういう意味だよ」
「言葉通りの意味だよ。もう、俺達には時間が無い。ここにお前が来れたのがいい証拠だ」
クロガネが辺りを見回すと、クロの心象風景により作り出された黄金色の平原が、風に煽られ草木が波を作っていた。
「本来であれば、体に収まる魂の数は一つだけだ。だが、俺達は違う。一つの体に二つの魂。そんな歪な関係がいつまでも持つはずが無いだろ? 今、俺達が顔を合わせている理由は、お前の魂が成長した事により、俺とお前の間にあった歪が狭まったせいだ。これ以上放っておけば、いつか俺達の魂はぶつかり合い、強制的に俺達の魂が混ざり合う事になる」
「ま……まだ時間があるなら、その時に考えれば――」
「言っただろ? 強制的に魂が混ざり合うんだ。合意の上ではなく強制的に。それこそどうなるか分らねぇ。対消滅なんてのも考えられる。今この時、この瞬間に覚悟を決めるしかないんだよ、クロガネ」
俺が名前を呼ぶと、クロガネは膝から崩れ落ち、まるで死刑宣告でも受けたような絶望の表情を浮かべていた。
「何か…何か方法は無いのかよ……」
「お前も覚悟を決めろ。元はお前も俺なんだからよ」
クロが僕の下に一歩一歩近づいてくる足音が聞こえる。それは、僕にとってはまるで死神の足音の様にも聞こえた。
僕がここでクロにあった時、クロの事を”知りたくない”と感じた。今なら分かる。あの時、僕はクロを恐れていたんじゃない。クロの記憶に恐れていたんだ。
クロの記憶を、クロの歩んできた全てを知ることが、僕にはすごく恐ろしい。知ってしまえば僕の今までが塗りつぶされてしまいそうで。
近づいてくる足音と供に、僕の頭の中では、家族と里の人達との思い出が脳裏で映し出されていく。死ぬ訳ではない。でも、死ぬ事と同じかもしれない。思い出を振り返った時、この時感じた感情さえも変わってしまう、僕で無くなってしまうのであれば、死んだも同じだ。
僕は死にたくない! 僕は僕のままでありたい! こんな所で終わるために今まで生きて来たんじゃない!
僕は震える膝を抱えながらゆっくりと立ち上がり、近づいてくるクロを力強く睨んだ。
時間が無い。クロのこの言葉に嘘は無いだろう。だけど、このままクロと混ざってしまうのは、僕で無くなってしまうのはどうしても嫌だ。ここで諦めてしまえば、それで僕の"人生"は終わってしまう。
何か方法は無いのかと辺りを見回した時、僕の目の前を風に煽られた草花が通り過ぎた。それを見た時、ある恐ろしい考えが頭を過ぎってしまった。
僕は今、魂の状態でクロの心象風景の世界にいる。魂とクロが記憶し作っているこの世界。ならば、僕だって何かをここで想像し、創造することだってできるはずだ。
僕は懐に手を入れ、ある物を想像する。想像を始めると、手には温かい何かが形を成し始め、想像していた物の感触が手に伝わる。
「覚悟は決まったか?」
クロが僕の目の前で立ち止まり、僕の答えを待っていた。
僕は、まだやり残した事が沢山ある。天人の儀だってまだ受けていない。外の世界を見て回りたいとも思っている。
こんな所で僕は終われない。
だから、僕は―――
「……覚悟を決めたよ、クロ。僕は――」
懐に入れていた手をクロに向け――
「あんたを殺すよ」
握っていた物の”引き金”を引いた。
光の線がクロの心臓を貫通し、金色の草原には銃声が響き渡る。
「てめぇ……」
驚愕の表情を浮かべたクロが、僕の眼前までよろよろと歩いてくる。
僕はクロを撃った状態で固まっていた。手が震え、喉が渇き、鼓動が早鐘を打つような感覚に陥っていく。
クロは僕の前まで来ると、握っていた魔導銃を強く握りしめ、震える僕を睨んだ後、魔導銃と供に光の粒子となって消えていった。
僕は膝から崩れ落ち、自分がした事に今更ながら後悔の念が沸いてくる。
辺りが暗くなっていく。動かなかった夕日が落ち始めたのだろう。クロが居なくなった事により、心象風景が崩れ始めたのだろう。目の前の地面が崩れ出し、僕はそれに飲み込まれるように落ちていった。
深く、暗い闇に中に落ちて行く。落ちて行く中で、ある一つの記憶が僕の奥底から這い上がってくるような感覚を覚え、暗い空間が変わっていく。
激しく降り注ぐ雨の中。見知らぬ金髪の男が血を吐きながら何かを言っている。
