第6話 出陣
風呂から出た私はまず、アメールのところに行った。
実質的にイラ家の采配を行っているのが私の妹であるアメールだ。
妹と言っても、別に同じ父と母を持ったわけじゃない。
それどころか彼女はキメラですらない。
人口受胎で生まれたのは私と同じだが、加工されずに生まれてきた。
私の能力は幼少より高かったが、人間として致命的に足りないところもあった。
いろいろと考えることを放棄していて、興味のないことは全部他人に丸投げしていた。
戦うための機械だったのだ。
それを補うための補完的要素として彼女は選ばれて、私の世話をする役目を与えられた。
これは私がものぐさと言うことではなく、この国に居続けることができない私にはイラ家を回していくことなど不可能なのだ。
だからこそ元からそれは私の役割でなく、妹の役目だった。
それでも私が当主であることには変わりはないので、帰るたびに状況を確認していた。
今回もそうするが、作戦は彼女に任せておいたほうが良いだろう。
別に私は誰の命令を受けることはしない、とか言い出す人ではないのだから適材適所でやったほうがいい。
気がついたら魔法陣が描かれた扉が目の前にあった。
着いたか。
相変わらず何処でも物々しい雰囲気を放つ屋敷だ。
所有者は私だが、これは私のせいか?
とりあえず、何処でも物騒なのはこの屋敷を対魔法装甲で作り上げた初代当主のせいという事にしておこう。
ちなみに対魔法装甲は希少なので、それを使った屋敷などここくらいのものだ。
王を差し置いて、とは思わなくもない。
それはともかく
「入るぞ」
「はい。お入りください、お兄様。お兄様が興味を示しそうな情報は一つくらいですね。我が国に攻めてくるのは、シュバイン法国の正規軍です。イラ家の戦力とシュバイン法国の戦力をお聞きになられますか?」
私の妹が書類仕事の手を止めて、笑顔で挨拶してくれる。
私の妹は戦闘などできなそうな弱々しい外見の少女だ。
そして実際に弱い。
イラの人間の中でも実力は下の下だが、彼女は頭脳労働が本文であるから護衛がつけられているので問題ない。
逆に言えば籠の鳥ともいえるが、気にした様子もない。
護衛対象を外に出すのは危険でしかない。
幼少のころから監視、軟禁されていれば、慣れもするか。
哀れに思わなくもないが、この子が助けて欲しいと思っていないんだからそれでいいんだろう。
この子が死ぬような事態は避けたいが、苦難を取り除いてやる気も無いしな。
それどころか、私が世話になる始末だが。
頭脳労働を妹に頼る兄と言うのは、どうなんだろうな?
「ああ。シュバイン法国のやつらのレベルは?」
「大抵が90レベル程です。ただ、140レベルが3人出てくる模様です。敵部隊総数は約2000です。大してこちらの戦力は130レベルが20.120レベルが40です。”裏”の戦力も確認しますか?」
「いいよ。あいつらは実験部隊だから、完成しないうちに出撃させて消耗させたくはない。実践データなら足りているんだろう?私とイラの正規部隊だけで敵など払いのけられるさ。貴族院の騎士たちには今までどおり民間人の護衛をさせておけ。重要な任務だ。楽しみだな、戦争だ。ああ、想定外の事態が起こったら出していいぞ」
「彼らを使ってもいいのですか?冗談だったのですが」
「実戦に耐えない訳じゃないんだろう?」
「人体実験の極致」
「我が禁断の部隊」
「「化け物部隊―モンスター・トループ―」」
嗤いあう。
おそらく私たちは今、とてつもなく悪い顔をしていることだろう。
くく、私もキメラだから言えることではないが人間を捨てることで手にした境地が化け物部隊だ。
ま、あくまで実験兵だから信頼にかけるところがあるがな。
そもそも、2000程度で大罪の国に攻め込もうとは片腹痛い。
レベルの差は数で埋められないわけではないが、それでもレベル差と言うものは圧倒的だ。
レベル120を楽に殺したければレベル100の20人で囲めと言うが、それは相手が一人で逃げ場のない場合だ。
こちらはホームグラウンドであるから、持久戦ではこちらが有利。
