勇者の兄
勇者の兄視点です。
妹が突然いなくなった。
3日前にもうすぐ帰ると連絡を寄越したあと、妹との連絡がつかなくなった。
何度も電話をしたが繋がらず、LINEは既読にすらならない。
妹は、優羽は、どこに言ってしまったのだろう?
思いつく限り妹の行方を知っていそうな所には連絡をしたが、全部はずれだった。
バイトに行ったのは間違いないようだが、その後の妹の足取りは掴めない。
大学の講義はもうほとんどないので、俺は時間のある限り妹を探し歩いている。
思えばあいつは昔からトラブルメーカーだった。
買い物にいけば必ず迷子になる、海やプールにいけば溺れかける、旅行にいけば事件・事故に巻き込まれる。
目が離せないとは妹のためにある言葉じゃないだろうか。
ともかく昔から何らかのトラブルに関わることの多い妹を心配して、俺や父さんが過保護になるのは仕方のないことだろう。本人はうざったそうだったが。
最近は特に大きいトラブルらしいことはなかったようなので安心していたそばからこれだ。
帰ってきたら説教をしてやる、と固く誓いながら家の周辺を探し歩く。
いつも通ると思われる道は昨日探し終わった。
今日は普段はあまり通らない道を探すことにした。
道の隅々まで、なにか手がかりがないか探していく。
探し出してから10分ほど経った頃、俺は道の隅に落ちている物に気付いた。
妹がスクールバッグに付けていたストラップだ。
俺には何が可愛いのかよくわからないゆるキャラらしきぬいぐるみの付いたストラップをじっくりと見る。
間違いない。これは妹の物だ。
妹がこのストラップに縫い付けていたリボンが確かに付いている。この縫い目の不揃いさ、間違いなく妹の縫い目である。俺の方がまだマシな縫い目をつけられるだろう。
しかし、なぜそれがここに?
まさか誘拐とかじゃないだろうな……。
そんな不安に襲われながら、とりあえず家に帰ることにした。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい、奏志。どうだった?なにかわかった?」
家に帰ると母さんが出迎えてくれた。
妹が事件や事故に巻き込まれてもあっけらかんとしている母さんも、さすがに行方不明とあらば不安になるらしい。
「なにも……ただ、あいつのストラップは見つけた」
「ストラップを?ああ、これね。あの子のお気に入りの。もう、ストラップだけ残して……本当に、どこに行ったんだか……」
「母さん……」
普段は明るい母さんも、ここ3日間は表情が暗い。
それはそうだろう。突然、娘がいなくなったのだから。
今は家にいない父さんも、昨日は妹がいなくなったショックで仕事を休んだ。父さんは妹をそれはもう可愛がっていたから、余計にショックだったのだろう。
今日は仕事に行ったが、顔色は大変悪かった。
俺だってもちろんショックだ。
5つ年の離れた妹を周りからシスコンと言われる程度には可愛がっている。付き合っていた彼女も俺のシスコンぶりにドン引かれて別れた。
お兄ちゃん、と幼い頃に俺のあとをくっついて歩いた妹は、天使のように可愛らしかった。
いや、そんな過去のことを思い出している場合ではなく。
俺と母さんは暗い顔をして下をうつむいた。
妹のいない家は暗くてさみしい。
妹がいるのといないのでは明るさが違うのだ。
妹はトラブルメーカーだったけど、同時に我が家のムードメーカーでもあったのだ。
「奏志、あの子ならきっと大丈夫。だって、あの子は私の娘なんだから。きっといつも通りにただいまって帰ってくる」
母さんが明るい声で言った。
「それに、ね?なんとなくだけど……あの子、好きな人ができて、その人を連れてくる気がするの」
「は……?スキナヒト……?」
好きな人、の言葉に俺の頭がフリーズする。
優羽が小さい頃はお兄ちゃんのお嫁さんになるなんて言ってたなぁ、と現実逃避をする。
やがてだんだんと現実に戻ってきて、怒りが沸々とこみあがってきた。
好きな人だと……?どんな男だ!?
「優羽を泣かしたらただじゃおかねぇぞ……俺の可愛い優羽を泣かせるなんて万死に値する。というか俺が認めた男じゃなきゃ優羽はやらんわ!!」
「……もしもーし?奏志くん?戻っておいでー?」
「ハッ。母さん?」
「あのね、好きな人の話は仮の話だから。そんなに興奮しないの」
「あ、ああ、ごめん。つい……」
「もう、本当に奏志ったら優羽が可愛くてしょうがないんだから。お父さんもだけど。二人がこんなんじゃ優羽はお嫁に行き遅れちゃうね」
「まだ先の話だろ?」
「あっと言う間よ、きっと」
クスクスと母さんは笑った。俺もつられて笑う。
久しぶりに笑った気がする。
単純かもしれないが、笑ったら優羽はそのうちひょっこり帰ってくるんじゃないか、と母さんみたいに思えた。
早く帰ってこいよ、優羽。
家に帰ったらお兄ちゃんの説教だ。覚悟をしてろよ!
勇者のお兄ちゃんはシスコンです、というタイトルにするべきか悩みました。
次からは勇者視点に戻ります。