「先に行って……待ってるぜ」
きっと、彼がクロの言っていた友人のレオなのだろう。胸からは留めなく血が溢れ、雨によって地面に流れ出していた。
クロが傷口を見ながら、もう助からないと分かったのだろう。レオの話を黙って聞いた後、安心させるように笑顔を作った。
「あぁ、俺も直ぐに行く。そしたら俺と、二人でまた馬鹿みたいに騒ごうぜ」
レオは目が見えていないのか、曇天の空を仰ぎながら、クロの言葉に静かに笑って見せた。
「それは……楽しそうだ……」
レオは絞り出すようにそういった後、動かなくなったレオの目を、そっとクロは閉じてやる。辛く、そして悲しい記憶だ。
そして、この記憶を見た時、僕の心にあった焦燥の理由が分かった気がした。
だが、これは限りなく奇跡に近い確率かも知れない。
だけど、クロもそうだったのだ。レオももしかしたら――
(オイ……起きろ……起きろクロガネ)
そこまで考えた時、誰かが僕の名前を呼んでいる事に気が付いた。
辺りは深い闇に戻っており、自分の姿も見えはしない。すると、僕の頭上の先に、小さな光が輝いているのが分かった。声もあそこから聞こえて来る。
僕は泥を掻くように、必死に光の方に近づいていく。光に近づくにつれ、息苦しかった感覚が和らいでいく感覚を感じながら、光の中に入っていった。
体が重い。まるで鉛で出来ているかのようだ。
上体を起こし、辺りを見回すと、そこが自分の部屋であることが分かった。まるで何日も帰って来ていなかったかのような懐かしさも感じてしまう。窓を見ると朝日が差し込み、怪鳥が耳障りな鳴き声を上げていた。僕はぐっと背伸びをする。変な体制で倒れていたせいか、体の節々が軋む様に痛い。
「無事に戻ってこれた……って事かな?」
僕が腰を摩りながら辺りを見回すが、あの時に聞こえた声の主は居ないようだった。
だけどあの声、声色が変わってたけど、何か知ってるような気が……
そう思った時だった。突然何処かから、怒気と殺気を孕んだ重低音の声が室内に響き渡った。
「てめぇ、クロガネ! よくもこの俺を撃ってくれたな!? 絶対許さねぇ!」
「まさか! 声は違うが、クロなのか! だけど、確かに僕に撃たれて消えたはずじゃ!」
クロを撃った時、確かに彼が体の中から消えていくのを感じていた。
だが、クロは何かしらの方法で消えずに済んでいるようだ。声は変わっているようだが、確かにこの口調はクロの物だった。一体どういう事だ?
それに、僕の口は動いていない。完全に部屋の何処かから喋っている。
その事実は、クロが何かしらの肉体を得た事に他ならなかった。
「どこ見てやがる! ココだよココ! 足元にいるだろうがよ! シカとしてんじゃねぇ!」
「あ……足元だって?」
僕は声の通りに足元を見ると、そこには僕がクロガネを撃つ時に使った魔操縦が転がっていた。
銃身は黒い光沢を放ち、金の装飾が施され、赤色の魔攻石から淡い光が揺らめいている。
僕が魔導銃に目を向けた時、信じられない物を見た。魔導銃が喋っていたのだ。
「お前の所為だ! お前の所為で俺は、俺はっっ!! クッソ! 今すぐお前をぶん殴りたいってのに、体が動かねぇ! どうなってやがる!」
「ま、……まさかクロ。あんた、その魔導銃に……」
魔導銃から声が発せられる度に、連動して赤い魔攻石の光が明滅している。
「あぁ? お前、何言って……」
先程まで怒りで周りが見えていなかったクロは、僕の驚愕の表情と言葉に疑問を感じ、一度冷静になって辺りを見回す。
そこで、自分が今いる場所が精神世界ではないという事に気が付いたようだ。
「……これは……どうなってやがる? 何でお前が目の前にいて、俺が喋れてるんだ?」
「あんた、自分が今何になってるのか分らないのか?」
僕は恐る恐るクロを持ち上げ――
「てめぇ! 放しやがれ! 体が動けばお前を――」
と、僕がクロを鏡の前まで持っていった所で、クロは自分が何になってしまったのかを理解した。
文字通り、手に取る様にクロの今の感情が分かってしまう。
「なっ……なっ……なんじゃこりゃあああああああああああああ!!!!」
その日、里に木霊するかの如く、クロの驚愕と悲痛の叫びが広がった。




