私、勇者始めました
いろいろと混乱しながら、なんとか私は今自分の置かれている状況を理解すするように努めた。
努めただけで完全に理解できてないけど。
彼曰く、この世界はレノスと呼ばれていて、幾つかの種族が暮らしているらしい。
人族、魔族、獣人族、エルフ族、龍族、精す霊族という6つの種族がいて、それぞれの領土で時に仲良く時に争いながらも平和に暮らしていたそうだ。
しかし、十数年前、魔族が世界征服を企みだした。
魔族は比較的に戦闘能力が高く、特に魔法――なんとこの世界には魔法なるものが存在しているー―に長けていて、それゆえに傲慢な者が多い。
魔族こそが至高の一族であり、魔族が世界を支配するのにふさわしい、そんな考えを持った前魔王は本格的に世界征服をするために戦争をしだした。
なんとまあ、王道な話だろう。
ここは漫画やゲームの世界に近いらしい。
いやもう、魔族だとかエルフだとかそんなワードを聞いた時点でわかっていたことだけど。
ちなみに私は兄の影響でゲームは好きだ。
RPGは特に好きだ。有名なRPGはほぼコンプ済みだ。
そのお蔭で、なんとか話についていけてる。
今だけは日頃煩わしい兄に感謝しよう。
―――話は元に戻して。
とにかく魔族によって世界はかつてない危機に見舞われた。
他の種族もなんとか魔族に対抗しようとするも、いかにせよ魔族は強すぎた。
他の種族に比べて戦闘経験値が高いのだ。
経験の差や戦術の差で、魔族が圧勝していった。
打つ手なし、魔族が世界征服するのを指を加えて待つしかない……そんな状況になったとき、希望の星が現れた。
それがもちろん私――――――
―――ではなかった。
魔族の若者たちである。
彼らは決死の覚悟でいろんな種族から仲間を集めて、前魔王を倒した。
その時のリーダー的存在だったのが現魔王で、目の前にいるレオネルの父なんだそうだ。
こうして世界は平和になりましたとさ、めでたしめでたし。
いやいやいや、ちょっと待て!
じゃあ私が召喚されたのはなんでだ?!
普通、こういう場合は世界の危機を救うために異世界から勇者召喚ってパターンじゃないの??
そんな私の疑問に彼は眩い笑顔で答えてくれた。
「僕は『異世界から勇者を召喚する』魔法を確かに使った。だからきみは勇者に間違いないよ。
でもきみは世界を救う必要はない。平和だからね」
じゃあ何で召喚したんだよ!私を元の世界に返してよ!
と言う内心の叫びが彼に届いたのか、彼は至極真面目な顔をして言った。
「『異世界から勇者を召喚する』ことが本当にできるか確かめたかったんだ。眉唾物な話だったし、本当に成功するとは思わなかったけど。だから、きみを元の世界に戻してあげたいと思う」
ほっ、どうやら元の世界に帰れるようだ、と安心しそうになったとき、彼がぼそりと呟いた。
「―――いずれは、ね」
「え?」
「申し訳ないけど、今すぐにきみを帰してあげることはできない。この魔法は、それなりに必要なものが多くてね。貴重な物も必要だし、魔力も結構使う。今の僕では無理だ」
「そんなぁ……」
あからさまにがっかりする私に、彼は申し訳なさそうな顔をして再度謝った。
このとき、気づけば良かったのだ。
申し訳なさそうな顔をしつつも、口元は笑っていた彼の表情に。
「魔力を回復させるのと、必要なものを揃えるのに数ヶ月はかかると思う。それまでは、僕が責任を持ってきみを楽しませてみせる。無理やり召喚させてしまったお詫びだ。絶対にきみを退屈させないと誓う」
彼の気遣いに私の胸がざわめく。
ああ、なんていい人なんだろう。
美形で美声でいい人。彼に会えただけでも異世界に来た価値がある気がする。
この時私は、楽しませるとか退屈させないと言う彼のセリフに感じていたちょっとした違和感に気付かないフリをした。
今そのときのことを振り返ってみると、なんで気付かないフリなんてしたんだ私!と自分をぶん殴りたいと心から思う。
「ところで、きみの名は?僕はきみをなんて呼べばいい?」
「あ……早川優羽……ううん、私の名前はユウ・ハヤカワ」
「ユウ・ハヤカワ……ふうん、ユウ、ね」
彼が私の名前を口にしたとき、バッと扉の開く音がした。
「殿下ぁあぁぁ!!!ご無事ですかぁ!?」
現れたのは、中年くらいの男性だった。
赤茶色の髪を短く刈り上げた、いかにも軍人っぽい体格の人だった。キッチリ着こんだ服の上からでも筋肉がすごいのがわかる。ムキムキだ。
「オイゲン」
「殿下!勇者召喚をするなど、お止めくださいと散々申し上げたでしょう!?勇者召喚は失敗すれば殿下の命がどうなるかわからない代物だと散々っ……!」
「大丈夫だよ、オイゲン。成功したから」
「いいえ、そんなものは結果論です!だいたい、殿下は………は?成功した……ですと?」
「ああ。彼女がそうだよ」
そう言って彼が私の肩を軽く触る。
私はどうしていいかわからず、とりあえず小さく頭を下げた。
「このような、幼い娘が勇者ですか……」
「あの、私、17歳なので、そんなに幼くないと思うんですけど?」
「じゅ、17歳……?」
幼い娘、と言われてカチンときた私は低い声で言った。
私はハッキリ言って童顔だ。自覚は一応してる。
だけど、幼い娘扱いはないんじゃなかろうか。
ちゃんと凹凸はあるぞ。……多少は。
年齢を告げたらオイゲンと呼ばれている筋肉親父は驚愕した表情を浮かべた。
レオネルでさえも少し驚いた顔をしている。
この反応はさすがに凹む。
「ゴホン!それは失礼した、勇者どの。わ、悪気があったわけではないのだ、許してほしい。
………それで殿下。勇者どのをどうされるのです?」
「どうするも、とりあえずは城に連れて帰るよ。父上にも会わせたいし」
じと目で筋肉親父を睨むと、彼は動揺したように謝った。
しょうがない、許してやろう。私は寛大だから。
なんて思っていたら、レオネルから爆弾発言が再度投下された。
え?レオネルのお父さんって魔王だよね?
魔王に会うの、私?魔王って勇者がエンディングの前に戦うボスだよね?
死亡フラグがたった気がした。




