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前編

前後編の前編です。


地元ショッピングモールの雑貨屋で、半年ぶりに彼女を見た。

先端が胸の辺りで揺れていた髪は、耳にかかるか、かからないかくらいの長さになっていた。

見かけによらず思いきりは良かったなと思い出していたら、個性的なマグカップを物色していた彼女の顔が、ふいにこちらを向いた。

彼女は大きい目を一瞬だけぱちぱちさせたが、すぐに顔をゆるめた。


「ひさしぶりだね」


あの日と同じ、泣いているような笑顔だった。



前触れもなく彼女に別れを告げられた。

あっさり受け入れたのは、僕のほうも別れを考えていたからだった。

彼女のことが嫌いになったわけではない。他に気になる子ができたわけでもない。


批判覚悟で正直に告白しよう。


飽きたからだ。


一番最初につきあった彼女をのぞけば、半年続いたことがない。

それでも別れたあとはさびしくなって、また誰かを探してつきあうのだから、我ながら始末に悪い。

一夜限りの関係を繰り返す男のほうが誠実だと、僕は思う。

彼らは、僕のように相手を縛らない。


「元気だった? 彼女はできた?」


僕と彼女は雑貨屋を出て、同じモール内にあるカフェで向き合った。

彼女は友達の誕生日プレゼントを買いに来たらしい。律儀な性格は変わっていない。


「できたけど、この間別れた」

「あいかわらずだね」


彼女は苦笑すると眉尻が下がる。

芸能人になれるような美人ではないが、優しくてやわらかな顔立ちは、人に安心感を与える。


「君は?」

「がんばっているよ」

「・・・そっか。いい人が見つかるといいね」


年齢を考えれば、彼女はその人と結婚するかもしれない。

ほんの少し、感傷のようなものを覚えるのは、今独り身だからだろう。


コーヒーカップをソーサーに置いた彼女が、ふと、視線を窓の外に移した。

二階のカフェからは、遠くに霞んだ稜線が見える。

彼女の長いまつげが、かすかに揺れる。


今度こそ、僕の心は、小さく震えた。


彼女の家に泊まったとき、彼女はいつも僕よりも早く起きて、ぼんやりと窓の外の景色を見ていた。

彼女の家は四階にあって、回りに建物がなく、眺めがよかった。

遠くをぼんやりと眺めるその横顔は、ふっとどこか遠くに行きそうな危うさと儚さがあった。

僕は寝たふりをして、その横顔を眺めるのが好きだった。

彼女が気がついて、起きた? と微笑むまで、ずっと眺めていた。

いつもは僕から別れを切り出すのに、彼女にそうしなかったのは、この横顔のせいだった。

もっとも、別れない理由にはならなかったのだが。


「コーヒーごちそうさま」


三十分ほどでカフェを出た。

お互いの表面をちょっとなでるくらいの近況報告だった。


「どういたしまして。・・・ところで、いつからコーヒーにミルクをいれなくなったの?」


僕はちょっと気になったことを尋ねてみた。

深い意味はない。

僕はブラックしか飲まないが、彼女は必ずミルクをたっぷりいれた。そんなにいれるなら最初からカフェオレにしたらいいのにと助言したら、彼女はこれがいいのと言い張り、聞き入れなかった。


「・・・忘れてくれていいのに」


彼女は小さく笑うと、少しうつむいた。


「・・・ねえ。私、がんばるから」


彼女は僕たちの靴辺りを見つめたまま、言葉をつむぐ。


「がんばって、いい人を見つけるから・・・だから、あなたも」


ゆっくりと顔をあげた彼女が発した言葉は、僕の予想とは全然違うものだった。


「彼女を忘れる誰かを、見つけられたら、いいね」


口を開けて呆けた僕に、彼女は笑みを深くする。


彼女の口が、彼女とは違う人の名を紡いだ。


なんで、と声にすることさえできなかった。


その名前を、なぜ彼女が知っているのか。


「じゃ、元気で」


彼女はもう一度だけ微笑んで、問うこともできない僕に背を向けた。


雑踏に消えるまで、二度と振り返らなかった。


後編は後日にアップします。

彼と彼女の本当のねがい

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