14話 [幼き日の記憶1]
今回、セリフの段落を削ることにしました。
読みにくかったらごめんなさい。
俺はまるで水の中にいるような行き苦しさを感じて、息継ぎをするように目が覚めた。
「ハァ…ハァ…。 何が起こった? もしかして、寝ちまってたのか?」
俺は額から垂れる汗を拭きながら、辺りを見回す。
見慣れない部屋だった。辺りには簡素な机と大きな鏡。そしてタンスがあった。
壁にある窓からは、薄暗い空が見えた。多分だが朝明けだろう。魂の時に毎日見ていた景色とよく似ている。
「ここは…。どこだ? どこかの部屋みてぇだが…」
俺は布団をどかし、立ち上がった時、重大な事実に気付いた。
両手を前に出し、薄暗い中、体のあちこちを触っていく。
小さな体、長い髪、そして手に伝わる物を触っているという感触。
「か、体がある!!」
俺は体を動かし、頬を手で抓る。
「…痛い! 夢じゃない!!」
考えてみれば、俺は半年の間は魂のみの状態でフヨフヨ浮いてたわけだしな。やはり感覚のある生身は素晴らしい。
俺は涙を流しながら、今までの辛い日々を思い返していた。
何も出来ない、何も触れられない、誰とも喋れない。
そんな状態で何も分からないまま過ごした長い時間。
人間は空を飛ぶわ、頭から角生えてるわ、でかい化物や怪鳥が空にうようよ居るわで分からないことだらけだった。
俺は感動で身を震わせていると、窓からは朝陽が部屋を射し、俺の姿を鏡に映していく。
暗い中、手で確認した通り、体は小さく目算で120cm、髪が腰まで伸びている。
顔は目付きが鋭く俺の子供の頃を思い出す。
髪が長いせいで女の子にしか…
「…まさか、女じゃねぇよな?」
俺は恐る恐る股間に手を伸ばしていく。
心拍数が跳ね上がる! もし、無かったらと最悪の状況が頭に過る!
ゆっくりと俺は手を伸ばし、それを掴んだ!!
――もにゅっ。
「――神に感謝っっっっ!!!」
それは間違いなく俺の求めたそれの感触であった。
「あぁ、男に生まれて良かった。今ほど恐怖し、安堵し、神に感謝したことは無いぜホント」
窓からは俺の体を朝陽が輝かしく照らす。
「あぁ、朝陽が眩しい。まるで俺の事を祝福しているようだ」
「ギョエアァー! ギョエアァー! ギョエアァー!」
あのクレイジーな怪鳥の鳴き声も、今の寛容な心持ちになっている俺なら許してやれる。
まぁ、許してやるのは今だけだがな。
「さて、これからどうするかね…」
俺は辺りを見回しながら、扉の方に歩いていく。
ギギギ、と木製の扉の擦れる音を響かせながら、俺は部屋の外に出た。外に出ると目の前には階段があり、左に二つほど扉がある。
俺は階段を下りて下の階に行くことで、やっと確信を持てた。
「ここは、俺が落ちてきた家だな」
部屋の構造を見る限り、俺が魂の時に落ちてきて、暇な時間に徘徊していた家の特徴と同じだった。
魂の時は暇すぎて、半径200mの事なら何かと頭に入っている。
俺は辺りを見回しながら、廊下をまっすぐ進み、リビングルームに向かって歩き出す。
すると、風に乗ってリビングからは、懐かしさを感じるいい匂いが流れてくる。
「誰か飯でも作ってんのか?」
俺の記憶が正しければ、リビングとキッチンは一緒だったはずだ。風に乗って流れてくるこの匂いで、腹が減って仕方がない。
そういえば、飯も長い間食ってない。異世界に来てからはこれが初めての飯になるわけか。
魂の状態は、腹も空かなければ眠ることもしない。毎日のように目の前で作られる飯を見ていたが、俺の母親となる女の料理はかなり旨そうだった。
俺が楽しみにしながらキッチンに向かうと、額から角を生やした母親が、鼻歌交じりに料理を作っていた。
俺の事に気付いた母親は、俺に笑顔を向けると何かを語りかけてきた。
「XX、XXXXX?」
…やばい、何言ってるのか全然わからん。
飯の匂いに釣られて、大事なことを失念していた。そう言えば俺、喋れないし、こっちの世界の言葉を理解できなかったんだった!
