ここは乙女ゲームの世界らしい。プロローグの前、みたいな。
※今回は、乙女ゲームの要素がありません。
※年の差縮めました。 (5歳差→3歳差)
ーー私こと、風氷 麗菜は、さる高貴な方の付人をさせて貰っています。
その方の名前は、時雨 悠様です。私が悠様に出会えたのは、私がまだ9歳になる頃で、悠様は12歳の頃でした。
あの頃の私は、今よりもずっと病弱でした。そして、
あの頃の悠様は、御母様を亡くされたばかりで、酷く塞ぎ込んでいらして、見ていられないくらい嘆いていました。……まぁ、私は病弱でしたので、何もできなかったのですが。
ーーねぇ、悠様。
貴方は、……幸せですか?
私なんかといることで、困ったりはしていませんか?
私は風氷……風の本家と水の分家の者の間に出来た子で、貴方は時の分家の正統な後継者です。賎しい出生と罵られる私を(自惚れでなければ)一番に信頼していますから、それで何かを言われていたりしていませんか?
私のことで悠様を煩わせたくない、なんて、ただの我が儘ですが。貴方が幸せになって欲しいと思う心も本物なのです、
悠様…ーー。
~・~・~side:[麗菜]。
ーー私は相当不気味な子供でしょう。
年相応に遊ぶこともなく家に閉じ籠り、喋ることは出来ないくせにちょっとした本ならば読んでいるのですから。……こんなことを考えている時点でおかしいですよね。
当然の如く使用人からは遠ざけられました。両親に至っては顔を合わせたことすらありません。……いえ、なかったと言うべきでしょう。
どうやら、私は今日、売られるらしいです。
父親(と名乗る男)と、身なりと容姿は良いダンディーな男の会話の内容を聞いて、気付きました。しかしすぐに興味をなくしました。だって、家の蔵書は全て読んでしまったので、暇だったのです。それに、私にはどうにもできなさそうでしたので。
「麗菜」
話が終わったのか、呼ばれました。顔を上げると、父親が欲に塗れた顔をしていました。笑顔とは分類したくないです。
「こちらは、時雨 聖様だ。聖様、これは麗菜です」
35~40歳くらいに見える男性は、父親が娘らしき私をこれ呼ばわりしたことに眉を寄せましたが、父親は気付かなかったようです。小さな変化でしたし、すぐに元に戻ったので、私の気のせいかもしれません。
「さっさと挨拶しろ」
そんなことに気を取られていると、こそこそと、嫌悪感も露に耳打ちされました。
「…初めまして、風氷 麗菜と申します。えっと……、御主人様?」
何て呼べば良いのか分からなかったので、御主人様と呼びます。私を買ったなら、御主人様が正しいのだと思いました。それとも、当主様や主様が宜しいのでしょうか?
困惑も露に男性を見上げましたら、目が合いました。男性の瞳は、酷く綺麗な蜂蜜色をしていました。
ほぅ……、と見惚れていましたら、ふわりと微笑まれましたた。あぅぅ……、私は今絶対に顔が赤いでしょう。でも仕方ないと思うのです!! 生まれてこのかた、笑い掛けられたことなんて無かったのですから!
「初めまして、小さなお嬢さん。私は時雨 聖。そうだね……、聖様か、旦那様と呼んでくれたら良いよ」
視線を合わせるためにしゃがみこんでくれて有難う御座います、……聖様?