持久戦では魔物による被害が出て攻め込む側のほうが圧倒的に不利なのだ。
さらにここは未開の地と言ってもいいほど森が深いから、兵達の疲労も馬鹿にはならない。
そもそも他国との距離も絶対的に遠いしね。
つくづく魔物は厄介な存在だな、相手に。
それでも攻め込んでくるとしたら、狙いは武器と財宝だな。
年中戦争と魔物対策で何処の国も資金不足、例によって大罪の国以外は、だ。
滅茶苦茶なやり方で荒稼ぎをしているイラは羨ましい限りだろう。
そして、そのイラを支えているもう一つの力は武器だ。
良い武器を一方的に所持していたらレベル100が120を倒すなど簡単なことだから。
というわけで、大罪の国を倒すことさえできれば一気に力を付ける事ができる。
さて、戦況の確認をしよう。
敵の撃退は王の勅命により我がイラが任された。
私が来た時点で敵の進行はかなり進んでいたようで、戦闘開始予定は二日後の夜だ。
さて、二日が経過した。
二日も我が国に滞在するのは珍しいことなので、いろいろと首都を巡っていた。
私にすら知らないことがあって中々に楽しかった。
以前は目的以外のことは目に入らなくて、周りを見るなんて忘れていたから。
これから戦闘を行うと言いたいところだが、どうやら演説をしなければならないらしい。
面倒なことだが、妹に頼まれたのではしょうがない。
さあ、某少佐並みの演説をぶってやろうではないか。
「さて、諸君。君たちは震えているかね?」
魔力を全開にすれば、相手に与えるプレッシャーは心臓を止められそうなほどになる。
私と言う存在を印象付けるためには、恐怖とともに刻み付けるのが最も良い。
「震えているか。しかし、それは恐れではない。これから敵を打ち倒すと言う歓喜に震えているのだ。さあ、声を上げろ。武器を振り上げ、足を踏み鳴らせ。敵を残酷に、無残に、徹底的に、奈落的に、破滅的に殺して殺して殺し尽くせ」
私が与えるのは私と言う恐怖と、その私に従う恍惚感。
恐れではないと言うのは詭弁だ。
殺気をぶつけ恐怖を与え、その恐怖を言葉で他の感情へと転化させていく。
言葉を重ね、狂気を浸透させていく。
我ながら、えげつない。
しかし、戦争に必要なのは狂気だ。
「さあ、行こうか?殺すために。潰すために。嬲るために。壊すために」
さあ、煽ろう。
煽って煽って沸騰するほどに血を滾らせよう。
「戦闘部隊宗主イラが命令する。敵シュバイン法国侵攻部隊を殲滅せよ!!」
声が聞こえる。
興奮しすぎて、もはや音の洪水としか表現できない。
私の前のたった60人が発散する狂気がまるで火のように燃え上がる。
頼もしいな。
戦力はこちらのほうが上だということを、光人に嫌になるほどわからせてやろう。
もう一度、他の王国では親衛隊長くらいしか着ることを許されないランクの装備をまとった60人を見る。
ふふ、柄にもなく興奮してきたな。
さっきのは演技だと言うのに、血が滾ってしょうがない。
さあ、私の相手は140レベル3人だ。
ただでさえ少ないこちらの戦力を削られるわけにはいかない。
敵国もそれを見越した上での時間稼ぎだろうけど。
念には念を入れて防御重視の装備で行こうか。
まだ私のダメージは抜けきっていないから、万が一のことがあると困る。
兵どもには4人一組で敵主力部隊に当たらせる。
主力と言っても数が多いだけだが、数を減らして部隊の機能を喪失させれば後は魔物が始末してくれる。
もとより、私は指示など出さない。
戦略など考えるのはまだるっこしい。
そんなものは妹に任せておけばいい。
兵は妹の指示の元、迅速に狩りを行うだろう。
私の仕事場はあそこか。
気配を隠す気もないのだろう、5km先からでもわかる。
とは言っても私に対抗出来るほどには強くないだろうな、この気配では。
弱まっている私でやっと遊び相手になるレベル。
まだ、回復は全盛の三割と言ったところだ。
さすがに『創世』戦では無理をしすぎた。
逃げられないように、敵の後ろから攻めるか。
敵side
「さて、俺たち3人には『最強』の足止めという任務があるわけだ」
