第4話 大罪の国―憤怒の「イラ」
「「「おかえりなさいませ」」」
門を叩くとメイド達の声が私を迎えた。
鷹揚にうなずきながらも、違和感は感じる。
いつから、俺はこんなに偉くなったのだろう?
いや、ここにいるのは私だったな。
「食事を用意しろ。それと風呂だ」
この体にはこれが当たり前の反応なので、すらすらと言えた。
なんにせよ、ここにいるのは私だと―ルシフェレス・ファフニル・イラ―だと認めなければ話は進まない。
もしかしたら、俺は強いやつになりたいだけの虎の威を借る卑怯者なのかもしれないけど。
戦いが終わって、ルシフェレスではない方の人格が表に出てきたかな?
「了解いたしました。ごゆるりとお楽しみください」
こっちの内心を知るわけもないメイドたちは各々の仕事に戻っていく。
仕事熱心なのはいいことだ。
この国では、仕事中毒が大きな問題となっていても、だ。
仕事中毒過ぎて、少子化とか冗談にもならないだろう。
そんな冗談がこの国の気質だというのは、さすがに笑えなくて、くだらない。
それを補うためにこの国では、大罪の国と呼ばれても不足なほどのことをやっているというのに。
それを主導しているのが、我が「イラ」だなんてね。
それにしても「イラ」の城はすごい。
そして、特異でもある。
何故壁を財宝や絵画でなく、武器や防具で飾り立てるのだろう?
これでは圧迫感しか感じない。
オーラをまとっている品ばかりなのがなおさら。
確かに、金銀財宝で飾り立てるのは無駄だが剣がずらりは物騒すぎる。
まあ、侵入者がこの武器を使っても返り討ちにしろとの家訓だ。
........侵入者に塩を送る時点で狂ってる。
それはそれとて、大量の食事を摂る。
王侯貴族級の食事は、大量できらびやかで、そしてうまい。
マナーなど、「私」ですら知らないので適当に食っていく。
当主がマナーすら知らないなんて、実力主義にも程がある。
「どうですか?私の料理は」
「ああ。うまい」
感想を聞いてきた料理人に応える。
気の利いた言葉など知らないが、それでも料理人は満足そうだ。
ま、こうして箸を進めているのが気に入った証拠かな。
肉やパンを中心とした食事に、白米は含まれない。
ヨーロッパ風の世界観なので、元日本人の俺としては飽きが来そうだ。
そもそも、食事を必要としない私は飽きるほどに喰う必要もないのだけれど。
「おかえりなさい、ルシフェ」
しん、と静まり返った中に幼い声が響く。
周りの空気などお構いなしに言った少女は仲間だ。
元は暗殺者だったのだが、打ち破って下僕にした。
元は仲間として近づいてきたのだが、どんどん私達が強い魔物を打ち倒していくのを恐れたコイツの上が監視から暗殺へと命令を変えたらしい。
間抜けな上司だ。
報告を聞いていたのなら私が倒せそうにないことくらい、わかりそうなものなのに。
このRPGは裏切りがテーマなのか、仲間が裏切りまくる。
こいつの時点でかなり裏切りには慣れていた上、最初から暗殺者だったのは知っていた。
暗殺に失敗した暗殺者は殺されるのが定めだが、私は生かしておいた。
敵に負けた暗殺者など、敵にとっても逆に抹殺対象でしかない。
それでも生かしたのは、一時でも仲間にしていた情から来た行動だったかもしれない。
が、こいつは失敗した後で何をしていいのかわからなかったらしい。
暗殺者に意思など要らないから、彼女にはやりたいこともなかった。
だから、自分に勝った私を主人として従っている。
彼女との関係は主人と奴隷のそれだ。
彼女にはもう元の飼い主とのつながりはないことだし。
ああ、彼女の名前を言い忘れてたか。
彼女はクリス・レーヴァテイン。
ナイフ使いにして、炎系統魔法使い。
破壊しか知らない彼女の髪は紅く、触れたら壊れそうなほど儚い。
細く弱弱しい腕は触れるだけで折れてしまいそうで、声は甘くたどたどしい。
大人とは呼べなく、子供でもない微妙な年頃。
情緒がほとんど発達していない彼女には、恋心などは遠い遠い夢だ。
だから私はこいつの感情が育ったら、どういう有様になるのかとても楽しみだ。
私を憎むか、それとも隷属するか。
「クリス。お前のレベルは何だったかな?」
「?。ひゃくにじゅうレベル」
ふむ。
この世界ではレベル開放制限と言うものがある。
100レベルまで育てた後は、イベントをクリアして10ずつレベルを開放しなければならない。
さらに、キャラごとに開放されるレベルにも上限がある。
このキャラはかなり低く120だ。
ところで、実を言うと俺はこのRPGの2周目をやっていて、周回ボーナスとして200レベルのレベル開放が特典の一つとしてあった。
金稼ぎの最中に全員のレベルは200にしておいたはずだが、もともとのレベル制限が優先されたか。
これは、この現実はゲームと同じだと思っていると痛い目を見るか。
「ああ、そうだったな。で、私がいない間どうしてた?」
「いわれたとおり、ご本よんでたよ」
そういえば、そんなことを命じた気もする。
どうも、記憶の混濁が起きているようだ。
RPGの知識と、ルシフェレスの思い出の区別が曖昧だ。
話相手にはいきなり物覚えが悪くなったように感じるだろう。
それと、変な言葉をこぼすのもまずいか。
「そうか。読ませたのは魔道書だったな。魔法の一つでも覚えたか?」
「ううん」
即答された。
罪悪感のかけらも抱いた様子がないのがあれだが、まあ魔道書を読んだところで魔法はそう簡単には使えるようにはならない。
「それでは、世界の成り立ちは覚えたかな?」
「うん」
最低限頭に入れておかねばならないことしか、渡した本には載ってなかったから当然か。
それにしても、都合が良すぎる気がする。
彼女の話を聞けばその本の内容はほとんど思い出せるだろうが、何故前の私はあんな本を読ませておいたのだろう?