「わかり、ました。聖様」
こくん、と頷きましたら、よくできましたと言うように優しく笑われて、頭を撫でられました。ん……、気持ち良いです。
どうやら私は、頭を撫でられるのが好きみたいです。
「はは、気に入って頂けたようで何よりです」
揉み手をする男。うぇ……。
「そうだね。
私は、何故お前みたいなグズの遺伝子から、こんな可憐で聡明なお嬢さんができたのかが甚だ疑問だ」
父親らしき男の気持ち悪い顔が、聖様の冷たい声で固まりました。聖様、そんな冷たい声も出せるんですね。
「この小さなお嬢さんが、私以外の手に渡っていたらと思うと、ゾッとする。その点にだけは、感謝してやろう」
冷笑する聖様。それでも蜂蜜色は綺麗なままでした。
「……聖様、」
少し迷った後、声を掛けます。どうやら嫌われてはいないようですし、まぁ、駄目でしたら、子供だからですまして欲しいです。
「うん? あぁ、怖かったかな?」
膝を曲げて視線を合わせて、柔らかく微笑む聖様は格好良いです。
「別に、怖くは、ない、です。その人が、どうなるかに、興味、ある、だけ、です」
あ~……。緊張の糸が切れたみたいです。喋り方がぎこちないです。ですが、良く喋れた方だと思うのです!喋れたことに一番驚いたのは私ですよ?!
「……ふふ。
じゃあ、 おいで」
驚いたように蜂蜜色の瞳が見開かれました。あ、聖様、たれ目なのですね。
次いで、腕が広げられます。蕩けるような笑みと共に。
(えーっと、……えいっ!)
思いきって、飛び込みます。ふわりと抱き止められて、聖様が立ち上がりました。わぁ、高いです。
「ほら。麗菜は、特等席で、見届けて」
呼び捨てられて、程よい温もりの中、聖様を見上げました。蜂蜜色の瞳は、何の感情も私に伝えてはくれなかったけど、こくん、と頷きます。どうやら聖様は、人を惹き付けて止まないだろうカリスマを持つらしいです。もう魔性の域です。
「いい子だ、麗菜」
褒められて、嬉しくて、頷きます。締まりのない顔をしているのはわかっているのですが、どうやって直せばいいのでしょうか?
ーーそうして、私は、聖様に受け入れられました。
X X X
ーー私が聖様の家に連れてこられて、二日目の朝です。聖様が私を呼んだと、執事さんに聞きました。
急いで身支度を整えて向かった聖様の私室で、聖様は私を、少し疲れたように微笑んで迎えました。
「麗菜。これから、きみを迎えた理由と会わせようと思う」
ーーそして私は、出逢いました。
「ーー悠。彼女は、風氷 麗菜。お前の従者だ」
あぁ、何て。何て、綺麗。
初めて御逢いして抱いたのは、そんな感情でした。
少し硬質そうな漆黒の髪は長めで、蜂蜜色の切れ長の瞳は警戒心を露に私を見詰めています。
すっと通った鼻梁に、形の良い眉。穏やかに微笑んだら、聖様にすごく似ているだろう、少し冷たい美貌。瞳が切れ長なのは、奥方様の遺伝でしょうか?
年の頃は、11、12歳でしょう。私とは2、3歳位離れています。
ちらりと、聖様の瞳が私を映します。 …成る程。つまりは、この方の従者として生きろ、と。
「お初にお目にかかります、私は風氷 麗菜と申します。貴方に仕えることをお許し下さい」
上等です。どころか、願ってもない話です。聖様公認で、こんな綺麗な人の傍にいれる機会なんて逃しません!
「……」
ふい、と顔を逸らされました。私がなにかしたのでしょうか?
「……父さん。私は子守りなんてできません」
子守りですかっ? 私はもうすぐ9歳なのですが?!
「悠。麗菜は、姫島中等学園の2年くらいの学力と知識がある。傍に置いて困ることはないだろう」
姫島学園? あの、世界最先端の学院に入るための学園?
「麗菜、昨日テストをしただろう? どうだった?」
うーん、昨日したテストですか? あれ、記憶がない……って、まさか?
「あの紙切れが学力診断の試験だったのですか?」
あんなレベルなのですか? 姫島学園は。簡単に解けたから、暇潰しかと思っていました……。
「?!」
「?!! 貴女、あれが、簡単だと?」
「え? あ、御主人様。家で解かされていたのに比べたら、随分簡単でした」
何であんなに問題があったのでしょう? 甚だ疑問ですが、私なんかには分かりません。
と。
「まさか、最近発表された、あの魔術誕生の有力仮説は、麗菜が……?」
顔を青くした聖様が、私に聞いてきます。
「【郷愁理論】、或いは【異界理論】なら、構成したのは私ですよ」
こてん、と首を傾げます。あれに何か問題でもあったのでしょうか?