大槌『アーティアの槌』使いモリス・アーヴィンが言う。
「そうだね、けど所詮『最強』と行っても人間。絶対に倒せないわけじゃない」
『ファイニルの剣』を持つ女剣士エスレティナ・ シレールが応える。
「そu、にんげnであrう限りつけiるすきはAる」
『大いなる虚無の書』を託された呪術使いホゼア・マクマホンが嗤う。
「さて、作戦の第一段階だが今現在『最強』はこちらに向かって馬鹿げた速度で疾走してきている。この速度なら飛翔と言ったほうが正しいか?まるで化け物の腹の中にいるような気がするぜ。生きてる心地がしねぇ」
リーダーである大槌使いがぼやく。
しかしその目に移るのは恐怖でなく、決意。
「は。これだけ恐ろしいものだったとはね。でもアタシらも無策ってわけじゃない。罠を仕掛けてくれている先遣部隊がいる。『最強』のことだから、そんな雑魚のことは気づきやしないだろう。あらゆる化け物を打ち倒してきた『最強』に人間の戦い方ってやつを見せ付けてやろうじゃないか」
女剣士は恐怖ごと切り捨てるかのように宣言する。
そもそもここには、全員が死を覚悟してきているのだから。
「ひhi。人間であるnoなら私の呪詛で苦しmeてあげましょu。法王陛下yoり”大いなる虚無の書”をいただiた私に敵などAりません」
呪詛使いは嗤う。
壊れている。
それは、”大いなる虚無の書”が呪詛使いを侵しているから。
「第2段階は相手が俺らのケツから責めてくれるかどうかだ。分は悪くねぇとはいえ、賭けだな」
俺はぎらり、と目を光らせて前方を睨む。
「来るよ」
女剣士は震えているが、声を出すことができるなら上々だ。
いよいよ体の震えが止まらなくなる。
「hiひ」
呪術師は不気味に、ただ体をゆすって嗤うのみ。
禍々しい気配を持った”何か”が頭上を通り過ぎて、後ろに堕ちた。
まさか、厄介な鳥型モンスターがうじゃうじゃいる樹の上を跳んで来たってのか!?
移動中は魔物にちょっかいをかけられるため、まず樹の上には留まることすらできねぇ。
そんな常識、『最強』には通用しないってか。
「いいぜ、あんたがそんな非常識な存在でも3対1だ。アンタが勝てるわきゃねぇんだよ!」
自分、そして仲間を奮い立たせるために大声で吼える。
けど、わかってる。
『最強』相手じゃ所詮3対1でも足止めすら満足にはいかないだろう。
だからこれは挑発だ。
戦場がかき回されたのではお互いに困るから、俺達も『最強』も最低限足止めくらいは果たさなくちゃならない。
相手の攻撃を待つ。
吼えておいて待ちの一手ってのはカッコがつかねぇが、カウンターで瞬殺されるよりかは幾分マシだ。
二人もわかっているようだ。
今は暫定的に俺がリーダーってことになってはいるが、実質このメンバーでチームを作ったことは初めてだ。
このレベル帯の人間は、異常事態でもない限り組むことはしない。
不安要素はかなりあるが、頼むからうまく行ってくれよ。
『最強』が動く。
一瞬で、呪術師に接近された。
セオリーどおりで、狙いがバレバレだ。
「はああああああああああああああ!」
『風神閃・烈』
恐怖を屈服させるため女剣士が絶叫する。
絶好のタイミングで技を放つ。
普段は攻撃のタイミングを教えるなんて馬鹿のやることだが、これはかわされるための攻撃だ。
女剣士が首を狙う一撃で後ろに飛びのかせることに成功する。
これで呪術師を殺されてたら、BadEndだったぜ。
だが、今の攻防で女剣士は死ぬ予定だった。
「最強」ならあの状況でも女剣士くらいは殺せると言う話だったが、うれしい誤算だ。
『彷徨う亡者の束縛』
呪術師の呪術が完成した。
束縛の名のとおり、spdを下げる。
これで相手の攻撃をさばき易くなった。
先ほどの攻撃は戦術であって、実力ではない。
呪術師を狙ってくるに違いないと予想し、相手が動くと思った瞬間に女剣士に呪術師の前方をなぎ払わせた。
賭け以外の何者でもないが、戦術が通じて女剣士は一安心したようだ。
もともとこの一撃で女剣士は死ぬ予定だったしな。
邪魔に入った女剣士を殺せないほど『最強』が弱いとは思わなかった。