まあ、こいつは指示がなければ何時までもぼけっとしているから、適当に本を渡しておいたのが正解かな。
「えっと、まず、直線の形をしたせかいが12個あって、私達がいるのが紅のせかい。紅の世界では、ずっとせんそうをしています。だっけ。あと、ひかりひとが敵」
「そ。ま、後は私達が闇人だということを言い忘れてるけどね。紅の世界の大体の勢力図はわかる?」
そのとおり。
この世界の構造は前の世界と根本的に違う。
球体どころか直線で、しかも奥はモンスターのせいで様子が全くわからない。
横は虚無空間で途切れている。
わからないところだらけの世界だ。
「このくには、深いから敵はこない?」
何か言語が変になっているな。
まあ、かわいいからいいや。
「確かに大罪の国は紅の世界の奥深くにあるから魔物のレベルが高い。ゆえにそのレベルの高い魔物の相手をしなければならない我が国の兵のレベルも高く、侵入する魔物との戦いで傷ついた敵を容易に叩き潰せる。言い換えれば、ここに到達する奴らは敵なんて呼べないほどに弱まっている」
「うん?」
わかっていないようだ。
こいつはあまり頭が良くないからな。
「ま、とにかく光人の奴らは阿呆ばかり。数だけは多いが、恐れる程ではないということだな。それで、この国についてはわかったか?この国の人間である私に従属しているのだから覚えておけ」
「?」
わかってないのか、こいつは。
私が帰るまでに1月はあったはずだがな。
ま、ぼけっとしていたんだろうさ。
「この国は大罪の国と呼ばれている。それはいいな?我が国最大の特徴は遺伝子改造だ。紅の世界、いや全ての世界を探しても遺伝子の改変を行っている国はこの国だけだろう。遺伝子改造とはいっても、採取した魔物の細胞を融合させるだけだがな。また、唯一の人口受胎技術を持っている国でもある。これが無いと、あっという間に人口が減少するのが弱点だな。男女の関係に興味ない私が言うのもアレだが、民もそういうことに興味を持てばいいのにな」
「ん」
いいな、と視線を向けると、全くわからないがとりあえず頷いておこうとでも言いたげな顔のクリスがいる。
ま、純粋な娘でいてくれた方が扱いやすいからいいか。
「まあ、光人のやつらにとっては噴飯ものだろう。やつらは宗教が大事だから、人の命を弄ぶのは許せないとかほざいているしな。私に言わせれば、人の命を湯水のように使い潰していく奴等の方がよほど弄んでいると思うがな。ま、闇人にとって大事なのは能力。そんなだから人口が少ないままなのだろうが、変えられはしない。人工だろうが何だろうが能力さえ高ければ、それでいい。そんな考えで、人工的に作られた胎児は能力により選別される。大雑把に魔力の大小を測ることにかできないが、一定以下は全て廃棄される。感情をまだ持っていない胎児は単なる物扱いというわけだ」
「ん」
続ける意味あるのかな?これ。
感情の話になるのなら、暗殺者として感情を殺されたクリスは捨てられた胎児に似ているといっても過言ではないのに。
ま、こういうことが気にならないからこその未発達の感情か。
「能力が高くなる代わりに寿命が短くなるケースが多々ある。これは魔物の細胞を取り込んだ弊害だな。これは武器も同じことで、魔物の素材を使うと強力になる代わりに砕けやすく、寿命も短い。寿命を終えた武器は修復することもできないしな」
ま、声高に宣言できることでもないが、私は龍の鱗から採取した細胞で作られたキメラの唯一の成功例だ。
聞いた話だが、これまで億すら超えるほどの失敗作があったらしい。
私も18を超えるまでは生きられない体だったが、200レベルになることで寿命が大幅に伸びた。
どちらかというと私は亜人に分類されることになる。
まあ、龍という存在自体レベルが高すぎて人間とは関わる事すらできないチート存在。
そんな存在とのキメラというなら、200レベルというのは低すぎる。
私の知る知識では200レベルを超えたのは歴史上ただ一人、この国の創始者でありイラの初代当主でもある男だけだ。
ま、遠い昔のことだからほとんど記録は残っていないんだけどね。
初代当主はこの世界の神とも言える世界龍の分身体に会ったことがあるらしい。
そこで、自分と直接向き合えるように強くなって欲しいと告げられたわけだ。
ゆえに、この大罪の国は際限なくレベルの上昇のみを追い続けてきた。
......狂気をもって。
もっとも、私は初代当主と同じく鱗から作られた分身と会ったことがある。
存在のレベルが高すぎて向き合っただけでも死にそうになった。
事前にそのことがわかっていたから、専用の装備を作っておいてもだぞ?