俺が魂の時も何かを喋っていたのは聞いていたが、半年という短い期間では理解できなかった。
色々な戦場を渡り歩いてきたが、初めて聞く言語だったしな。まぁ、ここ異世界だし、傭兵だった頃は通訳を雇ってたから別にその国の言語覚える必要もなかったし。
さて、ここをどう切り抜けようか。
俺の母親は、あら、どうしたの? 的な感じで小首を傾げている。やばい、時間が無い。
一瞬の間を置いた後、俺は閃いた。子供なんだから子供らしい仕草でごまかしてしまおうと。
俺は、すこしふらついて見せながら目を擦り、母親を見ながら小首を傾げる。
「――ん?」
どうだ! この完璧な子供の仕草! 我ながら素晴らしい演技ではなかろうか? 今なら映画の主役にだってなれる。まぁ、子供役限定だがな。
「XX、XXXXXXXXXXXXXXXXX?」
母親は俺に笑顔を向け、頭を撫でた後、鼻歌まじりに料理を再開した。
…危なかった。俺はゆっくり踵を返すと、階段を上がり、自分の居た部屋に戻り、扉を閉めた。
「ブハァッ!! ハァ、ハァ、…やべぇ、どうしよう。このまんまじゃ絶対怪しまれる」
このまま俺が両親と会えば、必ず怪しまれる。
てか、生まれてか成長するまで俺という人格は寝ていたわけだから、この体を動かしていた人格との言動の差で100%怪しまれること確実。
最悪の場合、偽物として殺される可能性もある。
「うぉぉ…。なんで起きたと思ったらこんな状況からスタートなんだよ!! 普通は赤ちゃんの時とかじゃねぇのかよ?」
俺の目が覚めた時が赤ちゃんなら、まだ救いはあった。
だって喋れないのが当たり前だし? 何しても大目に見て貰えるし? そして色々と学ぶ機会もあっただろうし?
「クソッ!! 目覚める時を間違えた。なんでもっと早く目覚めなかった!!」
しかし、後悔しても始まらない。打開策を見つけなければ、俺はこのまま文字通り終わってしまう。
俺は深呼吸をしながら目を閉じ、自分を落ち着かせる。
まず考えなくてはいけない事は、この体が今までどうやって生活して来たのかということだ。
切り離した魂の一部が、俺が寝ている間に勝手に体を動かし、ここまで成長した事になる。
そうなると、新たなる人格を形成しているに違いない。そいつが今までこの体を動かしてきたのだ。
と、なるとやることは一つだな。
切り離した魂との融合。
それしかない。
俺の予想だが、きっと切り離した魂と融合することによって、今までの記憶や性格を得られる可能性が高い。元はと言えば、俺の魂の一部なわけだしな。
だが、危惧することもある。今の俺と、切り離した俺が混ざることにより、俺という人格がどうなってしまうのかという不安だ。
もしかすると、今の俺では無くなってしまう可能性もある。
しかし、それ以外打つ手がない。このまま行けば必ずヤバいことになるしな。
だが、どうすれば切り離した魂と融合できるんだ?