俺も安心したぜ、これで戦術が通じることがわかった。
「はっ!『最強』もたいしたことねぇなぁ!ほれ、攻撃してきてみろよ」
これからは煽りまくるぜ。
挑発して冷静さをなくさせてやる。
『最強』は侮られることに対して、激昂すると聞く。
「へぇ。君は良く吼えるね」
なんつう恐ろしい声だ。
まるで、飛び回る羽虫を見るかのような冷たい目。
これでも俺たちゃ国でも最上位に位置する140レベルなんだぜ。
ぞくり、と戦慄が駆け巡る。
おいおい、こんな化け物を相手にすんのかよ?俺たちゃ。
女剣士のやつなんか顔が真っ青だ。
呪術師の野郎は相変わらず嗤ってやがる。
やつを覆う黒いオーラは魔法によるものか。
魔法を使った様子なんてねぇっつうのに。
こちらに向かってくる。
右のストレート。
かろうじてかわせた。
二撃目、左のストレート。
かわせた、が体制は崩れた。
三撃目、蹴撃。
かわせない。
女剣士の剣がひらめく。
『最強』がかわすために俺から離れる。
ここから先は我慢比べだ。
魔術のおかげで俺達が追いつけるまでスピードが下がっている。
それでも、おそらく攻撃を喰らえば一撃で死ぬだろう。
対してこちらは相手の動きを止めて、何発も攻撃を入れなくてはならない。
一方的に俺達の命を削る戦いが続いた。
かろうじてかわしたり、防いでダメージをもらったりした。
大槌の上からダメージ与えるとか、どんな攻撃力を持ってんだよ!?
おかげで大槌はひん曲がっちまったよ、ちくしょう。
よほど腹に据えかねたのか、『最強』の狙いは常に俺だ。
うれしくて涙が出るね。
イラついてきてるのか、禍々しい気配がさらに大きくなってきている。
小一時間もそうしていただろうか。
まるで、一年位そうしていた気もする。
こんなに寿命を削られるなんてな。
もう俺の精神も体もぼろぼろだよ。
?
攻撃してこなくなった?
突然「最強」がニヤリと笑う。
符を口にくわえた。
まさか転移する気か!?
俺達をここに放って他の戦場に行こうとしているのか。
確かに、もう俺達には後一回戦う力すら残っていない。
ここで俺達を放っていくのは間違いじゃない。
こいつは冷静だったのか!?
アレだけ俺を執拗に狙ってたのに!?
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
女剣士が飛び出しやがった!?
確かにこいつにここを離れさせることは任務の失敗を意味する。
しかし。
これは、罠だ!!
そんなこともわからないのか!?女剣士のやつ。
ああ、冷静じゃなかったのはこっちだったか。
あんな禍々しい気配を受け続けてたんだ。
錯乱するのも無理はねぇか。
こいつのことは諦めてすぐに気持ちを入れ替える。
ルシフェレスside
「はっ!『最強』もたいしたことねぇなぁ!ほれ、攻撃してきてみろよ」
大槌使いにそんなことを言われる。
相手は震えていて、声を振り絞って挑発をしているのが見え見えだ。
嫌がらせを含めて、念を入れてじっくりといたぶってやるか。
ステータス低下の呪いも受けたことだし、ね。
向こうの狙いもそれだろうが、実際に私が他の戦場に行っても邪魔にしかならない。
しかし例え作戦であろうと、相手になめられるのは不快だ。
「へぇ。君は良く吼えるね」
怒りを込めて、相手を見下す。
大槌使いへ攻撃を繰り返すが、女剣士が邪魔だ。
慎重にやると決めた以上、何の追加効果があるかわかったものではない剣の一撃を食らってやる気はない。
あくまで慎重に向こうの体力と気力を削ってやろう。
そろそろ一時間程になるか。
時折女剣士への攻撃を混ぜておいたおかげでもう女剣士は限界だな。
大槌使いもへばってきている。
二人の気力を同時に削るために大槌使いへ攻撃を繰り返したのだ。
本音を言えば私怨がかなりの部分を占めるが。
呪術使いはとっくに逃げ出した。
まだ効果が続いているから、おそらく特別な呪術で1回使えば限界だったのだろう。
よく作戦が練られている。
しかしこれが限界だ。
女剣士よ、分不相応な武器は己すら苦しめる。
剣を握っていられるのは後何分だ?
