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嵐の前

 ライブ当日。

 流石に平日に体育館を貸し切りはできずに、日曜日での開催となった。

 しかし、続々と体育館に集まる生徒たちの列は途切れることがない。教師たちも言わずもがな。

 体育館に集まる生徒や教師たちの胸にはピンクのリボン――男体化した【study buddy】を支持するという意思表示――で飾られていた。

 地道な宣伝と、ユーザーと【study buddy】たちへの思いが功を奏した結果である。

 ちなみに『性別逆転祭り☆女装大作戦』をどう勘違いしたのか、自らリオのカーニバルの際どい格好で練り歩いてきた生徒もいた。ここは男子校である。

 どうして誰も止めなかったんだ……。


 一方、辰己は裏方としての準備を終え、体育館の天井裏でくたびれ果てていた。

 なぜか、舞台衣装の女物の制服を着たままである。

 それでいて、化粧もしていなので、男子高生が無理に女装したような……とても変態じみた格好だった。

「男のすっぴんで、女物の服って誰得だよ」

 一人だけ女装をしないのも浮くからという、トラの的外れな心遣いだった。

 実に余計なお世話だった。

 ひかるに舞台を見せてやりたくて、自分のタブレットは客席に設置した。

 だから辰己は、予備のタブレットでゲームをしながら、次の段取りを待っていたのだが、

 ……不意にほたるがタブレットに飛び込んできた。

「ずいぶんと、恐ろしい事しているんじゃないですか? いや、あなたの女装のことじゃないですよ」

 チェシャ猫のような笑みは変わらないが、いつにも増してその眼は鋭い。

「ほたる……」

 世間話をしに来たんじゃなさそうだ。辰己は身を起こした。

「僕の予感ってよく当たるんですよ。特に作り主も、今の主も、ボケボケだったから、僕がしっかりしないとって、ね? 作り主さま」

 サービスが開始する遥か以前、ほたるは【study buddy】のプロトタイプとして初めて開発された。

 ――いわば原初の【study buddy】である。

 それを知っているのは、開発者の側で開発を手伝った辰己を含めて、僅か数人。

 今、作り主と呼んだからには、【study buddy】達の姉としてなにやら釘を刺しに来たらしい。

「……気のせいだよ。少なくともお前たちのマイナスになることはしない」

 辰己は、ため息つきながらポーカーフェイスを装った。

 束の間、辰巳とほたるがにらみ合う。

 ……先に、目をそらしたのはほたるだった。

「その言葉忘れないでよ。僕の妹たちに何かあったら、全力で反撃する。……お願いだから、そんなこと、僕にさせないで」

 普段のニヤニヤ笑いが、瞬間かき消える。

 ほたるは静かに念を押すと、そっけなく辰己のタブレットから出ていった。


 辰己は、埃だらけの天井裏にぱたんと仰向けに倒れた。

 額に手の甲を押し付ける。

「……嘘ついちまった。マイナスにはしたくないけど、結果的にどうなるかわからないって、……言えないよな」

 一人ごとは、誰にも聞かれることなく宙に消えた。



 □ □ □


 夕方。ライブが盛況のうちに終わって、辰巳はフラフラと家路についていた。

 いつの間にか雪が降っている。

 駅で電車を待ちながら、辰己とひかるは舞台の感想を興奮交じりに話し合っていた。

「凄かったですね! わ、私、笑いすぎて、お腹痛……ふふ!」

 ころころと笑っているひかるに対して、辰巳はなぜかぐったりしていた。

「俺もまさか、覆面でダチョウ倶楽部の熱湯ネタをやらされるとは思わなかったよ……。トラ容赦ねぇな」

 トラに天井裏から引きずり出されて言われたのが、『お前だけ舞台に出られんなんて、不憫やろ!』という実に友情めいたセリフだった。

 余計なお世話な上に、抵抗も許されなかった。解せぬ。

「でも、【study buddy】のみんな、楽しかったって言ってましたよ。何より、私たちのためにユーザーの方々が企画してくれたなんて初めてですから。リボン運動に賛同してくれた方もたくさん! 【study buddy】が男体化してもまだ好いてくれる人がいるって、私たちはそれが一番うれしいんです」

「俺も、ひかるが喜んでくれて嬉しいよ」

 妙に静かに辰巳は頷いた。

「……辰巳さん? どうかしましたか」

 不思議そうにひかるが聞き返す。

「うん。……ひかる、もし俺が――」

 辰己が口の中で転がした言葉は、ひかるには聞こえなかったらしい。

「え……」

「いや、何でもない」

 辰己は首を振って、一転して笑顔になると、ひかるのおしゃべりをうながした。

 ひかるは、首を傾げながらも熱に浮かされたように話し始めた。

 サーカスを初めて見た子供のようだと、辰巳は笑いながら思った。

 幸せな帰り道だった。


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