もちろんそのときのパーティは死んでもいい奴だったけど。
魔力の圧力というのはそれだけで他者を殺せる。
私ごときでは赤子と変わらないような者しか殺せないから、知っててもあまり意味はない。
ま、世界龍の話はこれくらいにしておこうか。
どうせイベントモンスターだし。
会おうと思って会えるものでもなし。
「さて、私は風呂に入ってくる。お前は復習でもしていろ」
「ん」
その場で本を読み出すクリスを放って風呂へ行く。
私にはいろいろ考えなければいけないことがある
「.........」
ふう、とため息が思わず漏れる。
知ってはいたのだが、やはり広すぎるな。
龍に似た置物とか必要あるのか?
そして、風呂場に武器を飾るのを止めろ。
武器を見ながら風呂に入るのはなんだか、斬新と言ってもよいものか。
ランクの高い武器は錆びることは無いといっても、これはな......
どうでもいいことは放っておくか。
まず決めなくてはならないのが、これからの方針だな。
私の体の回復には1週間ほどかかる。
それも考慮しないとな。
今は1割ほどの力しか使えんが、この国にいる分では十分だ。
第1案、内政改革を行う
ありえない。
私の立場は戦闘と遺伝子改造の研究を主導するイラの当主だ。
イラは政治に干渉しない。
これは、政治を円滑に行うための必要条件だ。
最高戦力であるイラは影響力を持ちすぎているため政治を行おうとしたら、それは独裁だ。
ただし独裁を開始したら、この国の人間は死んでも逆らおうとするだろうが。
それはもう、死んで抗おうとでも言うかのように向かって来るだろう。
そうなったらこの国はお終いだ。
この国を存続させるには、私は政治に干渉するどころか、この国に居座ってもいけない。
第2案、引きこもって研究を行う
第一案と同じ理由で却下。
というか、この国で生活するのは全て却下だ。
諜報を得意とする色欲の「ラクスリア」がいる限り隠れることは不可能だ。
第3案、戦闘狂らしく他の世界で魔物と戦い続ける
この世界では、目立ちすぎるから戦い続けるなんてのは不可能だ。
ゆえに戦い続けるとしたら他の世界だ。
他の世界で生存するためには特殊なアイテムが必要だが、200レベルの私には普通に生きていられるレベルだ。
空気はまずい。というか、そもそも存在しない世界もある。
魔物との闘争に適しているのは、鋼の世界か、黒の世界か。
鋼の世界はあの女が先客になっているだろうから却下だ。
黒の世界は、簡単に言えばアンデットの世界。
鋼の世界で機械を相手にするのはいいが、黒の世界でアンデットなんぞを相手にするのは願い下げだ。
第4案、世界を旅する
ま、この案が妥当かな。
この世界について知らないことも数多くある。
見回るのも悪くない。
それどころか200より上のレベル開放についてわかることもあるかもしれない。
仲間の顔も見ておきたいしな。
確認も含めて。
会いたくないのも結構居るが、会うしかないな。
と言うのも、このRPGはかなりの鬱ゲーなんだ。
登場人物もめちゃくちゃな人ばかり。
仲間で裏切らないのは幼女2人だけ。
しかも、そのうちの1人を主人公が裏切る。
本人の素質が高いだけあって、国とかの複雑な事情が絡んでくるから仕方ない面もある。
それで納得できるかは別として。
とは言っても、もちろんこのゲームは登場するのは幼女ばかりなんてことはない。
後は男が2人、少女が7人、熟女が1人といった具合だ。
少女の場合、ほとんどが他国の王室に関わってくる徹底振りだ。
サブヒロイン登場。
設定をいろいろと説明。
まだまだ説明パートは続きます。
儚い女の子は好きですか?
余りに好き勝手が過ぎると、刺されてしまいますよ。