大槌使いよ、貴様の大槌でも私に致命傷を与えることはできん。
私をどう攻撃し、仕留められると言うのだ?
さあ、終わりにしよう。
転移符を取り出して口にくわえる。
気力の尽き果てる寸前の貴様らは放っておいてももはや害にはならんが、私はどうだ?
私を他の戦場には行かせたくないだろう?
転移の準備をする振りをして、魔法を準備する。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
髪を振り乱して女剣士が突撃して来た。
精神がもはや限界に達した君は引っかかると思ったよ。
普通は、高ランクの武具が買えるほど高価な転移符を捨てるような真似はしないから。
『破滅する冥王の嘆き』
私の魔法の中でも攻撃力の高い一撃必殺の魔法。
相手の剣に合わせて拳を繰り出す。
私の拳はあっけなく剣を砕き、女に突き刺さる。
女は吹っ飛び、樹に叩きつけられる前に漆黒に浸食されて崩れ去った。
私は大槌使いに振り返って笑いかける。
「さて、君はどうする?大槌使い。私の相手をする?それには君のレベルが足りないね。増援を期待する?近くに増援なんていない。逃げる?それもまた不可能だ。さあ、君に残された手は何か、私に教えてくれないかな?」
弱者をいたぶるような行為かもしれないが、彼がこれから何をするか興味があった。
無論殺すが、少しは余興に付き合ってやっても良いだろう。
私が倒されるなど、もはやこの状況では考えられないからな。
さて、追い詰められた鼠が何をするか見せてくれよ。
サディスティックな笑いを顔に刻みながら、相手が何をするのか楽しみにする。
残念なことに青い顔をした大槌使いは逃げ出した。
それはもう、すがすがしいほどの逃亡だ。
大槌を捨てて、一瞬で捨てられる装備は全て捨ててまでの逃亡だ。
発動に2秒、転移に5秒、転移先に現れきるまでに180秒かかる転移符を使わなかったことは評価できる。
しかし、それだけだ。
無力な状態で7秒過ごさなかっただけで、何が変わる?
ち、ステータス低下が響いている。
相手の逃げ足は私の現在の速度と同じくらいか。
だが、逃げても先は私の領地だぞ。
逃げても貴様に先はない、見損なったぞ。
ああ、いらいらする。
すぐにこの愚か者を叩き潰してやりたいのに、追いつけない。
わき目も振らず必死に逃げているが、全力で走り続けることなど人間ごときにできはしない。
走り続けることができなくなった時が、お前の最期だ。
ガッ
ああ、なんと言う皮肉だろう。
よりにもよってあいつは樹につまずきやがった。
なんと言うつまらない最後だ。
せめて、精根尽き果てるまで走り切れば格好もついたかもしれないものを。
こいつには魔法を使う価値すらない。
そのまま接近して心臓を手で貫く。
死体を放り捨てようと思った瞬間、気づく。
辺りには起爆符が狂的な密度で貼り付けてあった。
何故!?
こんなあからさまな罠に、どうして私は気づかなかった!?
「へ、かかったな。くそったれ。『起爆』」
おのれ!
死の寸前のささやくような声は満足に満ちている。
まさか、ここまでが作戦だったのか?
私をここに誘い込んで、自分もろとも爆殺するつもりだったのか?
この私を、嵌めたのか!?
この、くそったれが!!
爆音と共に全てが光に包まれた。
主人公は失敗しちゃいました。
調子に乗りすぎたようですね。
今回は相手の心情を通じて、『最強』の最強っぷりを描いてみました。
それはそうと、妹はお好きですか?
献身的に、妄信的に奉仕してくれますよ。