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魔王子殿下の兄心

魔王子殿下の兄視点です。

兄の名前が出てきませんがそれは後に。

 コンコン、と扉を叩く音に私は顔をあげる。

 窓から外を眺めれば太陽がだいぶ高い位置にあることに気付き、もうそんな時間か、と苦笑する。

 朝早くからこの部屋に籠って書類を処理していたが、時間を忘れるほど集中していたとは。

 気付けば山のようにあった書類もだいぶ片付いている。

 ちょうどいい、休憩をとるか。

 そう思いつつ、意識を扉に向ける。


「誰だ?」

「兄上、レオネルです」

「……レオ?」


 私が返事をすると、レオネルが部屋に入ってきた。

 弟がここに来るとは、珍しい。


「今、お時間大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。今、休憩をとろうと思っていたところだから。ちょうどいい。レオ、お茶に付き合ってくれ」

「はい」


 手元に置いてあったベルを鳴らし、メイドにお茶を頼む。

 書類でいっぱいの机から来客用のテーブルがあるソファーへ移ると、レオネルもソファーに腰をおろした。


「どうした、レオ。おまえがここに来るだなんて珍しいじゃないか」

「いえ……その……」

「そういえば、勇者を召喚することに成功したらしいな。そのことについてか?」

「まあ、そうであると言えばそうであるし、そうでないと言えばないような……」


 弟にしては珍しく歯切れが悪い。


「実は……」


 言いにくそうに弟が口にしたのは、勇者に対して弟が怒った、ということだった。

 弟は滅多に怒らない。そんな弟が知り合ったばかりの女の子に怒ったと言う。


「彼女に悪気があったわけではないとわかってはいたのです。ですが、あの時なぜか怒りを抑えることができなくて……」

「なるほど、ね」

「それに……色々と腑に落ちないことがありまして」

「腑に落ちないこと?」

「はい。彼女を召喚した魔法ですが……あれは本来なら成功するはずのないものでした。圧倒的に魔力が足りないのです。あの日は『勇者を召喚する魔法』の足掛かりとして行ったもので、いくらあの特殊な場所とはいえ、僕ひとりの魔力では『勇者』を召喚することは不可能なはずでした。だけど、彼女は召喚されてしまった。それに、彼女を見ているとなんというか……胸がもやもやするのです。彼女を切り裂きたいような……そんな衝動に駆られるのです」


 弟の言葉に私は眉間に皺を寄せた。

 成功するはずのない魔法が成功した……おかしなことである。弟の魔法への知識は膨大であり、その弟が必要な魔力量を間違えるとは考えにくい。

 となると、何らかの力が働いたと考えるべきだ。

 それに弟の最後の方の台詞も気になる。勇者を見ているだけで負の感情がわき起こるなど、普段の弟を見る限りだとありえないと思う。

 いや、可能性としてあるのは……。


「彼女が『勇者』だから、か?」

「……恐らく僕が彼女に対して負の感情を抱いてしまうのは、僕の血が原因なのではと……僕は『魔王』の血筋ですから……」

「レオ……」


 レオネルが苦痛を堪えるような表情を浮かべて言った。

 レオネルと私は血の繋がった兄弟ではない。

 私は現魔王であるオーレリアンの実子だが、レオネルは違う。

 彼は、前魔王の忘れ形見なのだ。

 表向きは私の母方の血筋の子だということになっているため、その事実を知る者は少ない。

 父と母、私、あとはオイゲンとルディガーくらいだろう。


 そして、レオネルには前魔王の呪いとも言える魔法がかけられている。

 血を媒体にした魔法は、『勇者』と『英雄』を憎み害するようにレオネルの感情を操作するようになっているらしい。

 あとは人を信用できない、と言うのも効果のひとつだったか。

 しかしレオネルは魔法を研究することにより、前魔王の呪いを抑えることに成功した。

 あくまで抑えるだけなのがネックなのだが。


 勇者を召喚したあと、レオネルは魔法をほとんど使えなくなったという。

 その影響で呪いを抑えるために使っている魔力が削られたため、今朝は彼女に辛く当たってしまった、というところか。


「レオ、おまえは私の自慢の弟だ。血は繋がっていなくても、どんな血筋だろうともその事実は変わらない。それに、彼女に謝りたいんだろう?」

「……はい。でもどんな顔をして謝ればいいのか……結構キツイことを言ってしまったし……」


 どうやって謝るかを真剣に考える弟の顔は年相応に見えた。そんな弟の表情に私は正直ほっとする。

 普段の笑顔が絶えない弟の表情に、壁を感じてしまうのだ。だから、素の弟の顔を見ると兄として信用して貰えているんだと安心する。

 兄らしいことは録にできないのだ。せめて兄として、年相応の悩みくらい的確なアドバイスをしてあげようではないか。



「レオ、ひとつだけアドバイスをしよう」

「なんですか?」

「先に謝るんだ」

「はい?」

「彼女より先に謝るんだ。彼女に先に謝られたら……辛いぞ?」

「はあ……なんで彼女が謝るんですか?悪いのはどう考えても僕の方でしょう」

「彼女はそう思わないかもしれない。まあ、とにかく兄の言うことを聞いておけ。おまえより経験は豊富だぞ?」

「……わかりました」


 明らかに納得してなさそうな顔でレオネルは頷いた。

 その表情を見て、普段は大人びているが、やっぱりまだ18歳なんだな、と思った。



 だが、それくらいでいい。

 無理をしなくても、ゆっくり大人になればいいのだ。



 ――まだまだ、弟には頼って貰いたいからな。

 普段は兄らしいことはしてやれないのだ。

 こんな時くらいは兄らしいことをやらせてほしい。


 大変なものを背負っている変わらない弟のために、兄としてできることは全部してやりたい。

 それが兄心ってものなのだ。





次は勇者の兄視点、の予定(は未定)です

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