「あれは大変でした……。2年も掛かって、遅い!と、随分と怒られました」
えぇ、あの時の使用人は怖かったです。必死すぎて引きました。
「2年……、たったの?」
「……」
呑気な私、常識が崩れていく…!と頭に手を当てる聖様、驚愕から声を出せない御主人様は、暫く固まっていました。
X X X
「…………あの」
「はいっ! なんでしょうか御主人様!」
聖様が、仕事が増えた……あぁあああ……とうめきながら、私達を部屋に置いたまま出ていきました。私は部屋にいますよ? 御主人様の従者ですから!従者は御主人様の傍が居場所ですから! 別に、聖様が私のこと忘れてそうだからラッキーだとか思っていませんよ?!
「その御主人様呼びは止めて頂けませんか?」
「え……?
では、主様は如何でしょう?」
「それも却下です」
「……時雨様?」
「父さんも時雨です」
「え…………あ……では、悠様?」
「……仕方ないでしょう。貴女が私に仕えることを許可します」
仏頂面で、渋々だと一目瞭然な顔だけど、それでも。
「はいっ!有難う御座います、悠様!」
私は、嬉しくて、笑いました。
X X X
「ーー麗菜」
初めて会ってから早3年が経ちました。私は12歳になり、悠様は15歳になりました。
「悠様。
御卒業、おめでとう御座います」
45°の御辞儀をして、悠様を見上げます。
きちっと礼服……装飾があまり多くはない、美しい白い儀礼服を着た悠様は、3年前に比べて雰囲気や表情が随分柔らかになりました。
私の好きな蜂蜜色の瞳は、切れ長ながらに柔らかな印象を与えるという不思議な瞳です。でもまぁ、そこは悠様ですから!
「麗菜はとっくに卒業していたでしょう?」
苦笑気味に悠様はそう言って、私の頭を撫でます。 悠様は、成長期でだいぶ背が伸び、手も大きくなりました。声も低くなりました。これからも聖様に益々似てくるのでしょうか?
「いえ、在籍していましたよ?」
反論しておきます。在籍していたのは本当ですよ、えぇ。
「先日、また新しい薬を開発したそうではありませんか、麗菜特別研究生?」
意地悪く笑う悠様。後ろにいた女子から、きゃーっ!と黄色い歓声が上がりました。
「在籍はしていました! 今日卒業しました!」
赤くなって反論すると、
「えぇ、理解していますよ、麗菜」
意地悪な笑みから一転、慈しむような笑みに変わります。
「……悠様、私で遊ぶのは止めてください」
「はて、何のことでしょうか」
顔を見合わせて、同時に笑います。
悠様は優しいです。いえ、15歳と12歳の差は大きいですから、兄が妹にするように感じているのかも知れません。私は悠様を、兄と感じたことはありませんが。
今はまだ、このままでいいのです。悠様の婚約者が決まるまでは。私は、悠様の近くに居れるなら、それで。
私は悠様の従者です。従者は主の側に侍ることが仕事です。私の存在理由は悠様です。
それ以下に成り下がる位ならばと、芽生えた想いは封じました。
ーー笑い合う私達を隠すように、桜が舞いました。
魔術
・発動には、陣、魔力、技量が必要。
・陣は、呪文にて代用可能。
・精霊魔術、使役魔術、行使魔術がある。
・精霊魔術は、精霊に魔力と引き換えに魔術を発動してもらう魔術。精霊を見るか、声を聞くかしないとだめ。
・使役魔術は、使い魔などを召喚・使役し、共に闘ったりサポートしてもらったりする魔術。使い魔にする魔物や幻獣などを従わせる力量が必要。
・行使魔術は、自ら陣(呪文)、魔力、技量を使い発動させる魔術。
・イメージが大事。
……え、と。
これからも宜しくお願いします……?
最後まで見て頂き、有難う御座いました!