呼べば来たりするのだろうか? …試しに呼んでみるか。
俺は心と願いを込めながら思いついたセリフを叫ぶ。
「来い、俺の魂よ!! …今こそ一つになる時!! …おいで~俺の魂ちゃ~ん!!」
…駄目だな。全く来る気しない。それに俺の魂が融合する気が全くしない。
何か切っ掛けがいる。そう、何かあるはずだ。俺の切り離した魂とコンタクトする手段が。
「ギョエアァー! ギョエアァー! ギョエアァー!」
「うるせー! ぶっ殺すぞ糞鳥共!」
五月蠅い怪鳥の鳴き声が耳障りだ。銃があれば射ち殺しているところだ。
そう考えながら、俺が窓の外を見た時、ふと、あの感覚を思い出した。
俺が起きた時、水の底から這いあがるような感覚がしたのを覚えている。
そして、俺が魂を切り離した時は、まるで水に沈むような感覚がした後、眠りについた。
「…これだ。これしかない」
俺が目覚めた事によって、この体に入っていた俺の魂の一部が入れ替わるように沈んでいる。
そうなると、あの感覚を思い出しながら俺が潜れば、切り離した魂と接触し、融合できる。
俺は目を閉じながら、布団の上で胡坐を掻き、自分が一番集中できる姿勢になり意識を集中させる。
魂の時の感覚。水の中に潜るような、意識を体の奥に潜らせるような感覚。
すると、魂の時のような、ふわふわとした感覚がした後、水の底に潜るような感覚がしてきた。
意識を集中し潜っていくと、光を発する球体が見えて来た。
近づくと、光の球体の中には、胎児のように丸くなった少年が入っている。
少年は、現在の体と同じ見た目だ。
俺は、過去の体と同じ見た目だ。
「こいつが、俺の切り離した魂の一部」
人格を得た事によって、魂の見た目が異なっていた。
魂の状態だから感じ取れる。魂の核は同一のものだ。
だが、殻が違う。卵で例えるならば、黄身が魂の核。そして、殻が人格や記憶を指す。
同じ中身だが、別の存在。
時間が立ち過ぎて、別の存在になりかけている。早く融合しなければ、俺という存在が無くなってしまう。
俺は光の玉に手を伸ばし、少年を取り込もうと手を伸ばした時、少年が今まで生きて来た記憶が頭の中に流れて来た。まるで自分が生きていたかのように感じた。
今の名前、年齢、家族構成、里の事、言語、魔法、魔物、全てが経験してきたことのように感じた。
その瞬間、光に触れていた俺の手が、まるで電気コードに触ったが如く弾かれた。
「な、なにが起きた!」
手がビリビリと痙攣している。魂の状態で、感覚的なイメージをもって弾かれた。
弾かれる瞬間、切り離した魂から拒絶のイメージが飛んできた。
そして、それは切り離した魂の自我が、眠りながらに意思を持って、俺自身を拒絶したという事に他ならない。
「――お前は俺の魂の一部だろ? 何で俺の事を拒絶する」
俺は困惑した。
何故、自分自身に拒絶されなければいけないのか。拒絶される何かが俺にあるのだろうか。
そう考えた時、自分の人生を振り返る。血に塗れ、硝煙と銃声の中で生きてきた日々。
クロという存在、クロという人格を形成してきた環境と記憶。
そこまで考え、俺がクロガネの立場だったらどうするかと。
「成る程な、戻りたくない訳だ。せっかく肩の荷が下りたってのに、また背負いたいとは思わないよな?」
俺だってそうするだろう。クロガネの記憶から理解できる。
この温かな環境の中で、両親が居て、弟妹が居て、俺が求めていた人生というものを全うできる環境の中で、何もかもを忘れ一から全てをやり直せる。
俺がクロガネだったら、絶対に戻ろうとはしないだろうな。
だがな、そういう訳にもいかないんだよ。
お前には、俺の大事な預け物がある。俺が魂と一緒に切り離した記憶。
友との最後の記憶をな。
あれだけは返してもらう必要がある。大切で、必要な記憶だとは理解できる。
だが、レオが最後に俺に伝えた言葉だけが、俺の記憶からスッポリ抜け落ちている。
それがクロガネの中にある。クロガネの表層の意識ではなく、もっと深い、深層の意識の先に、忘却の彼方に埋もれているはずだ。
記憶を戻すには融合しかない。だが、そうしようにも弾かれる。
弾かれるのは意識が眠り、クロガネの同意が取れていないからだ。要は、同意さえとれば俺達は元に戻れるという事だ。
そして、クロガネの魂に触れた時に分かったが、体の主導権はクロガネにある。
今、俺が体を動かせている理由は、クロガネが意識を失った事で、一時的に体の主導権が俺に移っただけだ。クロガネが目覚めれば、俺はまた深層に沈み、眠ってしまう事だろう。
感覚的に、クロガネは明日の朝には目を覚ます。それまでに何か対策をとって置かなきゃいけないな。
「クロガネ~。ご飯よ~、下に降りてきなさ~い」
下の階から母親のモミジの声がする。
今はクロガネの記憶を読み取ったおかげで、なんて言ってるかよく分かり、喋ることもできる。
「分ったー! 今行くー!」
俺は子供のように返事をし、階段を下り、下の階に向かっていった。
まぁ、まずは飯を食ってから考えるかな、腹減ってるし。
匂いに釣られ向かった先には、朝食をテーブルの上に置くモミジ。
早く食おうと、俺を急かす父親のハヤブサ。
そして、不愛想で生意気な弟妹、アマトとツバキが、興味のない目で俺を見ていた。




